つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

さて、もう一冊

2006-08-09 23:51:40 | ミステリ
さて、何となく少年探偵団を読みたくなった第617回は、

タイトル:安楽椅子探偵アーチー
著者:松尾由美
文庫名:創元推理文庫

であります。

以前読んだ『銀杏坂』が結構面白かったので、もう一冊手に取ってみました。
安楽椅子のアーチーが、小学生・及川衛の持ち込む謎を解いていく、安楽椅子探偵物(笑)です。
中編集なので、一つずつ感想を述べていきます。

『首なし宇宙人の謎』……誕生日プレゼントのゲーム機を自分で買いに行くことになり、二万八千円もの大金を手にした及川衛。だが、彼は骨董品屋に置かれていた年代物の椅子に心惹かれてしまい、所持金すべてを使ってそれを購入してしまう。帰宅し、椅子に腰掛けてみると――。
ちょっと好奇心の強い小学生・衛と心を持つ安楽椅子アーチーの出会いを描く前半、学校で起こった奇妙な事件の謎を解く後半、の二部構成。重要なサブキャラとしてミステリ好きの同級生・野山芙紗を登場させたり、アーチーの過去の話を出したりと、後の三編の地盤固めをしている。謎解きは安楽椅子物の基本を踏襲して、『探偵の強引な仮説がそのまま、助手の知る事実と符合する』というタイプになっているため、あまりこだわらずに雰囲気を楽しむべき。

『クリスマスの靴の謎』……衛の父が体験した奇妙な事件。それは、酔っぱらいに絡まれていた男が、なぜか片方の靴を残したまま逃げ去ってしまった、というものだった。アーチーに相談することに慣れっこになってしまった衛は、再び相棒の推理力に期待するのだが――。
一見、まったく関連性のない二つの事件を重ねていく作品。靴の謎はなかなか魅力的だが、これまた裏技的な手法を用いているので、深く考えると肩すかしを食らう。モロにホームズ的な人物予想を披露したり、大人として衛に一言釘を刺したりと、アーチーの魅力が炸裂しているのは嬉しいところ。ただ、今回の事件の中心にいる人物の『衝動』については、さっぱり解らないというか、説明しきれてないなってのが正直なところ。

『外人墓地幽霊事件』……衛達は一級下の四年生を連れて、外国人墓地に来ていた。暴れる後輩達を押さえていると、眼を輝かせた芙紗が近づいて来て、ある張り紙を指さす。そこに書かれた英文には、なぜかTの文字にだけピンク色の落書きがしてあった――。
良くも悪くも、芙紗が主役の話。謎を求める願望が強すぎる彼女の決めつけ推理には閉口した。「何か意味があるに決まってるでしょう?」って、君は何かあって欲しいだけだろうに。ただし、最後の最後に今回のキーパーソンに対する感想を述べるくだりは結構好き。珍しく彼女が子供らしい意見を口にしており、非常に興味深いものがある。衛君は……押されまくってて影薄い。(笑)

『緑のひじ掛け椅子の謎』……アーチーに関係がある、と前置きした上で、芙紗は月刊推理世界という雑誌を取り出した。彼女は新人賞選考結果のページを開き、その中の一つ『緑のひじ掛け椅子』を示す。そこに書かれていた粗筋は、以前、衛が聞いたアーチーの過去そのものだった――。
いきなり話のスケールが大きくなる完結編。アーチーの謎、彼の元の主人の謎、それに関わった人々の謎を一気に解決するため、安楽椅子探偵物ではなく、ハードボイルドに近いノリで派手な話が展開される。もっとも、どこがどうプロなのかさっぱり解らない間抜けな敵が現れたり、大事になるかと思いきや意外に爽やかなオチが付いていたりと、本書のカラーから逸脱しないような工夫がしてあるのは好感が持てる。ただ、他の三編に比べて妙にファンタジー色が濃いのは、好みが分かれるかも知れない。

全体的に、どこか懐かしい感じのするミステリです。
孫役とお爺ちゃん役という役割分担に、人間と椅子という立場の違いを加味することで、一風変わった感じに仕上げているのが面白いところ。
しかし何と言うか……安楽椅子が探偵やるから安楽椅子探偵、って凄い発想ですね。(笑)

ただ、反対意見を述べる立場にある衛と芙紗がかのワトソン氏ほど優秀でないため、アーチーの解説が長ったらしくなっているのはちと難。
おまけに、衛は人間関係の類推が妙に細かく、芙紗はミステリ関係のマニアっぷりが凄まじかったりと、二人ともちっとも子供らしくないのはどうかと。
ファンタジー的要素も飽くまでオブラートに過ぎないので、雰囲気重視の方にはちょっと辛いかも知れません。

出来の悪い作品ではないのですが、オススメかと言われると……微妙です。
童話にするなら童話、ミステリにするならミステリ、はっきり割り切ってくれた方が好みかな。