言語空間+備忘録

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インド人はガンジーの非暴力主義を否定している

2010-12-23 | 日記
西部邁・宮崎正弘 『日米安保50年』 ( p.222 )

(西部) 同じ日本人として心が痛むというのか、思わず知らず憤りを覚えざるを得ないのは、インドのガンジーの場合なら、それなりの歴史的経験と経緯があって、十八世紀半ばのプラッシーの戦いから数えて百七十、八十年の植民地支配を経たイギリスと戦うために、非暴力、不服従を体を張って実践しました。ぶんどし一丁になって戦う。打たれても殴られても殺されても前進をやめないという、正真正銘の活仏みたいな存在でした。
 ところが、当のインド人自身がガンジーを殺し、その後、転々ときて、例の国民会議派のネルーすらもが、非武装でやってきたのは間違いだったと漏らしながら、とうとう今となれば、核武装までしてしまったという経緯があります。
 いずれにしても、生き仏にも似たガンジー一派の非暴力とは、ある意味では暴力そのものでした。その暴力という意味は、武器を持たない人間が殺されても打たれても前進を続ける、その姿にイギリスの官憲は怯えた(おびえた)のです。まだ殴らなければいけないのか、まだ打たなければいけないのか、と。ところが、いま日本に登場している活仏、すなわち平和主義者は、それとは全然違います。「すごいぞ。あいつらは何も持たずに、殺されても、傷つけられても、世界中を行進して歩くぞ」などというそんな度胸も覚悟も何もない。言葉だけ、お金だけ。アフガニスタンの警察の給料なら出しますよ、といった程度にすぎません。
 でも、それとて、日本はまだ少々余裕があるから出しているだけです。余裕がなくなったら、一体どういうことになるのか。日本人は今、何といっても食うことにしか関心がないのですから。最近は「子供手当」とか称して、まずそれを優先しろと要求してくる。僕からすれば、子供の面倒くらい子供を生んだ男と女が面倒見やがれと言いたい。それどころか、保育園費も払わず、給食費も払わないでパチンコをやっているような、今の日本の父親、母親の一割か二割か知りませんけど、そんな人間に子供手当を配ってどうするんだという気持ちが強くあります。そんな有様ですから、財政に余裕がなくなったら、世界に配って歩く金がなくなったら、日本人は「私の生活をどうしてくれる」「赤ん坊のミルク代をどうしてくれる」と言ってわめき立てるに決まっています。その途端、日本の活仏、生ける仏の言葉とお金が、丸っきりの、当座しのぎの猿芝居だったということが世界にばれるわけです。そうなれば、日本人は心底、軽蔑されるのでしょう。


 日本の平和主義者は、インドのガンジー主義とは似て非なる存在である。日本の平和主義者は、当座しのぎの言葉だけ、お金だけである。インド人はガンジー主義 (非暴力主義) は間違いだったと漏らしながら、今では核武装までしている、と書かれています。



 日本の非武装論者は、インドのガンジーを見習え、といったことを主張します。しかし、当のインド人自身が、ガンジー主義は間違いだったと言っている。これはきわめて重要だと思います。

 インド人自身がガンジーの非暴力主義は間違いだったと漏らしているというのですから、日本の平和主義者の主張には、重大な疑問が投げかけられている、といってよいでしょう。

 もちろん、インド人がガンジー主義を否定したからといって、日本人もガンジー主義を否定しなければならない、ということにはなりません。しかし、

  「本当にガンジーの非暴力主義は正しいのか?」という疑問に、
   非武装論者は答えなければならない

とは言えるでしょう。



 私は、日本の非武装論者に聞きたい。あなたの家族や友人・恋人が殺されても、あなたは非武装主義・非暴力主義を貫くのですか? と。「平和主義者」と言えば聞こえはいいけれど、本当はただの「臆病者」ではないのか。本当に非武装を貫いて平和を訴えるなら、まさにガンジーのように、「殴られても傷つけられても殺されても、それでもなお、前進し続けなければならない」のですが、あなた (平和主義者) にはそんな根性がありますか?

 その根性がないなら、日本の平和主義者・非武装論者は、じつはたんに「甘えている」臆病者にすぎないのではないか。その意味で、著者の指摘は正鵠を射ているのではないか。私は、このように考えています。



 なお、私の考えかたは「謀略の中国、理念の日本」「多数決による武装防衛「強制」の是非」に書いています。私個人なら、「殴られても傷つけられても(殺されても)前進する」ということでかまわない。しかし私は、ほかの人にまでこれを強制する気持ちにはなれません。
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