Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

ARMIDA (Mon, Apr 12, 2010) 前編

2010-04-12 | メトロポリタン・オペラ
滅多に上演されない演目を自分の名前にかけて舞台に引っ張ってくるということは、
歌手にとって誇らしいことであるでしょうが、それに伴う責任も感じてもらわなければ。
そんなことを今日の『アルミーダ』初日の公演を観て思いました。

大体、オペラハウスで稀にしか上演されない演目というのは、たいがいの場合、それなりに理由があって、
音楽がつまんない、話がつまんない、難しすぎて歌える歌手がいない、といった事態が、
単体で、または複数重なりあって、上演をはばんでいるものです。

そんな演目を久々に発掘し、舞台にかけようというなら、客に、
”ええ?!どうしてこんなに面白い演目があまり上演されないの?”と思わせるような内容の公演を見せてほしい。
かつてマリア・カラスはそれをベル・カントの演目でやってのけ、
卑近な例で言えば、今シーズンのメトの『ハムレット』なども、きちんとその線を越えていました。



で、『アルミーダ』はなぜあまり上演されないのか?
一つには、ラン開始前のレクチャーで語られた通り、6人ものテノールを揃えなければならず、
そのいずれもに、ロッシーニ・テノールのクオリティと卓越した歌唱力が求められる点で、
テノールなら誰をキャスティングしてもよいというような簡単なものではない点です。
そして、これは単なるスタート地点で、この後に、歌手がどのような歌を聴かせてくれるか、という問題があります。
ロッシーニのセリア(簡単に言えば、喜劇でなく、まじめなお話。
たいてい、神話、伝説、歴史上の人物にまつわるストーリーの類が扱われる。)は、
話が単純なのに延々上演時間が長く(ちなみに『アルミーダ』は夜の8時開演で、
たった一回のインターミッションに関わらず、上演終了は12時過ぎでした。)、
これで歌唱にロッシーニ特有のワクワク感、どきどき感、ときめきがなかったら、単なる4時間にわたる拷問です。
昨シーズン、キャラモアで観た同じロッシーニの作品『セミラーミデ』が、
同じく上演時間の長い作品でありながら全く退屈でなかったのは、ひとえに歌手達の力量によるもので、
ああいうのを聴けることを期待して、ロッシーニのセリアを観に観客は足を運ぶというものです。



ですから、私がメトの支配人であったなら、ルネ・フレミングが新シーズンで歌いたい演目として
『アルミーダ』を挙げて来た時に、こう尋ねたことでしょう。
”じゃ、あのペーザロの公演の時よりも上手く歌えるようになっているんですね?”
そして実際に抜粋を歌ってもらって、それがペーザロの公演とたいして変りがなかったとしたら、
彼女のためにこの作品で新演出を組むのはおろか、彼女の『アルミーダ』への登場は禁止して、
『ルサルカ』でも歌ってもらうか、『ばらの騎士』の上演回数を二倍にします。

そう、この演目でなんとか普通に手に入る録音は、カラスが出演した1952年のフィレンツェでの公演のライブ盤か、
フレミングが出演した1993年のペーザロでの公演のライブ盤(オケはボローニャ歌劇場オケ)くらいしかなく、
後者においては、元々ソニーから発売されていた音源ながら、アメリカでは生産中止になっていて、
今はアルキーフという再発専門の会社がリイッシューを行っている状態です。



カラスのライブ盤は録音のせいも一部あるとは思いますが、オケの音があまりに悲しいことになっていて、
曲の全体像がわかりにくく、共演している男性陣もあまりいけていないので、私もペーザロ盤を購入してみました。
驚いたのは、リブレットの表紙がなぜだかフレミングでなく、指揮をしているダニエレ・ガッティなんですが、
この頃の彼は人の良さそうな、溌剌としたかわいらしい表情をしていることです。
いつから、あのスカラの『ドン・カルロ』今シーズンのメトの『アイーダ』の時のような、
ネガティビティー満載の、うさん臭い表情のおやじになってしまったんでしょう?
ま、今回のメトの『アルミーダ』では彼が指揮するわけでもないですし、そんなことはどうでもいいんですけれども。

そして、これを書いていて、ふと思ったのですが、レクチャーの記事にbabyfairyさんから頂いたコメントと、
ビリングハースト女史が、レクチャーで、もともとリナルド役にキャスティングされていたテノールが、
”もう”この役は自分の声に合わず、歌えない、と言っていたことを総合すると、
ローレンス・ブラウンリーがリナルド役を引き取る前には、このペーザロの時に同役を歌った
グレゴリー・クンデがキャスティングされていた可能性もあるな、と思います。

さて、このペーザロ盤ですが、オケの音が大変聴きやすく、演奏もとてもいいと思います。
というか、ボローニャのオケの力量と彼らのロッシー二作品へのきちんとした理解にも助けられているとは思いますが、
陰鬱な、あれこれいじりたがり屋のおやじとしてのガッティしか聴いていないと、
この爽やかさ、軽やかさ、素直さは意外で、私はこの作品での彼の指揮はかなり好きです。



しかし、問題はフレミングの歌です。
私は彼女のとても良い歌唱と演技を聴き・観たこともあるので、彼女を決して嫌いなわけではないのですが、
『椿姫』のヴィオレッタがあまりに問題が多くて私が怒りを抑えきれなかった時と同様に、
この『アルミーダ』も大問題です。
ヴィオレッタもベル・カント的技術が大いに求められる役なので、問題の根っこは共通しているのですが、
彼女の歌は速いパッセージでの一つ一つの音がはっきり立っていなくて、
なんとなあ~く、ぐにょぐにょ~と音が移動していくのが本当に気持ち悪い。
音の移行が、階段ではなくて、坂になってしまっているような感じを受けるのです。
それから、ロッシーニの作品はセリアでも、こちらがスキップしたくなってくるような躍動感、
これがないと本当につまらない歌と公演になってしまうのですが、
彼女の歌からはそういう躍動感を一切感じない。
これらの点を改善したのでなければ、どうしてメトでまたこの作品を歌おうと思うのか?
6人のテノールを揃える云々の前に、タイトル・ロールがこれでは聴き応えのある演奏になるわけがないではありませんか。



今日の公演でのフレミングの歌唱は、そういったペーザロでの問題が一切解決していないばかりか、
声そのものの魅力という面でも、若さゆえに多少はポイントを稼いでいたペーザロの時と比べて、
年齢を経たための、ちょっとしたウェアー(磨耗)が耳につきます。
それから、これは何というのか、、、なんだか、”歌い流している”という表現を使いたくなるような、
まるでリハーサルのために力を抜いて歌っているのか?と思えるような”渾身の歌”とは反対の、
どこか、緩みのある歌です。
特にそれが顕著になるのは高音で、もしかするとこの役で必要な高音を
しっかりとした馬力でサポートしながら歌うのが難しくなっているのかもしれませんが、
音程はなんとかきちんとしたピッチでとれてはいますが、
音色の方が、なんとも覇気のないスリルのない音で、段々空気が抜けて行っている風船のようです。
ロッシーニの作品で、”これはどうだ!”というような煌びやかで力強い(高さの問題ではなくて、むしろ、音色の問題)
高音が欠けていたら、何を聴けというのでしょう?
この点においては、まだペーザロの時の方がましなくらいです。



実を言うと、私はこの”流し感”を最近の彼女の公演から感じることが多くて、
今シーズンの『ばらの騎士』でのマルシャリンは例外ですが、
昨シーズンの『タイス』、『ルサルカ』に対しても同じ感触を持ちました。
というか、彼女は、こういう”彼女のために企画された演目”で、そういう風になってしまうことが多いような気がします。
『椿姫』は歌唱の問題はありましたが、流している感じはなく、
一生懸命頑張っているのだけど上手く行かなかった感じでしたし、
『オネーギン』での彼女のタチアナの解釈をロシアらしくないと感じる方はいらしても、
HDやDVDでの彼女の歌唱と演技を”流している”と感じる方は少ないと思います。
『オテッロ』のデズデーモナに至っては、体当たりで、素晴らしい歌唱と演技でした。
これに『ばらの騎士』を加えると、最近の彼女は、メジャーな演目での方が、結果がいいように思います。
『タイス』は、私が今回の『アルミーダ』と並び、
共通した強烈な”流し感”、”私が出演しているだけでOKでしょ?”的雰囲気を感じた演目です。
『タイス』は彼女の声や歌唱のスタイルに合っていたのでまだ救われてますが、
『アルミーダ』の方は、そちらでも難があるので問題がより際立ってしまっています。



また、彼女が自分で自分の能力をどのように測っているか、私には知る由もないですが、
私個人的には彼女の最大の武器は表現力にあると思っています。
歌の純粋なテクニック、歌唱技術そのものについては、彼女はそんなに秀でているわけではなく、
むしろ、非常にくせのある歌い方をする時もありますし、声そのものが天下の美声かと言われるとそうでもないので、
彼女はその表現力を生かせるレパートリーを選ぶべきだと個人的には思います。
それは上に上げた、彼女の歌唱がよかった演目全てにおいて、
表現力で大幅にポイントを稼げる役柄(タチアナ、マルシャリン、デズデーモナ、、)だった事実とも無関係ではないと思います。
もちろん、表現力で稼げる役柄でも、彼女の歌唱技術がついていかないと、
ヴィオレッタのようなパターンになってしまう危険はあります。



その点でもこの『アルミーダ』は彼女にとってディスアドバンテージの高い演目で、
すでに書いた、歌唱テクニックそのものの不足という不備をなんとか越えて、
彼女の表現力が活きているのは、リナルドが”こんな生活に溺れていては駄目だ!自分のいるべき場所、任務に戻らなければ!”と、
ウバルドとカルロの説得に応えて、アルミーダと別れなければいけない辛さに耐えつつ彼女の元を去ろうとするのを、
”あなたのためなら、髪を切って男のようになって、軍の下働きとしてあなたに仕えるだけでいいから。”と、
必死になって懇願する”私を捨てないで”女モードの場面くらいです。
フレミングは実生活でももしかするとこういう別れ方をしたことがあるのか、
このように異性を振った、もしくは、に振られた経験がある人間なら、いい意味で居心地悪く感じる演技と歌唱です。



この後、アルミーダは彼を愛するなら引き際もそれにふさわしい態度で!と囁く”愛”の概念と、
彼を愛するからこそ、リナルドの決心を許さないという”復讐”の概念との間で葛藤するのですが、
最後の結論に至る頃には、また、形式的な演技に戻っていってしまうので、
彼女の表現力を楽しめるのはせいぜい15分程度でしょうか?
しかし、逆に見るとこの短い部分だけが他の部分から浮き上がっているように感じられないこともなく、
彼女だけでなく演出のせいもあるのかもしれませんが、
オペラの頭から最後までを流れる統一した大きなドラマの流れのようなものをあまり感じず、
断片のつぎはぎのようになってしまっています。

後編に続く>


Renée Fleming (Armida)
Lawrence Brownlee (Rinaldo)
José Manuel Zapata (Gernando)
John Osborn (Goffredo)
Yeghishe Manucharyan (Eustazio)
Kobie van Rensburg (Ubaldo)
Barry Banks (Carlo)
Peter Volpe (Idraote)
Teele Ude (Love)
Isaac Scranton (Revenge)
Aaron Loux (Ballet Rinaldo)
Conductor: Riccardo Frizza
Production: Mary Zimmerman
Set & Costume design: Richard Hudson
Lighting design: Brian MacDevitt
Choreography: Graciela Daniele
Associate Choreographer: Daniel Pelzig
Gr Tier A Even
ON

*** ロッシーニ アルミーダ Rossini Armida ***

最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
溌剌としたガッティ (みやび)
2010-04-23 12:15:58
>この頃の彼は人の良さそうな、溌剌としたかわいらしい表情をしていることです。

はい、ボローニャ歌劇場来日公演の時のガッティは表情も指揮も大変生き生きとしていました。

「トスカ」が良かったと私が思うのも、まんざら趣味がおかしいわけではなさそうだと、皆様にもご想像いただけますでしょうか(笑)

ボローニャを出てからの彼に、何があったんでしょうね?!
返信する
盛り上げて~ (sora)
2010-04-23 19:55:46
まだアルミーダのあらすじを読んでいないのですが(折角madokakipさんがupして下さっているのにすみません。まだ予習に入っていないもので。)、予告で見たセットプランは随分簡素でどうなんだろう?と思っていたのですが、上の画像を見ると、なかなかきれいで面白そうじゃないの、となっていたのですが、、、、つまらないんですか。。。
HDまでになんとかなっていることを期待します。

>溌剌ガッティ
ぷぷぷ。
かわいい時もあったんですね~。
きっと女に振られて暗くなっちゃったんですよ~。(←勝手な憶測)
返信する
何があった? (Madokakip )
2010-04-24 06:04:41
 みやびさん、

いや、本当に、かわいいですよ。当時の写真では。
どうしちゃったんでしょうね?
何か人間不信に陥るような大きな出来事があったんでしょうか、、?
返信する
ご自分の目でお確かめになってください。 (Madokakip )
2010-04-24 06:08:10
 soraさん、

>きっと女に振られて暗くなっちゃったんですよ~。(←勝手な憶測)

あはは、まあ、ありうるかもしれないですが、
そうだとすると、相当に手ひどい仕打ちをくらったんでしょうね、、
あんなに雰囲気が変ってしまうなんて、、。
ちなみにこんなですよ、昔。

http://www.classiquenews.com/images/articles/bRI_U4eztV_daniele_gatti_concert.jpg

それが、これですからね、、。

http://www.bbc.co.uk/proms/2008/whatson/images/daniele_gatti.jpg

『アルミーダ』は長い作品ですし、やっぱり歌が良くないと駄目なんですよね。
辛いですよー、これは。自分を罰したい方向きです。
返信する

コメントを投稿