言語空間+備忘録

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詭弁・とぼけ対策を含む「対中マニュアル」が必要

2011-01-24 | 日記
櫻井よしこ 『異形の大国 中国』 ( p.92 )

 05年末に「週刊文春」が報じた上海総領事館の領事自殺事件は二つの問題を日本に突きつけた。日本国の外交が上層部に行けば行くほど日本の国益を顧みない体質に陥っていることが第一点、中国政府の展開する凄まじい虚偽のキャンペーンに殆ど歯が立たないことが第二点である。「文春」の報道は、日本の外交官が中国の公安当局者に脅迫され、「国を売ることは出来ない」との遺書を残して04年5月6日に自殺していたこと、その事件を外務省は官邸にも報告せず、中国政府の責任も追及せずに放置し、事実上事件の隠蔽をはかってきたことを詳報したものだ。
 この報道がなければ、領事が命を賭して「国を売る」ことを避けようとした右の事件は闇に葬られていたはずだ。複数の外交情報筋は「文春」の報道を「概ね正しい」と認めたうえで、同誌の取材を認識し始めた2005年暮れまで、1年7か月以上、外務省がこの件を放置してきたことを確認した。
 05年12月19日に泉裕泰中国課長が中国に出張して中国政府に抗議したのも、同月27日に佐々江賢一郎アジア大洋州局長が電話で中国臨時代理大使に抗議したのも、「文春」の取材によって彼らが隠し、放置してきた領事自殺事件が明るみに出されることを予測してのことである。この状況を時系列で辿ってみれば、慌ててとったアリバイ抗議と見られても仕方がない。
 外務省チャイナスクールの "親中、媚中" の体質を十分に心得ている中国政府は、事件から十数日後の、北京の日本大使館公使による口頭での抗議に対し、「中国政府は知らなかった。調べておく」と口頭で対応しただけで、これまた、事件を放置した。中国政府が調査しなくとも、結果を出さなくとも、日本の外交官らがまともに日本の国益を主張し、事件の真相について説明を求めてくることなど金輪際ないとタカを括っていたのであろう。まさに、絵に描いたような日本外交の惨状である。事件が発覚した05年12月以来の日中両政府の応酬を見ると、中国政府の主張には以下のように多くの虚偽と歪曲がある。

★開き直る中国

 まず12月27日、中国外務省の秦剛(しんごう)副報道局長は「文春」の報道自体を「事実に基づいたものではない」と非難したが、この反論自体が「事実に基づい」ていない。
 無論、彼らは、中国の公安当局者が国際条約を無視して他国の外交官を死に追いやるほど脅迫していたなどとは、間違っても認めない。だが、報道された秦剛副局長の会見の様子は、その威圧的物言いといい、尊大な姿勢といい、これこそが中国のやり方だと、痛感させるものだった。
 対する日本側は翌28日に外務省の鹿取克章報道官が記者会見し「中国側公安当局関係者により、ウィーン条約上の義務に反する遺憾な行為があった」と発表。ウィーン条約には、外交官には通信の自由が認められていること、外交官の身体の安全も保障されていること、一連の外交官特権を接受国(中国)は守らなければならないことが定められている。外交官を守るどころか脅迫して死に追いやった中国に対して、「ウィーン条約違反」「遺憾な行為」と、いずれも抽象的だが、大人しい外務省にしては踏み込んだ抗議ではあった。
 すると29日、中国側の秦剛副局長は、日本政府は「事実無根のことを言い立てて、中国のイメージを著しく損ねており、そのことに強い憤慨と抗議を表明する」と断固たる調子で日本を非難したのだ。自らの非を指摘されれば、直ちに日本側の捏造だとして開き直る。常に日本を悪者に貶めるのが、中国政府のやり方である。


 上海総領事館の領事自殺事件によって、日本の外交には二つの問題があることが判明した。二つの問題とは、上層部に行けば行くほど日本の国益を顧みない体質に陥っていること、および、中国政府の展開する凄まじい虚偽のキャンペーンに殆ど歯が立たないことである。中国政府は、自らの非を指摘されれば直ちに開き直る、と書かれています。



 まず、著者の指摘する二点目、日本の外交が「中国政府の展開する凄まじい虚偽のキャンペーンに殆ど歯が立たないこと」についてですが、

 中国政府が「自らの非を指摘されれば、直ちに日本側の捏造だとして開き直る」とすれば、日本側としては、難しい対応を要求されることになります。

 本来であれば、このような相手には「かかわらないのが一番」だと思います。しかし、かかわらざるを得ないのであれば、難しくとも、対応せざるを得ません (「中国における歴史教育」参照 ) 。

 とすれば、日本はどうすればよいのか。

 「中国の嘘と、詭弁の要素」を考えると、日本側としては、詭弁対策を含めた「対中マニュアル」のようなものが必要ではないかと思います。

 また、中国側の「中国政府は知らなかった。調べておく」という態度には、「とぼけている」要素もあると思われます。

 詭弁対策・とぼけ対策を考えるために、機会をみて、「弁護士による「詭弁・とぼけ」かもしれない実例」に書いた内容をさらに詳しく書こうと思います。詭弁対策・とぼけ対策を考慮しておくことが「対中マニュアル」には必要不可欠だと思われるからです。



 次に、著者の指摘する一点目、日本の外交が「上層部に行けば行くほど日本の国益を顧みない体質に陥っていること」についてですが、

 詭弁を弄し(ろうし)、とぼける相手に「まともに」かかわるのは、「労多くして、益少なし」です。このような相手に「まともに」かかわるのは「面倒」だという気持ちも、わからなくはありません。

 しかし、それでは外交官の任務を放棄していると批判されても、やむを得ないと思います。

 おそらく、中国大使に民間人 (丹羽宇一郎) が起用された背景には、このような事情もあるのではないかと思います。民間人に大使が勤まるのか、という疑問もありますが、なにかが変わることを期待したいと思います。
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