えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・十一月の狂気じみた正気

2018年11月10日 | コラム
 歌舞伎町と新宿駅前を隔てる大通りにはずらりと露店が店を出し、テキ屋がたこやきやお好み焼きや焼きそばチョコバナナ等々を売る声もかまびすしい新宿花園神社の酉の市は今年も盛況だった。屋台で腹を足そうかと考えたものの、風邪をひいたのか食欲はなく、匂いだけで満足して熊手の屋台をうかれて歩きながら目的の場所を目指した。
 一年飾った熊手を納める場所を求めて右往左往するサラリーマン、参拝するために順番を守る職業がパッと見わからない人たちの行列の隙間を縫って熊手を見物しながら手拍子に参加し、正面鳥居の近くへわくわくと歩みを進めると今年も「見世物小屋」が、狛犬の後ろに小屋を構えていた。

 今回は看板が贅沢に六つも下がっていた。「樺太から来た野人」「串刺し」「鼻の芸人」「伝説の女総長」「やもり女」「狂ったOL」と、既につかみは完璧である。近くの柱にはのぼりも高々と掲げられ、正面鳥居の一番見やすいところには「見世物小屋」の提灯が白くぶら下がっていた。けれども一の酉の演目は「樺太から来た野人」「伝説の女総長」「やもり女」「狂ったOL」の四つだった。幸い「伝説の女総長(茨城出身)」「狂ったOL」は見ていない演目だった。
客引きの芸人二人が「寄ってらっしゃい!見てらっしゃい」と掛け小屋の前で声を張り上げ続ける所を遠巻きにカメラが狙うのはお約束、まだ時間も早いものの度胸試しに足踏みする人をすり抜けて暖簾をくぐると、「はい行ってらっしゃい!」と送り出される形で中に入った。

 小屋では身体を炭で汚して麻袋を乱雑に切った服をまとった「野人」が、丁度剣山のように釘を敷き詰めた段ボールの上に裸であおむけに寝そべるところだった。どこからか「おしり!おしり見るの!」と、泣き声交じりの女の子の声がする。股間を他の野人の協力の元に隠しながら、男はゆっくりと足、尻、背中と身体を釘の先端の上に載せ、ついにはすっかり寝そべった。拍手が挙がる。野人も嬉しいのかドタバタと粗末な舞台を跳ね回る。振動が伝わって痛いのか、彼は顔をしかめて手で仲間を制すると転がるように起き上がり、麻袋でしっかりと股間を隠しながら仲間と共に退場した。
 その後は女総長の昔懐かしい大量の蝋燭を使った火吹き芸を堪能し、かなり前には「へび女」の芸を披露していた「やもり女」の変わらない美貌に見とれ、芸に恐怖とある種の感動を覚えながら拍手を送ると、演目最後の「狂ったOL」が現れた。
 
 白い長袖シャツに黒のベスト、タイトスカート、黒いパンプスのOLはおもむろに上着のポケットからホチキスを取りだし、レシートを繋ぎ合わせて本物だと示した後、無言無表情で先ずは服の上からホチキスを刺し始めた。観客席から悲鳴が上がる。それから腕をまくって一刺し、足にもチャキチャキと手早く、リズムよくホチキスをさしてゆく。

「はいホチキス差したい人いませんかー、今しかさせませんよー」

 と眼鏡の地味な事務員の女性は棒読みで、コピーでも取るかの口調でホチキスをさしあげた。最初にほぼ指名される形でホチキスを刺した男は、恐る恐るホチキスを刺し、一度は力を入れなかったのか「もっと力を入れてくださいねー」とダメ出しをされてカチリと音がし、ホチキスが刺さった。彼女はホチキスの刺さっている個所を見せた後、当たり前のように「抜いてください」と彼に言った。彼は動揺していた。
 続けて「あの人身体真っ赤よ!」「痛そう!」と普通の悲鳴を上げていた彼女たちが手を挙げていたのは、小屋の魔力かも知れない。
 
 三番目に手を挙げた私は手のひらにホチキスを刺した。
 
 彼女の手はこの芸のために赤く筋が走っていて、2番目に手を挙げた女性二人組の刺した親指の付け根からはぷっくり血が膨れ、赤い筋が手のひらに流れ出していた。私は灰色がかった青いプラスチックのホチキスを彼女の手に押し当て、力をこめた。
「おっ、いい刺しっぷり」とOLは何でもないように言ってのける。私は腹を決めてホチキスの針を抜き取った。

 OLは次々に刺す場所を指定し、手の平、腕、足と続けて最後は額に刺した。観客にも額に刺させてよりにもよって観客の抜いたところから鼻筋を通って唇にまっすぐ血を垂らしながら平然と、無表情で楽屋に戻る後姿はそれはもう勇ましいとしか形容できないものだった。ホチキスを刺した後ろめたさから、私は彼女を呼び止め封を開けていないポケットティッシュを渡してしまった。けれども芸を邪魔したようで申し訳ない気持ちになりながら、見そびれた「野人」の演目をもう一度見て、それから押し出される形で800円を支払い外に出た。

 規制にも負けずに身体を張り過ぎた芸が披露される一夜、見てのおかえりを払って外に出ると、すっかり体の小さくなった大寅興業社のおばあさんが、感慨深げに客引きの芸人が出演する舞台のポスターを眺めていた。
「また来年も来ますね、来てくださいね」と声をかけると、おばあさんは「ありがとうございます」と一礼し、足を少し引きずりながら、小屋の出口へと戻って行った。私は向かいの店で冷たいラムネを買い、甘酒を飲み、もう一度小屋の前へ立ち寄って帰った。夕飯は結局食べなかった。
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