ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

三位一体の舞…『杜若』(その1)

2024-05-06 15:34:19 | 能楽
さて毎度 ぬえが勤める能の曲について鑑賞のための見どころと、舞台進行の解説をさせて頂いております。今回の「杜若」は「鬘物」と呼ばれる女性が主人公の能ですが、その中でも草花をシテとする一群の能の中に位置しています。「井筒」「隅田川」などと同じく『伊勢物語』を典拠として、いわゆる人気曲として上演頻度も高い曲なのですが、じつはこの曲は現代人が『伊勢物語』を読んで思う印象とはずいぶんかけ離れた内容を持っています。これは鎌倉時代~室町時代あたりの中世の人々は『伊勢物語』を現代人とはまったく違う視点で捉えていたためで、能「杜若」はそういう中世の人の『伊勢物語』理解のうえに書かれた能なのです。その意味で現代人から見ると理解が難しい部分もあり、また難解な能とも言えるでしょう。これを
現代の役者が現代の舞台の上で、そして現代人の観客の前で上演するのにはどうすれば良いのか。そんなことも考えながら上演の準備を進めております。

さてでは実際の舞台の進行を見てゆきましょう。舞台に囃子方と地謡が着座すると、すぐにワキが幕を上げて橋掛りに登場します。同時に笛が「名宣笛」というソロ演奏をはじめ、また大小鼓は床几に腰かけます。ワキは所謂「着流し僧」で一人きりでの登場。身分の高い高僧ではなく諸国をめぐりながら見識を深める修行僧といった趣です。

橋掛リから舞台に入ったワキが足を止めると笛も吹き止め、ワキは名ノリと呼ばれる自己紹介を謡います。

ワキ「これは都方より出でたる僧にて候。我いまだ東国を見ず候程に。ただ今思ひ立ち東国修行と心ざし候。

この「名ノリ」の最後に「立拝」とも「掻き合わせ」とも呼ばれる両手を胸の前で合わせる型をして、これよりワキは紀行文である「道行」を謡います。

ワキ「夕べ夕べの仮枕。夕べ夕べの仮枕。宿はあまたに変はれども。同じ憂き寝の美濃尾張。三河の国に着きにけり 三河の国に着きにけり。

「宿」とは言っていますが修行僧であれば宿屋などに泊まるわけではなく、野宿したり廃屋に泊まるような漂泊の旅という感じでしょう。そのためかこの「道行」には具体的な行路が想像できるような景物が出てきません。じつは「道行」ではかなり具体的な行路を記してあることが多くて興味深く、作者の意図がこめられていることも多いのですが、この旅の目的地は歌枕や高名な名所などがある関西や九州などではなく東国。当時はまだまだ未開の地であり、それだけワキの修行の旅はある程度の危険も伴うかもしれない未知の世界への旅だったでしょうし、そのワキの不安が具体的な地名をほとんど登場させないこの「道行」に込められているようにも思いますし、この不安定さが、彼が後に不思議な里女と邂逅する心情的な伏線にもなっていると思います。

ワキ「急ぎ候程に。これははや三河の国に着きて候。又これなる沢の杜若。今を盛りと見えて候程に。立ち寄り眺めばやと思ひ候。

とは言ったものの、ワキ僧が行きついた先は沢に咲き乱れる見事な杜若の群落でした。これにより観客は季節が初夏であることを知り、同時に「道行」の不安から解消されることになります。
ここで大小鼓が「アシライ」という伴奏を始めるとワキは舞台の真ん中あたりに行って正面を向き杜若を愛でる言葉を謡います。観客には、実際には見えないけれどもワキ僧と自分たち観客との間に杜若の群生地があり、観客はその杜若の中に座っているような印象となります。

ワキ「げにや光陰とゞまらず春過ぎ夏も来て。草木心なしとは申せども。時を忘れぬ花の色。かほよ花とも申すやらん。あら美しの杜若やな。

「かほよ花」とは「顔貌花」という字を充てるらしく、女性の美貌に擬えて花を褒めた美称でしょう。そして杜若を愛でる僧の後ろから里の女が声をかけます。             (続く)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする