以下は21世紀に生きる人間で真実を知りたいと思う人間には必読であると私が購読を薦める月刊誌4誌の内のWiLL今月号に掲載された、アメリカ政治を語る「資格」、と題して掲載された島田洋一氏の連載コラムからである。
文中強調は私。
アメリカ政治を研究してきたせいで、「トランプア弾劾はあるのか」とよく聞かれる。答は「予見しうる将来ない」だ。
『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』、CNNなど反トランプ主流メディアの報道だけを見て、あるいはそれらを受け売りするNHK、共同通信などの報道だけを見て、「トランプはいよいよ追い込まれた」などと解説するコメンテーターがテレビ画面に溢れているが、論外である。
もし、『朝日新聞』やNHKニュースだけを見て、「安倍首相はいよいよ有権者に見放された」などと解説する欧米の「日本専門家」がいれば、我々は失笑し馬鹿にするだろう。
アメリカ政治の“今”を語る資格がある人かどうか、端的に知る方法がある。
「ラッシュ・リンボーについてどう思うか」と聞いて「誰それ?」あるいは「名前は聞いたことがあるがよく知らない」などの答が返ってきたら、ニセモノと見なしてよい。
リンボー(1951年生まれ)は、長年「草の根保守」に強い影響力を持ち、またその意向を代弁するトークラジオのレジェンド的存在である。
1980年代後半、AMラジオはアメリカにおいても消えゆくメディアと思われていた。
それを復活させたのが保守系トークラジオだった。
レーガン政権の規制緩和により、特定の政治的立場から「敵」を叩きまくる番組も許されることになり、ブラック・ユーモア溢れる弾丸トークのリンボーがブレークした。
公正やバランスはラジオの世界全体で取ればよく、個々の番組は自由であってよい、というのが規斷緩和の発想だった。
左派のメディアも、代表的論敵としてリンボーをよく引用する。
つまり、リンボーを知らないというのはアメリカの左右の論壇いずれも知らないというのと同義である。
専らアメリカ外交や経済を論じるなら、リンボーを知らなくてもよいだろう。
しかし、トランプ弾劾があるや否や、すなわち米国内の政争、とりわけ草の根保守の動向がカギを握る政争について論じようとするなら、リンボーを知らないでは困る。
トークラジオの三大人気ホスト、リンボー、ショーン・ハニティ(1961年生まれ)、マーク・レビン(1957年生まれ)の番組は、いずれも月曜から金曜まで毎日3時間の枠で放送される。
かつて日本では聴取が難しかったが、今はスマートフォンに番組のポットキャストをダウンロ-ドしておけば、毎日音声ファイルが送られてくる。好きな時に聴けばよい。
コマーシャルがカットされているため、生で聴くより効率的でもある。
私自身は最近レビンを最もよく聴く。
憲法の専門家で、レーガン時代の司法省に勤務経験がある。
ジョン・ボルトン大統領安保補佐官がよくゲスト出演するのも、この番組の魅力である(超多忙なボルトンが時間を割くこと自体、トークラジオの影響力を物語っている)。
レビンとハニティは、CNNとケーブルニュース界の覇を競う保守系のFOXテレビにも高視聴率の番組を持っている。
ラジオに特化したリンボーのポットキャストは有料だが、トランスクリプト(文字起こし版)が無料で読める。
私は時間の関係で、最近は文字版の方を愛読している。
トークラジオでなければ保守派の本音を窺いにくい例を挙げておこう。
先頃共和党の長老ジョン・マケイン上院議員が亡くなり、党派を超えて追悼の声が溢れた。
「一匹狼」(maverick)の異名にふさわしく造反を恐れない人たった。問題は造反の方向である。
軍事力行使については、マケインはほぼ常に積極派だった。
戦争屋とも揶揄された。
一方、内政問題ではリベラル派に寄り添うことが多く、ロシアゲートでもトランプ大統領に冷ややかな発言が目立った。
そのため主流メディアは競ってマケインにコメントを求めた。
その分、トークラジオでの評判は特に近年悪かった。
レビンは、「マケインは立派な兵士だったが、駄目な(lousy)上院議員だった」と総括している。
さて冒頭の問いに戻ろう。
なぜトランプ弾劾はないと言えるのか。
トークラジオの雄たちが揃ってトランプ支持のトーンを高めているからである。
弾劾には上院で三分の二以上の賛成がいる。
草の根保守が雪崩を打ってトランプを見捨てない限り弾劾はない。