モノ・語り

現代のクラフトの作り手と作品を主役とするライフストーリーを綴ります。

桶谷寧の曜変天目茶碗

2009年09月20日 | 桶谷寧・曜変天目
「かたち21」のHP



桶谷寧作「曜変天目茶碗」(以下の写真はいずれも部分撮影したもの)





朝日新聞出版社から出ている週間朝日百科「国宝の美」シリーズの第7巻が19日に発行されました。
国宝の曜変天目茶碗を中心とするやきものを特集した号ですが、
ここにわが「かたち21」のHPにもサイト(下記)を設けている
陶芸家の桶谷寧さんが曜変天目の解説者として登場しています。
桶谷さんが創作している曜変天目茶碗を、国宝のそれに匹敵するレベルのものと評価してきた私としては、
たいへん慶ばしいことであると思っています。








曜変天目茶碗というのは中国の宋の時代に焼かれた、美的な価値としては最高峰に位置するとされるやきもので、
現代にまで伝承されているのは3点しかなく、いずれもわが日本で国宝に指定されています。
そして、この100年の間にも多くの陶芸家がその再現を試みましたが、
成功した例は、少なくとも私の知る限りではまだなく再現は不可能とされてきたやきものです。
唯一の例外が桶谷さんというわけです。










桶谷さんの「曜変天目茶碗」は「曜変天目」と名づけられるやきものがどういうものであるかを明らかにしていると私は思います。
あるいは、中国の宋時代のやきものが何を目指していたかがわかったような気がします。
その意味では同じ宋時代の青磁・白磁も同じ志から生み出されてきたものです。
それは何かというと、私の解釈では「土から玉(gem)を作る」ということです。
これはいわば東アジアの錬金術ですが、「土から玉へ」と物質を変容させることが
国家的なプロジェクトとして行なわれていたわけです。
そこから生まれてきたのが青磁であり白磁であり、そして曜変天目茶碗であると私は思います。









しかし桶谷さんの創作に対する評価は、単に古典の再現ということだけにあるのではなく、
むしろ重要なのは、現代の「やきもの」の概念を根底から変革する要素を持っているという点にあります。
つまり私たちはここで「やきものとは何か」を改めて問い直し、
「土を焼く」ことの意義について検討する必要が迫られているわけです。
私は現代の新しいやきものは、桶谷さんの曜変天目茶碗から始まると思っています。







桶谷寧のサイトはこちら




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「気」と「科学」

2009年09月04日 | 気をめぐる物語


「かたち21」のHP



東京都の西端は奥多摩町という町で、山深いエリアです。
ここで今、奥多摩アート・クラフトフェスティバルというイベントが開催されていて、
先週の土曜日(8月29日)に行ってきました。
訪ねたのは日本画家の海野次郎さんのアトリエ兼住まい兼新しくできた展示室で、
海野さんはフェスティバルの実行委員会代表者を務めている人です。

海野さんのブログに、私が訪ねたときのことが簡単に報告されています。
「曇庵日乗blog」
特に「気」ということが話題になったことが書かれているので、
そこで、今回は久しぶりに「気」について書くことにします。
あらかじめ言っておきますが、私の場合、「気は東アジアの科学的認識の核にあるもの」という考え方をしています。

「科学」というと普通は西洋で発達したサイエンスのことですね。
西洋で発達した「科学」は、一言で言えば、観察や実験で取得されたデータを数値に置き換えて、その数値を作り出す法則を見つけ出していこうとする学問です。
「数値化」というところがミソですね。
だから、「数値化に依らない科学」というのも考えられると思います。

たとえば中国の古い文献で、易占いのマニュアルともいうべき『易経』という本に書かれていることは、
天・地・人の間で観察されてきた出来事をデータとして、
それを陰陽の運動という論理で説明しようとした、
一種の「科学的認識」を著わしたテキストとして読めなくもないんです。
さらに、『易経』の世界観をベースとして人の生き方を説いた儒教とかタオの哲学とかも
それなりの「科学的認識論」というか、東アジア的合理主義思想として読めるんですね。

そういう観点で中国の古典を読み直してみると、これがけっこう面白いんです。
今、儒教の聖典のひとつである『孟子』を読んでますが、
やはり古代中国的な科学的認識に貫かれた書物であるように思えてきました。
たとえば孟子は、人間の心の基本には「惻隠の心(不幸な境遇に在る人を見ると気の毒に思う心)」
「羞悪の心(悪を羞じ憎む心)」「恭敬の心(年長者を敬う心)」
「是非の心(善悪を判断する心)」の4つの柱があるということを言ってますが、
これなんかは、人間を観察すること通して得てきた知見であり、
そして疑問の余地なく万人に共通する心のはたらきであると言ってるのだから、
いわば孟子哲学の公理系をなしていると見ることができます。
(この公理系から出発して、「人の道」を論理的に解説いくわけです。)

この公理系を立てた孟子の思想を世の人は「性善説」と呼んでいます。
なぜこの公理系を立てたのかについて考えてみて思ったことは、
孟子は、現代風にいえば気功の大家でもあったのではないかということです。
つまり孟子が性善説にこだわったのは、「気を養う」ためには人間の心の「善」的な側面を
育てていかなければいけないということがあったからではないかと、私は思うんですね。

孟子の「性善説」は単に人間の生き方について理想主義的なことを唱えたにすぎないのではなくて、
心のはたらきの「善」的な側面を育てていく、あるいは養っていく努力をしていかないといけないということを、
口がすっぱくなるほど言っているんです。
つまり「育てる」とか「養う」ということが重要なポイントになっているのですが、
これは気功の考え方とまったく同じではないかと思います。
「気」という現象も、それが物理的現象として実在するのかしないのかということが問題なのではなくて、
「気」というものを「育て」たり「養っ」たりする努力を積み重ねていけるのかどうかということが問題だということです。
それが「気」というものの在り様なんだなということを、『孟子』を読みながら感じ取った今日この頃です。



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