回遊魚の旅日記

時の流れる音をききながら歩いたり歌ったり
少しづつ昔の暮らしをとりもどしつつ。

中仙道を歩く⑬下諏訪~(塩尻峠)~塩尻~洗馬

2015-09-24 12:51:40 | 中仙道(中山道)

前回の和田峠越えとは打って変わって晴天続きの連中の天気予報。

今回はいよいよ木曽路に入ります。

シオン、コスモス、シュウメイギクなどの咲き乱れる街道筋には人情も盛りだくさんでした。

距離が遠くなるにつれて朝の出発も早くなってきます。

新宿発7:18分のあずさ51号に乗る。

10:00少し前、下諏訪着。

この間大雨の中、歩きついた場所なので、晴れているとこんな駅の風景かと、少し驚く。

ここから岡谷を通り過ぎ塩尻峠に向かう。

岡谷に続く道は絹の道とも呼ばれ、養蚕と絹織物で名をはせた町。

ゆるやかな上り坂を歩いて行くと右側に「ひかぎり地蔵」とかかれたのぼりが立っている。

毎月23日にお参りすると多大なご利益があるとか…今回は2日違いで残念だったが、とりあえずお参りをしましたよ。

 

「右中山道 左いなみち」と書かれた道標を通り過ぎしばらく行くと今井の集落。

ここは塩尻界隈の宿場でも一つの歴史を刻んだ町。詳しく調べるとタイヘン面白そう。

どんどん登り道になってきて岡谷のインターのあたりの中央高速道路を回り込むように道は続く。

ドライブでは何度も通っているこの自動車道、上から見るとまるでおもちゃの国のようです(^^)

しい水の流れ落ちる石船観音の苔むした境内でひと休み。

道はアスファルト整備されているけれどけっこうきつい。

↓どこから飛んできたのか大昔からここに鎮座ましますこの大石を過ぎると

次第に急峻な山道となり、あたりは静けさの中に鳥の声、そして自分の息切れの音。

 

途中2組くらいの軽装の家族連れとすれちがう。地元の人にとってはハイキングコースなのか、

ルンルンお喋りしながら下ってくるけれどこっちはヒイハアヒイハア・・・きついぜ。

まだ旅の始めなのでゆっくりゆっくり休みながら登る。

まだかな~、と思ってふと右を見ると明治天皇御行幸の野立て処という石碑、その後方に展望台がある!

階段をよじ登って展望台のてっぺんに立ちますと、いやいやあっぱれあっぱれ!(と云うには曇りがちだったが;;)

登ってきた下諏訪岡谷の街が一望に見渡せるではありませんか!!

これがあるから辛い登りも耐えられるのである。

もっと晴れていれば右前方に富士山も望まれるらしい。

そして反対側を見渡せば、これから歩いてゆく木曽への山の襞が折り重なって見える。

塩尻峠は同じ信濃の国にあって諏訪地方と木曽地方を隔てるひとつの壁かも知れない。

さて、下りはさっき登りの時にであった家族のようにルンルンである。まったくなぜにこんなに上りと下りでは

心臓への負担が違うのだろう?!

どんどん下ってやがて東山の一里塚を越えたところで国道と合流。

もうすでに12時。

どこかに食堂はないかと探し始める、街道筋にはなかなか食事処を見つけるのは困難なのだが国道に出たのでもしやと思ったら

ラッキーなことにあったあった、ありました!

 

このどでかい看板!もうこの看板がみえると同時に焼肉の匂いが漂ってきます♪♪♪

まるで馬の前にニンジン。一目散にその食堂へ!

中もだだっ広いこの食堂はいまどき珍しくもうもうと匂いが立ち込め、車で来たお客さんんでいっぱい。

そういう方々を尻目にビールで乾杯!美味しかったが夜まで焼肉の匂いは体から消えなかった・・。

おまけのソフトクリームを食べ歩きながらまた旧道に入り、さらに下る。

柿沢の町へ向かうこのあたりの道、おちついてとてもよかった。

車が殆ど通らないのに設けられた地下道をくぐって上に出るとこういうところ↓を過ぎ

なんとなく雅で豪邸の立ち並ぶ柿沢地区に入る。

このあたり宿場でないのに高札場があったりする。

昔は立場茶屋でもあったのか?

塩尻峠を越えてから時折目にするこういう屋根造りの家。説明書きがありました。

 

ふたたび国道に合流。

三州街道の分岐道標を左にみて歩くと塩汁の宿場である。

塩尻市はなんとここから木曽の奈良井までを包括している大きな市。

町全体が威風堂々としている様相。

重要文化財の古い家の軒先でひと休み。

車のプレートが松本ナンバーなのが、よくぞここまで来た!という感慨を呼び起こす。

阿礼神社や

もう標識に中津川の文字が見え始めた。

塩尻宿のはずれの目印、大門神社。

この境内の横には耳塚があり、古びた祠の中にはたくさんのカワラケが願掛けのしるしとして吊るされている。

わたしもしっかり拝む。

さて、広大な敷地の昭和電工の裏を歩いてゆくと、のびやかに広がる田園風景。

ソバやキャベツやたくさんの野菜、刈られた稲穂・・・。

こういう風景にほっと安心感を憶えるのは日本人だからなのか。

 

平出遺跡が左にみえるあたりは一面のブドウ畑。

ここを歩くときはこのうえなく幸せな気分であった。

房の稔りの豊かさに加えて甘く漂うブドウの香り!

これはたぶん、歩いていなければ味わえない香り。

疲れるほどずっとずっとブドウの道である。

踏切を渡り、ブドウの販売店の立ち並ぶ国道をしばらく歩く。

もうそろそろ陽が傾きかけてきた。

国道から右の道を入るとまもなく洗馬(せば)の宿。今日の宿泊地である。

この宿場は大火のため今では遺構はあまりないが「あふたの清水」で有名な、水の音のきれいな静かな宿場町である。

こういう分かされ道をみるとゾクゾクしますね。

民宿「千倉」は宿場の終わる頃、左の道を上がって国道にでたところに建つ、昔ながらの宿。

到着は17時頃。

お世辞にもきれいで近代的とは言えないが、街道歩きで宿に着いてやれやれと畳の上にリュックを下す時はほんとに疲れも一緒におりる。

昔の人は一日40キロを平気で歩いたらしい。

どんなにかその日の旅籠の到着を楽しみにしていたことだろう。

さて、この民宿の食事はいえばすごいのよ(^0^)//

キノコ尽くし料理です。食卓はすべてキノコキノコキノコ!!!

とてもユニークな宿のおじさんが自分の山から毎日採ってくるとのこと。

キノコ以外はキノコ鍋に入ったお豆腐とキノコのお浸しについた大根おろしだけ。ご飯もキノコご飯。

おまけにマツタケの刺身付き!!!!

キノコの夢を見るかと思ったけれど、夢も見ずに20時半にコテッと就寝であった☆

本日の歩行距離:約19㎞。

京都まであと約287㎞。300㎞を切った!

 


コメントを投稿