風を感じて~子宮頸がんの記録~

2007年7月に子宮頸部小細胞癌と診断され子宮と卵巣を摘出後、抗がん剤を6クール投与。2010年3月肺転移しました。

市の検診(触診とマンモグラフィー)

2009-09-25 16:17:18 | 消化器外科受診
今回で一旦終了!
婦人科入院中に他科(乳腺外科)を受診した記録を綴っています。

これまでの流れ
1 婦人科以外を受診する1
2 婦人科以外を受診する2
3 乳腺外科 やっと受診
4 乳腺外科の廊下で青ざめる
5 婦人科病棟にもどったあと
6 乳腺外科で細胞診
7 結局胸のしこりは何だったんだ~
8 そして4ヵ月後

2009年4月

本当は3月に乳腺外科に行こうかと思っていたのですが
市の検診を受けられるかも?と思ってちょっと待っていたらビンゴ!マンモグラフィーの希望を問う知らせがありました。

市の検診だと「触診とマンモグフィー」で1,500円です。
やっぱり安いですね。

癌友知人からも
検診で肺転移を見つけてもらったと教えて頂きました。
ちょっと驚いたのは治療を受けた病院からは、転移等の話は全く無かったのだそうです。
そもそも治療直後に95%転移は無い筈と言われ、
検診時にはCTの予約も入っていなかったので
市の検診を受けなかったら、発見はもっと遅れていたと聞きました。


でも検診日のお知らせが来て日程を見たら6月との事。
年イチ検診を守ろうと思ったのだけど初回から遅れちゃうなぁ。
それに毎日じゃないのだけれど、やっぱり胸が痛い。
これは気になるな~、でも前回も散々騒いで問題なしだったし・・・

布団被って泣いた思い出が蘇ってきて、騒ぎすぎもやだなぁと思ってしまいました。
そしてやっぱり1,500円でマンモが受けられる機会は早々無いかもと思い
6月まで待つことに。1年3ヶ月検診ですね。

2009年6月

検診前の問診は看護師さんでした。
待ってると問診のやり取りの声が漏れてます。
というか、パーテーションで区切っているだけなので
普通に話していても割と聞こえてきちゃいます。

子宮頸がんの事を話すのは構わないけど
あんまり大きい声で後ろの方に「癌・癌」ともれ聞こえるのもなんだかなぁ
などと思っていました。
でもそこは配慮してもらえたようで
看護師さんは問診票の「子宮頸癌」と書かれた部分をペンで指し
「これについては今治療はしていないんですね?」とか
あからさまに「癌」と言わないよう気をつけて話されているようでした。

「葉書で結果が出る前に、電話があるかもしれませんので、すぐに繋がる電話番号を書いといて」と言われました。
前々回針刺してまで調べてるし、問診票にも「胸が痛い」と書いたし
異常があるなら特急で電話がありそうですね。
むしろその方がありがたい。

問診を待つ部屋の中は、PVが見られるようになっており
異常が見つかっても癌とは限らないとか
癌化するのは一握りの方だとか
早期なら温存できるとか
検診・早期治療の大切さを流しておりました。


私は異常が見つかってすぐ子宮頚癌と言われ
(検査結果を待たずに所見だけでB病院送り)
子宮温存希望するもすぐに無理になり
子宮も卵巣も無くなって孕妊の可能性はゼロ。
悪性度も高く追加治療あり。
PVと全く逆の人生だなぁ。

まぁ私個人的には元気で楽しく過ごしてるので、まぁいいか。
幸いにも今現在、再発や転移はなくてあり難い限りです。

んでその後、医師による問診と触診。

・・・・触診10秒未満(いいの?病院での触診は2~3分はかけてたぞ・・・)
「婦人科はどのくらいの頻度で通ってるの?」と聞かれ
月イチです、と答えると
「じゃぁそっちでも診てもらえるのだろうから大丈夫だよね」と言いました。

えーーーーーっ
あのぉ、原発性の癌を他科の先生が調べたりはしない!よね?
婦人科の先生が基本的に乳癌かどうかを調べたりはしないでしょ?
触診なんかもちろんされた事ないし、必要なら他科を受診できるように手配してもらったことはありますが。
転移の有無等は定期的なCTで確認してもらうけど
乳がんかどうかはマンモグラフィーやエコーで見るんじゃないですか?
じゃないと一つ癌が見つかったから、人間ドック等の必要がなくなるじゃないですか。
乳房をギュッとはさんで撮影しないとぼやけて写ってしまうからこそ
マンモが必要だってPVでだって流してたのに。
(つまりCTじゃダメってこと)

ついこの間婦人科のC先生に
婦人科の予約日が乳癌検診の日に重なりそうだったので
「その日は市の乳癌検診で・・・」と言ったら
「そういうのは受けたほうが良いと思うから予約日ずらしましょう」
と言ってくれたんですよ。

ぐえー、この触診の先生何だか信用できない。

いやいや、触診の先生はこの際どうでもいいのではないか?
大事なのはマンモだ。マンモの結果で異常があれば
すぐ呼び出しくらう筈だ!!

マンモは思ったほど痛くなく数分で終了。
(生理前の胸の張りとか無いからね、かといって柔らかくもないんだけど)

マンモの技師さんは男の人だったけど、この頃はもう全然平気。
昔は技師さんも医師も女性じゃなきゃ嫌だったんだけど(遠い目)
技師さんは穏やかで尚且つテキパキとしていて感じの良い人でした。

んで・・・待つこと1ヶ月・・・
(電話がかかってこなかったので、大丈夫だと思ってはいたのですが・・・)

やっと結果の葉書が到着!
異常なし!との事。

やったね!!

胸が痛いって書いた事については何も書かれていませんでした。
でもまぁとりあえず良しとしましょうか。

これで婦人科以外の他科(乳腺外科)については一旦終了します。
また検診や乳腺外科を受診した際に更新します。

そして4ヵ月後

2009-09-09 16:55:54 | 消化器外科受診
婦人科入院中に他科(乳腺外科)を受診した記録を綴っています。

これまでの流れ
1 婦人科以外を受診する1
2 婦人科以外を受診する2
3 乳腺外科 やっと受診
4 乳腺外科の廊下で青ざめる
5 婦人科病棟にもどったあと
6 乳腺外科で細胞診
7 結局胸のしこりは何だったんだ~

結局胸の痛みやしびれの原因ははっきりしませんでした。
でも悪性の細胞は見つからなかったって事で一旦区切りをつけることに。
次回は2008年3月に外来です。

触診、マンモ、エコー、細胞診までやって何も出てこなかったんだから
これ以上痛いと訴えたところで原因が分かるわけでも無さそうだし・・・
と、この時は諦めモード。

2008年3月
乳腺エコーを取って、1週間後に結果を聞きました。
問題なしという事で
今後は1年ごとに検診を受けに行けばいいでしょう、と言われました。

それに2008年3月というと、私は術後の抗がん剤治療が終わっばかりで
治療終了が嬉しくてたまりませんでした。

頭はツルツルと禿てましたが、やっと治療が終わった!やったぁ!
正直いうと、もうこれ以上の病気は勘弁!
異常無しと言ってくれっと祈るような気持ちだった訳です。

んで、まぁ年イチ検診でOKと言われたし、
この時胸もズキズキしなかったので、
乳腺外科への検査等は一先ず終了となりました。

次は1年後(2009年4月)の話です。

結果~結局胸のしこりは何だったんだ~

2009-09-06 09:44:40 | 消化器外科受診
婦人科入院中に他科(乳腺外科)を受診した記録を綴っています。

これまでの流れ
1 婦人科以外を受診する1
2 婦人科以外を受診する2
3 乳腺外科 やっと受診
4 乳腺外科の廊下で青ざめる
5 婦人科病棟にもどったあと
6 乳腺外科で細胞診

2007年11月中旬

今日は結果が聞けると聞ける日でした。

「ある」なのか「なんでもない」なのか「あやしい」なのか
何ていわれるのか・・・

それでもはっきり答えが聞けると思い診察室へ。

ところが乳腺の先生は
とったものの中に悪性のものはありませんでした。
でも腫瘍が小さいから(針が)命中してなかった可能性もあります。
それならば良性なのは当たり前です。
でもとったものの中に悪性のものはありませんでしたよ。


ってどういう事?多分大丈夫だと思うっていってるんでしょうね。

入退院を繰り返す内に「検査」というのは
そこに(悪性腫瘍が)ない事を証明するのは難しい、と思いました。


ある意味、浮気調査と同じ?(調査したことないけど)
浮気してれば調べてわかるかもしれないが
調査してその日に何も無くても、浮気してないとは言い難いって事かしら。

婦人科でもCT撮影検査報告書の中に
「明らかな転移の所見を認めません」と書いてありました。

あるかもしれないけけど、見つからなかったよ、ということですね。
CTというのは1センチぐらいで体を輪切り?に見ていくので
仮に0.9センチの腫瘍があったとしても
腫瘍が輪切りと輪切りの真ん中に丁度入ってしまうとわかりません。

それを主治医によっては、
あるかもしれないけど、見つかりませんでした、という場合もあるし
大丈夫でしたよ、という場合もあります。

私の婦人科主治医(C先生)が抗がん剤の説明をする時
「CTにもうつらない、細胞レベルのがん細胞がいるかもしれないからやりましょう」といいました。

退院後のCTの予約を取るときは
「大丈夫なのを確認する為にCTをとりましょう」といい
「全然問題ないですね~」と結果を伝えました。

主治医もケースバイケースで変えてるんですね。

病棟主治医(まだ出てこないけどG先生)は割といつ聞いても
「見た中では無かったけど、あるかどうかは分からない」
と終始一貫言うタイプでした。

かもも、入院し始めはウブですね。(←自分でいうな!)

突き詰めていくと「大丈夫」と細胞レベルで「証明」するのは
今の医学では難しいと思います。

今になって主治医(C先生)の
「大丈夫なのを確認する為にCTを取り、経過を見て行きましょう」
という言葉がとても好きになりました。

予防に関することは考えても良いけど、再発とか転移に関して
その時が来たら考える、というのでいいと思っています。
いや、根治したので再発も転移もしない予定ですけどね。

例え再発や転移しても出来る事は沢山あるし。
そう考えると、自分は今やる事いっぱいあるなぁ。
楽しまなきゃソンソンという気にもなってきます。

乳腺外科で細胞診

2009-09-04 23:41:12 | 消化器外科受診
婦人科入院中に他科(乳腺外科)を受診した記録を綴っています。

これまでの流れ
1 婦人科以外を受診する1
2 婦人科以外を受診する2
3 乳腺外科 やっと受診
4 乳腺外科の廊下で青ざめる
5 婦人科病棟にもどったあと


2007年11月1日

やっとこさ、胸のしこりを調べてもらう日が来ました。
ちなみに前日は抗がん剤(シスプラチンとトポテシン)のW投与でした。

今から思うと
シスプラチンの投与翌日に
外来の長椅子で待つのも
麻酔して針刺しするのも
もう絶対やりたくないですね~。
(何でまた一番副作用の強い時に・・・
あ、予約入れた時は投与日未定だったんだ・・・)

注)ちなみに私のやった抗がん剤は
IP療法という名前が付いておりますが
このシスプラチンという抗がん剤は副作用が強く出ます。
シスプラチンとトポテシンというのもWパンチでクラクラっときます。


この頃にはもう
前回の口惜しくって布団被ってグズグズ泣くからは脱却していました。

前回の抗がん剤(1クールめ)から一度退院し
2クールめの抗がん剤の為に再度入院の頃です。

その間に白血球値を調べる為に何度も外来を訪れたり
外来で抗がん剤を打ったり
体調が良いときは家でパンを焼いたり
もっと体調が良いときは友達と遊んだりしてました。


病院の看護師さんも、医師達も
定期的にやってくる抗がん剤投与や身体への対処に懸命です。

患者のつぶやきに態度が変わったりもありません。
病院も忙しいですしね。大人な対応だなと思いました。

私も口惜しさはそのままあれど、
婦人科内で大人な対応をしてもらえるのを良いことに、
「いーやっ、決まったらもうやったるで。
せっかく調べてもらえるんだもの。回りがどう思ったっていいじゃん」
とある意味開き直ってました。
せっかく受診できるんだしさ。

されどさすがにシスプラチン投与翌日に
元気一杯!という訳にもいかず、顔は曇り気味(副作用でキボヂ悪い)
一人で外来に行くのは危険という事で、
補助看さんが押してくれる車椅子で乳腺外科へ。

シスプラチンという抗がん剤は強めの薬の為
投与後何日も流しの点滴があります
(区分は毒薬だしね、ちなみにトポテシンは劇薬です)
だからこの日も流しの点滴&尿バッグ付き。

しばらく外来の長椅子で待ち
「かもちゃんさん、どうぞ~」と言われて診察室へ入りました。
乳腺の先生は、物静かながらも穿刺の旨を確認し
看護師さんに準備を促しました。

針を見た瞬間「針がふと~い」と思ったものの
おちゃらける雰囲気でもなく静かな感じ。

この頃には婦人科では結構打ち解けて(乳腺外科関連以外では)
先生や看護師とも冗談を言ったりしてリラックスしてたので
乳腺外科はちょっとアウェイな感じでした(笑)

麻酔がばっちり効いて穿刺の痛みはなく数分で終了です。

結果は11月13日に出ると聞き、
帰りも補助看さんに押されながら戻りました。

婦人科病棟に戻ったあと

2009-07-27 18:08:21 | 消化器外科受診
婦人科入院中に他科(乳腺外科)を受診した記録を綴っています。

これまでの流れ
1 婦人科以外を受診する1
2 婦人科以外を受診する2
3 乳腺外科 やっと受診
4 乳腺外科の廊下で青ざめる

2007年10月初旬
私はすっきりとした気分病棟のベッドに横になっていました。

「○○が痛い」とか「△△が変なんだ~」とか周りにいうと
「大きな病院でちゃんと調べてもらった方がいいよ~」などと
会社の上司とか、先輩とかに言われつつも
近所のクリニックで済ましたり、ほっぽといた時もある昔。

でも今回はうまくやった感があるというか。
心配なところをドクターに相談して、他科を受診させてもらい、
細かく調べてもらうことになった事に満足していました。

でも数時間後には、早くも悔し涙にくれていました。
夕方訪れたC先生(主治医)。
「何でまた細胞診なんかやるのかわかりません」とはっきり言われました。
「僕も画像見させてもらったけど、アレで細胞診をするとは。
まあ、あなたがやりたいというなら仕方ないけど、僕個人としてわからない。
僕の目には良性に見えるけれど、患者(私)の意思というならやってもいいんじゃないですか」
と憮然とした表情で言われました。


現在は話を組み立てながら記事を作っているので
どういう流れでこうなったのかは分かりますけれど
C先生が話された時は、何が何だかさっぱり分からない状態でした。

ええっと?患者の意思とかやりたいなら仕方がないとか、
何だか「おおごと」感じがするのは気のせいか?
いや、C先生の目つきがおっかないよ。
どうしよう。

C先生が怒っているように見えるというのは分かるんだけど、
ナースステーションとか乳腺外科とのやり取りで私の知らない何かがありそう・・・
だからって、どうすればいいのか??

C先生が去り、続いてD女史(病棟担当医)も登場。
「主治医のC先生も私も(画像を見て)問題ないと思いましたけれど
患者を不安なままにさせておいたままにするのは良い事ではありません。
(婦人科医師が)問題なしと思っても、患者の意思を尊重するのは大切なことですから、予定通り、乳腺外科で穿刺して細胞診をして下さい」
と言われました。

私の中では乳腺外科の医師から
1 手術
2 細胞診
3 様子見
の中からどれにする?と聞かれ
3の様子見を一度は選択したけれど、2の細胞診にします、としたつもりでした。

でもどうやら、話は違っていて
乳腺外科の医師(そして婦人科医師も)問題ないといっているのに納得せず、
再受診させろ、細胞診の検査を要求している、となったような気がします。

私に話しに来た時点ではもう婦人科内で
それで患者が納得するならやらせれば?という結論に落ち着いた後と言うか。

今となっては脱皮した気分でいますけれど
この日の夜は悔しくて悔しくて。

乳腺外科で3つの提案をされた事は、婦人科では全く知らないんだなぁと思いつつも
どうしてそう思ったの?と経緯を聞かれる事はありませんでした。

また、婦人科でどういう事になっているのか気付くのが遅くて
自分からそれを言う機会を逃してしまっていました。
C先生もD先生も帰られた後・・・

夜はあぁ、チクショーチクショー!の連続。

ふとC先生に最初に相談していたら?と思いました。
病棟担当医が夏休みで、臨時の先生に言ってしまったことや
1日にほんの少ししか現れないC先生に言いづらかった事を悔やみました。
看護師さんがC先生に経緯を伝えたのは
再受診終わり、検査予定日も決まった後です。
再受診前に私がC先生に乳腺外科の先生にこう言われたんだけど不安ですと
言っていれば、結果は違ったんだろうな。

でも、いくら主治医といえども、そして同病院といえども、
他科の先生がOKを出した検査にNOという事は滅多にしないと思います。
その医師の出した結論に異議を唱える事になるのですから。

今となっては、トホホ感満載な感じがしますが
この時は抗がん剤治療中なのに医師に見放された気持ちもあるし
尚且つ、自分が悪者にされたような悔しさで涙、涙でした。

この日はイリノテカン単剤投与から2日目で
シスプラチンと併用投与ほど副作用も強くなくて
延々とルーチンに悔しさが蘇り、
布団を被ってグズグズ泣いておりました。

ちなみにS君にははどういったかというと
「乳腺の先生から3つの案を出されて手術・細胞診・様子見の中から最初様子見を選んだんだ。
でも婦人科で小細胞癌だったってのもあるから、もう一回再受診を希望して細胞診をしてもらうことにしたんだ」と伝えました。

S君は「せっかく病院にいるんだから、ちゃんと調べてもらいならよ。細胞を調べてもらえてよかったんじゃない?」でした。

まぁーねー。
結果を聞いてすぐ対処が選べなくて頭が真っ白になっちゃった事とか
再受診を希望したっておいそれとそう簡単にはいかない事とか
他科受診後に出た結果が婦人科で問題になったこととか
患者の都合で、むりやり先生の結果をくつがえした事になってるとか
そんな事いってもニュアンス伝えるのが難しいもんね。

でも退院後時間がたっぷりある時に、思いっきり吐かせて頂きました。
自分ってこんな事に一喜一憂するんだなぁと思いつつも、
S君に「気持ちはわかる」と言ってもらい、大分落ち着きました。
S君、ありがとう。

乳腺外科の廊下で青ざめる

2009-07-26 02:44:08 | 消化器外科受診
乳腺の受診が終わってから、カルテを受け取るまで
しばらく廊下の椅子に座っていました。

なんでもないのを確認したかったのになぁ・・
乳腺の先生は最初水疱だと思うって言ってたのに
何で腫瘍に変わっちゃったんだろう。

それに「多分良性だと思う腫瘍」ってどう理解すればいいんだろう。
マンモとエコーをやったのに「多分」という不確定な言い方。
最初は水泡だと思ったのに「腫瘍」だというし。
良性だと「思う」っていうのも頂けないよ~。
「思う」じゃ困る・・・
婦人科では見た瞬間「子宮癌」って言われて、
それも何だかな~と思ったけどさ。

※この時の私はマンモとエコーをやれば、
はっきり、くっきり乳癌かどうか分かるもんだと思ってたんですけど、
実際は難しいというか、100%はっきり調べるには
手術等で取り出し調べないと答えが出ないという事なのでしょう。

ただし、高確率で良性のものだと思われれば、手術で摘出しないのが普通だと思います。
そしてそれを、医師によっては「全く問題ありません」という言い方をする医師もいるのではと思います。
この辺が私の頭がこんがらがった原因です。


乳腺の医師は
選択肢の一つとして「手術で腫瘍を取り去る」って言いました。
2つ目は「針で刺して細胞を取り出す事」

結局3つ目の
様子を見てまた検査を続ける事になったけど
これで良かったんだろうか?

それに子宮頸ガンの中でも小細胞ガンって転移するのが早いんだった。
乳房に転移するのは少ないのかもしれないけれど
様子をみていていいのかなぁ。

(3つの選択肢の)どれにします?って先生に聞かれた時は
どれがいいのか全く分からなかったけど
摘出か穿刺で調べてもらった方が良かったんじゃないかと思えてきました。
いや、手術が終わったばっかりで摘出はやっぱりヤだなぁ、
やるなら穿刺だ・・・

私は今までに
B病院の婦人科での検査で小細胞癌という組織型がわからなかったこと。
C病院の乳腺外科で最初水泡だと思うと言われた事。
細胞を詳しく見た結果、
悪性に変わる可能性があるのではと思ったのです。

さりとて、一度外来診察が終わったC病院で
一度決まった診察内容を変更するどころか
もう一度当日診察をうける事自体とても大変です。
そんな場は通常与えてもらえません。

どんよりした気持ちで婦人科に戻りました。
「お帰り~。どうだった?」と
声をかけてくれた看護師さんに相談してみました。

「小細胞がんは転移する可能性がとても高いので
穿刺しなくていいか心配で・・・」と伝えると
「転移していると決まった訳じゃないのだから」
と元気づけてくれました。

例え良性だと思うと言われても
水泡じゃなくて腫瘍と言われた事がショックで
ちゃんと調べて欲しくてたまりません。
そう伝えると
看護師さんは乳腺外科と連絡を付け
全ての外来が終わった後に再度受診してもらえるよう手配してくれました。

その日の午後3時に再度受診し
乳腺外科の先生が3つの選択肢を出してくれていましたが
その中の2つ目、穿刺して細胞を調べる、に変更したい旨を伝えました。

乳腺の先生は了承して下さり
次の入院予定日の11月初旬に穿刺予定となりました。
シスプラチンとイリノテカンという抗がん剤の投与翌日だけど
頑張るもん~!!

看護師さんは、その後婦人科担当医師(C先生やD先生)に報告されたようでした。

私は良くも悪くもこれではっきりさせられると思いほぉ~っと安堵しました。
でもこの事が、
私を更に混乱させ、夜に布団を被ってグズグズ泣く2回目になるとは
この時思ってもみませんでした。

ちなみに1回目はこの時

乳腺外科 やっと受診

2009-07-15 18:45:06 | 消化器外科受診
やっと胸のビリビリを見てもらうため、
消化器外科受診となりました。

この日はもう広汎子宮全摘術を終え、退院していましたが
2日前に婦人科外来で、抗がん剤を行う事が決定していました。

※子宮頸癌の中でも組織型が小細胞癌なら抗がん剤は免れないだろうと思っていたので、ショックとかはなく
むしろ、見えない癌細胞を叩きのめすという気持ちというか
抗がん剤やらなきゃ再発が怖いと思っていたので、ホッとしていました。
まだ抗がん剤の副作用とか全然知らない頃だし。

婦人科同様、消化器外科も激混みです。
胸は消化器外科の中の乳腺外科になります。
診察室前の張り紙に通常でも3~4時間ぐらいは待ちますと書いてあり
実際3時間は待ちました。

やっと呼ばれ、早速触診。
今まで、自分なりに胸を触ってみても
シコリは確認できなかったので
触診では何も言われないだろうと思っていましたが
でも医師はちっちゃい何かを発見したようです。


どういう風に判断されるだろう??と思っていたところ

「左の○時の方向に小さいシコリがありますけど
水泡の可能性が高いので、問題ないと思います。
ま、マンモとエコーを一応やっときましょうか」


そっか、水泡だという事がマンモやエコーで分かるかも・・・と思った気がします。
検査は意外と早く入れてもらえ、
抗がん剤を入れる予定があるという事を伝えると
じゃぁ検査結果は入院中に聞けるようにと、予約を入れてくれました。

マンモとエコーの検査自体は入院前。
C病院の検査は両方とも女性技師でやりやすかったです。
(2年後、市の検診でマンモをやりましたがこの時は男性。なのにへっちゃらな自分がいました。慣れなのかな)

そして2007年10月初旬、やっと結果を聞きに行く日が来ました。

私といえば
シコリは水泡だったという事をエコーやマンモの結果で説明してもらえると思っていました。
胸のビリビリはホルモンバランスの影響なのかどうか?ちゃんと聞きたい。

つまりは「大丈夫なのを確認して」→「次の治療に進みたい」のです。
抗がん剤は2回行っていた時でしたけど。

不安要素を一つづつ潰して
まだまだ続く抗がん剤治療に望んでやるぞ!って感じかな。


でも先生は水泡なんて事を今回は言いませんでした。


「直径7mmの腫瘍が見つかりました」
「良性だとは思いますが、詳しく調べて見ないと分かりません。」
「調べる方法は3つです。
 1つは外科手術で摘出する事です。
 2つ目は針で刺して細胞を取り出す事。
 でも手術でないので、全部は取りきれません。
 3つ目は様子を見てまた検査を続ける事です」


私は「・・・・・・・」無言でした。

何でこうなるんだろう。
多分水泡だっていうのはどこへ行っちゃったの?
ホルモンバランスの乱れとかを言われると
自分勝手に思っていた事に気付きました。

どうすればいいんだろう。
この時、小細胞がんの為にする抗がん剤はまだ1クール目です。
これから先6クールまであるというのに、
胸の腫瘍の事までちゃんと考えられないよ。

私は1人でこの話を聞き、混乱していました。

先生は
「今抗がん剤は始まったばかりだよね。
6クール?じゃぁ、3月ぐらいにもう1回検査してみようか」
と、ゆっくりと言われました。

翌年3月というと抗がん剤も終わり退院している予定の頃です。

もう私は何も治療について言えなくなっていました。
頷きながら小さな声で「ハイ」とだけ言い、
看護師さんに促されながら廊下にでました。


婦人科以外を受診する 2

2009-07-11 16:01:36 | 消化器外科受診
昨日の続きです。
胸にビリビリとした痺れがあり、
術後入院中に消化器外科受診を希望しました。

乳癌などは消化器外科の中の乳腺外科が診療科になります。

私の中でF先生に受診を希望して、了承をもらっていたので
主治医C先生にも連絡が行き、
診療日が決定するのではないかと思っていました。

つまり日をおかず、看護師さんから
「かもちゃん、△日に乳腺外科に行く事になりましたから~」
と連絡があると思ったのです。

あるいは、主治医がそこまでする必要がないんじゃないの?と思えば
「かもちゃん、考えすぎだと思うよ。」とか
「よくあることです、ビリビリはあるかもしれませんが
治療の必要性は感じませんね」
などと話があると思いました。

でも翌日も、翌々日も、結局5日間、何もありませんでした。
この頃は歩く練習、残尿測定等があって
それなりに過ごしていましたが
密かに説明なり、受診を待っていたのです。
でも何もなし。
消化器外科の話は立ち消え・・・どうしたんだろう?

ネタバレを言えば、この時
私が訴えたF先生が何も言わなかった訳ではありません。
きちんと「乳汁等は無いけれど痺れというか痛みがある」事を
伝えていました。
そして『気になるようなら乳腺外科を受診』としてくれていました。

・・・・ん?

気になるようなら乳腺外科を受診?


気になるようならって・・・

私はじっと受診する事を待っていたつもりでしたが

気になっていないようなので受診はなし!・・・っーか


それ以上の処置はされていませんでした。
(同じ病院でも他科受診は紹介状が必要だし、
看護師からのケアとかも必要性なしと思われていたようです。)

5日後、病棟担当はF先生ではなくなっていたので
研修医E先生に消化器外科希望を伝えました。
じっくりと話を聞いてくれて、また私はホッとしました。
これで多分受診できるかな。
いやもうダメならダメで
「そんなの必要ない」とキッパリ言ってくれてもいい。
何故必要ないのか納得して受診しないなら別の安心感が生まれるかも。

E先生は
乳腺分泌(-)CT上所見は認めないが本人に受診希望あり。
△曜日受診検討へとしてくれました。
(研修医ですからD先生かC先生の許可が必要だったのかな)
そして外来予約がやっと入りました。


夢でガクブルしたくせに、乳腺分泌はないし、CT上所見は認めない。
これで乳腺外科の先生に
ホルモンバランスの乱れの所為じゃないですか?
ぐらい言ってもらえれば、
もう多少の痺れや痛みは我慢しようじゃないですか・・・

頸癌手術直後なんですから、乳癌じゃなければ万万歳!!
排尿障害による残尿測定もクリアして
退院後の受診予約となりましたが
そんなのは全然気にしないもんね~。
大丈夫のお墨付きを貰いたいんだから何回でも来ますよ~。
そして退院1週間後に乳腺外科受診となったのでした。

もう気分は受診後の気分となりました。

手術前と一緒ですね。日にちが決まっただけで、終わった気になる。
大丈夫な気がしてくる。

そして・・・違うところで気持ちがすっ転ぶのです。
学習しようよ>自分。
(つづく)

婦人科以外を受診する 1

2009-07-10 20:30:21 | 消化器外科受診
このブログは時系列に添って進むつもりでいるのですが
他科受診などの飛び飛びで進む事柄は
いつ頃UPしようかと考えておりました。

手術後に消化器外科を思いたったので、
今日からある程度一気にUPしようかと思います。
(だからこれに関しての記事は手術後~抗がん剤投与~退院後の事などが入る予定です)


広汎子宮全摘術を受けた後、病院のベッドに寝ていたら
突然胸がビリビリとしてきました。
術後直ぐではありません。抜糸の頃だったと思います。
私が手術を受けたのは2007年9月なのですが、
C病院では9月まで夏休みを交替で取る時期でした(多分)

入院初日には主治医が夏休みでした(推測だけど)
抜糸の頃には病棟担当医D先生がお休みを取っていました。
(これは夏休みと聞きました)
研修医のE先生もその前後にお休み。

抜糸(というかお腹のホッチキスを外すような感じ)は
F先生という先生が担当してくれました。
病棟担当医E先生が休みの1週間はずっとF先生が病棟担当のようです。

この胸のビリビリはどうしたもんか・・・・
例えて言うなら、長い間正座していた足の痺れが
胸にあるような感じです。
いつもじゃなくて時々だから初めはそんなに気に病んでいませんでした。

入院しているのだし、何か不具合があるのなら、
医師達が気付き処置をする筈だ。
これから定期的に検査をしたり、治療をしたりするのだろうから
大丈夫なのではないか?
患者からそんな事を言わなくたっていいんじゃないの?と思ったり
いつもじゃないしそんなに心配することもないかな、と思ったりもしました。


この時、忙しく、そんなに病棟に現れない主治医のC先生に何としても
相談すればよかったのかもしれません。
夏休み中でなかったらD先生に相談していた筈。
研修医E先生に会っていたら、伝えて欲しいと頼んでいたかもしれません。
でも私が初めてこの事を伝えたのは、夏休み中だけ担当のF先生でした。


訴えた日の前日、夢を見たのですが
怖くて怖くて飛び起きました。

耳元ではっきりと大きな声で
『お前は乳がんで死ぬ!』と聞こえたのです。

私は子宮頸癌で小細胞癌の患者です。
何で夢で乳がんにならなきゃならないんだ!
布団を被って震えました。

何とかしなきゃ、何とかしなきゃ・・・
胸のビリビリがあるからこんな夢を見るんだ!きっとそうだ。
次病室に現れた先生に、絶対相談しよう!

現れたのは臨時担当F先生でした。
いいえ、本当はC先生に言いにくかったのかもしれません。
とても忙しそうだし、病室からあっという間に出て行かれるし・・・

臨時のF先生は話しやすく、
「何かお困りの事はありませんか?」という聞き方で
胸のビリビリの事を言い易かったのでしょう。
※C先生が患者の主訴を聞かない先生という訳ではありません。
逆に他患者からは患者の不安、質問に考えてくれると評判の医師です。
私が同じように出来なかったのです。

でもF先生にも
夢で乳がんだと言われました、なんて言えませんでした。
言えたのは、胸のビリビリがある事。
それは時々だけどジンジンと言えるほど強いこと。
不安なので調べて欲しいことを伝えました。

F先生は冷静に
胸から何か液体というか汁が出たりしていますか?(ありません)
匂いなどはありますか?(ありません)
ホルモンバランスが崩れてビリビリするという事もあるかもしれませんね。
胸を調べるとなると消化器外科になります、などを言われました。

そうか~。
ならば消化器外科を受診して
ホルモンバランスが崩れているからと言ってもらえるかもしれない。
子宮頸癌の手術が終わったばかりなのに、更に乳癌なんて嫌だもんね。
消化器外科を受診させて下さいとお願いしました。

F先生は穏やかに、分かりました、と言われ病室を出て行かれました。
私はこれでちゃんとみて貰える、安心出来るとほっとしました。

臨時の先生だけれど、患者の主訴があれば、
きちんと考えてもらえるのではないかと思ってたし
そしてそれは間違ってはいませんでした。
私の想像と違っていただけで・・・

(つづく)