文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization

日本の時間、世界の時間。
The time of Japan, the time of the world

企業内でも、上司や同僚を追い落として出世したケースも多数みられたようです。

2018年08月28日 11時03分00秒 | 日記

前章のTBS(毎日放送)の番組の信じがたいほどに滅茶苦茶な編集による、極めて悪辣な偏向報道を作っている、TBSの報道部を支配している人間達を理解するための格好の記事が、25日に発売された月刊誌WiLLの櫻井よしこさんと百田尚樹氏による巻頭対談特集、「日本よ、歴史をとり戻せ!」の中にある。

前文省略。

GHQの対日「精神改造」

居島 2016年のアメリカ大統領選後、トランプ大統領による「フェイクニュース」という言葉が話題となったように、報道の公平性が世界的な問題となっています。

日本でも、大手メディアの一方的な安倍政権批判、意図的な編集による世論操作などが横行しています。

一体全体、いつからこのような偏向報道がなされるようになったのでしょうか。        

百田 僕は今、日本の歴史について執筆しています。

勉強し直して痛感するのは、GHQによる日本人の「精神改造」がいまだに尾を引いているということ。

櫻井 GHQの占領政策は、世界史の中でも他に類を見ないほど過酷なものでした。

百田 贖罪意識を植え付ける「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(自虐思想)によって、日本人の心は破壊されました。

アメリカの対日思想教育は、中国共産党が延安で日本と国民党の捕虜に行った洗脳のノウハウを取り入れたもので、野坂参三もGHQの占領政策に協力していたようです。 

特に、プレスコードは酷かった。

日本の新聞社、出版社に対して、全部で30項目の「書いてはいけないこと」が示され、例えばGHQや連合国、東京裁判への批判は御法度。

しかも、なぜか朝鮮人への批判も禁じられていました。

櫻井 憲法がアメリカによって作られたことも言ってはならないし、ナショナリズムの宣伝も禁止されていたので、日本を素直に見つめることもできなかった。

もちろん、検閲制度の存在自体も明かしてはいけなかった。

百田 検閲だけでなく、焚書も行われました。

図書館や大学の資料館の、連合国にとって都合の悪い出版物を片っ端から処分した。

焚書といえば、歴史上、秦の始皇帝やナチスによるものが有名です。これは最悪の文化破壊であり、歴史破壊です。

櫻井 アメリカが、それと同じことに手を染めてしまいました。

言論、思想、信条の自由を謳うアメリカが、日本に対しては完全な二重基準を適用していた。

そのことをきちんと指摘したのが、江藤淳さんでしたね。

百田 全部で七千点以上の書物が没収され、「大事な資料だから残してくれ」と抵抗する者は、懲役十年以下の刑となる過酷なものでした。 

ポツダム宣言第十条には、「日本国政府は民主主義を推進しなければならない。言論、宗教及び思想の自由、基本的人権の尊重を確立しなければならない」と記されています。

つまりこれは、単なる二重基準を超えた、明白な「ポツダム宣言」違反なのです。

歪められた学問

櫻井 公職追放も酷かったですね。

役所をはじめ、日本にとって重要な職務を任されていた20万人以上が働けなくなったわけですから。

百田 首班指名される寸前の鳩山一郎も公職追放されました。

GHQにとって都合の悪い人物は総理大臣候補ですら処分されるから、ましてや一般人はなおさら下手な囗をきけない。

特に酷かったのは、教育界です。

櫻井

東大や京大の優秀な教授たちも、大量に処分されてしまいました。   

百田 戦前、無政府主義者や革命思想の持ち主は、帝国大学から追い出されていました。

ところが戦後、彼らがGHQのお眼鏡にかなって続々と教壇に復帰し、やがて大学教育を牛耳ってしまった。

その思想が高等・中等教育にまで浸透し、今に至ります。

櫻井 真っ当な考えを持っていた学者が、GHQに気に入られるために転向するケースもありました。

その典型が、憲法学者の宮澤俊義さんですね。

百田 彼は日本国憲法に批判的で、日本国憲法はGHQによる「押しつけ憲法」だと言っていました。

ところが、GHQにパージされる同僚たちの姿を目の当たりにし、考えをガラッと変えてしまう。

櫻井 百八十度変わりましたね。

百田 新たに主張し始めたのが「八月革命説」です。

簡単に言うと、19458月のポツダム宣言受諾は一種の革命で、そのとき日本は天皇主権から国民主権に変わった。

つまり、日本国憲法は革命によってできた正しい憲法だ、という考え方です。

櫻井 宮澤さんはその後、東大憲法講座のトップに君臨し続けました。

百田 縦社会の大学では、助教授や助手によって宮澤憲法学が「ありがたいお言葉」として継承されていく。

事実、東大ではいまだに八月革命説が正しいと教えられているようです。

司法試験でも八月革命説が通説になっていることを考えると、日弁連がおかしな組織になってしまったのも頷けます。 

暗記だけの入試で東大に入った「受験エリート」がこんなトンデモ学説を勉強させられる。

財務省にせよ文科省にせよ、いまニュースを騒がせている官僚たちは漏れなく東大法学部出身でしょう。

自分でものを考えることができないから、「面従腹背」などと言って政治の足を引っ張ることしかできないのです。

櫻井 外務省にも、国益を考えない官僚が大勢みられますね。

百田 もう一人、紹介したいのが横田喜三郎です。

彼も東大法学部の権威ですが、日本国憲法は押しつけではないと言い続け、占領中には天皇制廃止を唱えた『天皇制』という本も出している。 

ところが晩年、最高裁長官に任命されると、門下生を集めて神田の古書店で自らの本を買い漁って処分した。

「さすがに天皇制廃止はマズい」と思ったわけです。

だから、彼の本はなかなか見つからない。

櫻井 酷いことを、恥ずかしいとも思わずにしてしまうのですね。

学問が歪められてしまったことは、悲劇と言うほかありません。

朝日新聞の変節

百田 裏を返せば、それだけGHQの締め付けが厳しかったということです。

当時「世界最貧国」だった日本で仕事を失うことは、文字通り生死に関わりますから。

櫻井 家族も養わなければならないという意味で、追放された人たちにとっては、まさに生きるか死ぬかの奈落に突き落とされるような酷い状況でした。

百田 もう一つ言っておきたいのは、公職追放を主導したGHQの民政局には、20万人以上の日本人をリストアップできるほどの人員がいるはずがありません。

では、これを手伝ったのは誰だったのか。

櫻井 日本人ですね。

GHQと協力し、日本人を追放した日本人がいたということです。

百田 社会主義者、共産主義者は、公職追放の機を利用し政敵を排除しました。

企業内でも、上司や同僚を追い落として出世したケースも多数みられたようです。 

*戦後のドサクサに紛れてNHKを始めとしたメディアに多数の朝鮮総連関係者等が潜り込んだ事を高山正之は教えてくれたのだが、彼ら、或いは、その末裔が未だにNHK、テレビ朝日、TBS等を支配している理由は、上記の様な追い落としがあったゆえだろう*

特に教職追放は酷く、最終的に十万人の教職員が辞職に追い込まれています。

戦前の師範学校卒業生の多くが辞めてしまいました。

櫻井 師範学校は優秀な人材を育てたことで知られていますね。

本当に惜しいことをしました。 

朝日新聞が変わってしまったのも、この時期です。 

「“正義は力なり”を標榜する米国である以上、原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用以上の国際法違反、戦争犯罪であることを否むことはできぬ」 

この、鳩山一郎さんの談話を掲載したことがGHQの逆鱗に触れ、朝日新聞は二日間の発刊停止処分を受けました。

それ以来、朝日新聞は自虐史観を積極的に発信する現在の論調に舵を切り、その「反日病」が治らないまま今日に至っています。

百田 占領軍が去った後は表現の自由が戻ってきたものの、占領下の7年間は、新聞社や大学に社会主義者や共産主義者が根を下ろすには十分すぎる時間でした。

櫻井 現役の朝日記者には、自社の歴史を振り返り、先輩たちの報道がどんな風に変わったのか、知ってほしいですね。

百田 1951年、マッカーサーがアメリカに帰国する際、朝日新聞は天声人語でこんなことを書いています。 

「マッカーサー元帥ほど日本人に広く深く影響を与えた外国人はない。また彼ほど大多数の日本人に親しまれた外国人も少ない。バターン(半島)以来、六十歳から七十歳までの十星霜、日曜も誕生日も休まぬ労苦に満ちた歳月だった。講和の完結も見ず信念に殉じてやがて日本を去るマ元帥に対して『太平洋の偉大なる懸け橋』として深い敬意と惜別とを感ずる」 

まるで、北朝鮮か中国の機関紙でしょう(笑)。

櫻井 恋文みたいですね(笑)。

百田 実現こそしなかったものの、「マッカーサー神社」を作る動きもみられ、発起人には当時の朝日新聞、毎日新聞の社長が名を連ねていました。 

乃木希典を祀った乃木神社をはじめ、実在の人物を神社に祀ることはよくありますが、みな亡くなった方です。

まだ生きている人間を祀るなんて(笑)。朝日新聞にとってマッカーサーは「現人神」だったということです

この稿続く。


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