Tesyuke‘s diary

行く川の流は絶えずして・・・
日々忘れ去っていくことどもを書き留めて思い出といたしましょう。

もみじ狩り・金剛輪寺

2007-11-29 00:15:30 | Weblog
三連休も終わってしまったーー
いつもなら3日連続して何かするんだが今年はなぜか地味・・・やっと最終の日曜日に出かけた・・・だけ。
暖かくてよい日和の週末。紅葉を見に行かずになんとせん・・
で、定番の東福寺。駅からの通りが人であふれているので、やめ、やめ。
奈良は?これも国道が渋滞していそうで、却下。
滋賀に行こう!京滋バイパスに乗ればさっとひとっとび。
金剛輪寺に決定。

琵琶湖の東側。いわゆる湖東三山の中の一つ。30年前に行ったことがあるが、記憶には残っていない。今ほど知られていなかったが、知る人は知っている・・そんな古いお寺だった。
そして、今は、しっかり紅葉の名所になっていた。観光バスの駐車場もあって、大勢の観光客がつめかけていてびっくりした。
山地を登ると言う立地条件のせいか、寺域が広いせいか、不思議と人出の割には満足した紅葉がりであった。

黒門を入って受付の近辺は“血染めの紅葉”と言われているらしく真っ赤な紅葉が迎えてくれた。ここから本堂まで石段を登っていくのだが、両側に小さな石仏がさまざまな‘よだれかけ’をして並んでいる。千体地蔵と呼ばれているとか。番号が右上に打ってあってほんとに千体以上あるようだ。アラビア数字だから、この寺の歴史から言えばほん最近に置かれたものだろう。しかし新しさを感じさせないぐらい風景に溶け込んでいて、赤い風車(かざぐるま)を供えてあるのが、長い参道のアクセントになっている。

上りきったところは、広々と開けて、暖かい日の光に鎌倉期建立の檜皮葺で堂々とした本堂が立っていた。国宝なのだ!失礼をも省みず思ったのは、こんな田舎に・・・と。
内陣の柱の立派なこと。一人では抱えきれない太さ!
お坊さんが説明をなさっていたが、奈良時代の建立。古い歴史をひも解けば、栄枯盛衰いろいろと・・時間がかかるので割愛。

そんななか、古い仏像の写真に、明治期の廃仏稀釈の折に海を渡り、今ボストン美術館にいらっしゃると説明がしてあった。
昨年ボストン美術館に行った折、お寺の内部を模した展示室に安置されていた仏像を見たが・・ここのだったのかと、合点する。
明治期に流失したもので、こんなに幸せな環境に身をおいている仏像も少ないだろうと、その時思ったものだ。が、そんな経過を記した上記の説明には、まだ里帰りは実現していませんと、残念そうに書かれていた。

本堂そして三重塔を取り囲むように紅葉・黄葉。
里山の落葉樹の赤・黄色取り混ぜての美しさは見慣れているが・・、ここはすべてもみじの木。同じ形の葉なのに木によって色が違う。赤・黄色・・・立ち居地によって、日をすかしてかろやかに輝いたり、重く濃い色目になったり・・もみじのフルコース。

これで十分なのに、階段をおりきったところにある庭園のもみじもすばらしく、池に映るもみじはデザートと、言ったところ。
美しいもみじを堪能した一日だった。

四季折々に来てみたい。ひっそりとした日に来て見たい。tesyukeのノートに金剛輪寺と書いておこう。

sudoku 数独は数毒

2007-11-19 23:56:00 | Weblog
このところtesyukeはsudokuに夢中だった。今年の夏まではこんな言葉があるのも知らなかったのに・・・
クロスワードなら大好きで、科学とか経済とか分野が限定されない限りほぼ100%の正解率を誇っている。新聞などにクロスワードの隣にナンバープレイスがあると,気が向けば周りを数字だらけにしてすることもある。が、クロスワードほどは好きではない。

去年の夏のボストン。アメリカ人の友達と待ち合わせした時、新聞を折りたたんでナンバープレイスのところだけを出して一生懸命解いているところに行き合わせた。その時はアメリカの新聞にも載ってることがあるんやわ・・・と、思っただけだった。

今年の夏、又もボストン。現地発カナダ行きバスツアーに乗った時、隣の席の大学生がA4サイズの分厚いナンバープレイスの本を持って夢中でやっている。それが、余白に数字を書き込むわけでなくきれいなままですらすら書いていく。おーーっ、すごい!と思って思わず声をかけた。sudokuしたいですか?貸してあげましょう?と、言ってくれたのを遠慮したものの、ナンバープレイスの本があるんだといたく感心した。
おまけに耳をかすめた言葉の響き。スドク?英語らしからぬ響き。日本の言葉のような感じ・・・

そしてツアーから帰ってRに話をすると、このsudoku、日本発のもので、誰でも彼でもボストニアンはしていると、さもあたりまえのことのように教えてくれた!(どうやらボストンだけでなく全米的な流行であるようだ・・・あるいはヨーロッパもか?)
もともとは数独というらしいが、tesyukeは知らなかった。日本では流行していた(あるいはしている)のだろうか?
気をつけてみるとボストンのフリーぺーパーすべてにsudoku欄あり。オーー、している・しているみんなsudokuをしている!!

今まで断っていたフリーペーパーもらいまくりでtesyukeも参戦。
初級・中級・上級と三つも掲載しているものもあり、はまるとやばい・・・です・・
最初は消しゴムの出番が多いと言う感じだったが、コツを教えてもらうと初級はクリア。説明を読むのが嫌いなもんで、手当たりしだいの実践。
しかし、むつかしい!
そんな折、tesyukeも、小ぶりの本をやっと駅構内の売店で買った。
実に時間をつぶすには最適のものですなーー
バスに乗っている間。飛行機の中で。帰国するまでの退屈な時間があっという間に過ぎた。
中級はぼちぼち。上級はなかなか。消したり書いたり紙が汚くなってくると戦闘意欲が減退。日本に帰ってきてからは忙しさにかまけて卒業。したと思っていたが・・・・

ある日ネット上にsudokuサイトを見つけてしまった。紙の上でするよりよっぽど楽で・・・
あはっ、ブログになにやら書いているよりよっぽど楽しいわと・・中毒状態。
しみじみ数独は数毒じゃ!と、実感。
上級++を時々正解できるようにはなったが、疲れました。
でもって、又ブログに戻ってきた次第。おそまつさま。

チベットの子供

2007-11-19 11:40:36 | チベット
朝一番に郵便局(本局)へ行ってきた。チベットの里子宛の手紙とプレゼントを投函するため。
NPOチベット教育サポート基金に20日必着なので、昨夜遅くに手紙を書いて、ばたばた。
北部インドの辺鄙なところまでの年に何回かの郵便は、締め切りを守らないと間が開いてしまう。一人届かなかったら里子がさびしい思いをするのではとあせった。まだまだ時間がたっぷりあると思っていると、こんなにあわてるはめに・・・・いつものことながら・・・
メトロポリタンミュージアムで撮った,チベットの展示物の写真も同封してあげたかったが、時間切れでアウト。

NPOから毎月送られてくる小冊子に“チベットの子供達の作文”のページがある。
いつも読みながら、子供達が日々を真摯に生きているのが伝わってきて胸が熱くなる。
同じ地球に住みながら、日本の子供たちとのあまりの落差。
取り巻く環境が子供を哲学者にするのかもしれないなんて思ってしまう。

今月のこどもの作文のタイトルは、“父が私を生んでくれた!”
テンジン・ラードンさん・9年生・女子
父親が家族の生活のためにアメリカへ働きに行った。
日々メールでやり取りはしていたが、ある日電話があった。
この子がアメリカはどうですか?と聞くと、無言の後聞こえてきたのは父親のすすり泣き。そして嗚咽に変わったと言う。
今まで見たことの無い父親の様子、そしてアメリカで送っている厳しい父親の状況(人種差別か、かなりひどい扱いをされている)を知ってこの子も泣いてしまったと。
この電話以来この子は自分の人生の目標について考え、それを達成するために一生懸命勉強を始めたという。
そして、あの日の、偽らず、飾らない、正直な、そのままの自分を見せてくれた父親の勇気と導きによって作り変えられたと書いている。

一日一怒:世界最大の翼竜展

2007-11-17 22:09:50 | 美術館・博物館など
最近会った友達が言うに、最近腹立つことが多いわーーーー。笑うことすくないわーーー。
Tesyuke:“お腹立ちブログ”と言うの作ったら?毎日腹立つこと探してたら楽しいんじゃない?
友達:こんなこと言われたん初めてやわ。面白いこと考えるねーーー。
そんなこんなで家に帰ってhus.に『“お腹立ちブログ・一日一怒”と言うタイトルはどう?』
以来、テレビを見ながら『おっつ、これは0.5怒』とか言って笑いあっている。しょうも無いことになると0.05怒とかぐっつと細かくして・・

そして、最近の最大“怒”は、先週わざわざ大阪・長居公園・大阪市立自然史博物館まで見に行った《世界最大の翼竜展~恐竜時代の空の支配者~展》
内容は、世界最大の翼竜の骨格標本展示が目玉。翼竜に関しての教育ビデオも良くできていたし別に悪いものではなかったのだが・・

入場して、エントランスから大きな部屋、そして出口。えっつ、こんだけ?
まあ恐竜じゃなくて翼竜だから範囲も狭いしこんなものかと思うのだが・・何に怒かと言うと観覧料! 1200円。
常設展には入れませんと言われるし、ちょっと・ちょっと・ちょっとと、こんだけで?と、言いたくなった。(狩野永徳展の前売りと同じ値段だなんて信じられない。)よっぽど翼竜標本の借り賃高かったんやわ!・・ナーーンテ。

今夏は、ニューヨーク・ワシントンと自然史博物館を訪れたので、日本の自然史博物館はどうなんだろうと言う興味があった。常設展は、見ていないのだが、この展示は羊頭狗肉で、ちょっと失望。

狩野永徳展

2007-11-17 00:21:06 | 美術館・博物館など
18日で閉展と言うことで、あわてて昨日見に行ってきた。
前売り券を買っていたのに、まだまだと思っているうちに15日・・・

結論!行ってよかった。すばらしかった。
でも、あの人ごみは・・雑踏の中で見るのは・・・どうも。

京都博物館に着いたのが10時前。平日と高をくくっていたのに、もうすでに長蛇の列。
最後尾でなんと!一時間待ち。見終えて出てきた時で90分待ちだった。(あとで知ったのだが、前日朝一で行った友達は40分待ち。なんと出てきた時には二時間待ちになっていたとか!)

tesyukeの頭の中は安土桃山時代・障壁画・狩野派で一くくり。絵師と代表作を覚えているぐらいのもの。
今回はNHKの放映で永徳のことを随分知った。が、今まで400年以上前の一人の絵師の画法の変遷など知る機会もなかった。(ヨーロッパの絵画の巨人達に関してなら沢山の情報が渦巻いているのに、日本のこととなると知る機会が少ない・・おかしな国です日本は)

最初の大渋滞は、花鳥図押絵貼屏風。色彩が美しく400年以上前のものと思えない。明治期の日本画と言ってもよい絵柄だった。
次は国宝 洛中洛外図屏風。贈り物として大事に保存されてきたのでしょう。これはこれはといいたくなるほど金色が美しくこれだけの時代を経ているものとは思えない。室内で、至近距離で、じっくりと眺めたい!ものだ。今なお同じに街を行く祇園祭りの鉾が、この絵の中に存在している事に感激。京都の町に憧れを持って、東北の地の人々が飽きず眺めたのだろうなーーなんて思いをはせる。

そして障壁画。あの唐獅子図屏風。洛中洛外図屏風ほどのクリアな色彩はないが、とにかくダイナミック。描かれた当時は色彩も鮮やかだったろうし、おーーーっと見た人が驚愕したに違いない。1970年大阪万博の岡本太郎の太陽の塔ぐらいのインパクトがあったのでは?
これを受け入れ喜んだ時代の精神をみる思い。施政者と絵画ということで時代を切ることができますね・・
後世、21世紀の絵画から日本人の精神を紐解けば・・?どんなんかな?小さい小さいかな?

最後に檜図屏風。心のおもむくままに描いたという風体。
若い頃の精密さに裏打ちされた細画からこの檜図屏風までの画法の変遷を見ていると、ピカソを思い出した。