チコの花咲く丘―ノベルの小屋―

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「希望の樹」第2章 明日からは? その14

2012-04-29 10:31:53 | 福祉の現場から「希望の樹」
ねえ、声掛かりそうなの?
まだ何も言ってこないの?

他の道、考えたらどう?
結局、出来ないんじゃないの?
諦めたら?

・・・働かなくちゃ。
これ以上転職は駄目。
同じ所で働かなくちゃ。
私だって、そうしたい。

だから、助けたいと思った。
だから、助ける仕事をした。
だけど、助けてほしいのは私。

ねえ、どうしてなの?
教えてよ!お願い、誰か助けて!

 生徒の来ない学校って、物凄く静か。冬休みの時も、同じ事感じてたけどさ。
「タマキ先生!」
振り向けば、にこやかな顔の教頭先生!
「お、おはようございます!」
「どう?教育委員会から何か言ってきた?」
「いえ、何も。」
「そう・・・実はね。カワサキ先生からもまだ何とも連絡がないのよ。」
カワサキ先生というのは、今、長期休暇中の正規の先生。私はその代替教員というわけ。講師に来た時に聞いたんだけど、復職する場合は復職を希望する日の一週間前には手続きしないといけないんだって。
「まだ、一週間以上あるんだけどね。」
はぁ・・・二人で付くため息。
 四月から第二に行く事に決まりました。そうか!寂しくなるな。まあ、がんばれよ!正規の先生達も、ぼちぼち移動が決まりだしているんだ。
『先生方、おはようございます!朝礼を始めさせていただきます。』
生徒たちが来ない、この期間は、
『引き続き、全体会議に入らせていただきます!』
 今後のスケジュールは・・・まず、二十五日までに職員室の机を空っぽにすること、二十七日までに教室を開け渡せるように片づけておくこと。移動が決まっている教職員は二十八日から移動先へ出勤。三十日には担任発表、職員室のデスク移動、および、会議。
『そして、三十一日が離任式です。』
この言葉が、ぐさっと突き刺さる。
『えー、四月六日に校務分掌発表、七日はいよいよ入学式となります。』
 どうかその日に、私がここにいるか、どこか違う学校に任用されているか、になっていますように・・・二時間ほどで、全体会議終了。席を立つっていうのもあるけど、それ以外の多くの先生は、デスクの引き出しから荷物を出し始めている。
「この時期ね、意外と時間がないからね。私もやっておくわ。」
と、ホッタ先生。
 私の場合は・・・今の任用は三十日まで。その先どうなるか分からないだけに、今すぐ家に引き揚げてしまうこと言う事も出来ないし・・・とりあえず、他の先生達と同じようにデスクを空っぽにして、所定の置き部屋へ持っていく事にした。
 

「希望の樹」第2章 明日からは? その13

2012-04-27 11:55:08 | 福祉の現場から「希望の樹」
 はーい、たれ幕を落とします!すみませーん、これどこでした?
「ったく。二週間ほどしたら、また入学式があるのに。そのままにしておけないのかね?」
「いや、地域の人達が、バレーボールなんかに使う約束だから、そうもいかないんだとさ。」
終業式が終わって、生徒たちを送りだしたら即、体育館の後片付け。すっかり元に戻して、三時から学年会議。
 一年二組の教室で、子供たちの机をひと固まりに集めて、中学一年生教員五名で、生徒一人一人の、この一年の実態を振り返り、課題を再検証していく。といっても、私はこの半年以内の事しか知らないから、何と言って意見は出せないんだけど。
 サタケ先生から配られた、資料を手元に、
「それでは、やっ君から始めたいと思います。」
ある意味、この学年で一番大変な子だというのが私の印象なんだけど。
「給食の方はどうです?」
こちらがスプーンを持って口の前まで持っていき、やっ君がこちらの腕をつかんで口に入れる、というやり方だけど、
「うん、まあ好き嫌いはないし。食べる量も随分増えたよな?」
タキ先生の言葉にうなづくオオツキ先生。
「はい。なかなか目標の、自力で口に運ぶ、ってのは出来ないですけど。」
なるほどなるほど。
「じゃあ、来年度も引き続き、同じ目標と言うことで。・・・続いて、ミキちゃんですが。」
 彼女ぐらいになると、
「ひらがなはどうです?数学は?」
こういう課題も出てくるんだけど、どうしても、身の回りや生活面の課題ばかりになってしまう彼ら。だけど、
「やっ君も、お助けカードを持って行けば、パソコンをつけてもらったりできるって言うのはわかってるし。」
って言うように、同じ助けてもらうにしても、全くのお任せじゃなくて。自分の助けてほしい事を伝える手立てを考え、生徒に実践させるのもここでの授業。
「この課題はクリア、と。来年度はどうします?・・・フフ、なるほど。」
「ハハハハハ!」
今年度前半の事は何も知らない私。
「マサト君ですけど、やっぱりマキちゃんとは・・・」
「そうですね、来年は別クラスになるように組みましょう。」
来年度、ここにいるかどうかも・・・一言も口をはさめない隙に襲い来る睡魔と、メモを取ることで格闘しながら、どうか、良い春を迎えられますように。子供たちにも、私にも・・・
 「では、これで学年会議を終わりましょう。」
サタケ先生の閉めの言葉で、机を元に戻し職員室へ帰る道。無償に泣きたくなってきた。






「希望の樹」第2章 明日からは? その12

2012-04-25 10:25:32 | 福祉の現場から「希望の樹」
 シャーーー!スーツ姿で、
「おはようございます!」
直接、三年生の教室へ。
「あ、おはようございます、タマキ先生。よろしくお願いします。」
今日は小中学部の卒業式。マットに寝かされてる、リュウ君とアイちゃん。
「カナちゃんは・・・」
「はい、聞いています。」
発作で、お休みだって。かわいそうに・・・ 
 こうしている間に、何人か、保護者が挨拶にお見えになって。
「皆そのまま高等部に進学するから、寂しくはないんですけどね。あ、そろそろ準備しましょうか。」
私はワキサカ先生と一緒に、アイちゃんを車椅子に乗せた。可愛らしいワンピース。リュウ君のスーツ姿もなかなか決まっている。廊下に出て、自力歩行できる一組、二組と合流。
「わぁ!皆、なかなかのイケメンじゃない!」
わりと皆、素直に動いてくれて、予定通り出発。ピアノ演奏と盛大な拍手に迎えられて、小学部、中学部の卒業生が入場した。
 何回もリハーサルしたし、皆ちゃんとやってくれると信じているけど、指導してきた身として、どうしても心配になってしまう。式が進む中でも、生徒の体調を絶えず見守らなければならないし。アイちゃん、大丈夫かな?前掛けのタオルで、よだれを拭いておく。
『続いて、答辞。』
小学部に続いて、中学部代表、ショウヘイ君。わー、練習の時以上に上手だ!
『おせわになったせんせいがた、ありがとうございました、れい!』
マイク越しの声に、湧き上がる拍手。
 そして、卒業証書授与。いよいよ、アイちゃんの番。
「はい!」
リハーサル通り、彼女の車椅子を押して舞台へ。校長先生と向かい合うように車椅子を停めて、その左側に膝をついてしゃがんで。
「卒業、おめでとう。」
証書を受け取り、また湧き上がる拍手。
 三年というこの時間に、出来るようになった事、出来なくなった事。それ以上の何かを手に入れて、彼らは巣立っていく。
 式が終わり、一階玄関で、保護者と落ち合う卒業生たち。自分より大きな息子を前に、
「な、今日はおめでとう。これから、うな重食べに行こうか!」
笑顔いっぱい、明るく語りかけているお母さん。これもここへきて知った事だけど、障害児のお母さんって、凄く明るい。大変な事、いっぱい抱えているだろうに・・・
 その二日後、終業式。在校生達も今年度はこれでお終いだ。体育館での儀式の後、中学部一年二組の教室では、円陣を組むように、生徒たちの机を並べて座らせ、
「この間、皆で作ったアルバムが、こんなに綺麗に出来上がりました。」
ユウ君、マサト君、ケン君、ミズキちゃん、マキちゃん。一人一人に手渡して、
「これで、中学一年生のクラスはお終いです。」
と、タナベ先生は締めくくった。

「希望の樹」第2章 明日からは? その11

2012-04-23 17:14:04 | 福祉の現場から「希望の樹」
 今日からは、小中学部合同で。卒業式の練習も本番に近い形になってきた。名前を呼ばれたら、ブレーキをはずして、この通路を通って・・・おかげで、私もしっかり手順が覚えられたよ。
 中学一年二組、今日も朝勉強。同じ事の繰り返しがほとんどだけど、
「ユウ君に、ホッチキスを使わせてみるわ。」
少しずつ、出来る事が増えるように、一人一人の状況を見ながら課題を変えて行かれる。
「で、今日は三年生を送る会ですよね。ランニングなしで。」
「はい。朝学習が終わったら、すぐプレイルームに行きます。」
いつもとは違う行事の今日、マリちゃんも来ているし・・・変化に弱い子ばっかりだから、どうなるか思いやられるけど。
 そろそろ連れて行こうかと思ったその時。
「ケン君?どうしたの?」
腰をひっぱるタナベ先生。
「駄目、もう出てる。・・・タキ先生を呼んで!」
同性介助が原則だから、私は着替えを取ってケン君をタキ先生に預けた。とりあえず、他の子たちをプレイルームへ。
 先に来た先生達がすでにセッティングしてくださっていて、何だか申し訳ない。前方に卒業生、向かい合うように在校生がパイプいすに掛けるんだけど、案の定、マキちゃんが
「ギャーー!」
「教室に帰します・・・あ、ホシオカ先生!」
 二年生主任のマイク越しの司会、
『これから、三年生を送る会を始めます。始めは、二年生の皆による、三年生との思い出のお話です。』
穏やかなBGMの中、三年生の前に並んだ二年生。マイクを持ったのはナナちゃんだ。三年生一人一人の写真を貼った、メッセージ入りの色画用紙を掲げながら
『キョウスケくん。いつもかけっこがはやかったですね。』
『リュウくん。いっしょにおかいものがくしゅうにいきましたね。』
あれ?どうした?涙声になったナナちゃんはとうとう、ウェェェーン!
 感極まったんだな。もう、どうしようもないから、ヨシムラ先生がユキちゃんにマイクを引き継がせる。
『続いては、一年生からのプレゼントです。』
順調だった子供たちも、この辺から落ち着きがなくなり。マサト君は床で前転を始めるし、なーちゃんもピョンピョンとはね始めるし。
 そんな中だけど、
『次は、二年生全員の合奏です!』
鈴やタンバリンを持って、音楽の中を思い思いに飛び回る二年生たち。皆の個性を生かして、先生達の指導力もさることながら、物凄く心がこもっていて・・・そして、いよいよ最後。
『では、三年生が退場します。皆で拍手して送り出しましょう!』
パチパチパチパチ!
 やれやれ、無事に終わった。
「一年生、二年生も帰しましょう。残ったもので後片付けを。」
専任の先生ばかりで、後片付け。備品を元の位置に戻し、
「ちょっと!ここ、水浸し!」
「すみません!やっ君のオムツが外れていました!」

「希望の樹」第2章 明日からは? その10

2012-04-21 09:49:35 | 福祉の現場から「希望の樹」
 連絡を、今か今かと・・・ケータイを手放せない気持を、悟られないようにふるまいながら、子供と向かい合う昼間。
「今日も六年生が、体験学習に来ます。」
特別支援学校というのは、本当に手厚くって。こうして、上の学校に進学する前には、移行訓練があるんだ。先日巣立っていった高校三年生も、福祉作業所とかに体験入所しに行っていた。
 さて、これから二時間、作業学習。バケツに土を入れて、それを所定の場所まで運んで土を入れる。これを決められた回数だけ往復する、という授業なんだけど。
「タマキ先生、ユウマ君をお願いできますか?」
私も、六年生を一人担当する事になり。小学部の先生から、彼の特性について簡単に教えてもらう。
「これから、さぎょうのじぎょうをはじめます!」
いつも通り、ショウヘイ君の号令で始まる授業。
 そう、そのスコップで、バケツにひとすくい、もうひとすくい。はい!土を入れさせたバケツを持たせて歩かせる、その横について歩きながら様子を見守る。
 決められた進路に従って・・・さあ、階段だ。ここは私が先に数段下り、後ろ向きで一歩ずつ降りながら、ユウマ君を誘導する。一段ずつ、両足を置きながらゆっくりゆっくり降りていく彼。タナベ先生が言っていた。
『階段って、昇るより降りる方が実は難しいのよね。』
だけど、小学生って本当に小さいなぁ。前を行くマサト君と一年しか違わないってとても信じられないぐらい。
 給食の時間。毎週この曜日は私が、やっ君の介助を担当するから、一組さんに行くんだけど。この時間も体験に来ている六年生二名。この二人は自力で食べられるのか。完全介助のやっ君と見比べならが、
「わー。こうして見てるとやっぱり、やっ君のほうがお兄ちゃんだわ!」
と、オオツキ先生。
 一年という時間は、子供にとっては物凄く長い時間だもんね・・・五、六時間目は六年生も帰って、中学一年生だけの授業。学年のアルバム作り。この一年の思い出づくりだ。今日は、学年全体じゃなくて、クラスごとに活動。
「では、これから好きな色の紙に、皆の好きなシールを貼ります!」
思う通りに動いてくれないのが彼らだと、良くわかってはいるんだけど、
「ユウ君!何処行くの!」
「ああ、あの子ね。こういう細かい事は嫌いなのよ。」
ケン君は目を離すとすぐ、紙をくしゃくしゃにしてしまうし。マキちゃんに至っては、始めから手をつけない。そんな彼らの分を手助けしながら・・・
 入学式の日から、今日まで。出来あがった厚紙台氏の上に、授業の様子を撮りためてきたデジカメの写真を張り付けて、ラミネートをかけた。
 

「希望の樹」第2章 明日からは? その9

2012-04-19 19:52:12 | 福祉の現場から「希望の樹」
 バスプール沿いの通路に、生徒教員全員で花道を作る。
「頑張って行けよ!」
「元気でねー!」
卒業生たちは卒業証書と記念品を持って、それぞれの家族と帰って行く。学校で使っていた車椅子を、自家用車に積み込んでいる親御さん・・・あの子はもう、ここには来ないんだ。
 ここにきて知った事だけど、こういう学校では・・・ここでも時々

『先生、何とか、留年させていただけませんか!』

懇願する親御さんがいるらしい。あの子は明日から、何処へ行くんだろうか?そう思うと、単純におめでとうと言って送り出す気持ちになんて、とてもなれなくなる。・・・そう、自分の事も重なって。
 今日は給食なしで、十一時四十五分、在校生を載せたスクールバスが出発。教職員は、定時まで勤務するから。昼食は各自で確保しなければいけないから・・・そうだ、あそこにコンビニがあったな。行ってみよう。
「すみません、お昼、買いに行ってきます。」
出かけついでにケータイを確認して、はぁ・・・
 良かった!お昼時なのに、まだ良いお弁当残ってた!
「はい、夕べ連絡がありまして、四月から北中学に行く事になりました。担任らしいです。」
「そりゃ、良かったな。まあ、一般校も大変だけどな。」
自分のデスクに戻って、コンビニ弁当を食べているところに、近隣の座席の会話が聞こえてくる。セキモト先生、決まったんだ。
 同じ講師なのに、早く決まる人、決まらない人、どうしてなのかな?まあ、セキモト先生は専門が美術だし。それに対して私は社会科。中学の社会科なんて、ゴロゴロいるもの。まあ、どっち道、私は特別支援とか、少人数の所でないと無理だけどさ。
「タマキ先生、お疲れ様です。」
ホッタ先生だ。
「お疲れ様です。」
「ねぇ。やっと一つ終わりましたね。」
長年、特別支援学校を回ってこられただけに、その言葉は物凄く深い。
「ここに来る前はね、第五特別支援学校にいてね。難病の子供さんばっかり集まってるところで、本当、かわいそうに。毎年誰か亡くなって行ったわ。一番覚えてるのはね、卒業まで後二週間ってところで亡くなった子がいて・・・」
こんな話を聞くと、入学した生徒を全員卒業させるって言うだけでも、喜ばしい事なんだと思える。
「タマキ先生、次の行き先はまだ決まらなさそうなの?」
「はい。」
「あまりこれって決めつけず、色々回ってみたらいいと思うわよ。特別支援学校だってここだけじゃないし。他にも、不登校の支援とか、色々あるわよ。」
ホッタ先生の励ましをありがたく思いつつ、私はまた憂鬱な気持ちになった。


「希望の樹」第2章 明日からは? その8

2012-04-17 09:24:08 | 福祉の現場から「希望の樹」
 夜。
「お母さん、パンツスーツ何処だっけ?」
「そこの、洋服掛けにあるわよ。この間洗濯から帰ってきたばっかりだから。」
当り前の事だけど、儀式の時はスーツ着用。子供によだれで汚される覚悟で着てきてくださいってさ。
「来週も、着るのよね?」
うん。黙々と明日の準備をしているところに、
「ねえ、タマキ。まだ、何も連絡来ない?」
四月からの行き先の。
「うん・・・。また、登録は提出するけれど。」
「まあ、それも方法だけど、正式に先生になろうって気はないの?」
そりゃ、そうなれれば一番いいけれどさ。私・・・
「単純に、試験受けるのがめんどくさいだけなんじゃないの?」
「そ、そうじゃないわよ!」
「小学校はどうなの?今、採用増えてるらしいわよ。通信教育で資格を取る方法もあるし。」
 普通の人なら、そう言う方法もあり、かもしれないけれど。私の場合、どう頑張っても普通学級を担当できない。集団に関わる事が出来ない。そんな私が、たとえ正式に採用されたところで・・・じゃあ、全然違う仕事を探す?ううん、それもイメージがない。今までやってきた仕事も、結局どれも駄目だった。
 翌朝。今日は高等部の卒業式。
『先生方、おはようございます。朝礼を始めさせていただきます!』
全員スーツ姿という、ありえない光景の職員室。
「おはようございます!」
バスプールで出迎える生徒達。・・・あの子、高校三年生だな。きちんとスーツを着せてもらって、車椅子に乗って。彼らにとってはこれが、最後のスクールバスだ。
 さて、我らが中学部一年二組も。
「はい、皆おはようございます。今日は、高校生の卒業式。皆、朝勉強はありません。そのまま体育館へ行きます。」
予定の変更に弱い子が多いからね。いくら説明しても、ミズキちゃんなんか完全に首をかしげている。
「マキちゃん、お休みで良かったですね。」
「そうね、絶対そのほうが良かったわ。」
パニックなんか、起こされたりしたら!彼女は自分の入学式の日も、大変だったらしい。それはそれとして、はいはい、皆、体育館へ行きましょうね!
 来賓に卒業生の保護者。厳かな雰囲気の体育館、それを察してるんだろうか?昨日はあれだけ落ち着かなかったマサト君も、今日は大人しく座っている。
『ただいまより、高等部卒業証書授与式を行います。』
卒業生の入場を拍手で迎える。車椅子の子、自力歩行の子。中には着物の子もいて。・・・賛否両論あるけど、これがその子の人生最後の卒業式だと思ったら、着せてやりたいというのも親心かもしれない。
 スクリーンに映し出された式次第に従って、進行していく。
『校歌斉唱、卒業生、在校生、起立!』
動きにくいスーツで、目の前にいる生徒たちをなだめながら、式の様子を見守るのは至難の技だけど、来週の小中学部の時は、私もああやって舞台に上がらなくちゃいけないから。私は何とか隙を見つけて、車椅子を押す先生達のたち振る舞いを観察していた。
 

  

「希望の樹」第2章 明日からは? その7

2012-04-15 20:13:24 | 福祉の現場から「希望の樹」
 何と言っても年度末、在校生だって、この一年の締めくくりにまっしぐら。
「もう、評価終わったから、好きなようにやろう!」
二時間目、中学一年生の数学。風邪でユウ君がお休みなのが残念だけど、ミキちゃんとユリちゃんで、今日はお買い物ごっこ。
 果物に形作られたおもちゃや、お菓子の空き箱に「八十円」「百五十円」とか、二百円以内の金額を書いた紙を貼って生徒用の机に置き、教卓に座ったヤマシタ先生が、
「はい!今日はお店屋さんです!百円玉で買えるのはどれ?」
五十円のミカンを持っていったユリちゃんも、百円のビスケットを持っていったミキちゃんも、
「はい!正解!」
二人とも、買い物実習にも行っているからね。こういう子たちでもやっぱり、生活経験って大事なんだなぁ。
 もっと素晴らしいと思うのは、この二人、いい意味で競争心を持っている。ユリちゃんの語彙が急激に増えたら、ミキちゃんも声を言葉にしようと、一生懸命頑張るし。何だか、物凄く健全で、これぞ教育の原点って感じがする・・・生徒たちが生き生き、キラキラ。子供の要求が全て受け入れられてしまうのが良いかどうかは分からないけれど、学校って本来は、生徒たちが輝くところ。そう言う意味では、今のやり方も悪くはないのかもしれない。
 さあ、三時間目。二、三年生の買い物実習。集合場所は二年四組の教室。今日は車椅子の子も一緒に行く。
「そろそろ行きましょうか。」
その時、
「すみません!」
ムラナカ先生が飛び込んできて、
「リュウ君、発作です!」
えー!こんな時に!ショックを隠せない引率教員一同。
「申し訳ないですけど、彼は欠席でお願いします!」
しかたない。もう一度、担当生徒の割り当てをやり直す。 
 参加する生徒達を連れて正門を出ていく時、お母さんかな?保護者らしき女性に車椅子を押されて、自家用車に乗り込まされているリュウ君の姿が見えた。・・・かわいそうに。早引きになったんだ。
 五、六時間目は、高等部卒業式のリハーサル。当日も、在校生全員参加する事になっている。
「あの、マキちゃんはどうします?」
「今日は連れて行きましょう。どうしてもパニックになったら、体育館から出しますし。」
当日は、親御さんの判断に任せましょう。
 こういう子供たちだからね、人が大勢集まるっていうだけでも落ち着かなくなるし。体育館の、所定の座席に座らせるだけでも一苦労だ。
「マサト君!」
座っていられなくて、後ろの通路スペースで前転を繰り返している。人生にはこういう状況で過ごさなければならない事なんて何回もあるわけだから、少しでも馴れて、適応していくすべを身につけてほしいと思う。
「ギャァァァァァ!」
やはりというか、わめき始めたマキちゃん。
「すみません、教室に連れて帰ります。」
タナベ先生は彼女を連れ出した。



 

「希望の樹」第2章 明日からは? その6

2012-04-12 19:19:15 | 福祉の現場から「希望の樹」
 ずっと働きたい。そう願っていても、ずっと講師で、何てことは絶対無理。その為には採用試験を受けて、正式に採用されないと。どんな世界でも「正社員」にならなきゃいけないというのと、同じ理屈。だけど・・・
 私は、特別支援学校なら何とかなるけれど、普通学級は無理。

『先生!空気読もうよ!』

集団に関わるとなると、完全にフリーズしてしまうんだ。まず、普通学級を指導できる事。これが、教師になるための条件。
 高等部の卒業式まで、あと一週間。
「やっぱり中学ってのはね、女の子よ。大抵、女子のグループで事件が起こっているのよ。男の子はまだ、あの年齢だと可愛いもんだけどね。」
なるほどなるほど。
「でも、荒れてる学校って、私・・・」
「そうそう、卒業したらもう、帰ってくんなよ、ってね!」
そんな言葉が出てしまうのがあたりまえって思えるぐらいの、壮絶な現場をまがいなりにも知っている者として、素直に共感してしまう。
 『お集まりいただいた先生方、ありがとうございます。それではこれから、打ち合わせ通り式場の設営をお願いします!』
体育館の、壁には紅白の垂れ幕を。床にはビニールシートを敷き詰めて、その上にパイプいすや机を置いて、舞台には・・・高いところにも上らなくちゃいけないし、教師って結構危険な仕事。雑用も多いしね。
「すみません、そっち、引っ張ってもらえますか?」
シートは、隙間があってはいけない。デコボコになっていてもいけない。車椅子も通るし、来賓も、保護者も来るし・・・なによりも、生徒たちのために。
 そう、生徒という「お客様」のために、教職員は身を粉にして働くのだ。私達が現役生の時と比べて、学校はすっかり変わってしまったんだなぁって思う。そりゃ、私達の時も、入学や卒業の儀式の会場は、今と変わりなく綺麗に設営されていたけどさ。
 私達の時代、特に中学は部活動も校則も、全て先生達の押さえっつけだった。どんなにこちらが正しくても、生徒の言い分なんてまず通らなかった。私が通っていた学校はさすがにそれはなかったけど、前髪の長さが一ミリ違うだけで眼底出血するまで殴られたとか、体罰だって、当り前みたいにあった。
 それが今は、生徒が「こうしたい。」と言えば、先生がそれをかなえるべく動いて行く。要は、「お客様主義」。それが今の学校。何でこうなったのかな?何時からこうなったのかな?やっぱり、モンスターペアレント?

『先生方、お疲れ様でした。綺麗な会場になりました。ありがとうございました。』

 教務の先生の挨拶で、作業終了。あーあ、疲れた。体育館を出ようとしたその時、
「タマキさん!」
ホシオカ先生!
「どう?次の行き先、連絡あった?」
心配していただいてる気持ちはありがたいけど・・・さっきまでここにはいなかったよね?デジカメなんかぶら下げて。あ、そうか、他のお仕事だったんだな。

「希望の樹」第2章 明日からは? その5

2012-04-10 13:10:36 | 福祉の現場から「希望の樹」
 なるほど、同じ講師でも、色々な入り方があるんだな。そして、続き方も・・・なんだかなぁ。
 大学を出て、二十三歳、そして今、三十歳。恥ずかしい話だけど、私、ここまでかなりの数、転職を重ねている。この特別支援学校に任用される前の一ヶ月は、普通の中学校に任用されてたんだけど。

『先生、空気読めないね!』

はぁ・・・。地域でも評判の、かなりのワルが数人いてさ。とっても私じゃ歯が立たなかった。そう言う意味ではここにきて楽になったけど。この間、調理の授業の時、

『おい!休憩時間じゃないぞ!』

ちょっと息切れしただけだったのにさ!

『心の仕事なんだから!』

講師一人の気持ちもわからないくせに!・・・ここの仕事に限らず、どうして私は自分の気持ちをわかってもらえないんだろう?力一杯やってるのに。一生懸命頑張っているのに!
 今日は午前中いっぱいを使って、中学部のマラソン大会。自力歩行できる子は基本的に、全員参加する。実施場所の県立公園に向かうスクールバスの中でも、私だけがぽつんと仲間外れにされているような気がして。
 いいお天気で良かったな。スタート地点付近。
「はーい、そろそろ準備いいですか?」
先生達だけではとても足りないから、ボランティアの学生さんにも伴走をお願いしている。
「やっ君は私が命に変えてもお守りします!」
サタケ先生の冗談めかした言葉に、先生達の笑い声。では、よろしくお願いします。監視ポイント担当の私達は、それぞれの持ち場に向かって走り出した。
 湖に山林。元々の地形を生かして整備されているこの公園には、冬の冷たい風と春先の温かい光が共存している。あれ?もう人影が見えてきた。誰かな・・・目をこらさなくても、どんどん近付いてくる。あれ、キョウスケ君だ!
さすが、速いなぁ!感心している間に、あっという間に私の前を通り過ぎてしまった。彼の後姿を見送りながら、私は自前のペンで、通過チェックシートに丸をつけた。