仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

花のあと

2012年04月17日 | 映画サークル
本日(2012年4月17日)開催の"ましけ映画サークル"4月例会は急遽仁左衛門企画となり、『花のあと』(2010年/中西健二監督)を見た。
物語は、「江戸時代、海坂藩。寺井甚左衛門(國村隼)の長女・以登(北川景子)は幼い頃から父に剣術の手ほどきを受けている剣豪。ある時、羽賀道場を訪ね試合をしたものの道場一番の剣の使い手・江口孫四郎(宮尾俊太郎)は不在だった。城内で桜見物をした折、偶然孫四郎に声を掛けられた以登はその人柄に淡い想いを抱き、そしていつか試合をすることを約束する。父への願いが通じ、一度だけ孫四郎との手合わせが叶った以登だったが・・・」という内容。
"海坂藩"とくれば、それは藤沢周平原作の時代小説で、雪山や清流など美しい自然の風景が映える、しかし、何か物悲しい物語である。
その物悲しさを"桜の花"に例えているのがこの『花のあと』なのだが、以登の「惜しいこと」という台詞でそれを明確にさせている。
しかもそれは以登だけではなく、友人の津勢(佐藤めぐみ)、父・甚左衛門、孫四郎にもこの"残念さ"が共通する。
それが単にお涙頂戴のただただ悲しい物語にならなくて済んだのは、以登が50年前の恋の物語として語っているからだろう。
"爽やかさ"とは少し違う、時間が経ったゆえに生まれた過去に対する"潔さ"というものだろうか。
ただ、藤井勘解由(市川亀治郎)と加世(伊藤歩)は別の意味で"残念"な登場人物だったが、いかにもという感じのキャラクター設定が分り易過ぎた。
(^_^;)
寺井甚左衛門は何故、片桐才助(甲本雅裕)を選んだのかとも思ったが、最後にそのあたりのもやもやが解決される所はほっとする。
派手さはなく淡々と展開したが、良い物語だった。