パンプキンズ・ギャラリー

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ダンジョン・ヒルズ・ストーリー・第2章:トリビエヌの杯亭の夜

2016-10-23 19:12:23 | DHS
 店番のこともあり、結局エリナとゆっくり話ができたのは夜になってからになってしまった。

 二人は場所を変え、近くの酒場「トリビエヌの杯亭」で、ちょっと遅い夕食をとりながら話すことにした。
 店の中は多くの酔客や食事を楽しむものたちで賑わっており、席を確保するのに多少苦労したが、二人は店の端っこのテーブルを確保し食事をはじめた。

「……でね、その情報屋のにーちゃんが言うには、なんでもまだ未調査のダンジョンみたいなんだ」

 暖かいアマイモをすりつぶし煮込んだスープとローストした鶏肉、そして黒麦の香りを残すパンを口に運びながら、リリットが話を切り出した。

「で、そのダンジョンの主というのが、なんでも名は知られていないけど、凄い能力と知識を持っていたという魔術師でね、もしかしたら凄いお宝が眠っているかもしれないんだって!」

 リリットが興奮気味に話す。

 そんなリリットの姿を見て、エリナは少し微笑しながら話を聞いていた。

 リリットはいつもこんな感じだった。
 少しでもいい話があるとエリナと一緒に冒険に行こう、と誘ってくる。
 別にリリットにはエリナ以外に冒険者仲間がいないわけではない。リリット自身が企画した冒険でもない限り、彼女は他のメンバー主催の冒険にも参加したりしているようだ。
 ただ、リリットが企画したものには、いつもエリナが同伴していた。
 エリナには、どうしてリリットが私にこんなにかまってくれるのかわからない、というものが心の片隅にあるにはあった。
 確かに多少弓の扱いに長け医学の心得はあるが、リリットのように剣の腕が立つわけでも探検家のように周囲を探索して目ぼしいものを見つけられるわけでもない。
 ただ、エリナはリリットと冒険をしているときは凄く楽しかった。この繰り返される平凡な日常から離れ、謎とスリルの中に身を投じることに心が躍った。

 それに……

「もしかしたらさぁ、この前王宮から盗まれた“グェルドムの言葉”みたいな禁断の魔導書が見つかるかもしれないよ!」

 リリットが目をキラキラさせながら話す。

『それはないと思う……』

 エリナは微笑しながら思った。

 リリットの持ってくる話は、一見いい話のように聞こえるが、実際の儲けはあまりない。
 というのも、元々リリットが請ける依頼や冒険は、あまり危険がないものに限られており、そのため見返りとして得られる報酬や見つけられる財宝もそんなにいいものはないのだ。
 だからエリナも、リリットの冒険には安心して参加できる。
 危険のない冒険、といえば矛盾があるが、エリナにしてみれば非日常を味わいたいだけなのだ。

「そういえば、トゥーリ伯爵様のところで起きた魔神出現というニュース、あれって本当かしら?」

 エリナが最近お隣の領国であるトゥーリ伯爵領で起きた事件について話を振ってみる。

「さぁ? 魔神っていったって、どんなものかもしれないし、それに今どき魔神だなんて」

 リリットが両手で持ったジョッキに入っているミルクをちびりと飲んで答える。
 エリナはそれを見ながら、またちょっと微笑した。

『まだこだわってるのかなぁ……』

 エリナは今年で十八歳になるヒューマンの女の子で、リリットは十六歳のガンバント人の少女だ。
 二歳の年齢差がある二人だが、ガンバント人とヒューマンでは少し成長速度が違うために、ほぼ同年齢ともいえた。
 今エリナが飲んでいるのはエールと呼ばれる多少アルコールが入ったお酒で、そのため彼女の顔も少し上気しいい気持ちでもあった。
 しかし、リリットはいつもミルクしか飲まなかった。
 別に彼女がアルコール類を飲めないのではない。
 飲まないのだ。
 エリナはそのことについては今まで聞いたことはなかったが、おおよそ見当はついていた。
 エリナは、ちょっと可愛いかな、と思われる程度の、いたって普通の女の子だった。
 身長も普通でプロポーションも目立っていいわけでも悪いわけでもない。
ファッションにしたって、街中で売られているものを自然と着こなし、これといった高級志向もない。
 悪い言い方をすれば、特徴がないのが特徴みたいな女の子だった。
 逆にリリットは違った。
 ガンバント人特有の猫耳と尻尾は除くとして、健康的な褐色の肌に顔立ちは愛らしく、愛嬌もあり明るい。
 人目を惹くような容姿をしていたが、だがその身長もプロポーションも、よく知られているガンバント人の女性とは違っていた。
 ガンバント人の女性、といえば、長身でプロポーション抜群のモデル体形、と相場が決まっていた。
 そのため、世の男性諸氏はよくガンバント人の女性に憧れを抱くものだが、リリットは非常に小柄で、そしてプロポーションは、まるで子供そのままだった。
 十六歳になってその外見では、リリットでなくても少しはコンプレックスを抱くかもしれない、とエリナは心の中で思っていた。
 だから、リリットは少しでも身長を伸ばしプロポーションをよくするためにミルクを飲んでいるのかな?とエリナは秘かに勘ぐっているのだ。

 それに、以前リリットがそのことをからかわれたときに激怒した時のことにも思いを馳せていた。
 あれは以前、リリットが「子猫ちゃん」と呼ばれたときのことだ。
 言った当人に悪気はなかったのだろうが、あの時リリットは凄く怒り、言った当人が去った後でもその人への罵詈雑言を喚いていたなぁ、とエリナは思い出した。
 そう、それを言ったのは……

「あれ、子猫ちゃんたちもきていたの?」

 そう、この声だ!

 いきなりの声に現実に戻され、エリナは声の主のほうを見た。

 

 そこには、白い服に身を包んだ、長身で銀髪のヒューマンの青年が立っていた。
 その髪は白銀の輝きを帯びた長髪のストレートで、長さは腰辺りまであるだろうか。
 体は細いが、その肉のつき方はただの痩せではなく、引き締まり無駄な肉がないことを窺わせた。
 顔は端正で、切れ長の目にはエメラルド色の瞳が覗き、その瞳には何かしら悪戯っぽい色が浮かんでいる。
 物腰は上品で、やや軽薄そうな雰囲気もなくはないが、しかし、決して薄っぺらな感じはしない。
 これだけ完璧ともいえる男性に、エリナは今まで会ったことはない。
 と、以前初めて出会ったときに思いはしたが、今の感想はやや違っていた。
 その皮肉な感じを表した、やや歪んだ口元が、その魅力をいささか損ねているように彼女には感じられた。 
 でも、彼女は少しだけ憧れを感じないわけではなかった。名前は……

「ローレン、何か用? 用がないならあっちに行って!」

 リリットが棘のある声で答える。その顔は明らかに不愉快そのものになっていた。目には殺気が宿っている。

「そんなこというなよ、俺たち外民区の住人同士だろ」

 ローレンが気安くリリットの肩に手をかける。それをリリットは手荒く手で払い、

「アンタなんかと一緒にされちゃ困るわ。どうせまた、なんか危ないものでも見つけてどこかの如何わしいお店に売り払ってきたんでしょ」

 リリットがローレンの顔も見ずに答える。

「危ないっていったって、扱いさえ間違わなければお宝だよ。それより子猫ちゃんたちは、また冒険でなにか見つけたのかなぁ?」

 ローレンは勘ぐるように聞いてくる。だが、その口元がやや嘲笑気味に歪んでいるところを見ると、決して期待しているわけではないのだな、とエリナは思った。
 ローレンにしてもリリットたちの噂は聞いているはずだ。
 決して危険な冒険には出ない冒険者。
 女の子たちの冒険ごっこ隊。

「これから行くところよ。アンタには関係ない」

 リリットが無愛想に言葉短かに答える。
 その返事にローレンは肩をすくめ、

「そう。それは残念。もし暇だったら誘ったのに」

 その言葉にエリナがちょっと興味を持った。

「ローレンさん、またどこかに冒険にいらっしゃるの?」

 ちょっとエリナは興奮した。ローレンは自分たちとは違い、本格的な冒険を幾つもこなしている。
 やや軽薄そうな雰囲気とは裏腹に、実力も経験も兼ね備えた本物の冒険者。
 それがエリナがローレンに少し憧れを抱くもう一つの理由だった。

「ええ、お嬢さん。ちょっといい出物が見つかりましてね。今ちょっとその下調べをしている最中で。これはけっこうデカイ山ですよ」

 ローレンがニコリとしながら応える。その顔には先ほどのような皮肉な色はない。
真摯に冒険に臨むものの顔だな、とエリナは思った。

『私たちとは違うな。これが、本物の冒険者の顔、というものなのかな……』

 そんなことを思いながら、エールの入ったジョッキに目を落とす。
 そこには、やや頬を赤らめた自分の顔が映っていた。

『ヤダ……酔ってるのかな?』

「まぁ、せいぜい頑張りなよ。子猫ちゃんたちは子猫ちゃんたちなりにやっていけば、きっといつかはデカイ山も扱えるようになるから。じゃっ!」

 そういうと、ローレンは現れたときと同じように風のように去っていった。

 後には、渋い顔のリリットとやや頬を赤らめたエリナだけが残された。

「なに、アイツ~! 最悪~! もう、本当最低!!」

 そう叫ぶと手にしていたミルクが入ったジョッキを一気にあおる。
 周囲の客たちは酔っ払いか何かが酔った勢いで騒いだのかと思い、リリットの飲みっぷりに喝采を送る。
 それに気をよくしたリリットは、先ほどの不機嫌さも忘れ、ちょっと照れ気味に周囲に手を振って、食べかけだったローストした鶏肉に手を伸ばした。
 エリナはそんな中、小さく溜め息をつき、

「リリット。なにもローレンさんをあんなに邪険にすることないじゃない。そりゃ、気にしていることを言われるのは嫌だろうけど」

「アイツのことは黙ってて。アイツとアタシとは馬が合わないっていうか、とにかく気に入らないの!」

 リリットはパンや鶏肉を口に運びながら答える。
 エリナはまた小さく溜め息をつき、

「まぁ、いいわ……それより、次の冒険のことだけど」

 そう言うと、リリットは食べるのをやめ、いきなりテーブルに身を乗り出し、

「うん。どう? 一緒に行かない?」

 口早にしゃべる。その目は期待にキラキラと輝き、身はエリナのほうに倒れんばかりに乗り出している。

「私は一緒に行ってもいいかな、って思っている。危険はないんでしょ?」

「うん! 今回も危険なところじゃないよ! たぶん大丈夫!」

 リリットが胸をポンと叩いて太鼓判を押す。リリットがここまで自信があるのであれば、たぶん大丈夫だろう。
今までだってそうだったし、これからもそうだろう。
だから、エリナみたいな普通の女の子も安心して冒険に出かけられるのだ。

「だったらいいわよ。それで、出発は何時?」

 リリットはそれを聞くと、持ってきた鞄をゴソゴソとあさり、なにかが書かれた紙と簡単な計算などが書かれたメモ、そしてこのショールーンではあまりお目にかかれない携帯型コンピューターを取り出し、

「ダンジョンの位置がここだから、アタシの計算した結果では朝に出かければお昼までには着くと思うの。だから準備とかもあるから、明後日の朝なんてどうかな?」

 ニコニコしながら冒険の計画をリリットは話す。

「じゃあ、ガーウィッシ伯父さんにそのことを話して、明日準備のための買い物とかするわね。待ち合わせはいつもの?」

 リリットのニコニコ顔につられてエリナも自然と笑顔になる。
「うん。東の大手門の前で」

 リリットはさらに笑顔になる。その顔はすでに冒険が成功しているかのようだ。二人は、その夜冒険の成功を祈り、もう一度乾杯をしてそれぞれの家路についた。

 『第3章:旅立ちの朝』へ 

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