2023年5月10日 長崎県
唐人屋敷跡
長崎県長崎市館内町
江戸時代、十善寺郷幕府御薬園(現:館内町)に設置され、出島と共に海外交流の窓口として大きな役割を果たした中国人住居地区跡。現在は「唐人屋敷象徴門」が建っています。
周囲を練塀や堀で囲まれた唐人屋敷は、約9,400坪の広さと、約2,000人の収容能力をもち、瓦葺き2階建ての長屋が約20件ありました。長崎の商人たちが入れたのは屋敷入口の二の門までで、中に入ることを許されたのはなんと遊女だけ。また館内町には当時の道路や石垣、空掘などの歴史的遺構が多く残っている。
▼唐人屋敷象徴門
▼土神堂
土神の石殿が土神堂です。土神とはその名の通り、土を司る神(民間信仰で郷土の守護神)のことです。
▼レンガの倉庫(詳細不明)
▼天后堂
元文元年(1736年)、南京地方の人々が航海安全を祈願し、航海安全の女神である天后聖母を祀って建立したものと言われている。その後、寛政2年(1790年)に修復され、現在の建物は、明治39年に全国の華僑の方々の寄付で建てられたもの。
▼福建会館
明治元年(1868年)、「八ビン(はびん)会館(ビンは正式には門構えに虫の表記とする。)」として発足し、その後明治30年に建物を全面的に改築し、福建会館と改称した。会館本館の建物は、原爆により倒壊したため、現存するのは、正門と天后堂などである。
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