旧ソ連から買った中国の空母「ワリヤーグ」/有事の戦闘では弱いが、平時に発揮される中国空母配備の効果

2011-07-14 | 国際/中国/アジア

「中国にどんどん空母を配備してほしい」 米国防大教授の発言の真意とは
JBpress 2011.07.14(Thu)古森 義久
 中国の航空母艦がいよいよ公式に登場する見通しが強くなった。旧ソ連のウクライナから買った空母「ワリヤーグ」である。
 長い期間、大連港で改修に改修を重ね、その作業がついに終わり、この夏にも中国海軍の主要艦艇として配備に就くことが確実だというのだ。そういう趣旨の情報が各方面から流れ出した。米軍当局もその展望を明確にしている。
 この中国初の航空母艦の登場は、日本や米国の安全保障にとって何を意味するのだろうか。控えめに見ても、排水量6万7000トン、全長305メートルという巨大な中国空母の配備は、長年西太平洋で制海権を握ってきた米国海軍への正面からの挑戦として映る。
 中国側はこのワリヤーグを「施琅」と名づけた。清朝時代に台湾を制圧した水軍の将の名前である。この命名自体、台湾の安全保障に責任を持つ姿勢を取る米国との対決姿勢を思わせる。
 同時に、その米軍の抑止力に国家の安全を委ねてきた日本に対しても、中国初の空母の登場は深刻な影響を及ぼすことが予測される。

米国防大学教授が「中国には空母をどんどん建造し、配備してほしい」
 だが面白いことに、この中国空母の動きに細心の注意を払う米国の専門家たちの間には意外な楽観論が存在する。
 米軍の太平洋統合軍のロバート・ウィラード司令官は「中国空母の軍事的なインパクトには懸念は感じていない」と述べた。純粋な軍事面だけから見れば、中国空母は恐れるに足りない、という宣言だと言えよう。
 もっと大胆な反応は、米国防大学のバーナード・コール教授の「中国はぜひとも航空母艦を多数、建造してほしい」という言明だった。中国海軍研究の権威であるコール教授は、最近発表した論文でこんなアピールをして注視をあびた。ワシントンで今、熱を高める中国軍事研究の論議の一端である。
 米国側ではすでに中国が今後本格的に空母群を配備していくという認識が定着している。米国議会調査局の「中国の海軍近代化」という報告書も、中国がすでに国産の空母の建造にも着手して、これから10年間に最大限6隻の配備を意図すると明記している。
 そんな中で米海軍士官を30年も務め、太平洋で駆逐艦の艦長だった経歴を持つコール教授が、中国には空母をどんどん建造し、配備してほしいと述べたのである。
 コール教授に直接にその理由を問うと、なるほどと思わされる答えが返ってきた。
 「中国の航空母艦、特にワリヤーグはいかに改修されても、有事には米軍の攻撃に弱いからです。絶好のカモとさえ言える容易な標的となります。
 中国海軍はまず空母を支える輸送船や給油艦が不足している。ワリヤーグ自体、米軍の空母が持つような防御や攻撃の能力を有していない。中国側がそんな空母を多数、造れば、他の艦艇や兵器に回る資源が減るため、海軍力の増強全体としては脅威を減らすことになります。
 だから私はなかばユーモアを交え、『どうぞ、多数の空母の建設を』とあえて誇張した指摘をしたのです」
 米国民間の軍事研究家デービッド・アックス氏は、ワリヤーグを「ポテンキン空母」とまで評した。ポテンキンというのは、東西冷戦中に旧ソ連がつくった村の名前である。ソ連の暮らしがいかに裕福かを、西側にアピールする狙いがあった。ポテンキン村は中身が空疎だったが、外観だけいかにも強固に見えるプロパガンダ集落だった。中国の初の空母も、ポテンキン村に似た、いわば張り子のトラだというのである。
 
有事の戦闘では米軍や自衛隊の攻撃にかなわない?
 コール教授をはじめ米側の専門家たちが指摘するワリヤーグの弱点というのは、おおまかにまとめれば次のようである。
・艦載機の「殲(J)15」は米軍機に比べ、飛行距離、搭載武器、センサーなどが決定的に遅れている。
・米軍空母が搭載しているE2のようなレーダー機やEAのような敵レーダー妨害機がまったく存在しない。
・米軍空母には必ずつきそう護衛の駆逐艦や巡洋艦が不足している。
・米軍空母に必ず先行する護衛の攻撃型潜水艦が中国海軍には極めて少なく、また存在しても空母との通信機能が未発達のままである。
・ワリヤーグのウクライナ製エンジンは欠陥が多いことが立証されている(ロシア海軍がワリヤーグと同型の空母「クズネツォフ」のエンジンの故障に再三、悩まされた)
 このような弱点により、ワリヤーグは大改修を経てもなお、有事の戦闘では米軍や日本の海上自衛隊の艦艇による攻撃に極めて弱いというのである。だからこそコール教授が中国に対し、このような空母ならいくらでも建造してほしい、と呼びかけるわけだ。 

平時に発揮される中国の空母配備の効果
 その一方で、有事には弱い中国空母も、平時にはまた別個の威力を発揮することを強調する向きも米国には少なくない。
 その一例として、ワシントンの大手研究機関「AEI」の中国専門家ダン・ブルーメンソール氏が次のような見解を明らかにした。同氏はブッシュ前政権下の国防総省中国部長で、現在は米国議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」の委員をも務める。
 「米国や日本が有事の際にワリヤーグのような中国空母に対処し、撃破することは、物理的に難しいことではありません。
 ただし、空母を攻撃して無力化するには、特定の戦力を特定の位置に配備しておかねばなりません。そのためには事前に戦略的、政治的な意思が必要となりますが、その実行はそう簡単ではない。
 また、空母は平時には一般国民へのパワーと威信の誇示に絶大な効果を発揮し得ます。だから、空母が中国の海洋戦略全体に寄与する力は重視せざるを得ません」
 中国の空母が登場すれば、アジア地域の諸国のなかには、中国のパワーが飛躍的に強まり、従来の米中軍事バランスまでが変わったと思い込み、中国側に傾く国も出かねないという意味だと言えよう。
 日本も中国空母のそうした平時の威圧効果に影響されないよう冷静な対応を保つことが必要だろう。
<筆者プロフィール>
古森 義久 Yoshihisa Komori
 産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員。1963年慶應義塾大学経済学部卒業後、毎日新聞入社。72年から南ベトナムのサイゴン特派員。75年サイゴン支局長。76年ワシントン特派員。81年米国カーネギー財団国際平和研究所上級研究員。83年毎日新聞東京本社政治部編集委員。87年毎日新聞を退社して産経新聞に入社。ロンドン支 局長、ワシントン支局長、中国総局長などを経て、2001年から現職。2005年より杏林大学客員教授を兼務。『外交崩壊』『北京報道七00日』『アメリカが日本を捨てるとき』など著書多数。


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