以下は週刊新潮今週号「変見自在」に掲載された高山正之の論文の続きである。
が、その10年後の日露戦争で驚きは脅威に変わった。
日本人は白人国家に初めて勝っただけではなかった。
ギリシャの昔から海戦は互いに船の舳先で相手艦の脇腹を衝く衝角戦法を採ってきた。
しかし日本艦は相手に触れもせず、装甲戦艦以下40隻のロシア艦隊を沈めてしまった。
日本は海戦の形まで変えたのだ。
「日本を脅威と思う」とセオドア・ルーズベルトは友人マハンに書いている。
白人国家の面子をかけ日本を倒すことが米国の為政者の宿命になった。
で、セオドアは早速日露講和の仲介に出て日本に一寸の領土も一銭の賠償金も入らないよう仕組んだ。
さらに厄介な朝鮮を日本に押し付けた。
二つの工作で日本経済を大きく疲弊させるのに成功した。
ウッドロー・ウィルソンは広報委員会(CPI)を使って日本と支那を離反させるのに成功し、ハーディングは日英同盟を破棄させ、日本を孤立させた。
支那は秦の昔から長城の内側が領土だが、フーバーは「満洲もチベットも支那の領土」と嘘を捏ね、満洲国を非合法化し、日本を国際連盟からも追い出した。
フランクリン・ルーズベルトは半世紀かけた日本潰しの仕上げに真珠湾に罠を仕掛け、なんとか白人の脅威を取り潰した。
しかし日本は甦り、経済でもマナーでも再び世界の驚嘆を誘っている。
ニューハンプシャー州議員ニック・レバッサーが「核爆弾二発では足りなかった」と言ったのはそういう劣等意識の裏返しだ。
なぜあの戦争が起きたのか。
米国という鏡を通せばよく見えるはずだ。