ひろの東本西走!?

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影法師(百田尚樹)

2010-10-20 01:10:38 | 15:は行の作家

Kageboushi1 影法師(講談社)
★★★★☆:90

「ボックス!」にぶっ飛び、「永遠の0 ゼロ」に深く心うたれた百田尚樹さんが放った最新作は時代小説で、これまた素晴らしい作品だった。本年度のMyベスト1級といえる。「風の中のマリア」「モンスター」は未読なのだが、この多様な作品群と見事な出来映えに驚愕。

読み出したときから藤沢周平の不朽の名作「蝉しぐれ」と似た味わいがあると感じたのであるが、これは恐らく百田氏も十分に意識されていて、平成時代の「蝉しぐれ」を書かれたのではないだろうか。この本に関しては全く予備知識無し、他の人の感想なども読んでいないのであるが・・・幼い日の父の死(非業の死)、”ふく(後のおふく様 「蝉しぐれ」)”を思わせる隣家の”保津”や後に妻となる”みね”。竹馬の友との変わらぬ友情。出仕し、精力的に村を回り色んなことを学ぶ牧文四郎(「蝉しぐれ」)と戸田勘一。藩政と藩の黒幕、暗躍。剣術の試合と対決 などなど。と書いているうちに、「蝉しぐれ」だけでなく、藤沢周平の「隠し剣」シリーズなどの秘剣や剣術者もの、「風の果て」などの藩政ものなど様々な要素が含まれていると感じた。それらの要素をうまくまとめ、素晴らしい一編となっていると思う。

~帯および「BOOK」データベースより~

生涯の契りを誓った二人の少年 一人は異例の出世を果たし、一人は貧困の中で朽ち果てた

「永遠の0」「ボックス!」「風の中のマリア」「モンスター」一作ごとに読者を驚かせてきた百田尚樹の最新作 今度は、ついに時代小説内容

光があるから影ができるのか。影があるから光が生まれるのか。ここに、時代小説でなければ、書けない男たちがいる。父の遺骸を前にして泣く自分に「武士の子なら泣くなっ」と怒鳴った幼い少年の姿。作法も知らぬまま、ただ刀を合わせて刎頚の契りを交わした十四の秋。それから―竹馬の友・磯貝彦四郎の不遇の死を知った国家老・名倉彰蔵は、その死の真相を追う。おまえに何が起きた。おまえは何をした。おれに何ができたのか。

【注:以下、ネタバレあり】

落ちぶれて野垂れ死に近い形で死んでいった磯貝彦四郎。終盤、彼が陰でどれほど勘一の命を救っていてくれたのかが次第に明らかになっていく。ここは、ミステリーの謎解き的な味わいもあり、見事。ラストの彰蔵(勘一)の慟哭。このラストシーンは何となく映画「道」や「冒険者たち」を思い出させた。ザンパノとジェルソミーナ。ローランとマヌー、レティシア。本作は男同士ではあるが、本当にかけがえのない人を失ってしまった悲しみが痛切である。

武家の次男(部屋住み)の悲哀もよく描かれていたし、百姓たちの貧窮、特に百姓一揆の話が心に残る。万作をはじめとする一揆の首謀者たちの覚悟。幼い子供を含む家族の磔の刑。5つの息子・吉太が最後に見せた笑顔と「おっとう」の言葉が胸をうつ。門を開けさせ、争うことなく一揆の群衆を城下に入れたものの、その責をとって切腹した町奉行・成田庫之介。筆頭国家老・滝本主税の不正の証を入手し、江戸の藩主のもとに運ぶことを勘一に託し、自らは切腹して果てた大目付・斎藤勘解由(かつて滝本に恩義があった)。彼らの命を賭した生き方の鮮烈さ。

残りページが少なくなってきて、勘一(後の筆頭国家老・名倉彰蔵)の藩政への関わりの部分などをもっと描いても良いのでは?ちょっと短く、もう少し長くても良いのでは?とも思った。しかし、失意と貧困の中で朽ち果てたかと思われた彦四郎の知られざる凄まじい生き様が明らかになる、その部分が極めて印象的に描かれていて、短さは気にならなくなった。いや、かえって物語のふっと途切れたような感じに、彰蔵の悲しみと自分はこれから一体どう生きたら良いのかという思いが深く伝わってきたように思う。 

読み終わってみると、下士の家に生まれながら、愚直にしかし真摯に生きた勘一に感動すると共に、大坊潟の干拓と新田化という茅島藩にとって起死回生の大事業を考えた勘一の凄さに心の底から感嘆し、下士の彼がその事業を成し遂げられるよう、自らの人生と命を犠牲にした彦四郎の思いと生き様を考えて涙・涙・涙である。彦四郎の真の思いがあまり本人の口から語られなかったため、推測するしかなく、それだけに余計に心にしみるのかもしれない。おまえに何が起きた。おまえは何をした。おれに何ができたのか。 この言葉が重い。

(2010-10-20追加)
頭脳明晰で剣の腕も優れ、人柄は素晴らしく皆からの信望も厚かった彦四郎。嫡男でないとはいえ、少しずつ役について出世し始めた彼が、その後に何故あのような生き方をしたのか。誰しもここは疑問に感じるところだろう。下士の家に生まれた故に真に藩内の民のことを考えた勘一。その自分にはないような真っ直ぐな性格と豪気?への感嘆の思いと共に、やはり”みね”とのことが考えられる。みねへの想いを率直に打ち明けた勘一。磯貝家で下働きをしていて幼い頃からみねを知っている彦四郎にとって、彼女は妹のような存在だったかもしれないが、実際にはお互いにきちんと口にはしないものの、想い想われの感情があったと思われる。しかし、養子に行かない限り部屋住みとして結婚すらできない彦四郎は、勘一の想いの強さに驚くと共に、彼女は勘一と結婚した方が幸せになれると考えて自ら身を引いたのか。ただ、古くからの友として自分がしょっちゅう勘一とみねの側にいるのも忸怩たる思いがあり・・・と複雑な気持ちを抱いているうちに勘一が殿に命を賭して直訴すると聞き・・・。勘一を守るために、そしてみねに悲しい思いをさせないように、影法師となる気持ちを固めたのだろうか。これだけではちょっと甘く単純な解釈にも思われ、もっと深い理由があるようなな気もするが。

いや、彦四郎のその後の酒に溺れたような暮らしは、みねに自分のことを忘れさせるため、そして、自分もみねのことを忘れるため?ここまで考えると、何となく分かってきたような気もする。しかし、真相は百田氏の頭の中にしかないのだろう。また、この3人の微妙な関係は、夏目漱石の「こころ」や「それから」的な感じもあったように思う。

ラスト近くに現れた片足の居合いの達人・島貫玄庵がもの凄い存在感だった。彼が語った「奴が言った言葉-名倉勘一は茅島藩になくてはならぬ男、という意味がようやくわかった。・・・・しかし奴は儂と違い、人を生かした。磯貝彦四郎-あれほどの男はおらぬ」「磯貝彦四郎ほどの男が命を懸けて守った男を、この手にかけることはできぬ」
そして、彦四郎と思われる人物が稲穂の波をいつまでも眺めていたという言葉。

これらの言葉があって、読者は彦四郎の生き方と死が決して不遇なものだけではなかったと少し安堵するのであるが、友の本当の気持ちがわからないまま、そしてその命を救うことができなかった勘一(彰蔵)の悲しみがより一層胸にしみいる。

◎参考ブログ(2010.10.21)

   naruさんの”待ち合わせは本屋さんで”
   すずなさんの”Book worm”
   shortさんの”しょ~との ほそボソッ…日記…”
   BEEさんの”はちみつ書房”
   west32さんの”WESTさんに本を”
   ピカードパパさんの”子育てパパBookTrek(P-8823)”
   パスターかずさんの”パスターかずの「私的いきかた文庫」”
   春色さんの”読書の薦め”


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
トラバありがとうございました。 (west32@本)
2010-10-23 20:45:15
トラバありがとうございました。

ここで描かれる彦四郎、ここまでできるか!と思える彼の行動、もう感服しました。
百田さんの本、すばらしくて次を次をと読みたくなりますね。

PS もしかしたらお近くかもしれないですね、またブログにも参ります。
☆west32さんへ (ひろ009)
2010-10-23 21:20:34
☆west32さんへ

ようこそ、おいで下さいました。
百田さんの本は3冊目なのですが、いずれも素晴らしくて、私にとっては今一番信頼できる作家さんかもしれません。
この作品では彦四郎がねえ。。。可哀想で、切なくて、凄い人物でした。

>PS もしかしたらお近くかもしれないですね、またブログにも参ります。

おー、お近くの可能性がありますか。
これは面白いですね。


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