以下は前章の続きである。
安倍首相の反論
さらに、産経の記事が出て、10日後の2月22日、閣議で政府答弁書が決定されました。
鈴木宗男氏の質問主意書に答えたもので、「この報道は事実か」という質問に対して、政府は「お答えすることは差し控えたい」という答弁書として決定しました。
つまり、否定できないけれども、認めないという玉虫色の決着をつけたのです。
この決定を受けて、メディアが自ら取材すれば証言してくれる政府高官や外務省幹部を見つけることはできたと思います。
でも、ほとんどのところが黙殺しました。なぜ、このような動きになったのか。
昔から続く北朝鮮への配慮なのか、それ以外の何らかの理由があるのか、価値判断がおかしくなっているのか…その理由はわかりません。
この外務省の文書欠落に関して、このまま世の中から忘れ去られていくのかと思っていたのですが、第二次安倍政権になって、突然、田中氏が『毎日新聞』紙上で、政府の外交姿勢に対して批判を展開し始めたのです(2013年6月12日付)。
その田中氏の批判に対して、安倍首相が即日、フェイスブックで反論しました。
「彼(田中氏)に外交を語る資格はありません」と。
そしたら、例のごとく、田中氏のシンパである朝日新聞が社説で「個人攻撃だ」とかみついてきました。
朝日の社説をよく引用する、当時の民主党幹事長、細野豪志氏がやはり朝日と同じ趣旨の批判をした。
ところが、朝日も細野氏も安倍首相のフェイスブックの一番大事な個所を読み落とすか、わざと無視しています。
「外交を語る資格はない」と書いた直前の文章で、「あの時田中均局長の判断が通っていたら5人の被害者や子供たちはいまだに北朝鮮に閉じ込められていた事でしょう。外交官として決定的判断ミスと言えるでしょう。それ以前の問題かもしれません。そもそも彼は交渉記録を一部残していません」と書かれていました(下線筆者)。
この大事な一文をまったく取り上げないとなると、どこまで田中氏を中心にして、グルになっているのかと勘ぐってしまいます。
安倍首相がフェイスブック上で、直接、総理大臣として「交渉記録を残していない」と書いたのにもかかわらず、野党やマスコミは田中氏を批判したことだけを取り上げ、安倍首相が何を批判したのかの重要ポイントは無視を決め込んでいます。
安倍首相に対しての批判は野党だけではありませんでした。
自民党の小泉進次郎氏は、安倍首相に対して自制を求める発言をしています。
こういう発言をする進次郎氏を見るにつけ、彼はポピュリストで、本質をとらえることができない人だなという思いを拭い去ることができません。
ちなみに、このやり取りのあと、拉致被害者の有本恵子さんの父、明弘さんと私か電話で話をした際のことです。
明弘さんは、「メディアが田中氏に語らせるのは悔しい。外交官が自分でチョンボをしておいて、反省もせず、首相に文句を言う。田中氏は被害者家族と顔を合わせもしない。細野氏は野党だから、まだいいねん。でも、小泉氏が言うのはいかん。当時のことを何もわかっていない」と怒りをにじませていました。
小泉進次郎氏の父、純一郎元首相が、田中氏を重用し、北朝鮮との交渉に当たらせたのは事実です。
それを差し引いても、親子で安倍政権への批判を続けていることには、違和感を覚えざるを得ません。
さらに田中氏は、帰国した拉致被害者を北朝鮮に戻すべきだと主張しています。
田中氏自身は「そんなことを言っていない」と反論していますが、当時、田中氏と直接この問題を議論した人たちの多くが、「田中氏は議論の過程で、帰国者は一度、北に戻すべきだと言っていた」と証言していますから、疑いようがありません。
安倍首相のフェイスブックを受けて、記者会見で記者が、「記録の一部は残っていないのか」と菅官房長官に質問したこともありました。官房長官は「そういう見解だ」と真っすぐ答えたのですが、この官房長官の発言もまた、どこの新聞社もろくに記事として取り上げていないのです。
2013年7月、参院選がありましたが、その際、日本記者クラブで、党首討論会が開かれました。
討論会に臨んだ安倍首相に対して、記者クラブ側が安倍首相の田中氏批判にかみつきました。
それを受けて安倍首相は、「小泉純一郎元首相が訪朝する前の田中氏の記録が二回分残っていない。本人に確かめたら『知らない』と言われた。外交官として間違っている。外交官の基本を踏み外していておかしいじゃないか、というのが私の正義感だ」と明言しています。
しかし、この発言も記事になっていません。
その後、田中氏は米朝交渉や日朝関係について、講演会などでのうのうと偉そうに持論を述べているようです。
でも、メディアはその発言については放置しているか、さもなくば大々的に取り上げることがあります。
本末転倒も甚だしいと言わざるを得ません。
日本の言論空間は一体どうなっているのでしょうか。