Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

THE MAGIC FLUTE (Sat Mtn, Dec 27, 2008)

2008-12-27 | メトロポリタン・オペラ
昨夜の『ラ・ボエーム』は、多くの若者に囲まれて鑑賞しましたが、
今日はさらに年齢が若くなって、子供たちに埋もれて来ました!

メトでは最近、冬のホリデー・シーズン(NYは色んなエスニシティ、宗教の人が混在しているので、
クリスマスという言葉はあまり使いません。)に、子供たちを対象とした公演を主にマチネで打つようになりました。
それはジュリー・テイモア演出の『魔笛』が大成功して、
それを子供たちでも観れるように英語短縮版で上演するようになってからだと思うのですが、
昨年の『ヘンゼルとグレーテル』に代わり、今年はまたその『魔笛』が帰って来ました。

このテイモアのプロダクションは、通常の長さのドイツ語上演で何度か鑑賞したことがあるのですが、
私はあまり好きなプロダクションではなくて、一度など、
けちょんけちょんにけなしまくったレポも書きました。
アブリッジ版(英語短縮版)は実演で観るのは今回初めてなのですが、正直公演全体としては全然期待してなくて、
そもそも昨シーズン『マクベス』のマクダフ役で注目したピッタスが出演するのでなかったら、
多分、観に行くこともなかったであろう公演です。

あいかわらず商魂たくましいゲルプ氏は、公演後にギフトショップを訪れる家族連れを狙って
2006年のアブリッジ版の公演をDVD化。
タイアップしてくれるレコード会社がなかったのか、メトから直接発売という形になっていて、
現在のところ、通常のCD店やCD販売のサイトなどでは手に入らず、メトのギフトショップのみで買える一品です。
そんなゲルプ氏の企みにまんまとMadokakipがはまることは言うまでもありません。
発売を知ったその翌日に先月リオープンとなったギフトショップに現れ、
早速ゲットしてまいりました。



2006年の公演は、レヴァイン指揮で、タミーノがマシュー・ポレンザーニ、
パミーナがイン・フアン、パパゲーノにネイサン・ガン、そしてザラストロにルネ・パペ(!)という、
子供対象の公演とは思えない本気のキャスティングでした。

予習に観始めたこのDVD、これがですね、全く意外にも楽しめて、目から鱗、なのでした!
まず、ポレンザーニのタミーノが滅茶苦茶かっこいい!!!
歌唱の方はこの公演の日、彼にしては高音が少し不安定なんですが、
歌唱と演技両面での細かい表現の豊かさはさすがです。
それにこのアジアン・メイクと衣装がこんなに似合うテノールはそうはいません。
こんな女装っぽい男性にときめいたのは、中学生の時に
”ボーイ・ジョージってば素敵、、”と思って以来、、

ネイサン・ガンは、私がメトで観た彼の役の中でこれが一番の当たり役だと思うのですが、
ここでも、歌そのものよりも、役作り全体で見せて健闘してます。

面白いのはパペで、こんなに四苦八苦している彼を観れるDVDはそうないんではないでしょうか?
パペは英語の音・発音の方は何の問題もないんですが、
それぞれの音符へのシラブルの振り方が若干ぎこちなく、
ドイツものでは彼の右に出るバスは今いないとまで言われる彼だけに、
その苦闘ぶりが涙ぐましく、ある意味貴重な映像です。
青島幸男演じる『意地悪ばあさん』を思わせる、ほとんど本人とわからぬ扮装からですら、
目が泳いでいるように見えるのは気のせい?

このアブリッジ版が成功しているのは、思い切った短縮を施したのみならず、
時には子供たちにも意味がわかりやすいよう台詞を足したり変更したりした点にあるように思います。
正直、話の流れの速やかさとか、観客の気をそがないという意味では、
こちらのアブリッジ版のほうがよく出来ているような気がするほどです。
ちなみにアブリッジ版の公演では一度も休憩がなく、オリジナルから約一時間カットの、
二時間の公演時間となっています。

前半に関しては一瞬どこをカットしたんだろう?と思うほどほとんどオリジナルのまま、
カットは後半に集中しています。

曲つきの個所での大きなカットというと、
第一幕第二場のパミーナとパパゲーノの二重唱、
第一幕第三場フィナーレ、弁者が登場する直前のタミーノと僧たちの掛け合いの部分、
第二幕第一場冒頭の僧とザラストロの入場場面(イシス、オシリスのアリアの直前まで)、
第二幕第二場、二人の僧の二重唱、
第二幕第五場と六場の途中まで(四場でパパゲーノが熊に襲われそうになった後、
オリジナルにないダイアローグがあって、そのまま六場のパパゲーノのアリアに入る)、
第二幕第七場全部と第八場の途中まで(Mich schreckt kein Tod als Mann zu handelnの直前まで)
となっています。

ほか、全幕通しでカットの対象となっているのは、ダイアローグの部分。
思い切ってばっさり落とされている個所もあれば、
意味をとどめつつ半分くらいに短縮されている部分、
がらりと内容を置き換えた部分など、いろいろです。
ドイツ語で歌われる場合と、なるべく韻の踏み方が同じになるように英詞を組んだのではないかと思われるほど、
ドイツ語歌詞と語感が似ているフレーズがあったり
(英語にはドイツ語とベースが同じ単語が結構あるのですが、それにしても!)、
また、音へのはまり方を良くするためにあえてドイツ語と違う順序で言葉を並べた
(オリジナルではSilberglokchen, Zauberfloten 銀のベル、魔法の笛、の順で歌われる部分を、
英語では逆にMagic flute, Silver bellsの順にした)り、
とにかく歌詞がよく考えて付けられていることが感じられ、
この英詞を作った人の『魔笛』という作品への愛を感じます。

不思議なのは、このアブリッジ版だと、テイモアの演出がそれほど邪魔にならない点。
理由はもう少しよく考えてみたいと思いますが、一つには、短縮したために、
変更を余儀なくされた部分があったことで、例えば、前回のレポートで、
くそみそに書いた、ザラストロの大事なアリアの途中、歌手を舞台手前に置いたまま、
後ろで大規模な舞台転換に入ってしまうシーンも(舞台転換がまるみえ)、
今日は紺色のバックドロップを降ろして舞台転換を見えないようにしており、
これだけでぐっと歌に集中しやすい環境を作っていました。



さて、今日、最も聴くのを楽しみにしていたのは先にも書いたとおり、タミーノを歌ったピッタス。
前述のDVDでは、序曲が終わった後すぐのオケの演奏と共に、
大蛇に追われているという設定のタミーノを演じるポレンザーニが
舞台の奥からかーっ!と飛び出してきて、かっこよさ満点なのに比べると、
若干動きがもっさりしているピッタスです。
台詞の部分が、ポレンザーニが少し最後をあげるようにしてアップリフティングな感じがするのに比べると、
少し文末が沈むようなイントネーションなのが気にもなります。
今日はFMでの全国ネットのラジオ放送の日で、少し緊張もあったのでしょうか?
最初のアリア”なんという美しい絵姿 Die Bildnis ist bezaubernd schoen "を含む冒頭は、
少し彼にしては思い切りが足りないような気がしたのですが、
”なんという不思議な笛の音 Wie stark ist nicht dein Zauberton "で
会心の歌を繰り出し、これでふっきれたか、以降は、台詞まわしも良くなり、
今日のピッタスは声のコンディションが本当に良かったこともあり、
歌だけの話をすれば、DVDのポレンザーニより私は彼の方がよかったような気がするくらいです。
あと、彼に足りないのは、ポレンザーニが持っている舞台上の存在感と、
微妙な演技の絢といったようなものでしょうか?

でも、歌は本当に良かった。特に今日のアッシャー・フィッシュの指揮は後ろから
鍋を振り下ろしたくなるほどオケをまとめられておらず、
というより、彼はそもそもこの作品を全然まともに指揮できないのではないのか?と思えるほどのはちゃめちゃぶり。
そんな彼に多くのキャストが振り回される中(特に可哀想だったのは、
ウェンディ・ブリン・ハーマー、ケイト・リンゼー、マリア・ジフチャックという
新鋭の実力派ぞろいの三人の侍女たち。
彼らのようなしっかりした歌手をまとめられなくてどうするか?って感じです。)
ピッタス一人、そのはちゃめちゃ指揮になんとかついて行っていたのは賞賛に値します。
特に”なんという不思議な笛の音 Wie stark ist nicht dein Zauberton "の最後の部分の、
オリジナルでいう、Vielleicht sah er Paminen schon以降の個所で、
気がふれたか?と思うほど早いテンポでオケをかき乱すフィッシュによくぞついていったもの、と思います。
フィッシュは歌手が歌うときのメカニズムについて、
全く思慮、いや、もしかすると理解そのものが足りないのが、本当に聴いていて腹が立ってきます。




プレミアの日のNYタイムズの批評に、彼より、パミーナを歌ったニコール・キャベルを
一級の歌手呼ばわりしている文面を見つけましたが、私に言わせりゃ、何を聴いとんじゃ!の一言です。
っていうか、NYタイムズは時々”目が節穴、耳も節穴”の批評を堂々と載せているので、
何も今に始まったことではないのですが。
彼らの最悪なところは、名前が売れている、パブリシティの高い歌手に極めて弱い点です。
彼女も、最近デッカからソロのCDを出したり、またネトレプコ、ヴィラゾン共演の
『ラ・ボエーム』の録音でミミを歌ったりしていて、黒人でわりと見た目がチャーミングなので、
(後注:メトのサイトに掲載された彼女へのインタビューによると、
アフリカ系アメリカ人以外に韓国系の血が入っているそうで、
さらにさかのぼると、白人の先祖もまじっているそうです。)
盛り上げたい気持ちはわかりますが、その『ラ・ボエーム』のミミを聴いてもわかるとおり、
まだまだ全然歌の完成度が低すぎます。
(ソロCDは聴いていないのでわかりません。)
今日のパミーナは、役こそ全然違えど、まさにそのミミでの歌唱を彷彿とさせるもので、
高音に芯がなく、音が汚く、音程も不安定。
デリケートな歌いまわしなど、とても出来るレベルではなく、
タミーノとの二重唱が持ったのも、音程もリズムも不安定な彼女を横に、
がっちりピッタスが踏ん張っていたからで、
ピッタスと比べてすら、まだまだ経験不足を感じさせます。
その上、ひょろりと背が高く、体の使い方が不細工で、演技もへたくそ。
舞台上の動きを見ていると、運動神経が悪い女子バレーボールの選手みたい。
一言で言えば、せいぜい、歌の上手い音楽学校の学生さんの舞台、というような印象です。
これから先ポテンシャルがあるかどうか知りませんが、少なくともNYタイムズなどの批評では、
今の時点での実力を正当に評価したフェアな文章を載せてほしいものです。
ピッタスよりも彼女の方が上?ご冗談を!
彼女にいいところがあるとすれば、中音域の温かい音色でしょうか?
実際のところ、彼女は高音があまりに弱いので(音が汚い)、
本当にソプラノでやっていけるのかしら?とすら思ってしまいます。



今日のキャストで、キャベルと共に弱かったのは、夜の女王のシンディア・ジーデン。
彼女の場合は、声自体、あまりにこの役を歌うのに無理があるような気がします。
サイズが極めて小さく、また声が軽すぎるというのか、夜の女王のあの激しさのようなものは
微塵もありません。
高音はやっと出てる、(というか、正直、きちんと出ていない音もある、、)といった風だし、
もうちょっとまともに歌えるソプラノはいなかったのか?とびっくりです。
特に、”地獄の復讐は我が心に燃え Der Holle Rache kocht im meinem Herzen "は、
相当緊張していたのか、音程が狂いっぱなし。メトで聴いたワーストに入る女王です。



パパゲーノを歌ったポゴソフというバリトンは初めて聴きました。
堅実に役をこなしていて、彼も歌の面ではガンよりも安定していたかもしれません。
ただし、ガンに比べて圧倒的に欠けているのはコメディックなセンス。
同じ台詞でも、ガンが言うとすごく面白いのに、ポゴソフが言うと笑いが全くでない、という
シーンがいくつかありました。
ロシア出身のようなので、言葉の面の問題もあったのかもしれませんが。
声そのものが特別な美声であるわけではないので、
スタンダードなレパートリーでは、これから”演じれる”資質がもっとつくことが不可欠なような気がします。



このプロダクションで、実は意外と大切な役はモノスタトスなような気がします。
歌が良いのにこしたことはありませんが、何よりも演技力、これが求められます。
DVDでこの役を歌っているフェダリーは怪演ですが、歌がちょっと弱いか?
今日同役を歌ったOke(オーキ?)も、フェダリーとは微妙に味付けを変えながらも、
怪演度では負けておらず、チャーミングな役作り。ただし、歌の方はやっぱりあまり印象に残っていません。

DVDのパペに変わり、ザラストロを歌ったのはエリック・オーエンズ。
『ドクター・アトミック』のグローブス役が記憶に新しい黒人バス。
(白塗りだから、黒人だとわからないし、それどころか、
このメークなので、ルネ・パペとの違いもはっきりしない。)
この役は本当に音が低くて歌う歌手は大変。今日のオーエンズも超低音は、
はっきりと音として聞き取れないものもありました。



先にもふれた三人の侍女が声のコンビネーションも良く、演技達者でもあるので、
かえすがえすもフィッシュの頓珍漢な指揮ぶりが残念。

開演前にシャンデリアが天井に上って行く様子を、歓声をあげながら
わくわくした目で見つめる観客席の子供たちの無邪気さに癒されました。
効果音で入る雷鳴の音に、本当に怖くなって泣き出す子供も。
三人の童子は他の登場人物の誰よりも人気。
自分たちを彼らの姿に重ね合わせているからでしょうか?
鳥と一緒に飛んだり、楽しそうですものね。
彼らが歌い終わると、座席に立ちあがって頭の上で大拍手を贈る子供たちもいました。
しかし、微笑ましいのは、公演の最後には子供そっちのけで、大人の方が、
身を乗り出して舞台を見つめていること。
子供が無邪気にお話として楽しむこともできるでしょうが、
やっぱり『魔笛』は、大人向けのお話だな、と思います。
実際、私が子供だったら、絶対ストーリーに混乱して、
”なんであのお母さん(夜の女王)は
最初はいい人だったのに、最後に悪い人になっちゃうのー?!”とか言って、
親を質問攻めにして苦しめたはずです。

Dimitri Pittas (Tamino)
Nicole Cabell (Pamina)
Rodion Pogossov (Papageno)
Cyndia Sieden (Queen of the Night)
Eric Owens (Sarastro)
Alan Oke (Monostatos)
Wendy Bryn Harmer, Kate Lindsey, Maria Zifchak (First/Second/Third Lady)
John Del Carlo (Speaker)
Kathleen Kim (Papagena)
Conductor: Asher Fisch
Production: Julie Taymor
Set Design: George Tsypin
Costume Design: Julie Taymor
Lighting Design: Donald Holder
Puppet Design: Julie Taymor, Michael Curry
Choreography: Mark Dendy
Translation: J.D. McClatchy
Grand Tier C Odd
OFF

*** モーツァルト 魔笛 アブリッジ版 Mozart The Magic Flute Abridge Version ***


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2 コメント

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懐かしい「魔笛」 (娑羅)
2008-12-29 22:24:23
ライブビューイング第一弾は、この英語版「魔笛」でしたっけ。
NHKでも放送されましたので、しっかり録画してあります。
ポレンザーニの歌舞伎調メイク&動きが、結構ツボでした(笑)
仰るように、ガンのパパゲーノは歌よりも演技が印象に残りました。
元が二枚目だけに、余計に笑えます。
(彼の歌をCDでも聴きたいか?と問われれば、う~ん・・という感じですが
シカゴでは、彼のフィガロ(「セビリアの理髪師」)が観られる予定だったのに、風邪をひいちゃって本当に残念でした

先月、中学校の体育館で、「魔笛」のハイライトを伴奏しましたが、パパゲーノの鈴の音によって、モノスタトスが善人に変わるところは、振付に凝ったお陰で、お客さんにもウケました

こういう作品は、歌をしっかり歌うだけではダメなんですよね。
いかにパフォーマーであるべきか。
彼女達も、
「どうすればお客さんに楽しんでもらえるか。初めての人にもわかってもらえるか。」
それを常に考えて、毎回山のようにアイディアを出し合っていました。

その点では、ガンのパパゲーノは、パフォーマーとしては最高だったのではないでしょうか。
しかも、子供達が笑ってくれる。
こんな素敵なことはないですよね。
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武闘系歌舞伎歌手 (Madokakip)
2008-12-30 05:50:35
 娑羅さん、

そうそう、これがライブ・ビューイング第一弾だったんですよね!

>ポレンザーニの歌舞伎調メイク&動き

確かに歌舞伎調です!
で、動きはなんか武芸っぽいんですよね!
少し仮面ライダーちっくでもあり、、。
でも彼は顔の表情まで本当に細かく丁寧に演じてますよね。
パミーナの絵姿を見てきゅん!となっているところなんて、
こんな細かい演技を、児童に見せてるとはなんと贅沢な!と思えてきます。

>こういう作品は、歌をしっかり歌うだけではダメなんですよね

そうなんですよね。
歌の比重が割りと重い女王とかザラストロもいますが、
他のキャストについては、必ずしも、
歌だけ秀でているだけでは最適なキャスティングにならない演目です。
ガンなんかまさにその例で、歌そのもので彼くらい歌える人は一杯いるんでしょうが、
彼は台詞の間合いとか立ち回りが本当に上手い。
今回の実演と比べてみて、彼がいかに上手くこの役を演じていたか再確認しました。

>しかも、子供達が笑ってくれる

私は普段、子供たちと接する機会があまりなく、
また、すぐに周りに”しーっ!”を飛ばしたりする
頭のおかしいオペラヘッドであるので、
公演に出かける前は、今日は何人のくそガキにしーっ!を飛ばさなきゃならないのだろう、、と
憂鬱な気持ちでした。
ところが、子供たちの表情を見ていると、
この企画って、なんだかとっても素敵なことだと思えてきます。
三人の童子のおっかけかと思われるほど熱狂的な男の子が
グランド・ティアの座席の上に靴のまま立って歓声を上げているのを見たときは、
椅子から引き摺り下ろそうかと思いましたが(笑)。
ずっと続けてほしい企画です。
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