ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

『朝長』について(その28=舞台の実際その10)

2006-05-30 01:21:03 | 能楽
「十六」の画像をアップしたら、後シテの装束の事を書き忘れていたことに気づいた。。(--;)

後シテの扮装は 面=十六(型付には中将・今若とあり)、黒垂、梨子打烏帽子、白鉢巻、襟=白・浅黄、着付=紅入縫箔または紅入唐織、白大口または色大口、模様大口、単法被または長絹、縫紋腰帯、太刀、修羅扇。具体的にどんな装束を選ぶのかについては ぬえも少々考えを持っていますが、今回はほとんど師家のお装束を拝借することになるので申合の頃に師匠と相談して決定、となります。どちらかといえば『朝長』はあまり装束の選択の違いによってそれほど大きく印象は変わらない曲だとは言えると思いますが。。なお床几は ぬえが骨董市で手に入れた蒔絵入りのものを今回使います。

シテはクリを謡いながら大小前へ行き、正面に出ながら左袖を返し、正中にて床几に掛かる。

【クリ】シテ「それ朝に紅顔あつて。世路にほこるといへども。
地謡「夕べには白骨となつて郊原に朽ちぬ。
【サシ】シテ「昔は源平左右にして。朝家を守護し奉り。
地謡「御代を治め国家を鎮めて。万機の政すなほなりしに。保元平治の世の乱。いかなる時か来りけん。
シテ「思はざりにし。弓馬の騒ぎ。
地謡「ひとへに時節到来なり。

サシのトメにワキと向き合います。

【クセ】地謡「さる程に嫡子悪源太義平は石山寺に籠りしを。多勢に無勢かなはねば。力なく生捕られて終に誅せられにけり。三男兵衛の佐をば弥平兵衛が手に渡りこれも都へぞ捕られける。父義朝はこれよりも。野間の内海に落ちゆき長田を頼み給へども。頼む木のもとに雨もりて闇やみと討たれ給ひぬ。いかなれば長田は云ひかひなくて主君をば討ち奉るぞや。如何なれば此宿の。あるじはしかも女人の。甲斐がひしくも頼まれて。一夜の情のみか。かやうに跡までも。御弔ひになる事は。とワキと向き合い
シテ「そもそもいつの世の契りぞや。と正面へ直し
地謡「一切の男子をば生々の父と頼み。万の女人を生々の母と思へとは今身の上に知られたり。さながら親子の如くに御嘆きあれば弔ひも。誠に深き志 請け喜び申すなり。朝長の後生をも御心安く思し召せ。

クセのトメにワキと向き合います。

【ロンギ】地謡「げに頼むべき一乗の。功力ながらになどされば。いまだ瞋恚の甲冑の。御有様ぞいたはしき。
シテ「梓弓。もとの身ながら玉きはる。魂は善所におもむけども。魄は。修羅道に残つてしばし苦を受くるなり。とワキヘ向き
地謡「そもそも修羅の苦患とは。いかなる敵に合竹の。と正へ直し
シテ「この世にて見しありさまの。と扇を開き
地謡「源平両家。
シテ「入り乱るゝ。と扇にて正へサシ
「旗は白雲紅葉の。と右まで扇にて見廻し散り交じり戦ふに。と左右に見廻し運の極めの悲しさは。と七ツ拍子大崩れにて朝長が。と扇を左手に持ち膝の口をのぶかに射させて。と左袖を巻き上げ扇を強く左膝に突き立て馬の太腹に射つけらるれば。馬は頻りに跳ねあがれば。と右下を見込み足拍子鐙を越して下り立たんとすれどもと腰を浮かせ左足を力を入れて前へ出し難儀の手なれば。一足も引かれざりしを。と床几に掛かり乗り替へにかきのせられて。と扇を右手に持ち直し立ち上がり、右トリ常座へ行き憂き近江路を凌ぎ来て此の青墓に下りしが。と正へ向き雑兵の手にかゝらんよりはとと心持し、正へ出ながら左袖を返し安座思ひ定めて腹一文字に。かき切つて其まゝに。と扇を腹に突き立て右へ引き切り修羅道にをちこちの。と居立ち左袖を返しワキヘ向き土となりぬる青野が原の。と立ち扇を開きサシ、角より常座へ到り亡き跡弔ひて。たび給へと小廻りワキヘ向きヒラキながら合掌亡き跡を弔ひてたび給へ。と右ウケ左袖返し留拍子 合頭を聞き扇をたたみ幕へ引く

キリは「乗り替へにかきのせられて」までの型をずっと床几に掛けたまま行います。馬上の心でしょうね。同じように馬上での事件を語るために床几に掛かったまま型をする修羅能としては『巴』がありますが、『朝長』と比べればずっと短い場面です。そもそも修羅能では後シテは多く床几に腰掛けて戦語りをするのですが、掛かったままで多くの型をする曲は少なく、有名なのは『頼政』ですが、これは馬上での型ではなく老武者としての威厳が演出されているのでしょう。『頼政』と同じ「三修羅」と称される『朝長』ですが、やはり床几の型は『頼政』に匹敵するほど重要なポイントを占めていて、『巴』と比べて、馬上だからというだけにとどまらず、ここでもシテが若いからといって「動き廻らない」よう徹底された演出なのかもしれません。

これにて舞台での演出についてのご紹介が終わりました。申合まではすぐそこで、当日までも1週間を切り、ぬえはもう稽古のほかには一切スケジュールを入れていません。あとは毎日のスクワットと。。今回は整体に行けなかった事が心残りだな。う~~~~みゅ、いよいよ緊張が高まってきました。(;_:)

→次の記事 『朝長』について(その29=舞台の実際その11)
→前の記事 『朝長』について(その27=舞台の実際その9)

→このトピックの先頭 『朝長』について(その19=舞台の実際その1)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿