言語空間+備忘録

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意図的なバブル潰しの是非

2009-09-25 | 日記
紺谷典子 『平成経済20年史』 ( p.42 )

 驚くべきことだが、三重野康(みえのやすし)日銀総裁は、「日本の株価と地価を半分に下落させる」と宣言し、実行した。株価と地価を暴落させれば何が起きるか、いまや素人でも知っていよう。
 しかし、金融の専門家であるはずの日銀総裁が、それを理解していなかった。日本経済の安定をめざすべき金融政策の責任者が、株価と地価を意図的に暴落させ、日本経済を崩壊へと導いたのである。
 日銀の "最大" の失敗は、低金利を続け、バブルを生じさせたことではない。急激な金利上昇によって、意図的にバブルを破裂させたことである。破裂してからもなお金利を上げ続け、回復不能なまでに株価と地価を暴落させたのだ。単なる政策の遅れ、失策ではない。意図的、意識的な逆噴射だったのである。
 ルーブル合意後、2年以上にわたって続けてきた2・5%の政策金利を、日銀がようやく引き上げたのは、平成元年5月末のことだ。ちなみに、2・5%の金利は、当時、「超低金利」と言われていた。その後まさか超・超低金利である、ゼロ金利時代が来るとは誰も思わなかったであろう。
 日銀は10月、12月とさらに金利を上げ続けた。平成2年正月からの株価下落は、その効果の現われと思われた。ふつうの国のふつうの政策当局なら、その効果を見極めるところだが、日銀はそうはしなかった。
 3度の利上げにもかかわらず、年末まで株価が上昇し続けたことを、日銀は苦々しく思っていたのかもしれない。年が明け、ようやく下がり始めた株価は、日銀にとって、慎重に見守るべき対象ではなく、叩き潰すチャンスと見えたのだろう。
 株価がすでに2割近く下落していた平成2年3月、日銀は、一気に1%という大幅な利上げを行い、8月にも0・75%の利上げを断行した。

(中略)

 風が吹いただけでも破裂しかねない、パンパンに膨らんだ風船に、大鉈(おおなた)を振り下ろしたのである。風船は破裂し、空を切った鉈は、実体経済に深いひびを入れた。底割れになるのは時間の問題だった。三重野総裁の辞書に、ソフト・ランディングという言葉はなかったのだ。


 日銀は意図的に株価と地価を下げるという大失敗を犯した、と書かれています。



 「意図的に」 株価と地価を下げることが、本当に大失敗、とんでもないことなのか。その部分が、問題になると思います。

 著者としては、「意図的に」 下げるなんてとんでもない。それは言うまでもないことであり、あたりまえである、とお考えなのでしょうが、じつは、あたりまえではありません。

 株価と地価の上昇が 「異常」 だった、という考えかたをとれば ( これは一般的な見解だと思います ) 、当局がバブルを静める方向に動くのは 「当然である」 と考える余地があります。



 景気はよいに越したことはありませんが、( ほとんどの場合は ) バブルはいつか、崩壊します。とすれば、さらにバブルが肥大化したあとで崩壊し、経済に大打撃を与えるのを防ぐために、バブルを沈静化させるというのも、ひとつの考えかただと思います。

 当局がなにもしないで放っておいて、さらにバブルが拡大したあとで ( 自然に ) 崩壊した場合、著者は、どう考えるのでしょうか。なぜ、もっと早く手を打たなかったのか、と批判されるのでしょうか。著者の批判は、一見説得的ですが、じつは説得力に欠けるのではないかと思います。
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4 コメント

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世界の中央銀行は支配されている (立ち寄り)
2012-06-19 08:43:42
世界の中央銀行は、BIS決済銀行の管理下に
あるのでしょう。
FRBは、ロスチャ系企業をとおして株を所有しているのは、確かでしょう。

世界の金融支配者は、1929年から、彼らが、変わらず所有しつずけている。手放すわけないか。

1929も意図的だったわけですから。

世界が平和な経済にするには、地球を平市民が

所有するしかない。
一方的過ぎる見解 (井上)
2012-09-03 12:06:17
>日銀は意図的に株価と地価を下げるという大失敗を犯した、と書かれています。

 確かにそのように書かれています。その限りにおいては管理人さんの論は間違ってはいません。

 しかし、引用書のその部分のみを意図的に取り出して、著者の文章の主張意が誤っている、と結論付ける事は大きな間違いです。

 管理人さんの引用箇所に先立つ部分で、著者は次のように述べています。

 「米国の  グリーンスパンFRB議長が、名議長と言われたのは、ソフト・ランディングに成功したからである。1996年12月の「根拠なき熱狂」という彼の言葉は有名だ。「根拠なき熱狂で膨らんだ株価は、いつ破裂してもおかしくない」と発言し、加熱していた市場の鎮静化に成功した。膨らんだ風船から空気を抜いて、破裂のリスクを小さくしたのである。その間に、実体経済が追い付いて、風船の中身が埋まれば、さらにリスクは小さくなる。

 株価と地価のバブルは、それが継続している間は、大きな問題は生じない。価格の上昇が実体経済を改善し、それがまた価格を上げるという好循環を生じえる。

 バブルが問題なのは、それがやがて破裂し、すぐには回復できない大きな痛手を経済に与えるからである。株価や地価の下落は、消費や投資を冷え込ませ、実態を悪化させるだけでなく、将来不安を生む。不安が下落を呼び、それがさらに不安を高める悪循環に変わるのだ。

 悪循環を生じさせないためには、可能な限り迅速な手当てが必要だ。時間がたてばたつほど、加速度的に負の連鎖が広がるからである。早ければ早いほど、傷は小さく、後始末のコストも低くてすむ。

 バブル破裂後、日本でしばしば用いられたのが、「山高ければ谷深し」という相場の表現だ。日本経済が大きな傷を受けたのは、バブルが異常に大きかったので、落ち込みも深くなった、という意味である。

 しかし、そうではない。異常だったのはむしろ谷の方なのだ。谷があまりにも深くえぐられたので、それだけ山が高く見えただけなのである。

 バブル破裂後の深刻な経済悪化を、「バブルの報い」「大きすぎたバブルの当然の帰結」とする見方は、かなり一般的だ。しかし、大きな痛手は、そのままバブルの大きさの証明にはならない。政策次第で、谷の深さ、破裂の傷はいかようにも変わるからである。

 日本のバブル破裂の傷が、かくも深く大きくなったのは、ひとえに政策の失敗である。バブル破裂が明白になってからも、「正常化」だとして放置し、対策を取らなかっただけでなく、下落をさらに加速させる誤った政策を取ったからである。しかも、誤りは幾度も繰り返された。

 「山高ければ谷深し」との見方は、こうした政策当局の誤りを隠蔽し、その責任を国民に転嫁するものでしかない。

 日本の政策当局の、最も重大な問題は、意識的にバブルを破裂させたことである。ソフト・ランディングを図るべきバブルを、叩きつぶしたことである。日本経済が墜落したのは、政策当局が突然ガソリンを抜いたからである。」

 以上が管理人さんが引用しなかった部分ですが、これを読まないで、管理人さんの引用した部分と、それについての管理人さんの主張とだけを読めば、著者の主張は誤っている、という結論になるかもしれませんが、上記管理人さんの主張はあまりにも一方的過ぎると考えられます。

  ここ以降に管理人さんの引用文章が入ります。

 株価と地価の暴落を謀った日銀の犯罪

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 著者のその後に続く文章

 1989末、4万円近かった株価は、翌1990明けから、”順調に“下がり続け、3月の利上げで3万円を切った。3か月足らずで、4分の3を切ったわけである。しかし、まだ半分ではない。8月の利上げで追い打ちをかけ、2万円まで下落させるのに、“大成功”。株価はようやく半分になり、三重野総裁の目標は達成されたのである。

 50%の暴落にも、日銀は、一向にたじろがなかった。目標の達成をより確実にするためか、6%の政策金利は、平成3年に入っても引き下げられることはなかった。そのころには、地価や不動産価格の下落が明らかになっていたにもかかわらず、である。

 ようやく金利が引き下げられたのは、平成3年(1991)7月、株価の暴落が始まってから、すでに1年半が経過していた。しかし、時すでに遅く、利下げをしても株価下落は止まらなかった。

 平成4年(1992)8月、株価はついに1万5000円を割り、1万4309円という底値を記録した。なんと63%強の大暴落だった。繰り返すが、この暴落は、日銀によって意図的にもたらされたものである。世界史に残る暴挙、狂気の沙汰というべきだろう。

 しかし、誤っていたのは日銀だけではない。日銀の暴走をとがめる声は、大きくならなかった。バブル破裂後、日本政府がようやく景気対策を打ち出したのは、株価が1万4000円まで下がってからである。

株価暴落を「正常化」とする非常識

 ちなみに、平成20年、サブプライム・ローン問題が深刻化し、欧米の金融当局は対策に追われたが、最初に緊急対策に動いた時の、米国株価の暴落は10数%であった。

 欧米の当局は、日本の失敗に学んだからだ、との解説をよく聞いたが、必ずしも正しくない。昭和62年のブラックマンデーへの対応を見ただけでも、欧米の政策当局が、如何に株価暴落を敏感に、深刻に受け止めているかが分かる。

 当時はまだ信任だった(この単語の意味不明)グリーンスパンFRB議長が市場の信頼を獲得したのは、ブラックマンデーにおける、機敏な対応によってだとされている。

 三重野総裁とて、日本経済を破壊したかったわけではあるまい(そう思いたい)。バブル破裂を「正常化」としか思わず、それが、いかに経済を痛めるか、想像さえしなかった、日銀総裁の任にふさわしい識見と能力を持たない素人だった、ただそれだけのことである。

 それにしても「殿のご乱心」を阻止するものが、日銀内部にいなかったのだろうか。当時、日銀内部で、相対立する大激論があったという話は全く伝わっていない。専門家集団とされる日銀が三重野総裁と同じ考えであったとすれば、恐ろしい話だ。金融のコントロールタワーである日銀が、経済の素人集団ということになるからである もし、当時の日銀が、バブルつぶしに走らず、ソフト・ランディングを目指していれば、「谷」は深くならず、その後の長い経済低迷も、金融危機も生じなかったに違いない。」  コメント投稿者による原著の引用ここで終わり


  このバブル崩壊で、ソロモンブラザーズが大儲けをしたそうだ。

 そして三重野氏は、その後に「世界のベストバンカー賞」を授与されて、銀行家としての名声を高めたそうだ。

 皮肉屋に言わせれば、その名誉賞授賞は、ソロモンブラザースに莫大な儲けをもたらした事に対するご褒美だそうだ(平成バブル崩壊と ソロモン・ブラザース証券 相場師列伝3)。

 その儲けの源泉はバブル崩壊で日本国民が失った
資産である。

 今も、日銀は通貨の供給量を増やさずにデフレ円高経済を持続し、財務省は海外支援三昧と消費税増税を図り、日銀と財務省が手に手を取って日本国民からお金を吸い取って、大企業に集約し外資様へご奉仕しようとしていることは間違いない。

 これも日本人を殺しての外資様へのご奉仕で、過去からずーっと続けられていることのようですね。
ここでの主題に関連する興味ある投稿の転載 (井上)
2012-09-03 12:23:34
 阿修羅に下記のような投稿があるのを見つけました。

 ↑の私の投稿文に関連のあるものですので、それを補強する意味で転載します。もっとも、その文章が完全に信頼できるか否かは?ですが。

04. 2010年1月15日 21:56:50
その昔、日本は国民総ででバブルに踊った時代がありますたね。
バブルを起こして潰す。奴らの詐欺手口の最たるものですた。
バブルがはじけて今では失われた10年と言われていますが、今だに日本経済はその後遺症を引きずっています。自殺者はバブル崩壊から毎年3万人。今だにその数は変わっていません。

その手口を見れば分かるのですがいつもワンパターンです。
最初は甘い話でカモを釣る。こうやれば儲かりますよ。おいしい話でカモを誘います。

そしてころ合いを見計らって真っ逆さまに突き落とす。詐欺師の典型的なパターンです。

最初に奴らはバカスカ札束を刷って、バブルを引き起こす。銀行は貸して貸して貸しまくる。株に投資すれば儲かるよ。土地を買えば儲かるよ。そしてカモが罠にかかったころ合いで急に蛇口を閉める。貸し渋りをやるわけです。
これをやられたら投資家はいきなり資金難に陥ります。そして、資金難に陥ったカモ達から担保として株、土地、あらゆる資産を奪い取るのです。昔からやっていることは同じです。
いい加減気付いたらどうかと思うのですが、今だに引っ掛かっている人がいます。

その当時の日銀総裁であった澄田智(すみださとし)と言う方をご存じでしょうか。日銀退官後は日本ユニセフ協会の会長などをやっていた方です。

澄田さんがバブル潰しの張本人と言われています。
プラザ合意以降、5%だった金利を2.5%に下げ、銀行は貸して貸して貸しまくった。その当時は、黙ってても銀行が頭を下げて貸しに来たという話は誰でも覚えているはずです。そういうジャブジャブ溢れた資金が株や不動産に流れ込んだ。借金しても金利は安いし土地や株を買えば値上がりするしで猛烈なバブルが起きたのですた。

そしてバブルが膨らみきったころ合いを図って、澄田さんはいきなり公定歩合を8%、長期金利は 10%まで引き揚げた。蛇口を閉めたのですた。借金すると金利が高い。値下がりリスクのある株や不動産よりも安全な銀行預金の方が良いということで投資家は一斉に株と不動産から資金を引き上げた。土地や株は一気に値下がり=バブル崩壊と言われています。

バカスカ金を貸し出して狂乱状態を作ってからブルを破裂させる。
その後には膨大な焼け野原、不良債権の山だけが残る。
それを二束三文で奴らが買い叩く。
昔からの手口。ばればれの三文シナリオだったのですた。

さて、それにしても、そのバブル潰しの張本人澄田さんはどのような経歴の持ち主だったのでしょうか。
澄田さんと言えばフランスに留学した留学組で、その後ベルギー大使館、フランス大使館の一等書記官からキャリアをスタートしたエリート官僚ですた。
そしてその後は、順調に大蔵省で出世して日銀総裁になっています。
澄田さんとフランス財界のつながりはお父様の代から囁かれていますた。


澄田智さんは、日銀総裁を辞めた後、ロス茶イルドフランスの旗艦、投資銀行ラザール・不レールに最高顧問として天下りしています。
ちっとはカモフラージュでもして隠せと思うのですが、親子二代に渡って奴らの充実な部下だったという、そのまんまの経歴の持ち主ですた。

Unknown (memo26)
2012-10-09 17:45:44
>> 日銀は意図的に株価と地価を下げるという大失敗を犯した、と書かれています。
> 確かにそのように書かれています。その限りにおいては管理人さんの論は間違ってはいません。
> しかし、引用書のその部分のみを意図的に取り出して、著者の文章の主張意が誤っている、と結論付ける事は大きな間違いです。


 井上さん、コメントありがとうございます。

 あなたの批判は適切であると思います。また何かありましたら、ぜひ、私の主張の問題点を教えてください。

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