えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・がたがきた

2023年07月22日 | コラム
 お化け屋敷に入ったとき、耐えられなければ叫ぶと怖さが緩和されるらしい。だから今は叫ぶかわりにあちこちへ連絡を取って騒いでいる。健康診断の二次検査にまた引っかかり、昨年はどうも貧血だったものが今回はもっと重篤な場所に以上が見つかり、精密検査の予約手続きを行った。その時はまだ気分も落ち着いていたが、予約手続きのための前準備が必要となりその「待ち」の時間に入った途端不安は押し寄せる。インターネットで情報を見る。治療費を見る。保険会社の電話受付が終了しているので明日電話を入れることを予定表に入れる。「待ち」の不安を埋めるためにさらに不安を増やしている。一人きりでこれを全て抱え込むにはたしかに限界があるのだろうとこれを書きながら思っている。これからしばらくは毎晩眠るのが怖くなるだろう。どちらかといえば眠ったまま死ぬのは今のところどうでもいいが、生きるほうが怖い。病とともに生きると言うことは美談でもなんでもなく、支えなく生きなければならない身には塗炭の苦しみだ。会社は病人を許さない。治療の痛みよりも貧困に追い詰められて死ぬ時に安らぎを覚えるような生のほうが恐ろしい。二十一世紀は貧困の世紀ではないだろうか。こうして不安を綴る間も膨れ上がるばかりで縮むことはなく、体の一部の切除を覚悟を決めて来週になればまた会社だ。そういう生き方を選んだ。
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・【読書感】『じゃむパンの日』赤染晶子 palmbooks 二〇二二年一二月

2023年07月08日 | コラム
 なにか辛い目に陥った時、私は絶対に書いてやるんだ後で面白おかしく他の人と笑い合ってやるんだ、と、書くことを頼りに傍から聞いていても人の使い方が灰色の企業に勤めていた友人がいた。『じゃむパンの日』を読んで真っ先にその友人を思い出したのは、表題作『じゃむパンの日』のOLが給湯室でふける妄想の語る速度が友人と似ていたためだった。
 
 二〇一七年に早逝した芥川賞作家の赤染晶子が二〇一〇年に京都新聞へ連載していたエッセイ五十五篇と、岸本佐知子との「交換日記」形式のコラムを収録した『じゃむパンの日』は題に反して泥臭いものが集められている。身の回りの出来事を直截に書くよりも短編小説のように、それが赤染晶子本人の話なのかそれとも彼女ではない語り部がいるのかを勘ぐってしまう語り口はまるで戯曲の台本のように言葉が発音されている。句点読点の打ち方ひとつに声が込められているかのように文章の中から声が響いてくる。音読して声を確かめたくなる。

「そうです。見なくてもわかります。伊八郎は障子を開けたそうにしている。わたしは障子を死守する。梅はまだです。まだまだです。伊八郎はあきらめる。部屋を出ていく。危なかった。はらり。ついに、障子紙ははがれる。セロハンテープでは無理だった。わたしは最後の手段に出る。ガムテープで障子を貼る。もうやけくそだ。ガムテープも貼りつきが悪い。仕方ない。セロハンテープよりもましだ。」

 少しぼけの入った祖父伊八郎を他人のようにつっぱねる。貼ったばかりの障子紙は剥がれて仕方ない。家族にばれたくないので隠そうとするものの、その障子の裏にある梅を見に伊八郎が来てしまう。冷えた手に押されるように外へ出た伊八郎の背中で障子紙が剥がれ落ち、「わたし」は見栄えをかなぐり捨ててガムテープで障子紙を外から貼り付ける。行間に流れる一瞬の空気の質量は重い。舞鶴の実家の話だが、市内の町家の中庭と捉えられそうなきつく狭い空間である。

 表題作『じゃむパンの日』も、OLと敢えて書きたくなる昭和じみた薄暗いオフィスの給湯室で「わたし」が膨らんだ妄想を綴るという現実と創作の境界にある作品だが、芥川賞受賞作の『乙女の密告』に繋がる随筆も自分の説明文として用意されている。ドイツへの短期留学、外国語のスピーチ、女子校生活と短く素っ気なく書かれた文章たちの濃縮が『乙女の密告』であることが業務的にわかる。熟練の植木屋のような言葉の剪定がきれいだ。

 一転して岸本佐知子との「交換日記」は二人のユーモアがお互いを拾いあい、それこそ女子校の退屈な授業中に回される小さな手紙のように秘密を孕み微笑ましい。お互いの学生時代という乙女をどのように引っ張り出すか、届いた日記から距離を測り程よくさらけ出していくやり取りは岸本佐知子が選びそうな女性作家の短編めいている。この世界観を築く感覚の妙が、この後たった七年しか研がれる時間のないことが切ない。
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