ほぼ週刊イケヤ新聞ブログ版

コピーライター・ミュージシャン池谷恵司の公式ブログです。
私的メールマガジン「ほぼ週刊イケヤ新聞」のブログ版です。

今歩いているこの道が いつか懐かしくなればいい

2019年10月25日 10時02分34秒 | 仕事、あるいはGTD

 

法人成しているとはいえ、フリーランスみたいな一人会社だが、

ここ数年、継続的にいろんな方々からキャパオーバーぐらいに仕事をいただいている。

ありがたいことだが、いつも追われている感覚がある。

先日、あまりないことだが、いままで3年続けていただいてきたお仕事を「来年は結構です」と言われた。

きちんと理由もご説明いただいた。

私の不注意もあったし、正直言って先方の求める物と私の指向の向き不向きもあって、

これからはなかなか厳しいとは思っていたが、やはり、という気がした。

 

最近加齢のせいか、以前より集中できる時間が減ってきたように思う。

ただ私の仕事は文章を書く仕事で、準備段階はいいが、実際に「書く」という行為には

かなりの集中力、少なくとも数時間にわたる集中力が必要だ。

これが一日に数回、は厳しくなってきている。

 

実はライティングよりコピーのほうが得意なのは、集中力は強烈だが、長時間ではないことだ。

とくにキャッチコピーは、瞬間的な発想だから、どちらかというと得意。短距離走だ。

ある程度の長さのライティング、4000字とか一万字などの中長距離走となると、数時間のインテンシティが必要で、なかなか厳しい。

 

とはいえ、すでに予感しているのは、さほど遠くない将来、

だんだん仕事が減ってきて、あまり稼動できなくなった頃、

仕事に追われていた頃を、うらやみ、懐かしむだろうということだ。

 

だから、今は、老いて腕が落ちた頃の自分に向かって

「いいだろ!」と見せつけつつ、ガンガンしごとをやっていこうと思うのだ。

 

めずらしく音楽のことではないことを書いたが、

私が仕事で書く内容の90%は音楽か楽器に関連したものなのだった。

 

 

 

 

 


演奏から距離を置いて分かったこと 3

2019年10月20日 10時44分31秒 | Jazz Talk

 

演奏から距離を置くとわかること。

上手に演奏できることの価値が相対的に落ちていく。

「その楽器が演奏できるから、難しさがわかる」というようなことは

音楽を聴く人にとってはほとんど意味もないことがわかる。

 

ごく控えめに言えば、演奏者が大変そう、苦しそう、難しそうにやっているから

むずかしいのだろう、でも音がデカイ、音が速い、よくわからないフレーズだから

本当に凄いのだろう、と思えることぐらいか。

 

本当に大切なことは、聴いている人が気持ちよく、素敵な気持ちになれる音楽を提供することであって、

個々の演奏者がどんなに苦労しているか/苦労していないか、は関係ないのだった。

 

いちリスナーとして言えば、ピアノのゆっくりとした単音の繰り返しだけで

十分すぎるほど気持ちが良い時だってある。

 


演奏から距離を置いて分かったこと2

2019年10月17日 13時37分11秒 | コンサートレビュー

 

中学時代から音楽にものすごく重いバイアスをかけて生きてきた。

中学でギターを買って吹奏楽部に入り、高校でバンドとブラスに命を懸け

大学はバンドのために途中で京都から東京の大学に移り、

在学中にロックバンドのコンテストで優勝し、

大学卒業とともにプロデビューした。

レコードを一枚だしてからは、プロとしては「失格」だったので

その後昼間の仕事に就いて、それはそれなりに頑張ってきたつもりはあるが

気持ちとしてはずっと音楽をやってきていた。

 

が、外的要因とはいえ、音楽から(少しだけ)距離を置いてみて思うのは、

普通の人にとっての音楽は、ないと困る物ではない。食料や睡眠、お金のように。

そこにやたらと重いバイアスをかけて、それが普通だと思っていたことが

じつは、ある限られた分野の人間だけだったんだな、ということが

理屈ではなく、皮膚感覚でやっとわかってきたってこと。

 

それが演奏から距離を置いて分かったこと2です。