木村草太の力戦憲法

生命と宇宙と万物と憲法に関する問題を考えます。

りんごアップルジュース(3・完)

2011-07-30 18:28:25 | 憲法学 判例評釈
以上の考察から、わかるのは

外務省秘密電文漏洩事件の焦点は、

問題の情報が実質秘だといえるか、と言う点にあるということである。

では、この事件で漏えいされた情報というのは、何か。

沖縄返還に関するアメリカとの交渉過程でやりとりした電文であり、

この事件で特に問題となったのは、次のような情報だったようである。


まず、アメリカは、大戦から占領中にかけて、いろいろあって

沖縄の人々(収用した土地の地主たちなど)から補償ををもとめられていた。

しかし、いろいろ事情があって、補償金を支払う余裕がない。

そこで、日本政府は、補償金の分を上乗せしてアメリカに精算金を支払い、

それを原資にアメリカから補償してはどうか、と提案しようとしていた。


この交渉、見方によっては、

日本政府の日本国民に対する嘘も方便、である。


もちろん、秘密で外交交渉をする、場合によっては嘘をつく

といったことも政府の外交権限に含まれる、という統治機構論を前提に、

これも実質秘だとする見解もありえよう。


しかし、<政府が国民に嘘をつこうとしている、ことを示す外交交渉過程の情報>

と抽象化してみると、これは実質秘にあたらない・・・

と評価する見解があってもおかしくはない。


つまり、この情報が実質秘かどうかは、相当きわどい問題だった。

そして、問題の情報が実質秘にあたるかどうか、こそ、この事案の唯一の争点である。



というわけで、この事案は、ここに焦点をあてて議論すべきであった。


にもかかわらず、判決にしてもその評釈にしても、

記者が取材対象の人格を蹂躙したかどうか、

という、おそらく水掛け論になってしまう問題に

相当のエネルギーを割いて論じているように思われる。


そうした議論のありようは、焦点を拡散させるもので、

結果的に、公権力に都合のよい議論の構造が設定されてしまっているのではないだろうか。

この事案の憲法問題は、

上のような外交交渉をする権限が、政府の権限に含まれるのか、という形で

すぐれて統治機構論的な定式により、定式化されるべきであり、

被告人が取材対象の人格を蹂躙したのかどうかは、

結局のところどうでもよい問題であるように思われる。



(以上の考察については、学部演習における三谷君の報告より、多大な示唆をいただきました。

 ここに記して感謝申し上げます。)



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5 コメント

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ふむ… (持ち球はスライダー)
2011-10-08 04:16:39
確かに、「実質秘」の漏洩を唆したことについて、正当業務行為による違法性阻却の余地はないように思います。いくら正当に取材しようが、「実質秘」については、公にすること自体が責められるわけですから。
そうすると、争点は当該秘密が「実質秘」にあたるのか、という統治行為論をふまえた事実認定一点のみであったわけですね。にもかかわらず、刑法上の議論に終始した報告は、全くもってけしからんということになりそうですね。ぷんぷん。鋭いご考察、大変参考になりました。

ところで、りんごあっぷるジュース(りんご味)という表記を、肯定を重ねることでうさんくさくなる一例として用いていらっしゃいますね。りんごとあっぷるについては全くその通りだと思いますが、りんご味、という表記は、りんご味はするがりんごではない、という意味に捉えるべきであって、それはすなわち否定に外なりません。
分かり易く単純化すると「りんごジュース(りんご味)」となりますが、これがうさんくさいのは当然のことでして、なぜなら肯定と否定が混在しているからです。それはすなわち誤表記にすぎません。

ええ。はい。それだけです。
失礼致しました。
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>持ち球はスライダーさま (kimkimlr)
2011-10-09 07:02:07
ほほう。リンゴ味は否定表現なのですか。

確かに、タイ風お好み焼きが
タイのお好み焼きではなく、単にそれらしいものだ
というのと一緒で
「~味」というのは、本当はそうじゃないんだけど
それらしいもの、という意味なのかもしれません。

今後、このようなことのないよう心がけます。
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Unknown (バックのハイボレー)
2012-09-04 20:42:37
設定された議論の枠組みに引きづられずに、真の中心的争点は何なのかを意識しないといけないんだなと思わされるお話でした。 それにしてもワロタ
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>ハイボレーさま (kimkimlr)
2012-09-05 15:28:58
全くその通りですね。

先日も、ある憲法学者の先生が、
「ゼミ発表の際に、判例評釈を読ませると
 却って、内容がつまらなくなるから、
 絶対に評釈を読まないこと、を条件に発表させている」
とおっしゃっていました。

ははは。そういわれないよう
目の覚める評釈かきたいもんです。
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Unknown (バックのハイボレー)
2012-09-05 19:24:14
判例の結論や構成を基本的に肯定する形で、荒いところの補充等ができないか等考えるように教えられてる気がするんすが、事実を把握したあと自分で判決を構成してみるのもときにはやってもいいかなと思わされました。 時代の制約等から表立ってあけっぴらに議論の焦点とできないこともひとりでやるだけなら考えられますもの。

とにかく飄々と書かれていますけど、このブログの内容は本当に深くてためになります。 

先の密約も国民的な議論の場で真面目に正面から、見直される必要があるときが来てるんじゃないでしょうか。それなしに、沖縄の基地の問題をワイドショー等で話してても仕方がない気がします。密約の当否は別として、それを理解しないと、アメリカ側の行動の筋がわからないんじゃないでしょうか。

そのような重大な問題が、下半身ネタに矮小化されてしまったのは笑えないです。(りんごアップルジュースはワロタ)木村先生が当時居て、このようなことを書いてくださったら違った展開になった可能性も十分にあると思います。
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