中国初の空母「ワリヤーグ」が訓練用にしか使えない理由

2011-08-31 | 国際/中国/アジア

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中国初の空母「ワリヤーグ」が訓練用にしか使えない理由

            

阿部 純一 JBpress2011.08.31(水)
 8月10日、中国初の空母「ワリヤーグ」が試験航海を実施した。華々しいセレモニーもなく、また期待された中国海軍艦船としての「命名」もない地味な船出であった。
 中国のネットにタグボートから撮影されたと思われる写真が出ていたが、微速前進の慣らし航行といったところだった。そのわずか1週間後の8月18日、ワリヤーグが再び大連のドライドックに入ったところを見ると、まだフル稼働の状態にはなく、今後も慣らし航行とドック入りを繰り返すように見える。
 要するに、まだ訓練用にも使えない状態であり、海軍艦船として「就役」したとは言いがたいのだろう。まともに訓練用に使える状態になって初めて「就役」し、その段階になってから「命名」される段取りなのかもしれない。
 しかし、一般の人から見れば、たとえウクライナから買った中古のボロ船とはいえ、10年がかりで修復し、最新のレーダー設備や対空兵装も設置したのだから、実験・訓練用空母にとどめず正式空母として戦力化し運用しないのはもったいない、と思うかもしれない。
 満載排水量6万7000トンの巨艦は言うまでもなく中国海軍艦船としては最大であり、中古艦とはいえ、化粧直しで見た目は新造艦そのものである。その「ワリヤーグ」をなぜ中国海軍は実験・訓練用としたのか。
*搭載された船舶用ディーゼルエンジンの欠点
 その答えになりそうな説明が、米国の軍事安全保障サイト「グローバル・セキュリティー」にあった。
 「ワリヤーグ」がウクライナから中国に引き渡された時、エンジンは積載されていなかった。もともとの設計では、蒸気タービンエンジンを2基積載し、29ノットの最高速を出すはずだったが、そのエンジンそのものが積まれていなかったのだ。
 しかし、中国は蒸気タービンエンジンや、さらに進んだガスタービンエンジンを国産する能力がなく、結局、船舶用ディーゼルエンジンを積んだという。
 船舶用ディーゼルエンジンは燃費はいいが、蒸気タービンエンジンなどよりも容積が大きい上に出力(馬力)が出ない。そのため「ワリヤーグ」の最高速は19ノット(時速約35キロメートル)にとどまるという。
 米海軍の空母が30ノット(時速54キロメートル)以上の速力を持つのは、それで向かい風を作り、発進する艦載機に十分な揚力を与えるためである。それができない「ワリヤーグ」は、空母として致命的な欠陥を抱えているということになる。
 少ない揚力で艦載機を発艦させるには、艦載機を軽量にしなければならない。つまり、艦載機が携行する対空ミサイルや対艦ミサイルを最小限にしなければならず、場合によっては燃料も減らさなくてはならない。
 これでは、空母としての役割を十分に果たすことなどできないだろう。つまり、「ワリヤーグ」にできるのは、艦載機の離発着訓練程度に過ぎないのである。
*中国は空母を「旧ソ連的」に運用するのか?
 もちろん、「ワリヤーグ」はそれ以外にも問題点を抱えている。米ソ冷戦時代に計画されたソ連海軍の空母という出自がまず問題になる。
 旧ソ連では、空母はあくまで艦隊に防空戦力を提供するのが役割であった。米海軍空母の役割が「パワープロジェクション」(戦力の遠方投入)であり、対地攻撃がメインであるのと対照的である。
 米海軍の空母打撃群に随伴するイージス艦などの役割は、空母を守ることにある。一方、ソ連艦隊の空母は、共に行動する艦隊を守ることが本務とされた。だから空母自身にも対空ミサイル、対艦ミサイルなど攻撃兵器が満載されている。「ワリヤーグ」にもその傾向は顕著であり、まさに空母兼巡洋艦といった趣である。
 はたしてこれが中国海軍のニーズに合うのかどうか。それは中国海軍の空母運用思想にかかってくるが、おそらく中国はまだ明確な結論を得ていないのではないだろうか。
 大陸国家の海軍として、沿海における制海権を重視するなら、旧ソ連的な空母の運用も合理的な面がある。しかし、将来的に南シナ海における覇権確立を目指し、東南アジア諸国ににらみを利かせるとか、シーレーン防衛を考えてインド洋への展開などを視野に入れれば、旧ソ連的運用でいいのかどうかが問題になる。
*航続距離が短い空母艦載機「J-15」
 これに関連して問題になるのが空母艦載機だ。中国はウクライナから、ロシアが空母艦載機用に開発した「スホイ33」の試作機を入手し、模倣生産して「J-15」と名づけ、これを艦載機として運用しようとしている。
 ロシアはスホイ33を、保有する唯一の空母「アドミラル・クズネツォフ」で運用している。この空母は「ワリヤーグ」と同型艦であり、それだけ考えれば、中国もJ-15を艦載機として運用しようというのは合理的選択のように見える。
 しかし、空母の仕様上の制約から生まれたのがスホイ33である。それをコピーした中国のJ-15も同様なことが言えるのだが、空母の運用思想とも関連して、艦隊の防空戦力に位置づけられる戦闘機なので長い航続距離は必要とされていない。
 また米海軍空母のようなスチームカタパルト(高圧水蒸気の力を利用して搭載機を加速させ射出する機械)を持たないため、スキージャンプ式の艦首で艦載機の自力発艦能力が求められた結果、燃料積載量を減らして自重を軽くする設計となった。
 結果として、スホイ33の航続距離は約2900キロメートルと、ベースになった「スホイ27」の約4000キロメートルよりも大分短くなっている。
 これは米海軍艦載機「F/A-18E/F スーパーホーネット」の約3700キロメートルと比べても短い。作戦行動半径となると、 F/A-18でも1000キロメートルあるかないかとされているから、中国のJ-15はせいぜい600キロメートル程度であろう。なお、ミサイル等の積載能力もF/A-18の方が大きいのは言うまでもない。
 おそらく中国は、空母「ワリヤーグ」の問題点、艦載機J-15の問題点をすでに十分自覚しているのだろう。だからこそ、「ワリヤーグ」を実験・訓練用空母に位置づけたのだ。
 すでに新聞等で報道されているとおり、中国は純国産となる空母を上海で建造中である。おそらく船体の完成までにあと3~4年を要するだろう。それまでの間に、高出力を確保できる蒸気タービンエンジンあるいはガスタービンエンジンを調達しなければならないが、すでに中国はウクライナとの間で交渉を開始しているとの報道もある。
 国産空母が完成するまで、中国海軍は「ワリヤーグ」を使い、空母を運用する上での様々な実験や訓練を行い、そのデータをもとに国産空母にフィードバックし、中国海軍のニーズに合った空母に仕立て上げる算段なのだろう。空母艦載機にしても、J-15より軽量の「J-10」戦闘機の艦載機バージョンの開発なども行われるに違いない。
*海軍の軍拡は自らの首を絞めることに
 こうして検討してみると、中国が空母を実戦で運用するようになるためには、まだ相当の年月がかかるだろうことは容易に想像がつく。
 2011年7月末、中国人民解放軍のシンクタンクである軍事科学院の論客として知られる羅援少将は、インドや日本の動向を踏まえ「中国の権利や海洋権益を効果的に守るためには、中国の空母の数は3隻未満であってはならないと思う」と発言している。
 羅援少将が空母運用にどの程度の知識を持っているのかは分からないが、空母3隻態勢は空母運用の最低条件だとされる。1隻が作戦任務に就き、1隻が訓練、1隻が補修でローテーションを組めば、常時1隻は活動できるからである。
 中国が最初の国産空母を完成させ、就役させるのは2015年頃だろうと米国防総省は予測している。2隻目の国産空母が建造されれば、「ワリヤーグ」と合わせてとりあえず3隻にはなる。
 空母は単体では行動せず、機動部隊を編成するから、護衛の駆逐艦や潜水艦、補給艦なども必要になる。結果として、中国海軍は大軍拡路線を目指すことにならざるを得なくなる。それを財政的に賄えたとしても、中国の軍拡に対する周辺諸国の警戒感はこれまで以上のレベルになり、中国が置かれる国際環境が厳しいものになるのは必定である。
 「ワリヤーグ」が最初の試験航海に出た直後の8月13日、米海軍は南シナ海で活動中の空母「ジョージ・ワシントン」にベトナムの軍・政府関係者を招待し、米空母の威容と威力を誇示した。南シナ海の領有権をめぐり、中国とベトナム、フィリピンとの緊張が高まる中でのこの米軍のデモンストレーションの狙いが中国を牽制することにあるのは明らかであり、米国と中国との「力の差」が歴然としていることを見せつけるものであった。
 中国海軍が東シナ海や南シナ海で領有権をめぐり、強気に出れば出るほど、周辺諸国は米国に接近していくことになる。ベトナムがその好例と言える。
 中国は「ワリヤーグ」を持ったことで、逆に米国との軍事的なレベルの違いを思い知らされることになる。それが中国を協調的な方向に導くのか、あるいは米国に対してより対抗的になるのか。
 96年の台湾海峡危機などの経緯を考えれば、おそらく後者の道をたどるのだろうが、それは中国の将来を危うくする道でもあることを、中国の指導者は自覚しなければならない。
<筆者プロフィール>
阿部 純一 Junichi Abe
 霞山会 主席研究員、事務局次長。1952年埼玉県生まれ。上智大学外国語学部卒、同大学院国際関係論専攻博士前期課程修了。シカゴ大学、北京大学留学を経て、2006年から現職。専門は中国軍事・外交、東アジア安全保障。著書に『中国軍の本当の実力』(ビジネス社)『中国と東アジアの安全保障』(明徳出版)など。
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