言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

労働組合による独占と失業

2009-06-30 | 日記
伊東光晴 『ケインズ』 ( p.89 )

 この経済理論 (引用者註: ケインズ以前の経済理論) に立つかぎり大量の失業は、第8図のように、現在の賃金が、労働市場の需要と供給とを均衡させる賃金率よりも高い賃金であることによって説明する以外なかった。賃金が高すぎる。そこで働きたいという人は多くなる。一方、雇おうという人は少い。当然両者の間にギャップが生ずる。このギャップは、この賃金の下で働きたくても職を得ることのできない人――つまり今問題になっている失業者である。そこで問題は、なぜ賃金が需要と供給とを等しくする水準まで下らないかという点である。もしも労働市場が競争的であるならば、当然賃金は低下し、需要と供給は等しくなり、働きたい人はすべて雇われるという完全雇用の状態に達するはずである。ところが賃金が低下しないのは、この競争を阻害している労働市場での独占があるからだ。つまり労働組合による労働供給の独占――賃金切下げを受け入れない労働組合の力によって、賃金水準が高すぎ、その結果大量の失業者が生れるのである。失業の原因は労働組合、つまり労働者の行動それ自体のなかにある。これが、この伝統的な理論からの帰結であった。


 ケインズ前の経済理論によれば、大量の失業は、賃金が高すぎるから生じるのであり、労働組合による労働供給の独占が問題である、とされていたことが記されています。


 この説明、論理的には、筋が通っていると思われます。しかし感覚的には、どこか 「おかしい」 気がします。それはおそらく、「賃金が高すぎる。そこで働きたいという人は多くなる」 が、実態とは違うからではないかと思います。

 そもそも、大量の失業が ( 社会的な ) 問題になるのは、不況期です。不況の時期に 「賃金が高いから働こう」 とは、普通、思わないのではないでしょうか。「就職を望む人々の声」 にみられるとおり、「たとえ賃金は安くてもいいから、生活のために働きたい ( 働かざるをえない ) 」 と思うのではないでしょうか? 働いたほうが 「得だから」 働くのではなく、「生きるために」 働くのが、通常の感覚ではないかと思います。

 もっとも、自営業 ( たとえば個人商店を営む ) よりも、( 賃金が高いために ) 就職したほうが有利だから、「賃金が高すぎる。そこで働きたいという人は多くなる」 と読めば、実態に合致しているとも考えられます。しかし、( 大量の失業が問題になっている状況が前提ですから ) このような読みかたには、無理があると思います。

 したがって、この考えかたは、実態からズレていると思います ( 伝統的な理論は、理論的に妥当な賃金よりも 「高すぎる」 と言っており、筋が通っているとは思います ) 。


 なお、引用部後半、「労働組合が一種の独占組織であり、労働組合による独占が、( 理論価格よりも ) 高い賃金をもたらしている」 は、その通りだと思います。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ケインズ以前の経済理論、お... | トップ | ケインズの雇用理論 »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。