あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

続カタツムリ歩行で新松戸駅周辺を歩く(千葉)

2016-12-20 18:47:59 | カタツムリ歩行
 2016年12月18日(日)

 今年最後の続カタツムリ歩行、第40回例会に参加した。集合はJR武蔵野線と常磐線
とが交差する新松戸駅。11月下旬並みの暖かさになるという予報で参加者も多め。10
時02分に南西側の出口をスタートした。


 常磐線に平行する道路を南へ、T字路を左折して、1車線を交互通行する車道に付けら
れた細い歩道で線路の下を東に抜ける。


 幸谷(こうや)の住宅地を進むと、民家の庭先にユズに似た大きな実があった。
      

 広い車道を横断して幸谷小の先の細い十字路を左折し、急な斜面林を上がり幸谷観音に
行く。

 観音堂に参拝したら、正面にお前立ちらしい観音像のお姿が見えた。
 

     
 観音堂の前には大きなだるま像が祭られ、北側にはイチョウの古木がすっかり葉を落と
して枯れ枝を広げ、さらに松戸市保護樹木のモッコクの古木も目に付く。
   

       

 境内には古い石塔3基が並び、右手の観音像は貞享2年(1685)、真ん中の観音像
には宝永3年(1706)と刻まれていた。その横の六地蔵もかなり古そう。



 モッコクの下には、松戸史跡七福神の布袋尊がどっしりと座る。道路際のモミジが彩り
を残す。
    

 道路を挟んだ東側が福昌寺、こちらの方が狭いが観音堂は福昌寺のもののよう。福昌寺
の創建は天正5年(1577)、観音堂境内は観音下遺跡と呼ぶ縄文時代後期の貝塚があ
ったという。

 境内のヤツデが見頃の花を見せている。


 台地下に戻って東へ、二ツ木(ふたつぎ)の住宅地を南東に進み、水戸街道・国道6号
側から蘇羽鷹(そばたか)神社に上がる。同じ読みの蕎高(そばたか)神社は、この歩き
で訪ねたことがあるような気がするが、蘇羽鷹神社という名の神社に来たのは初めてだ。

 創建以前、この地には千葉孝胤が治めた三ヶ月(みこぜ)の馬橋城があり、その廃城後
に千葉氏の加護を受けて天正4年(1576)創建されたとか。江戸前期の万治元年
(1658)など再建の記録があるようだが、現在の社殿は昭和51年(1976)の火
災で焼失の4年後に再建されたようだ。

 境内の庚申堂には青面(しょうめん)金剛が祭られ、社殿の南側にも数基の青面金剛と
庚申塔などが並び、そのひとつには享保3年(1718)と刻まれていた。


 国道6号を北進して、JR武蔵野線の高架下を抜ける。


 北部市場交差点を左折して小金消防署の手前を西側に入り、光明寺に行く。

 近代的なコンクリート造り白亜の本堂で、境内は開放的。境内には市の保護樹木のイチ
ョウがあるが、葉はすっかり落ちていた。
     

 日当たり良い南側土手には、タンポポに似た花が咲いている。
   

 背後の車道に戻って幸谷(こうや)を西北へ。バス停「関さんの森」の先を少し回り込
むと、その森の主、関家の正門があり、第3日曜は公開と記されているが門は閉じている。
    
 門前にパンフレットがあったのでもらい、少し戻って北側へ、関さんの森の「屋敷林」
と呼ぶエリアに南口から入る。
     
 関さんの森は、幸谷村で代々名主をつとめた関家から寄贈された庭や屋敷林を保存し、
市民などに公開しており、国の都市緑地法による「特別緑地保全地区」に指定されている
という。

 「屋敷林」のエリアには樹齢100年以上のスダジイやケヤキなどがうっそうと茂り、
木製の遊具なども設置されている。
     


 モミジも残る遊歩道を一巡して湧水池のそばの北口に出た。




 正午近くなったので、後はゴールを目指すことにする。小金清志町の車道を北東に進ん
で東漸寺(とうぜんじ)の森の西側を通過し、JR常磐線の北小金駅構内を北に抜ける。

 駅に近い、ゴールの鹿島神社には12時05分に着いた。

 簡素な造りの社殿に参拝し、この1年も続カタツムリ歩行に参加出来たことに感謝して
から昼食にした。


 皆さんが食事を終えた頃、事務局のDさんがビニールシートを広げ、年末恒例の観歩賞
の賞品がたくさん並べられ、参加者は何をもらおうかと品定めする。


 記念撮影後、年間参加回数の多い順に観歩賞が授与され、賞品を自分で選んでいただく。
私は今年の例会10回中、参加は8回だった。


 その後ミーティングをして、13時に解散となる。帰路は、午前中寄れなかった東漸寺
などを回って新松戸駅に戻ることにする。


 北小金駅の南口に出て、イオンの南西側交差点を渡る。水戸街道小金宿の表示と、小金
宿の歴史を記した新しい説明板があった。
     

 200m余り南進して東漸寺の山門を入る。東漸寺には、3年前のやまさんの「関東百
駅巡礼歩行」の第99番で流鉄の小金城趾駅から来たのを思い出す。


 大きなクロマツなどに囲まれた長い参道には3つの山門があり、途中にはモミジの紅葉
が残る。
    

 東漸寺は、文明13年(1481)の創建で、高城(たかぎ)氏の小金城への移転とと
もにこの地に移ったと伝えられているとか。江戸時代には浄土宗の学問所である関東十八
壇林のひとつとして発展し、7世住職照誉了学(しようよりようがく)はのち芝増上寺の
17世となり、2代将軍秀忠の葬儀には大導師を務めたという。


 二つ目の仁王門が一番大きく、入ったところにもモミジの彩りが残る。
    


 最後の中雀(ちゅうじやく)門↑を入ると正面にどっしりと本堂が構え立つ。



 本堂前には、ともに市の保護樹木である松の古木とシダレザクラが大きく枝を広げてい
る。



 シダレザクラの横は観音堂で、参拝後中をのぞくと金色の観音様を拝顔できた。
     


 近くには小金宿で生まれた明治維新の志士、竹内廉之助と哲治郎兄弟の石碑が並び立つ。
本堂近くのスイセンが花を開いていた。
    


 鐘楼の横から、林間を西側の道路に下る。広い境内の台地下を東から南東へと進み、小
金上総町の山王児童公園の北東隅にある日枝神社に入る。

 日枝神社は、寛文8年(1668)の創立、江戸山王権現を勧請して山王神社だったが、
明治初期の神仏分離令で廃社の恐れが出たため仏教的名前の日枝神社に改名したという。
それで、公園の名が山王なのだと了解した。

 ここも簡素な社殿で境内も狭いが、拝殿前には寛延年代〈1748~51〉の青面金剛
塔などが残っていた。
       

 小金清志町二丁目の住宅地を西に抜け、関さんの森の近くの変則十字路を渡って幸谷の
古くからの集落へ。

     
 斜面林の中の細道を下り、新松戸駅東側近くで武蔵野線のガード下を南に下り、さらに
新松戸駅に近い赤城神社に行く。

 社殿は堂々としたコンクリート造り。社殿の東側に立つご神木のクスノキの古木が大き
く枝を広げ、この社の歴史を伝えているようだ。
     

 武蔵野線のガードを戻って西へ、さらに駅近くのガードを越えて南に回り、往路の常磐
線下の細いガードを戻り、新松戸駅に14時45分に着いた。

 好天で、気温は15℃前後と暖かくなり、12月とは思えぬ快適なウオーキング日和だ
った。

(天気 快晴一時晴 距離 5㎞、地図(1/2.5万) 松戸、歩行地 松戸市、歩数
 9,500・帰路通算8㎞、歩数 17,400)




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