松明 ~光明を指し示して~

暗闇を照らし赤々と燃える。が、自身が燃え上がっては長くはもたない。火を消すことなく新しい松明へと引き継がれねばならない。

「教育と人間」

2011-05-30 18:36:15 | Weblog




「教育と人間」斎藤喜博対話集から

私が実践者として一番願っていることは、、個人としても、集団としても、リズムとか息づかいが生き生きと通っている子どもたちをつくりたいということです。というのは、その逆の子どもたちをつくろうとする力が社会的にも教育行政としても方法論としても、強くきているからです。そのことにより、子どもたちが平板な個性のない人間になってしまう。子どもたちが、常識的、通俗的にされていってしまうからです。
二番目は、教師がやせている。平板で事務的な実践を形式的にばかりでなく、勉強もしていない。家へ帰ると食事しながらナイターを見て、おわるとすぐ寝てしまう、こういう生活が多いといいます。自分の実践に取り組むと同時に、すぐれた世界の芸術、科学から学んでいく。将棋の名人からでもよい、お百姓のりっぱな実践からでもよい、その力を学ぶことです。世界的な古典からも人間として自分が心をゆり動かされながら学んでいくことです。
三番目に、教師が、みずからの先生をもたないことがあります。先生をもつことを嫌っている傾向があり、自分はだれからも学ばないんだ、自分がつくりだしたんだというふうなこという。しかし、私は、先生をもたないで自分をつくりだすなんてことはできないと思うんです。なかまの中でもよし、全然ちがう世界でもよし、人間的に自分が追求している先生をもつことは大切なことです。そうしないと教師は固着し、形式化し、やせてしまうのです。
    
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私の求める体育とは

2011-05-27 10:44:41 | Weblog
       




        自問自答の演技(マット運動を例として)


    前回りでは、マットの前に立つ、しっかり前方をみつめてから、

   手をつき、腰を伸ばす、徐々に上体を倒してゆく、両手に体重がか

   かっていく。

   まだ、回らない、まだ、回らない。心にくいまでの落ち着きである。

  ある子どもは、何回も手の着く、位置を確認する。足の伸し具合を考
  
    える。
 
   後ろ回りでは、マットに腰を着いてから、ぐっと足を胸に引きつける、

  頭を胸に沈める。足は宙に浮く、そのままで何秒我慢するのであろうか。

  やっと回って、静かに丁寧に演技を納める。

   やり遂げた子どもの顔に充実感と笑みがこぼれる。
   
   これらの一つ一つの短い演技の中で子どもたちは自問自答し、自分をつ

  くり出していく。

   単に技を学び体をつくるのでなく、やはり心をつくる体育と言えよう。
 
  ですから、この学びは他教科や生活に転移していく。
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認識する教科と表現する教科の両輪で!

2011-05-24 09:21:16 | Weblog



  私は認識する教科(国、社、算、理)と表現する教科(図、音楽、体育)の両輪で子どもたちを育てることが大切だと思っている。
 
 もちろん全部の教科は無理だから、校内の研修では、国語と音楽などというように研究教科を絞ればよい。
 
 かつて、私がいた学校では、子どもたちの実態を考えて、国語指導とともに表現活動の指導に力を入れていた。
 
 表現活動の内容は、合唱、オ ペレッタ、朗読、柔軟体操、器械運動であった。
 
 この頃の学校は、静かな中にも深く豊かに文章を追求的していく国語の学びがあった。
 
 音楽室からは、子どもたちのすばらしい歌声が響いていた。
 
 体育館や運動場では、伸び伸びと柔軟体操や器械運動に励む子どもたちの姿が見られた。
 
 国語学習により、論理的な子どもが育てられ、表現活動によって、自信や勇気を持った子どもが育てられた。
 
 学校全体が気持ちよく躍動し、発展していった。
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国語授業の原則~その一例~

2011-05-21 20:48:39 | Weblog




○ 1年生「くじらぐも」
教材文
「おや、もう おひるだ。」
せんせいが うでどけいを
見て、おどろくと、    
「では、かえろう。」

1 教材文を4つに分けて考えさせる
① おや、もう おひるだ
② せんせいが うでどけいを見て
③ おどろくと、
④ では、かえろう。

2 「おや、もう おひるだ」
   「もう おひるだ」 の違いは?

3 「もう おひるだ」
   「おひるだ」
   の違いは?

○ 2年生「お手紙」
教材文
 「 親愛なる がまがえるくん。 ぼくは、きみが ぼくの親友であることを、
 うれしく思っています。きみの親友、かえる。」

 「親友」の意味を具体的かつ正確に分からせ、文章の理解を図る。
T 「親友」って何んですか?
C 仲のよい友だちです。
T AさんとBさんがいて、BさんがCさんをいじめている。そのときに、AさんがBさんに、「やめなさい」と言えること、それが、AさんとBさんは親友なのです。互いに相手に厳しいことが言える。それでも喧嘩にならないのです。これが親友なんです。
 みんなに厳しいことを言うのはだれですか。お父さんやお母さんでしょ、「勉強しなさい」「はやく、起きなさい」などとね。
※ わかりやすい例を使って、言葉や文の意味を深めたり、正確に理解させることが大切である。

○ 3年生「ちいちゃんのかげおくり」
T 文の分け方を教えてあげるよ。わからなかったら分けのです。
① 人と人との関係
② 時間の経過
③ 場 所
④ その他
これらを視点として分けるとよい。

○ 4年生「一つの花」
教材文
お父さんは、プラットホームのはしっぽの、ごみすて場のような所に、わすれ
られたようにさいていたコスモスの花を見つけたのです。

「のです」は「のだ」理由である。前に書いてあることを説明している。
※こういうことを勉強したら忘れないように教室へ掲示しておく。


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子どもの可能性は教師で決まる

2011-05-19 13:52:23 | Weblog



 子どもの可能性は、教師の知識の量と教育技術の高さで決まる。もっとも知識の量といっても、つまらない低俗なものではダメである。
 教師は、他校のよい授業を見たり、研究会に参加したりして勉強しなければならない。また、読書をしたり、優れた芸術作品を鑑賞したりして自分を肥やさなければならない。これらは、子どもを教育する教師として決定的に大切なことである。
 
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第12回 授業研究の会(浜松の会)の研修報告

2011-05-14 15:03:23 | Weblog



研究会テーマ:~「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」~

1 開催場所 天竜壬生ホール第1会議室

2 開催日時
  平成23年 5月14日(土)9:00~12:00

3 参加人数 7人

4 研修内容
○ 国 語
プリント・CDによる指導

○ 各教科等の指導の原則
学級づくり、国語、図工、体育他

○ 生徒指導について

○ オペレッタ
2年生「ふきのとう」の指導

○ 図 工
1年生 「自画像」の指導

○ 音 楽 
2年、4年生の合唱の指導

 今回も実践に裏付けられた研修ができた。この会で勉強したことが生かされ、どの実践も質の高いものであった。
参加すれば必ず得ることがある。研修意欲を刺激される。そんなところがこの会のよいところだと思う。

※ 次回の予定

 1 開催場所 浜松天竜壬生ホール第1会議室

 2 開催日時 平成23年 6月11日(土)9:00~12:00






















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授業研究の会(浜松の会)の御案内

2011-05-07 08:55:33 | Weblog



~「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」そんな研究会です~

 一つの授業にじっくり時間をかけて取り組んでいない。何をしても中途半端な授業になってしまっている。やっつけ仕事になってしまっている。おそらく大半の学校の教育の実態でしょう。
 それがあまり問題視されず、改善されないのは、子どものほんとの力の凄さを知らないからです。子どものほんとうの力を引き出すような授業の経験が少ないからです。だから子どもを見くびって「これでよし!」と思っているのでしょう。または、そう感じていても、どうしたらよいのかその方法を知らないからでしょう。これらの解決は、校内研修ではなかなか困難です。同僚や先輩教師に教えを請うても難しいことです。私の今までの長い経験で感じていることです。
この浜松の会では「教師が変わる、授業が変わる、子どもが変わる」をテーマとして研修しています。ここでの学びは、具体的であり、実際的であり、実質的なものです。それだけに確実に得るものがあり、上記のテーマの実現が可能です。
この会は、偏向的な教育や思想はしていませんので、安心して学ぶことができます。どなたでも自由に参加できます。まだ、参加されたことのない方は、是非覗いてみてください。
 多くの皆さんの参加をお待ちしています。

1 開催日時
平成23年5月14日(土)9:00~12:00

2 開催場所
  浜松市天竜壬生ホール第1会議室

 ※時間厳守ではありませんので参加できる時間で結構です。
 ※駐車場はあります。

3 研修内容
○ 国語を中心とした各教科
○ 音楽、図工、体育などの実技教科
○ 学級づくり
○ その他

4 準 備 物
○ 実践したもの(ある人)
○ 教材研究をしてほしい教材がある人(10部印刷持参)
○ 筆記用具
○ 国語辞典
○ 会費 300円
○ 服装は自由

5 この会の研修内容や実践の証、考え方は下記のブログをご覧になれば、おおよそ理解できると思います。検索してください。
○ totoroの小道
○ 藍色と空色と緑のページ(各教科等の実践が掲載されています)
○ 松明光明

               


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スポーツと教育の仕事

2011-05-03 09:16:35 | Weblog



サッカーにしても野球にしても相撲にしても特にスポーツの勝負の世界は厳しい、それは相手があり、その相手はこちら側を負かそうと猛烈な練習を積み、試合には全力を出し切ってぶつかってくるからである。私たち見る側は、だからこそ楽しいのであり、熱狂するのである。          
さて、私たちの教職という職業を考えてみよう。短絡な見方であるが、スポーツの戦いから学ぶべきものがたくさんあるようでならない。
私たちの中核的な仕事は何と言っても授業である。その授業を「子ども」対「教師」の勝負と考えてみる。(授業は子どもと教師の協働作業であることは理解してのことであるが)教師から言えば相手は子どもである。スポーツでないから子どもは、教師を負かそうというような、教師を敵と見るような存在ではない。むしろ教師より年下であり、教えてもらうという気持ちであり、先生の言うことは聞くということであり、学校には来るという存在である。そういう意味では教師の仕事はスポーツの相手と比べればどうにでもなると言えよう。であるならば、もう少しいろんな面で成果を上げなければならないように思えてならないのだがどうだろう。
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