世界は危機に瀕しているが、地球は悲鳴もあげず黙々と回転をつづけている。パレスチナでイスラエルはなしくずしに領土を増やし既成事実で固める。ロシアはセルビアを応援し コソボの独立を阻止する。インドは核兵器を持ち 中国は言論統制をし 日本は九条を廃棄しようとする。
そのなかでこんな悠長なことをしていていいのかと案じつつ やはりこれしかわたしにはできない。語ること、歌うことでなにができるだろうとあきらめそうになるけれど、いや きっとできる、たいせつなものをつないでゆけると信じたい。ひとからひとに 過去から未来に 動物たちから人間に 天からひとに..... 語り手たちの会の30周年企画のテーマは「自分のことばで語る」だけれど、この自分のことばとは創作の…という意味とは違うだろう。語り手の体(たい)をとおり 生きた軌跡やあえていうなら 魂をのせたことばで語る…という意味なのだろうと思う。
語り手たちの会の大先輩にもそれぞれのスタイルがある。君川みち子さんは詩情溢れる民話を語る……..月のひかりこぼれるうつくしい民話。尾松純子さんは童話や小説から人情味ゆたかなものがたりを語る。わたしは幾度涙したことだろう。末吉正子さんは参加型の生き生き元気な語りをする。……….聞く人参加する人にもも生きる力が湧いてくる。他にも魅力的な語り手はおおぜいいて それぞれの分野でそれぞれのスタイルで語りつづけ自分のことばで語る語りをひろめている。
....わたしは?.....わたしはなんでも語る。参加型も昔話も八雲も今昔も童話も自分のオリジナルも...ネイティブアメリカンもケルトもグリムも語る、実に節操が無い。特徴つけるとしたら ひとつには現代 この150年の歴史における事実を語っているということだろうか……秩父事件も会津の弥陀ヶ原心中もヒロシマも..そしておさだおばちゃんや母・雪・櫻 などなどのパーソナルストーリーも私的には この現代のひとびとの歴史を語り継ぐという範疇にはいるのだ。そして もうひとつは古代に遡ること、できるだけ手垢のついていない原典に近いものから 神話・伝説を再話(ときにかぎりなく創作にちかづくかもしれない)して..語る、このふたつがわたしの二本の柱である。そして器になって 誰かの代わりに語る、これはわたしが語り手として立つところのスタイルだと思う。
つまりひとがひととしてあったという、伝えるべきものがたりが現存する過去の端と今現在、両極端を語ることであり 一方は文字でなくもともとの口承としてよみがえらせ語り継ぐ 一方はこのまま塵となってしまいそうなひとびとのものがたりを語り伝える このふたつに語り手としての使命を感じているのだ。そのためには、パワーがいる。身体的な力と感性の力 これを磨くことが 必要と理解し すこしばかり億劫ではあるが 軋む身体をいといつつ始めようと思う。
そのほか 暗黒の中世の闇に封じ込められた魅惑の恋物語はみずからのたのしみのために語るのであり、子どもたちとともによろこび笑い楽しみかなしみ みずみずしい魂にものがたりのなかにあるエッセンスをとどけることは語り手として 悦び以外のなにものでもない。わたしの課題は まだ明かせないが三つのことを確立することだ。
便利な世になって きのう発注した書籍が今日五冊届いた。あすも五冊届くだろう。すこしのあいだ おやすみします。六月の熱と水を含んだ空気のなかで砂と海と予言と愛が時をつくる。卵を孕むのはわたし....半透明の膜にくるまれ夢みるまま化石となるか 世界がひとつ生まれるか。
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