チコの花咲く丘―ノベルの小屋―

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「風を追う物語」第5章 幸せを願い その44

2011-10-25 19:07:09 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 どうも、お世話になりまして・・・いえいえ、どういたしまして・・・私の目の前で、ペコペコ頭を下げながら挨拶しているお父さん。
「では・・・ユイ、行こうか。」
後ろをついて歩いて行く、その道を振り返れど、お母さんの姿はなし。
 お父さん、一人で来たの?部屋に近づいてくるほどに、心臓の動きが早くなってきた。
「お、そこそこ綺麗に暮らしているな。」
私の居住空間を見渡すなり、感心しているお父さん。・・・一応、閉めるべきだろうな?ユイはベッド回りのカーテンを閉めると、ベッドに腰掛け、ソファで持参した紙袋をガサガサとまさぐっているお父さんの後姿を見ながら、床につかない足をぶらぶらとさせていた。
 お父さんだけで来るって、一体どうして?・・・何か、キツイ説教でもされるんだろうか?速度を増して行く、足の振り子運動。
 お目当ての物を、探し当てたのだろうか?お父さんの動きがピタッと止まった。ちょ、ちょっと待ってよ!今度はこちらを振り向いて・・・
「ユイ、これ。」
手渡されたものを見て、ユイは目を丸くした。これ、私のお気に入りの、このぬいぐるみのマスコット!驚いたままマスコットに見入っているユイに、お父さんは言った。
「お前、いつもそれ、気に入ってるだろ?」
しかもこれ、売ってるものじゃなくて、ゲーセンのプライズものだ。今までは、こんな子供っぽいもの捨てろ、としか言わなかったのに?お父さん、わざわざそんなところに出かけて、沢山お金をかけて釣ってきたんだろうか?
「そのサイズなら持って歩いていても不自然じゃないだろう?鞄にでもつけたらどうだ?」
 ケータイから、今まで付けていた飾りものをはずし、新しいマスコットについているゴムひもを器用に通す娘と、ソファに腰掛けた態勢で向かい合わせになって父親は、心の中で何度もつぶやいていた。
『これでいいんだ。うちの娘は、これでいいんだ・・・』
周りの子と違う・・・そんな現実に苦しみ、悩んできた十三年間だった。何とか、友達を作ってほしい。学校を楽しいと言ってほしい。だけど、この子が不登校になって、やっと気がついた。自分達はユイの繊細な部分を、力づくで折り取ろうとしていただけなのかもしれない。
 相槌すらうってくれない相手との対話は、なかなか骨の折れる事だけど、今日は何としても話をして帰らなければならない。
「ユイ。」
声かけに顔を上げる。
「この入院中に、お前も考えていただろうけど、どうだ?決心はついたか?」


「風を追う物語」第5章 幸せを願い その43

2011-10-18 14:40:21 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 大好きだったはずなのに・・・見るほどに憂鬱になるこの気持ち。
『あしたもおたのしみに!』
如何にも子供向けな字幕を見送って、ユイはテレビを消した。・・・友達なんて、そんな言葉、大嫌いだ!
小学生の時は、
『この友情は永遠!』
『絶対に途絶えないからね!』
なんてこと言って。友達って、友情って、かけがえのない大切な言葉だったのに。中学生になって、価値観まですっかり変わってしまった。十二歳のベールを越え、何もかもが悪いものに変わって行く。
 いい友達なら、何人でもいたらいいけど、悪い友達なら一層の事、いない方がいい。友達が何もかも、善良なものをもたらすとは限らないし、助けてくれるとも限らない。むしろ、裏切られたり、傷つけられたり・・・
 ユイはブルブルっと首を横に振った。そんな事ない!私はたまたま、悪い子に引っかかっただけ!裏切らない友達は、中学にもきっといる。助けてくれる友達も・・・
 ガラガラガラ・・・カートの音を聞きつけて、ユイはベッドから飛び降りた。お昼ご飯が来た!そこそこ大きい子供のトレーは、器も大きめで、おかずやご飯の量も多くなっている。私の物も結構な量。 
 今日は魚がメインだけど、病院の食事を食べていると、物足りないと思う半面、逆に、こんなにたくさん食べていいんだなって思う事もある。空腹も手伝って、ロクにかまずに飲み込んでしまい、あっという間に完食。
「あら、ユイちゃん。早いわね!」
カート脇、トレーを返却しながらごく聞きなれた会話を交わしていたその時、司会の隅っこに、見慣れた男性の人影が。
「・・・ユイ。」
お父さんだ!

「風を追う物語」第5章 幸せを願い その42

2011-10-14 19:45:57 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 処置室から帰る道、
「アイス、買いに行く!」
走って行くあの子、ナユタって子だ。こうして見ていたら、何が悪いのか全然わからないけれど・・・。ひょっとしたら、私だってそう思われてるのかもしれないな。
 よいしょ!部屋にたどり着き、再びカーテンに囲まれたベッドへ。ケータイには、メールは一通もないけれど、
『確定ではなくても、だいたいでいいから、ユイの意思を、退院までには一度伝えた方がいいと思うわよ。』
この間のお母さんの意見。・・・本当にどうしようか?
単純に、上の高校への進学を希望するか、しないか。この二つの選択肢しかないんだけど。どうしたものだろうなぁ。ハヅキ先生から聞いている通り、三分の一規程の問題も。はぁ・・・ユイはため息をつき、天井を仰いだ。 
学校に行くか、退学するか、よその学校に行くか、でも、どこの学校へ行くか、今のまま不登校を続けるか、教室以外の場所に登校するか・・・考える時間は沢山あったこの入院生活。これまで考えてきた事を振り返っても、人生の選択肢ってそれほど多くないんだな、と思う。
 『あなたは若い。未来には、無限の可能性がある』
なんて、嘘ばっかり!自分の頭で考えて、大人の言葉にどれほど嘘が多いものなのか。私は嫌というほど悟った。もう、大人をあてにしてはいけない。信用できない。自分で考えて、自分で見出さないと。
 ・・・だけど、どうしたらいいんだろう?そう考えるとまた不安になってきた。テレビをつけてみる。
『夏休みこども劇場』
わぁ、懐かしいアニメ、いっぱい再放送するんだ。なんか、嬉しくなってきた。ユイはついついテレビに見入ってしまった。
 懐かしいという言葉も、わりと昔から使っているような気がするなぁ。だけど、時間は巻き戻す事は出来ないし、昔だって、楽しい事ばかりではなかったはずだよね?と、なると、懐かしいなんて思う気持ちは、今の辛いことから逃げ出して、もう戻れないあの頃の、幸せな部分ばかりに浸ることを願う、ある種のわがまま以外の、何物でもなくなってしまうんじゃないだろうか?

「風を追う物語」第5章 幸せを願い その41

2011-10-12 21:47:24 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 午前八時三十分、職員室。
「おはようございます。」
「・・・あ、ハヅキ先生。すみません、ここでいいですか?」
私がうなづくと、校長先生は静かに話しはじめた。
「昨日はお疲れさまでした。で、ユイさんは?」
「はい、ずいぶん元気でした。こちらの話にも耳を傾けてくれまして・・・」
 私の意見、学校の意見、そして、本当の事。どこまでユイさんの心に届いているかわからないけれど、取り混ぜて全てを伝えた。
「で、本人はこの中学を卒業したいと?」
「はい、嬉しそうな顔をしていました。」
それは良かった、という顔の校長先生。そうよ・・・ユイさん、先生達はね、あなたを放り出そうとは思っていないのよ。あなたのご両親だって、良い明日をつかんでほしいと願われているはず。
「あとは、ユイさんの意思次第、ですね。」
校長先生のおっしゃる通り。ユイさん、あなたの意思を待っているからね・・・
午前九時、病棟処置室。いつもの朝の行事をしながら、
「ユイちゃん、もう、今日一日だけだね。」
「フフフ。やっぱり、お家に帰れるのは嬉しい?」
お医者さんと看護師さんの声かけに、ユイはあえて無反応を貫いていた。
 同じ頃、ユイの自宅。プルルルル・・・はいはい。同窓会前だから、こんな時間から電話が多いわ。
「もしもし?・・・・あ、サクラちゃん!」
彼女も懐かしいわ!ゼミで一緒だったのよ。それなのに、ずっと年賀状ばっかりで。
『あっちゃん!本当に久しぶりね!元気にしてた?』
「うん、まあ、私はね。」
この言い訳も、だんだん上手になってくる。結婚は同じ時期でも、私は子供が出来るのが遅かったから。
『うちの子もね、何とか大学の卒業は出来そうな感じなんだけどね、でも、就職がね・・・』
そう、他の同窓生たちの子供は、このぐらいの年になっているんだわ。
 うまく言っている話を聞けばうらやましく、うまく言っていない話を聞けば同じように辛く。色々な気持ちになりながら、うちのユイだって、決して稀なケースではない事を知って行く。
 この国の学校は何時から、子供たちにとって辛い世界になったのかしら?
『自分の子なのにさ、今の子ってわからないわね。』
本当にそう思うわ。私達の時も、いろいろ問題はあったけれど。
 色々心配したけど、ユイはまだ幸せな方かもしれないわね。学校だって、精いっぱいの対応はしてくださっている。ユイ、どうか。幸せの風をつかんで!

 
  

「風を追う物語」第5章 幸せを願い その40

2011-10-07 22:07:16 | 十三歳、少女の哲学「風を追う物語」
 顔を洗って、歯を磨いて、何となく髪を整えて・・・さあ、そろそろ朝ごはんが来るかな?それが終われば、また朝の診察と吸入があるし。
 ユイは荷物を片づけて、引き揚げ始めた。ふぅ・・・病院の朝って忙しかったなぁ。いや、きっと、普通に家で過ごしている朝も。この頃思うんだ。生きるのって、死ぬ以上に大変なんじゃないかって。
 やるべき事いっぱい、考えるべき事いっぱい・・・カートから、朝食トレーを受け取る・・・悲しい事いっぱい、辛い事いっぱい。部屋に到着。
 いただきます!今日の朝は選択メニューで、和食をお願いした。味噌汁には、お豆腐に、ヌルヌルしたキノコ。何だろうな、これ?家にいるときって、どうしてもパンの方が手軽だから。旅行に行ったときとか、こうして選ばせてもらえる時には、朝は和食を選ぶ事が多いんだ。
 おかずを口に含みながら・・・人間って、生きているだけで値打ちがあるって言う言い方をする人もいるけど、実際のところ、そうじゃないんだと思う。働いているとか、凄い才能があるとか。そう、食べてるだけの私なんて、何の値打もない。ましてや、中学生なんて虫けら以下の存在。そんな私が、生きている意味って?
 あ、ケータイが鳴ってる。
『ユイ、おはよう。朝ごはん食べてる?いよいよ今日一日ね。明日帰るんだから、あなたも荷物の整理しておきなさいよ。何よりも、散らかさないように。』
言わなくていいのに!ユイは即座にメールを削除した。
 あーあ、何だかんだ言っていつまでも子供扱いなんだな。早く大人になってほしいくせに。大人達は、未来とか希望とか言うけれど、その言葉にどのぐらい、私は追い詰めらているか。これから先の事なんて、暗い事しか考えられない。中学だけは何とか卒業させてもらえるみたいけど・・・。
 高校に行けなかったらどうしよう?もしそうなったら何時から準備しよう?そして、どんな高校を探そう?意識がさえるほどに、どんどん辛くなってきた。