Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

GEORGE LONDON FOUNDATION RECITAL (Sun 12/13/09)

2009-12-13 | 演奏会・リサイタル
モルガン図書博物館のリサイタル・ホールで行われる
ジョージ・ロンドン・ファンデーション・リサイタル、第二弾です。
前回はゲストがジョイス・ディドナートとエリック・オーウェンズの二人でした。
今日のゲストの片割れには、初めはスティーブン・コステロの奥様でもあるソプラノのアイリン・ペレーズが
スケジュールされていて、彼女の歌をじっくり聴く機会が得れるのも楽しみの一つだったんですが、
(二人はフィラデルフィア・オペラの『ジャンニ・スキッキ』でも共演していました。)
一ヶ月近く前に、突然詳しい説明もなく、マージョリー・オーウェンズに変更になった、
という簡単な通知のみが、郵便で届きました。
もしや、ご懐妊かしら、、、? だとしたら、とてもおめでたいことです。

そしてもう一人のゲストは、こちらは予定通りのジェームズ・モリス。
彼をリサイタルで聴くのははじめてで、かつ、考えてみれば、私はメトの舞台でも、
彼を主役級の役で観ているのは、ワーグナーの作品とかスカルピア(『トスカ』)、
メフィストフェレス(グノーの『ファウスト』)など、
限られたレパートリーに偏っているんですが、座席について今日のプログラムを眺めていると、
モーツァルトとかR.シュトラウスの歌曲が含まれていて、すごく楽しみ。
でも、その一方で、ワーグナーの曲が一つもないんですね、、。
これはこれで寂しい、、とないものねだりで欲張りな私です。

モリスは特にここ数年、著しい勢いで声の老化がすすんでいるんですが、
昨シーズンの『ワルキューレ』、これは誰が何といおうとも、私がくたばる日まで、
我が鑑賞史の中で、特別な位置を占め続けるであろう感動的な公演で、
あの日以来、モリスもまた特別な歌手として、”Madokakipのオペラの殿堂”入りを果たしました。
その数日後、シリウスがインターミッションのインタビューに彼を招いて
主にリングについて興味深い話を聞き出してくれましたが、
つい数日前に味わった公演の感動とあいまって、感慨深い思いで耳を傾けたものです。



このリサイタル・ホールで歌を聴く贅沢さというのは、ホールの空間の小ささと、
歌手との親密な距離感にあるんですが、
メトの舞台では、特に、彼がしばしば登場するグランドな演目では、
豪華な衣装を身につけていることが多く(冒頭の写真は昨シーズンの『ワルキューレ』から。)、
またセットも舞台自体も巨大なので、あまり今まで意識したことがなかったのですが、
こうやって小さなステージで、スーツを着てピアノのそばに立っていると、
モリスが思った以上に体格がしっかりしていてびっくりです。体格というか、背とお腹、、、かな?

しかし、拍手が止み、彼がモーツァルトの”娘よ、お前と離れるに際して Mentre ti lascio, o figlia"を
歌い始めてさらにびっくり。どうした?!この蚊の鳴くような声は?!
いくら何でもこんな声でメトのリングを歌ったはずはないと思う、、。
他のお客さんも多分同じ気持ちだったことでしょう。客席の空中にまさに”ボー然”という文字が浮かんでいるようです。
これはもしや、いたたまれない系のリサイタルになってしまうんじゃ、、と不安が頭を掠めた頃、
段々曲の半ば頃から声が出てきて、曲が終わるまでには、
この小さなホールで聴くには音が大きすぎてこちらの聴力が消耗するくらいの声量になってしまいました。
しかし、その一方で、そりゃ、やっぱりこれくらいの声量がないと、
あのリングの大編成のオケの音を越えて、メトのような大きさの箱で声が届いてくるわけないよな、、と妙に感激したりもして。
これがあの『ワルキューレ』を可能にした声なんだわ、、

この曲は本来オーケストラを伴ったアリアなので、今日はピアノ伴奏なのが残念ですが、
それでもモーツァルト節炸裂の美しい曲で、
しかも、娘との別れに際した父親の気持ちを歌った内容になっているのは、
ワルキューレを連想させる部分もあり、心憎い選曲です。

マージョリー・オーウェンズは実は先月のタッカー・ガラに登場していたんですが、
マクベスの第一幕のフィナーレで、しかも、マクベス夫人役ではなく侍女役でしたので、
正直言って、彼女自身がどんな声質なのかをあれでもって判断するのは全く不可能でした。
下の写真は八代亜紀もびっくりの頬、三白眼寸前の瞳、とがった眉のコンビネーションで、ちょっとひきますが、
実物の方がずっと親しみやすくて、可愛らしい造作の人で、
今回のこの記事を書くに当って、彼女の写真をネットで検索したんですが、
写真写りが良くないのか、実物の雰囲気を伝えているものがないのが残念です。
しかし、断っておくと、彼女もアンジェラ・ミード型、つまりかなり大柄な女性です。



ただ、ミードの場合は大柄でも、声質は重い方でヴェルディのソプラノ・ロールあたりまで、
軽い方はベル・カントも全然OK!なわけで、ややカバリエに似た系列の大柄女性ですが、
オーウェンズの場合はワーグナー・レパートリー、
もしくはイタリアものならドラマティコに属するようなタイプのソプラノです。

彼女はまず、ワーグナーのヴィーゼンドンク歌曲集から”天使”、”悩み”、”夢”の三曲を。
リサイタルの一曲目というのは難しくて、曲の半分近くがウォーミング・アップになってしまったりすることが
往々にしてあるのですが、
一曲目の最初の音から声を最高のコンディションに持って行っているのは賞賛に値します。
彼女の場合、声量に関しては一切心配する必要なし。
フル・ボリュームで出した時のその音の力強さは、今すぐメトの舞台に立っても、
不足を感じないどころか、強い印象を残せる位のものを持っています。
むしろ、彼女が注意すべきは、自身の強みといっていい、この音量に頼り過ぎないようにすることだと思います。
実際、今日のリサイタルでも、剛速球の連続、という感じで、変化に乏しく感じる部分がありました。
特にこのヴィーゼンドンクの歌のように、強い表現力を求められるレパートリーでは、
(だし、表現力を求められない作品なんて、そもそもこの世にあるでしょうか?)
歌が一本調子に聴こえがちなのが残念です。
彼女の場合、癖のない素直な声をしているのですが、それは裏を返せば、
他の歌手と差異化を図りにくいということでもあって、
その分、表現力は助けになっても邪魔になることは絶対ないと思います。

また、そんなに頻度が高いわけではないのですが、時々、
パワフルな声量がスピンを起こすというか、一瞬彼女の制御不能なところに飛び出していって、
すぐにまた戻ってくる、というような音が数音あったので、
それも、フル・ボリュームで音を出すことだけにフォーカスすることから、
少し離れた方がいいのではないか、と思う理由です。
”夢”での歌唱は非常にコントロールが効いていて、美しかったので、それが出来る力のある歌手だと思います。

再びモリスの登場で、リヒャルト・シュトラウスの歌曲を、
”献呈(とか奉納とかが一般の邦訳になっているようなんですが、ちょっとニュアンスが違って、
相手に心を捧げること、という意味に近いはずです。)”、”黄昏の夢”、”ひそやかな誘い”、”万霊節”、”ツェツィーリア”の順で。
この中で最も彼の今の持ち味に合っていると感じたのは”献呈”です。
というのも、この一連のシュトラウスの歌曲の歌唱ではっきりわかったのは、
今のモリスにとって、まだメトを満たすようなパワフルな声を出すのは簡単ですが、
それより全然難しくなってしまっているのが、声量を抑えながら旋律をコントロールして歌う、この技術で、
特にここに高音が入ってくると一層厳しくなる、という点です。
一曲目のモーツァルトのアリアで声が温まっていないのか?と感じたのは、
そうではなく、おそらく、冒頭を絞った音から段々ゆっくりとクレッシェンドしていく感じで
本人は歌いたかったのでしょうが、その微妙なコントロールが効かなかったということなんだと思います。

”献呈”に関しては歌い方次第で、その彼の現在の障害に全く触れないで歌いきることが可能なんですが、
例えばシュトラウスの歌曲の二曲目の”黄昏の夢”はそれを通らずに歌うことは全く不可能で、
このたゆたうように、抑えた声量で、声をコントロールしながら歌わなければならない曲は、
結局、今の彼の、年齢による声の衰えによって生まれてしまった力の限界を
決定的に確認させられることになってしまいました。
あんなにすごい声量を出せても、抑えた音のコントロールが効かない、、
年齢が歌唱に与える影響というのは実に不思議で、また残酷なものです。

続くは、第一弾のリサイタルの記事にもほんの短く触れましたが、
今、モルガン図書博物館ではプッチーニ展を開催していることもあって、
これはおそらく博物館のキュレーター側の”何かプッチーニのアリアを、、”という
リクエストのせいだと思うのですが、
なぜか唐突に、プッチーニの作品です。
オーウェンズが歌う、『蝶々夫人』から”ある晴れた日に”。
このブログをしばらく読んで下さっている方ならば、私が非常にこだわりのある役の一つが蝶々さんであることは
多分予測がつかれていると思うのですが、
こだわりがある、とは、すなわち、大概のものでは満足しない、ということと同義です。
特に蝶々さんに関しては、私自身が日本人であるせいもあって(最近それを忘れたかのような、
つつしみのない言動ばかりですが。)、蝶々さんという人の人物像に関して、
具体的な、絶対に外されては困るイメージがいくつかあるので、
オーウェンズさん、蝶々さんのアリアを選ぶとは血迷いましたね、なのです。

結果を言うと、彼女の持ち味である大きな声量を存分に生かした(?)迫力の歌唱で、
観客からは”すごーい!”と賞賛の嵐でしたが、
もちろん、私が何を考えていたかというと、
”こんなのは蝶々さんじゃないっ!!”

蝶々さんは本来はリリコ・スピントに属するソプラノが歌うと定義されることが多いですが、
この分類は、当たり前のことなんですが、意味のないことではない、
いや、実は非常に重要な意味を持っている、と、今日、痛感しました。
私は今はメト、それから日本に住んでいた時は新国立劇場、と、
それなりにきちんと蝶々さん役に合ったソプラノをキャスティングしてくれる(はずの)劇場でしか
この蝶々さんを聴いたことがないので、今まで極端にこの分類からはずれた蝶々さんは、
生では聴いたことがありません。
最近はどちらかというとドラマティックな方のソプラノが不足しているので、
リリコ、つまり軽めによった蝶々さんならかろうじて接したことがありますが(ドマスなどが含まれる)、
ドラマティコに寄った蝶々さんというのはなおさらです。
で、このオーウェンズは先に書いた通り、まずはドラマティコといってよい声質なんです。
この声で、あの”ある晴れた日を”の歌詞を歌われても、全く可憐な日本少女の姿が浮かんでこない、、。
しかも、このアリアは、ピンカートンが再び日本の土を踏む場面を蝶々さんが夢想してその情景を語ったものですが、
最後の情熱的なバースの前の、細かい描写をごちゃごちゃ話しているこの部分に、
彼女の幼さと不安とピンカートンを信じる思いが交錯していなければならない。
あのラセットはここをいかに情感豊かに歌うことか!
オーウェンズのこのアリアにはそういったニュアンス、消えては現れる感情の描写が全くなく、
ごりごりと声量で押し切るのみ。
蝶々さんにはパワーのあるソプラノが必要とはよく言いますが、そのパワーというのは、
あくまでスタミナのことであり、決して声量にパワーがある、とか、
ドラマティコと同じ意味でのパワーではないことを痛感します。
これは私にとっては、今日最大の珍品歌唱でした。
彼女のプッチー二なら、トゥーランドットとか、聴いてみたかったんですけど。

このリサイタルのシリーズが楽しい点は、後半にわりと知名度の低い”発掘系”の作品を持ってきてくれることで、
それほど色んな作品を知っているわけではない私にとっては、これは実に楽しいコーナーです。

再びオーウェンズで、アンリ・デュパルクの”旅へのいざない”、”ラメント”、そして”戦っている国へ”。
この中で歌唱としては、断然、ゴーティエの詩にのって歌われる”戦っている国へ”が素晴らしかった。
彼女はこの後にも戦争をテーマとした曲を選択していて、彼女自身の意向による選曲なのか、
これらの作品には、他とは違うレベルの入魂ぶりを感じました。
また、デュパルクの作品群は実は彼女の声質にすごくマッチしていると感じました。
この”戦っている国へ”はYou Tubeにもろくな歌唱があがっていないですが、
非常に優れた作品で、もっと知名度があがってもいいのに、と思います。
歌われている歌詞が、これまた心に染みる、、。
曲の後に、なんともいえない余韻が胸に残りました。
この曲の真価を伝えてくれたオーウェンズに感謝したいです。

リサイタルを、メッセージを伝える場として活用したい!という、
”社会派””反戦派”オーウェンズに対し、緩めの選曲なのがモリス。
ジョン・デュークの”リチャード・コーリー”、”ミニヴァー・チーヴィー”、”ルーク・ハバーガル”。
こちらはアメリカの詩人の詩に曲をつけたものなんですが、
うーん、、、アメリカの詩人とフランスの詩人の違いかな、、
くすっと笑わせるようなユーモアはあるんですが、
デュパルクのあのパワフルな作品群の後では、感動的な映画の後に突然軽い作品を見せられたような感じで、
こちらのギアがついていけないです。
モリスの持ち味的にも、この軽妙感はちょっと無理している感じがあって、あまりしっくり来ませんでした。

そして、曲はまた社会派へ。ジョン・カンダーの”サリヴァン・バルーからの手紙”。
バルーは南北戦争時代の人なんですが、戦死する直前に書いた妻宛てへの手紙に、
カンダーが作曲したもの。
この手紙の内容は、時と共に色あせないどころか、現代にも全く通じるもので、
曲が終わった後、私の隣に座っていた20代の前半と思しき女性は涙を浮かべておられました。
ただ、カンダーはまだ存命する作曲家なんですが、音楽作品として聴いた場合、
前後に置いたメロディーのない台詞調の構成など、
少し私にはセンチメンタル過ぎるというか、かえってこの手紙の感動的なのを薄めてしまったように思います。
音楽作品としては、私にはデュパルクの方がずっとストレートでパワフルに感じました。
オーウェンズの歌はいずれの曲にも心を100%捧げたものですが、
彼女の声質がより生きていたのもデュパルクの方だと思います。

まるで、じめじめしたのはやってられん!と言わんばかりのモリスが次に繰り出して来たのは、
『ラ・マンチャの男』メドレー。
、、、、もう好きにやってください、、、。
この選曲、モリス自身が一番楽しんでいたような気がするのは気のせい、、?

今回、嬉しかったのは、第一弾ではなかったために期待していなかったアンコールがあったこと。
オーウェンズは『タンホイザー』からエリーザベトの”おごそかなこの広間よ”。
嬉しい選曲です。
内容的には、前に書いたのと同じで、十分この曲を歌うパワーもあるし、音域もきちんとカバーできていますが、
彼女のエリーザベトを舞台で聴きたい!と思わせる+αが何かある、と思わせるような、
次のレベルに持っていく何かが、全幕でキャスティングされるためには必要だと思います。
アンコールにこの曲を持ってきたのは、モリスとのバランスを考えてか、
今のところ、やはり、彼女のメインのレパートリーはこの辺にターゲットを絞っているということなのか、、。
後者だとしたら、うーん、、、、。
彼女はもしかしたら、ワーグナーよりもフィットしたレパートリーがあるような気がしています。

最後はもちろんモリス。
ジョージ・ロンドン・ファンデーションのボードの代表は現在、
ジョージ・ロンドンの奥様のノラさんなんですが、
客席にいた彼女の方に向いて、”この曲をジョージに捧げます”の一言の後、
歌い始めたのは、『ラインの黄金』の神々の入城のシーンから、
ヴォータンの”夕べに太陽の目が輝き Abendlich strahlt der Sonne Auge"。
うおーっ!モリスのヴォータンだー、、
もちろん、ヴォータンを当り役の一つにしていたロンドンに捧げる、ということなんですが、
この入城のシーンについては、先にふれたインタビューの中でも彼自身が
夫婦の間の愛情を感じて好きな場面と語っていることから、
ノラさんに捧げたものともとれる、素敵な選曲でした。
やっぱり、モリスにはヴォータンが一番、付け加えることは何もなし!と思いつつ、
しかし、これはやっぱりピアノじゃなくて、オケつきで聴きたかった、、
と最後まで欲張りになってしまうのでした。

最後にそのロンドンが歌った同じ部分の抜粋を紹介しておきます。




The George London Foundation Recital

The Morgan Library & Museum
in collaboration with
The George London Foundation for Singers

James Morris, bass-baritone
Marjorie Owens, soprano
Joshua Greene, piano

WOLFGANG AMADEUS MOZART
"Mentre ti lascio"
(Morris)

RICHARD WAGNER
3 Wesendonk Lieder
"Der Engel"
"Schmerzen"
"Träume"
(Owens)

RICHARD STRAUSS
"Zueignung"
"Traum durch die Dämmerung"
"Heimliche Aufforderung"
"Allerseelen"
"Cäcilie"
(Morris)

GIACOMO PUCCINI
"Un bel di vedremo" from Madama Butterfly
(Owens)

HENRI DUPARC
"L'invitation au voyage"
"Lamento"
"Au pays où se fait la guerre"
(Owens)

JOHN DUKE
"Richard Cory"
"Miniver Cheevy" (A satire in the form of variations)
"Luke Havergal"
(Morris)

JOHN KANDER
"A Letter from Sullivan Ballou"
(Owens)

MITCH LEE
Medley from Man of La Mancha
(Morris)

ENCORE:
"Dich teure Halle" from Tanhäuser
(Owens)

"Abendlich strahlt der Sonne Auge" from Das Rheingold
(Morris)

The Morgan Library & Museum
Gilder Lehrman Hall
Row K

*** ジョージ・ロンドン・ファンデーション・リサイタル ジェームズ・モリス マージョリー・オーウェンズ
The George London Foundation Recital James Morris Marjorie Owens ***

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