「島津亜矢」に魅せられて

大ファンの島津亜矢さんのことを中心に、日頃思うことなどを

俵星玄番~天は幽暗 地は凱々たる白雪

2006-06-30 01:16:53 | 躍動
「胎動シリーズ」コンサートもそろそろ終盤にさしかかろうとしています。その終盤の今、コンサートの最後を飾る長編歌謡浪曲は『元禄名槍譜 俵星玄蕃』です。今回はその中の一節をピックアップしてみました。

時は元禄十五年十二月十四日、火事装束に身を固めた赤穂浪士四十七名が主君の遺恨を果たさんと本所松坂町吉良邸に向かった。(ちょっと講談風)
「いざ仇討ち」と今歩みゆくその道の情景を評してこう語ります。
「天は幽暗 地は凱々たる白雪を 蹴立ててーーっ! 行く手は松坂町ーーーっ!」

難しい言葉が出てきます。曲の一部として聞き流せばどうということもないのですが、私の性分としてそうも行かないというところが変わり者の変わり者たる所以です。 (^o^)

「幽暗」は何となく字面から意味を読み取れます。辞書でも「奥深く暗い、かすかなこと」とあります。 
真っ暗な空にチラチラと雪が落ちてきていたか。これから自分たちの行おうとしている「討ち入り・仇討ち」という、いわば「お上」に対する反逆行為を終えた後の結末を暗示しているのであろうか。主君の仇討ちを果たすという大命題を完了し終えた後に待っているものは何か。「お上の沙汰」はいかなるものか。同じ死罪になるとしても切腹を命じてもらえるものならば、それは赤穂浪士にとってはこれ以上の喜びはない事であるし、また体面も立つというものだが・・・。
気持ちは勇み、はやってはいるが、いよいよ「浅野家お家断絶」の結果、自分やその家、そして家族の者達の人生の結末の時が来たという思いが入り乱れ、まさに『幽暗』の世界に一歩一歩足を進めていく様なのであろうか。

そして「幽暗」に比べて「凱々たる・・・」はもっと解釈が難しい・・・。
「凱」には、やわらぐという意味があるといいます。吉良邸に向かう四十七人の赤穂の浪士達の荒ぶる気持ちを和らげようというかのようにふんわりと柔らかく降り積もった新雪を表しているのか?
しかし凱旋の凱、凱歌の凱でもある。「かちどき」の雄叫びであり、歌である。既に彼らの気分はいざ「かちどき」を上げんという気概であることを表しているのか。

かくて密かに江戸に集結し、そば屋に身をやつしてまでも忍びに忍んでこの討ち入りに加わった杉野十平次次房(すぎのじゅうへいじつぎふさ、播磨の国赤穂出身)はこの年いまだ28歳にて思いを遂げ、主君の元へと旅だとうとしている。
しかしこの杉野、剣はからきし駄目であった。そんな杉野がふとしたきっかけで槍の達人俵星玄蕃に出会い、指南を受けることとなる。倒れても倒れても必死に立ち上がって玄蕃に槍の教えを請う十平次に、玄蕃はやがてその目的を知ることとなる。

そしてついにその日はやって来た。

  ♪ サク、サク、サクサクサクサクサク
    「先生っ!」
    「おう、そば屋かぁー!」
   
    いや、いや、いや、いや、襟に書かれた名前こそ
  まことは杉野の十兵次殿 わしが教えたあの極意
  命惜しむな名をこそ惜しめ 立派な働き祈りますぞよ
  さらばさらばと右左~
  赤穂浪士に邪魔する奴は 何人たりとも通さんぞ~
  橋のたもとで石突き突いて 槍の玄蕃は仁王立ち~~

    『槍にぃ 玄蕃の 涙が 光る~~~~~~~』
  
 (作詞:北村桃児先生 凄すぎる。)
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2 コメント

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Unknown (玄蕃の娘)
2024-05-22 15:22:20
「凱々」には、雪で真っ白な様、という意味がありますね♪
皚々 (みづは)
2024-05-22 16:44:44
玄蕃の娘様コメントありがとうございます。
まあ昔の古い記事をお読みいただき感謝です。(^^♪
「凱々たる白雪」私も改めて調べ直してみました。
「白雪」に係る「がいがい」は「凱々」ではなく
『皚々』という字が正しいのだそうです。
これで「天は幽暗 地は皚々たる白雪を・・」の
意味がすっきりしました。

他の記事にも怪しいところなどありましたら今後も
ご指摘いただきますようよろしくお願いいたします。(#^.^#)

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