職員室通信・600字の教育学

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大阪人にとってお好み焼きは常に悲しみとともに存在しています。だから、お好み焼きのそばだと悲しいことも

2010-01-23 10:51:45 | Weblog

10.01.23 お好み焼きは悲しみとともに

◆昨日、千房のお好み焼きの話をしましたので、つづきとして、わたしの家のお好み焼きの話をします。




 これが、現在のお好み焼き用器具です(*^_^*)。
 鉄板は、南部鉄器(内寸28×24cm )。
 コンロは、イワタニのカセットコンロ・フーBO。

 小さい鉄板ですから、お好み焼きは1枚しか焼けません。
 向かい側にいるパートナーは、お好み焼きの隅っこで、チョコチョコと肉や野菜を焼くハメに。

 ホンマは、お好み焼き大会(お好み焼きパーティ)がやれるような専用のお好み焼き台があったらいいのですけれど、この器具程度が、わたしの実力(=財力・鉄板磨き力・お好み焼き技術等)やね。

 以前は、ホットプレートを使っていました。
 ホットプレートの魅力は、じっくり焼けること、まず失敗がないこと。
 でも、弱点は、火力がおとなしい……金属ヘラが使えない……それに、なんといっても、磨けない(>_<)。
 焼き終わって、鉄板をゴシゴシと磨くのが、お好み焼きのいちばんの楽しみやからね……(*^_^*)。

◆画像は、映画『秋深き』(2008/11)の一場面。




 一代が、寺ちゃんに、自分が乳ガンであることを告げています。
 この場面は、わたしとしては、もう、お好み焼き屋しかないという感じです。
 熱い鉄板の上の、外サクサク、中ホカホカのお好み焼きが、悲しみの空洞を埋めてくれる……というのではありません。
 大阪人にとって、お好み焼きは、常に悲しみとともに存在しています。
 ですから、お好み焼きのそばだと、悲しいことも、平気で告げることができるんです。
 ま、逆に、観ている人は、2倍悲しいということになります。
 この場面、大阪人は、たいてい目頭を熱くします。
 池田敏春監督は、大阪人のこういう心理まで計算して、お好み焼き屋に場面を設定したわけでは、たぶん……ないと思いますけど。





◆それから、昨日、「信貴山・柿本家の若女将に見送られて下山し、王寺に向かいました」と書きましたが、ひとつ、抜けた場所があるので、補足します。

 下山の前に、高安山に寄りました。

 ここには、どうしても、自分の身を存在させたいと思いました。

 前にも紹介したように、自己の輪郭線を常にピリピリさせる高校生だったわたしが、高安山から、砂漠の砂の、一粒一粒が輝いているような大阪の夜景を眺め、「ああ、自分もこの一粒の光にすぎないのだ……これから何十年か、この一粒として、寒いときはコートの襟を立て、暑いときはシャツ一枚になり、団扇であおぎあおぎ、生きていくのだ……」と、少し涙ぐんだ場所です。
 涙ぐんでいる高校生のわたしのうちに、もうひとつのイメージがありました。
 伊勢物語の23段。
 ここに「髪を頭に巻き上げて、面長やかなる女の、手づから飯がひ取りて、笥子の器に盛りける」高安の女が登場します。
 この女のイメージが、なぜか、強烈に、わたしのうちに存在していました。

 高校生のわたしは、何十年か後、イワタニのカセットコンロ・フーBOに、南部鉄板をのせ、お好み焼きを焼いている、わたしの姿を、完璧に見通していたことになりますね(>_<) いや (^_^)v。


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