那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

縄文土器の価値

2016年10月19日 | 歴史

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縄文土器(縄文時代)の時期区分

 

  • 草創期:約16,000年前~(ただし、縄文文化的な型式の変遷が定着するのは草創期後半から)
  • 早期:約11,000年前~
  • 前期:約7,200年前~
  • 中期:約5,500年前~
  • 後期:約4,700年前~
  • 晩期:約3,400年前~(ただし、晩期から弥生時代への移行の様相は地域によって相当に異なる)

 

上記の年代は放射性炭素年代測定を較正した暦年代観に従っているが、いずれにせよ精度の高い推定は難しく、現在でも研究途上である。

 

縄文土器の出現はどうやら氷期が終了する前の事であり、世界的にみて非常に古いものだが、大陸側の極東地域[2]には同時期の土器文化の存在が知られ、東アジア一帯で世界最古期の土器が同時並行的に出現したとみられており、相互の関係が注目される。

 

現在までに知られている日本列島最古の土器は青森県大平山元I遺跡茨城県後野遺跡(うしろの)・神奈川県寺尾遺跡[3]などから出土した文様のない無文土器[4]であり、大平山元I遺跡から発見された土器の年代測定の算定は16,500年前(暦年較正年代法による)とされている。

 

また、愛媛県久万高原町美川の上黒岩岩陰遺跡の最下層の第9層から細隆起線文土器、第6層から薄手の無文土器、第4層から押型文土器と厚手の無文土器が出土している。その中でも細隆起線文土器は約1万2000年前のもので、日本最古級の土器の一つである[5]

 

日本列島最初の土器は次の4段階をたどると考えられている。まず最初の第1段階は無文土器[6]を特徴とし、第2段階は豆粒文土器[7]隆起線文土器[8]であり、第3段階は爪形文土器群[9]であり、第4段階は多縄文土器群[10]である。

 

ちなみに、弥生時代になってからも、東日本では縄文土器の伝統を反映した弥生土器、北海道では縄文土器の直系と言える続縄文土器、沖縄諸島では貝塚時代前半の系統を引く土器が作られた。(以上wikipediaより)

縄文式土器と言えば岡本太郎によってその芸術性が語り尽くされた感があるが、私なりの意見を述べることにする。弥生式土器と比べてみると明らかだが、弥生式土器は単なる機能性のみで作られており、ただの器でしかなく、その傾向は現在まで続いている。要するにものが入ればいいという観点から最も単純な形が選ばれている。

一方縄文式土器は、火焔文様と呼ばれる取っ手から上部にかけての飾りがあり、これは単なる器ではなく、芸術性というか、遊び心の産物があったとしか考えられない。ということは、縄文人は余程生活に余裕があったのだろう。ちなみに土器は現在で言えば冷蔵庫とガスコンロを兼ねたような役割をしており、木の実や穀物や肉を保存するだけでなく、それを煮ることが出来たのである。東アジアで同時発生的に生まれたとしても縄文土器が日本にあったことは日本人として誇らしく思う。

 

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