仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

拝啓天皇陛下様

2005年08月06日 | ムービー
『拝啓天皇陛下様』(1963年/野村芳太郎監督)を見た。
3歳の時に母親と死に別れて以来天涯孤独の山田ショウスケ(渥美清)が、岡山の歩兵連隊に入隊した昭和6(1931)年からの物語なのだが、想像とは違って思いっきりコメディー映画なのだった。
(^。^)
誰かが「恐れ多くも天皇陛下の〜」と言った時は必ず直立不同の姿勢をとらなければならないなど、今はギャグとしてしか使われないだろうという場面があったが、これは昭和20年8月15日までは現実に行われていたことなのだろう。
しかも、自分の銃をきちんと片付けなかった時には、その銃を持って「38式歩兵銃どの、あなたをお休め申さずして煙草などを吸い、のうのう休憩などしておりました。何卒勘弁して下さい」と言いながら延々と反省させられたりする場面も形は違いこそすれ、こういったことも実際に行われていたことだろうと想像する。
「歯をくいしばれー!」とビンタされた時に手の平で耳を叩かれ、鼓膜が破れたという人の話を聞いたことがあるが、「新兵さんは可哀相だね。また寝て泣くのかよー」という消灯ラッパにつけた詞が表すごとくに古参兵士のシゴキは強烈だったのだろう。
それでも山田は、「ここは天国じゃ。雨が降っても三食喰える。田舎は地獄じゃ」と言う。
山田は満期になって除隊するのが嫌でずっと軍隊にいたいとのことだった。
確かに本作品で描かれている時代の日本は、先が見えない不況の真っ只中で、田舎の生活はドン底だったらしい。
「あなた、お元気ですか。隣のチヨちゃん、あんた好きだったのと違いますか。ちょっと見えないと思ったら50円で大阪のほうに売られて行ったんだそうです。その他にも何人も村から売られた娘がいます。私はあんたの所に嫁に来て助かったのです。また兄さんが借金の催促に来ました。今は畑に何もないので売る物がありません。お願いだからお金は使わないでうちへ送って下さい」という手紙を紹介する場面がこの時代をわかりやすく表しているのではないかと思った。
さて、表題のごとく天皇に「自分を除隊させないでほしい」という内容の手紙を出そうとした山田は、「不敬罪になるぞ」と仲間に止められた。
仁左衛門は学生時代にスーパーマーケットのダイエーでアルバイトをしていたことがあるのだが、中内会長(当時)が店の視察に来たことがあって、ある社員が「あの行列の前に飛び出して社長に直訴したらすぐにクビだな」等と言っていたことを思い出す。
それも"不敬罪"ということだったのだろう。
今はどちらの帝国も滅びてしまったわけだがね。