「3倍努力」。柔道女子78キロ超級で優勝した素根 輝あきら 選手(21)(パーク24)の座右の銘だ。小学生の頃から「練習量は誰にも負けない」と自負し、五輪で金メダルを取るため、生活の全てをささげてきた。(井上公史、石坂麻子)
新種目の柔道混合団体、フランスとの決勝戦は1勝3敗と追い込まれる…10個目の「金」目指す
柔道女子78キロ超級の金メダルを手にする素根輝(30日、日本武道館で)=竹田津敦史撮影
身長1メートル62、体重105キロ。最重量級としては小柄で、過去に対戦した海外選手は全員、自分より背が高かった。だが、これ以上大きくなりたいと思ったことはない。「この体形じゃないと私の柔道はできない」
この日の決勝は見上げるように大柄なキューバ選手を下から攻め抜き、女王の座をつかみとった。「言葉にできないくらいきつい稽古を頑張ってきて、本当に良かった」。涙声で言った。
柔道経験のある父、行雄さん(59)や3人の兄の影響で、小学1年の時、実家がある福岡県久留米市の道場に通い始めた。初めての試合は、自分より小さな女の子に判定負け。だが、その後は小学校6年間の約1000試合で、負けたのは5試合だけだった。
その裏には猛烈な稽古があった。技を覚えるのが早く、手を抜かずに練習する娘の素質を見抜いた行雄さん。素根選手が小学2年になると、自宅近くの倉庫を借り、約50枚の畳を敷いた練習場を作った。
10年以上、公式戦で負けず、「史上最強の柔道家」と呼ばれた木村政彦さん(故人)が掲げた「3倍努力」という言葉を引き、「人より練習しないと勝てない」と発破をかけた。
道場以外に毎日1~3時間、練習場で過ごした。2歳年上の兄をおぶって倉庫を5周し、ロープを使って打ち込みを繰り返した。
中学2、3年で、全国大会を連覇。強豪校からの誘いもあったが、「どこにいても自分自身で強くなれると証明したい」と地元の市立南筑高校に進学した。
相手は、ほとんど男子生徒で、帰宅してもトレーニングを欠かさなかった。体力の限界まで追い込み、夏には何度か熱中症になった。
2019年11月、柔道では最初に東京五輪代表の内定をつかんだ。だが、感染拡大で大会は延期に。「気持ちが揺れ動いて、すごくきつかった」と振り返る。
心身を立て直すため、古里に戻ることを決断。昨年7月、岡山県の大学を退学し、南筑高校に拠点を移した。「練習は裏切らない」。高校時代のように男子生徒を相手に練習を重ねた。
「寝ているときが幸せ」と語る21歳。南筑高柔道部顧問の松尾浩一さん(48)には、五輪に向けた決意をこう明かしていた。「全てをかけて金メダルをとる。今はそれ以外考えられない」