ぴか の観劇(芸術鑑賞)日記

宝塚から始まった観劇人生。ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、映画やTVドラマ等も書きます。

10/03/22 歌舞伎座御名残三月(4)菅原伝授手習鑑「筆法伝授」

2010-04-18 23:29:14 | 観劇

第一部に続けて第二部を通して観た。「筆法伝授」は文楽での通し上演の際には観たが、歌舞伎では初見。
【菅原伝授手習鑑 「筆法伝授 (ひっぽうでんじゅ)」】
 菅原館奥殿の場、同 学問所の場、同 門外の場
公式サイトよりあらすじと今回の配役を引用、加筆。 
後の世のため筆法を伝授せよとの勅諚を賜った菅丞相(仁左衛門)は、七日間館に籠って伝授の準備を進めている。数多い弟子の中でも古株の左中弁希世(東蔵)は伝授されるのは自分と決め付け、局の水無瀬(吉之丞)を仲立ちに丞相に清書を見てもらいますが、腰元の勝野(新悟)に悪戯するなど、その器量ではない。
そこへ武部源蔵(梅玉)が女房戸浪(芝雀)を伴い訪れる。幼い頃から菅家に仕えていた源蔵は、四年前不義の科で勘当されていたが、源蔵をおいて他になしと、丞相が館へ召し出したのだ。園生の前(魁春)にひれ伏す源蔵夫婦。やがて源蔵一人が御学問所へ召される。希世の邪魔だてもものともせず、見事に書き上げたその手跡に丞相は満足し、源蔵に伝授の一巻を与える。
そこへ内裏から参内の勅諚。丞相は解せぬまま支度を調えるが、冠が落ちたことから不吉を予感。館を辞去しようとする源蔵夫婦と入替りに変事を伝えに来たのは、菅家の舎人梅王丸(歌昇)。間もなく丞相は、三善清行(秀調)や荒島主税(松江)ら時平方に囲まれて戻って来るが、正装の装束は身につけていない。斎世親王と苅屋姫の不義密通を菅丞相の謀反心の表れとする時平の讒言により流罪となったのだ。
閉門蟄居の屋敷を離れがたかった源蔵夫婦だったが、梅王丸は機転を利かせて丞相の息・菅秀才を匿ってもらおうと塀の上から夫婦に託す。行く手を阻む三善清行配下の捕り手をうち払い、夫婦は菅秀才を背負って落ち延びていく。

文楽を観た時、半道敵の左中弁希世が張り切る場面や一心に菅丞相の手本を写す源蔵を邪魔する場面も人形ならではの可笑しみを楽しんだ。さて生身の役者が演じるチャリ場としてはどうだろうか。東蔵の希世は予想以上にいい出来で感心したが、やはり人形のもつ滅茶苦茶な道化ぶりは人間では難しいのだろうと思えた。
梅玉は「加茂堤」の桜丸から変わって武部源蔵。一部と二部で分けているので役が替っていてもあまり無理を感じない。梅玉の源蔵は実直な感じがよく出ていたと思う。芝雀の戸浪は零落していても源蔵が不義となったのも無理もないと思わせる色気がにじんでいる。同じく家を追われた身でも女の自分は主に目通りも許されないと嘆くクドキも実に切ない。
当代の菅丞相は2006年3月に「道明寺」のみ観ていて、この場面でも楽しみにしていた。御学問所で源蔵に筆法伝授する場面の直衣姿も出仕参内する正装の衣冠束帯姿も実に気品ある美しさに有難い感じがする。(13代目仁左衛門の黒い衣裳の姿はこちら)
菅丞相はいつも厳しい表情をしている。学者で高潔でという役柄であり、なかなか演れる人はいないのではないか。筋書の上演記録でチェックしてみると昭和56年の国立劇場で13代目仁左衛門が演じて以来、当代へと受け継がれ、松嶋屋以外の菅丞相はいないことを確認。なるほど、「菅原伝授手習鑑」の通し上演の頻度が少ないのはこういうことかと納得した。

局水無瀬に吉之丞が出ていてくれて舞台が引き締まるのが嬉しい。歌昇の梅王丸も立派。
配役もなかなか揃って、特に上演頻度の少ない「筆法伝授」を観ることができたことは幸いだった。しかしながら、いかんせん地味な舞台だなぁとあらためて思ってしまった。時代物の三大狂言の中で時代が平安時代と最も古く、公家どうしの権力争いの中で一方的に讒言されて蹴落とされてしまった菅丞相が主人公というドラマということで一番地味に感じるのだと思う。演目の上演頻度が人気の高低を如実に表すというのが今回よくよく理解できた。

今回の「道明寺」が13代目仁左衛門と14代目勘弥の追善狂言ということで2階ロビーに展示コーナーが設けられていた。写真は13代目仁左衛門が「道明寺」の菅丞相で着た衣裳の展示。当代の同じ衣裳でも色調が青みが強い。そういう違いも面白い。
3/22御名残三月大歌舞伎(1)菅原伝授手習鑑「加茂堤」
3/22御名残三月大歌舞伎(2)菊吉の「楼門五三桐」
3/22御名残三月大歌舞伎(3)玉三郎の「女暫」


最新の画像もっと見る

コメントを投稿