「車引」は菅原道真公の左遷に関連する『菅原伝授手習鑑』の一部(三段目)で、ここだけ切り取られると何が何だか分からない内容のため、
歌舞伎初心者にはやや辛い演目だと思われます。
内容云々でなく、歌舞伎の様式美をたっぷりと見せるものなので、役者はいつもにも増して責任重大だといえるでしょう。
こうした重厚な時代物は、楽しめなければ居眠り続出となりかねません。
三つ子の兄弟(それぞれ明らかな違いがあって三つ子には見えませんが)を誰が演じるかが見どころの一つです。
今回は松緑@松王丸、巳之助@梅王丸、壱太郎@桜丸で若返っていて新鮮な配役。
加えて松王丸が仕える、ときの権力者・藤原時平を何と猿之助が勤めました。
いやぁ~、面白かった。
「車引」をこんなにしっかり観たのは久しぶり。
最も驚いたのが巳之助君。
すごい立派。この人こんなに大きかったかしら? と思える抜群の存在感。
どっしり構えて荒事のお約束、足の指を1本だけ反らせてどっかと座っていました。
台詞にも安定感があって、十代の頃、浅草歌舞伎で「おいおい、大丈夫か? この先歌舞伎役者としてやっていけるの??」と
不安を感じたことが嘘のよう。
成長しましたね~。
松緑はこういう時代物はまさにはまり役で、歌舞伎人形みたい。
可愛いと言っては失礼かもしれませんが、他の二人との年齢差を全く感じない少年のような可愛らしさなんです。
歌舞伎の錦絵から抜け出してきたキャラクターのよう。
猿之助は青の筋隈が似合ってました。
巨悪の時平を勤めるには、ちょっと違うかなという懸念が一瞬で吹き飛んだ堂々たる姿。
顔もすごく綺麗でした。
もう一つの「猪八戒」ではいつもの猿之助の顔に戻り、一時間近く出ずっぱりで動き、舞い続けました。
猿之助@猪八戒と猿弥@妖魔の踊りは息ぴったり。
葵太夫の台詞に見事に乗っていて軽やか。
傍目に見てても相当体力を使う舞台だと分かり、最後の方で大勢と立ち回りをする場面では猿之助にやや疲れが見えました。
でも、早替りや宙乗りをしなくてもこの人には技があります。
その技を存分に披露できる演目を選んで、これからも見たことのない舞台を展開していっていただきたいものです。
今月の歌舞伎座はコロナで三部制になってから初めて三部とも見て、どれも外れナシ!