住職の独り言

~ご縁に触れて~

人の世は…

2017年07月25日 | 独り言

その人に力があり、利用する価値がある間は群がり

ひとたびその人の力がなくなり、利用価値がなくなるや

たちまちに離れ去る

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庄松さん

2017年07月24日 | 独り言

讃岐の庄松というお同行がおられました

庄松さんがおかみそり(帰敬式)の時、

庄松さんが終わって

門主が次に移られようとした時、

庄松さんはご門主の袖をつまみ

「兄貴、覚語はよいか!」と問いかけた!

という、その後、

ご門主は庄松を部屋に呼んで

「先ほどは確か、覚悟は良いか、と言われたが、そのたの後生の覚悟はどうなのか?」すると

庄松は、阿弥陀さまを指して

「あっちに聞いてくれ!」言われたという

…私が救われるのは

私が信心することでもなく

私が自分を整えるんでもなく

愚か者のこの私を

如来さまの「必ず救う」とのお喚び声に

信順するのみであります

お救いは阿弥陀さまのお仕事でありました。

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他力とは

2017年07月23日 | 独り言

他力の信心

他力というものがあって

信ずるのは自力であります

他力の信心とは

信心そのものが他力であり

他力によって信心をたまわる

他力廻向の信心なり

自分の心を捨てるところに

他力の信の心がひらかれる

「自力といふは、わが身をたのみ、わがこころをたのむ、わが力をはげみ、わがさまざまの善根をたのむひとなり。」

(一念多念文意)

「他力と申すは行者のはからひのちりばかりもいらぬなり」

(親鸞聖人御消息)

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もったいない❗

2017年07月22日 | 独り言

「真実信心の称名は 弥陀回向の法なれば… 

不回向となづけてぞ 自力の称念きらはるる」

(正像末和讃)

といふは、

弥陀のかたより、たのむこころも、

たふとやありがたやと念仏申すこころも、

みなあたへたまふ.

(蓮如上人御一代聞書)

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今朝の開花蓮華

2017年07月21日 | 独り言

いよいよ子どもは夏休みになり

夏本番です。

7月21日朝6時現在咲いている蓮華です。

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もうすぐ夏休み

2017年07月20日 | 独り言

松戸市では明日から夏休みです。

と言うことは、今日は通信簿の日だね。

「つうちぼ」

つうちぼのじは

かんじばっかりで

ぜんぜん なにがなにか

わからへん

なんで こんなもんで

おかあちゃんがおこるんやろ

(一年一組 やなぎ ますみ)

【定例法話会】

7月20日(木)午後1時30分~

講師 西原龍哉・山口武典の各氏

(天真寺衆徒)

 

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定例法話会

2017年07月19日 | 独り言

阿弥陀さまが私を救うとのお誓いを信じ

御本願に全托し受け取った姿を

信楽とあらわされました。

【定例法話会】

2017年7月20日(木)午後1時30分~

講師 西原龍哉師(天真寺副住職)

   山口武典師(天真寺衆徒)

どなたでもご自由にお参り下さい。

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無縁仏

2017年07月18日 | 独り言

全国の政令市で2015年度に亡くなった人の約30人に1人が、

引き取り手のない無縁仏となっているという(毎日新聞調査)

この数は10年でほぼ倍増。

最多は大阪市の2999柱で亡くなった人の9人に1人が無縁仏。

その他の都市でも

横浜市979柱(死者31人に1人)

名古屋市607柱(35人に1人)

千葉と川崎では(約35人に1人)

札幌と福岡、北九州では(約60人に1人)

が無縁仏だと言う。

…死者に身寄りがなかったり、家族や親族が引き取りを拒んだりした場合、

死亡地の自治体が火葬・埋葬すると法律で決められているが…

うちのお寺でも、何件かが預けっぱなしで

住所不明の人がある。

どうしたら良いんでしょう…

 

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宇宙の中の私

2017年07月17日 | 独り言

私は宇宙そのもの

私を離れて宇宙なく

宇宙を離れて私なし

阿弥陀と私もしかり

宇宙と私は一体であり

阿弥陀と私は一体なり

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念仏(3)

2017年07月16日 | 独り言

 念仏3、〈真の念仏〉

仏の智慧が念仏となって常に私に働きかけるところに、

自身の闇を知らされ、愚かな私のまま大悲に抱かれ安堵する。

お恥ずかしや、もったいない

自我心を交えず、ただ仏恩の深きを思う

「真実信心の称名は  弥陀回向の法なれば
  不回向となづけてぞ  自力の称念きらわるる」

(正像末和讃)

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