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海水注入の遅れは資産保護優先が原因

2011-03-24 | 日記
 先日、私は「東京電力に対し、徹底的な事後調査・批判が必要」において、

   東京電力は資産を守ろうとして
    事故対応が遅れたのではないか

と推測しました。

 その推測は的中していたようです。「ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版」に詳しく報道されています。ぜひお読みください。

 (私が推測記事を書いた日の前日、すでに報道されていました… ^^;)



ウォール・ストリート・ジャーナル 日本版」の「「資産保護」優先で海水注入遅れる─福島第1原発事故」( 2011年 3月 19日 23:30 JST )

 【東京】東日本大震災で被災した福島第1原発への緊急対応の遅れは、貴重な原発資産を損なうことへの懸念と、政府側の当初の受け身の姿勢が原因だったことを複数の消息筋が明らかにし、危機対応の内情が浮かび上がった。

 一方、震災発生時に福島第1原発施設の点検にあたっていた規制当局者は、現場の大混乱に直面した目撃者証言の第一報を本紙に伝え、地震で現場周辺のすべての通信が遮断され、対応がきわめて困難になった震災当時の模様について語った。

 同原発の事業者である東京電力(東電)は、少なくとも地震発生翌日の12日午前という早い段階に、6機の原子炉の1機を冷却するため、付近の海岸から海水を注入することを検討した。しかし、東電がそれを実行に移したのは、施設での爆発発生に伴い首相が海水注入を命じた後の、同日の夜になってからだった。ほかの原子炉では、東電は13日になるまで海水注入を開始しなかった。

 事故対応に携わった複数の関係者によると、東電が海水注入を渋ったのは、原発施設への同社の長年の投資が無駄になるのを懸念したためだという。原子炉を恒久的に稼働不能にしてしまうおそれのある海水は、今では原発事故対応の柱となっている。

 元東電役員で、今回の原発事故対応に加わっている公式諮問機関、日本原子力委員会の尾本彰委員は、東電が海水注入を「ためらったのは、資産を守ろうとしたため」だとしている。尾本氏によると、東電と政府関係者のどちらにも、塩水を使用したくない大きな理由があったという。当初、核燃料棒はまだ冷却水に漬かっていてダメージを受けておらず、同氏によると、「圧力容器に海水を注入すると、容器が二度と使えなくなるため、海水注入をためらったのも無理はない」という。

 東京電力広報担当者は、東電が「施設全体の安全を考えて、適切な海水注入時期を見計らっていた」としている。

 ある政府関係者は、「今回の原発災害は、6割方、人災だ。東電は初期対応を誤った。十円玉を拾おうとして百円玉を落としてしまったようなものだ」と述べている。
 政府の対応も後手に回った。6機の原子炉の4機がすでに破損し、残りの2機もやはり過熱の兆候を示しだした16日になるまで、自衛隊は冷却活動に大々的に参加しなかった。防衛省広報官によると、自衛隊が出動しなかったのは、東電側から要請がなかったためだという。東電広報担当者は、原則として東電は政府と連絡をとっているとして、この点についての具体的なコメントは避けた。

 たとえ一層迅速に対応していたとしても、難題は避けられそうになかった。現場に居合わせた目撃者が本紙に語ったところでは、地震と津波は、同原発のほぼすべての通信を早々に遮断したという。

 原子力安全・保安院(NISA)福島第1原子力保安検査官事務所長の横田一磨氏は、地震発生当時、同原発にいた。壁にひびが入るほどの威力で地震が襲ったとき、同氏は机の下に身を隠した。その後、車で15分の距離にある保安検査官事務所に移動した。「電気も電話もファクスもインターネットもダメだった」という。非常用発電機が使えるようになったのは、その日の夜になってからだった。

 NISAは18日、今回の原発事故の深刻度評価を、国際原子力事象評価尺度のレベル4から、1979年の米国スリーマイル島原発事故と同レベルの5へと引き上げた。

 政府および東電関係者によると、原子炉冷却作業は18日、ほんのわずかな改善効果を示した。1機の被災原子炉に配備された消防車は放射性廃棄物のプール1つに何とか水を届かせることができた模様という。放水がどれほど効果を上げているかは不明だった。

 東電関係者によると、週末には一部被災原子炉の電源を回復し、原子炉冷却の一助にできる見込みだという。現場での放射線レベルは安定しているものの、依然高いままだ。

 海外の消息筋は、未曾有の事態ゆえ、遅れと混乱は致し方ないとしている。18日に日本に到着した国際原子力機関(IAEA)の天野之弥事務局長は、スリーマイル島事故も事態を把握するまで時間がかかったと述べた。とはいえ、天野氏は東電からの情報提供不足を指摘した。

 11日の地震は同原発を電力供給網から断絶し、一方、津波は非常用発電機を流し去った。

 同原発を監視しているNISA福島第1原子力保安検査官事務所長の横田氏は、地鳴りがして地面が揺れ始めた際、同原発で四半期安全点検を実施している最中だった。書類棚やコンピューターが倒れ、あたりに散乱した。

 津波が通り過ぎた後、横田氏はタクシーをつかまえて近郊の大熊町にあるNISA保安検査官事務所に急行した。ここは、原子力災害対策センターも兼ねている。同センターは、東京のNISA本院とも、福島第一原発施設とも、連絡が絶たれていた。

 同原発の6機の原子炉のうち最も古い1号機の事故情報は、地震翌日の12日早朝まで広まらなかった。その時点には、1号機はすでに自動停止していたものの、燃料棒が過熱し始めていた。東電広報担当者は、同日午前6時の記者会見の席上、海水注入が原子炉冷却のための一選択肢だと述べた。

 原子炉の温度が上昇し続けて水素ガスが発生し、同日午後3時36分に爆発を引き起こした。菅直人首相は海水の注入を命じ、これは午後8時20分に実施された。

 13日の早朝までに、3号機の冷却機能が喪失した。東電は真水で3号機を冷却しようとしたが、午後には海水に切り替えざるを得なかった。翌14日午前、 3号機の建屋が爆発した。この結果、格納容器が損傷して放射能漏れが起きている公算が大きい。(訳注:16日夕方には、3号機の格納容器が損傷して放射能漏れが起きている可能性は低いという政府見解が示され、同日午前中の説明内容は修正されている)

 当局者は、2号機の冷却システムへの注水が停止していたことに気付かなかったらしい。14日夜に海水注入が開始されたが、冷却機能喪失は15日早朝の爆発につながった。

 横田氏とほかのNISA職員らは、放射能から甲状腺を守るヨウ化カリウムを服用した。災害対策センターでは、放射線レベルが100マイクロシーベルトに達するとアラームが鳴りフェイスマスク着用を職員に促すようになっていたが、横田氏によると、職員全員がさらに遠方の安全な場所まで避難した16日の時点には、アラームが鳴りっ放しだったという。

 自衛隊は16日になって派遣された。ただし、防衛省広報官によると、一部の自衛隊員と機材は約24キロ離れた地点で待機中だという。防衛省広報官は、「東電が支援を要請してくるまでは、自衛隊出動を見合わせざるを得ない」と語った。

記者: Norihiko Shirouzu and Phred Dvorak and Yuka Hayashi and Andrew Morse




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