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死屍累々の自動車業界で、なぜトヨタだけは黒字を計上できたのか

2020年08月18日 07時21分47秒 | 企業の危機管理
新型コロナウイルスの影響で自動車各社は大幅な赤字に転落した。その一方、トヨタ自動車は2020年4~6月期連結決算で1588億円の最終利益を計上した。なぜトヨタだけが赤字を免れることができたのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏は「これこそがトヨタの危機管理だ」という——。

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売れ行きが落ちた「3+1」の原因
新型コロナウイルスの蔓延で、さまざまな業種、多くの企業の売れ行きが落ちた。原因は3つプラスひとつと言えるのではないか。

①工場や事務所の閉鎖による業務の停滞。

②原料、部品などのサプライチェーンが途切れ、生産に支障をきたした。

③商品の供給が追い付かなくなったこともあり、販売店は休止し、結果として販売機会がなくなった。

この3つに加えたプラスワンとは環境変化により、商品の魅力が減じたことだ。たとえば、飲食店、宿泊業、土産物店がそれにあたる。商品はあるのだけれど、感染を恐れた人たちは足を運ばなくなった。テーマパーク、映画、演劇、ライブコンサートといったエンターテインメントも環境変化により販売機会が急減している。

そして、シェアリングビジネスも環境変化の影響を大きく受けた。急成長していたカーシェアリングだったが、コロナ以後、「やっぱりプライベートカーがいい」と自分と家族のための車を買うようになったユーザーの姿が目立つという。

競合が大赤字を出す中、異例の黒字
各国の経済に影響を与えるすそ野の広い産業、自動車産業もまた打撃を受けた。2020年の4月から6月期において、ほぼすべての自動車メーカーは巨額の赤字となっている。

日産は2855億円の赤字だ。ダイムラーは2461億円、フォルクスワーゲンが1976億円、FCA(フィアット、クライスラー)も1277億円の赤字だ。ホンダは808億円でGMも796億円という大きな赤字となった。

ところが、ただ1社、同じ期にトヨタだけは1588億円の黒字を達成した。

フォルクスワーゲンにしろ、日産、ホンダにしろ、歴史のある国際的な大企業だ。入社した人間の能力がトヨタの人間と大きく違うとは考えにくい。

「じゃあ、何が違うんだ。トヨタは他社よりどこが優れているんだ?」

答えは、危機管理であり、危機への対処だ。新型コロナの蔓延という危機に際して、トヨタは適確(てきかく)に対応した。それに尽きる。元々トヨタには危機管理のノウハウ、危機へ対処するための知恵と体質があった。それがうまく機能したのである。

今までにない「複合危機」にどう対処したか
この9月から、わたしはプレジデントオンラインで、トヨタが危機に際して、どういった行動をとったかを詳細にリポートする。このリポートを読めばどこの会社の人間であれ、危機管理ができるようになるはずだ。会社を筋肉質に変え、売り上げを落とすことのない体質に作りかえることができるだろう。

タイトルは「トヨタの危機管理」。

わたしが本企画の取材を始めたのは中国・武漢が都市閉鎖された2020年1月23日だった。当初、その時期にわたしは広州のトヨタ工場を訪ねる予定にしていた。しかし、飛行機も飛ばなくなり、出張は断念した。だが、その時、トヨタは対策本部を立ち上げて、危機管理を始めていた。一報を聞いたわたしは、急遽、取材先を変えた。危機の時にトヨタが何をするのかを探求することにしたのである。

わたしはトヨタが震災やリーマン・ショックに際して危機管理を行ったことを知っていた。毎年やってくるようになった「50年に一度の」台風でも、迅速に対処していることも見ていた。

「彼らは新型コロナのような新しい形の複合危機にはどうやって、対処するのだろうか」

それを知るために、緊急事態宣言(4月7日から5月25日)が出るまでと解除された後、愛知県豊田市の本社をはじめとする各地で取材をした。ただし、本格的な取材は緊急事態宣言が解除され、都道府県間の移動が自由になった6月19日からだ。ソーシャルディスタンスを取りながら、マスクを着けて、社員に肉薄した結果が本企画、「トヨタの危機管理」である。

平時から体質改善を続けている
トヨタの危機管理にはいくつもの特徴がある。詳しくは連載のなかで紹介していくが、もっとも特徴的なのは、危機管理には平時の行いが反映されること。普段から危機に備えておけば、いざという時にあわてることはない。危機に直面した時にだけ泥縄式にやるのが危機管理ではない。

トヨタは平時からつねに体質改善を続けている。原価の低減と生産性の向上が習慣になっている。

こう書くと、「勤勉が第一」とか「毎日の勉強が成績向上の近道」みたいな優等生的、小市民的、教科書通りの道徳発言のように受け取られてしまうかもしれない。しかし、トヨタの経営者や危機管理チームの考え方は優等生的でも小市民的でもない。「仕事は楽しんでやらなければ身につかない」と信じている。

同社執行役員で「おやじ」の河合満は言う。

「楽をするためにカイゼンを考えればいい。そうすれば、毎日、カイゼンの知恵が出る。どちらかといえば横着なやつの方がカイゼンには向いているんだ」

「おやじ」が明かすリーマン・ショックの苦い教訓
念のために説明しておく、「おやじ」とは正式な肩書だ。居酒屋でくだをまいている、ただのおやじのことではない。河合の「おやじ」は生産現場を統括するリーダーという意味である。正式な肩書であり、彼はトヨタのチーフ・モノづくり・オフィサーでもある。

その河合が部下たちに伝えているカイゼンとは「めんどくさいなと思ったことを楽にやれる方法を考えろ」だ。

たとえば、テレビのリモコンだ。昭和の昔、テレビのチャンネルを変える時は本体についているチャンネルスイッチをがちゃがちゃと動かしていた。寝転がってテレビを見たい人間にとっては、チャンネルを変えるためにいちいち起き上がるのは大変な苦痛だったのである。リモコンができた結果、誰でも寝っ転がったまま、姿勢を変えずにチャンネルを変えることができるようになった。

河合はそんなことを考えればいいんだと言っている。

「今回、新型コロナの危機管理がまあまあうまくいったのは、日ごろから筋肉質な組織にするためのカイゼンを行ってきたからだ。それに尽きる。2008年リーマン・ショックの時、売れ行きが落ちて在庫が膨らんだ。あの時、管理職は大変だ、大変だと騒いでいた。騒いでいたけれど、誰も現場へ出ようとしなかった。パソコンの前にかじりついて離れなかった。僕は現場の部長で、現場につきっきりだったから、よく覚えている」

危機の時、経営者は怒っちゃだめだ
「ところが、今回は大変だ、大変だと騒ぐ連中はいなかった。経営陣はにこにこして、ひとことも怒らなかった。社長も番頭の小林さんも怒らなかった。ただし、ふたりとも平時にはキツイこと言ってるけどね。危機の時、経営者は怒っちゃだめだ。デーンと構えて、いつもと同じことをする。現場が自主的に考えて行動しないと危機を乗り切ることなんかできない。今回、僕は若い連中から、『おやじ、現場に来ないで、休んでろ』って言われたんだよ」

確かに、トヨタは筋肉質になっている。

リーマン・ショックの直後、生産台数は15パーセント減り、4000億円を超える赤字となった。新型コロナ危機では、生産台数が約20パーセント減ったにもかかわらず、通期では7300億円の黒字になると見込んでいる。河合が言うとおり、11年間、カイゼンしてきたことが実を結んだと言える。

豊田社長「トヨタは確実に強くなった」
「筋肉質になった」と自己評価しているのは河合だけではない。

社長の豊田章男はすでに同じ内容のことを6月の株主総会で語っている。

「これまで『体質強化は進んでいるのか?』という質問をいただく度に、私は、リーマン・ショックのような危機に再び直面した時にしか、その答えは出ないと思います、と申し上げてまいりました。

今回、リーマン・ショックを上回るコロナ危機が世界を襲いました。私が指示をしなくても、トヨタの現場はフェイスシールドの生産をはじめ、『人命第一』『安全第一』の優先順位に基づいて、即断即決即実行で動いてくれていました。だからこそ、決算発表においても、あくまでも見通しに過ぎませんが、トヨタは赤字には陥らないというメッセージとともに、世の中に対して一つの基準をお示しすることもできたと思っております。(略)トヨタは確実に強くなったと思います。そして、その強さを自分以外の誰かのために使いたいと思っております。なんといってもリーマン・ショック時よりも200万台以上、損益分岐点を下げることができたのですから」

危機の時こそ他者をたすけること
トヨタの危機管理は平時における原価低減と生産性向上だが、もうひとつ、他社に見られない特徴がある。それが社会への支援だ。これもまた平時から行っていることだが、危機が来ると、トヨタはさらに支援に力を入れる。

新型コロナ危機に際してはふたつの重点的支援を行っている。

ひとつは医療現場への支援だ。グループ会社も含め、マスク、フェイスシールドを自作した。さらに、医療用ガウンについては自社ではなく、地元の雨合羽の製造会社などが作り始めたと聞き、生産性向上のために人材を派遣した。

同社にはトヨタ生産方式という生産、物流、販売など各分野における生産性向上の手法と知恵がある。それを惜しげもなく提供して、取引先ではない会社を応援し、さらにはコロナ危機で売り上げを落とした企業の業績アップに貢献した。

もうひとつはトヨタ自体が仕事を継続することだ。自動車産業はすそ野が広く、波及効果も大きい。部品会社、その周りに位置するサービス産業、さらには地域の会社……。そうした人々の生活を守ることは社会への支援につながる。だから、トヨタは工場を稼働させ、国内で300万台を作る体制を変えなかった。

なぜ? 「危機管理では役員に報告しない」理由
新型コロナ危機に際して、トヨタはどこよりも早く危機管理本部を立ち上げ、集まってきた社員たちが情報収集に努め、早め早めに手を打った。彼らがやらないと決めたのは幹部への報告だけだ。

同社の危機管理では「役員には報告しない」となっている。事情が知りたい幹部は自ら足を運んで、危機管理本部へ行く。本部へ行けばリアルタイムの状況、情報、対策がひと目でわかるように、壁に貼りだしてある。これこそ「見える化」の真髄だ。

執行役員でチーフ・プロダクション・オフィサーの友山茂樹は言う。

「危機管理の担当が幹部に報告したり、報告書を書いたりする時間はもったいない。それよりも現場へ行き、対応に当たるのが仕事です。ただ、今回は現場へ行けなかったので、リモートを活用しましたが。うちでは社長自ら危機管理本部に来て、壁を見て、危機管理と対処の状況を確認することになっています」

確かに、大きな危機の時なのに役員室を回って、「今はこうなっております」といちいち報告して歩くのはバカばかしい。トヨタの社員はそういったムダな仕事はやらない。

多くの会社がトヨタの危機管理からもっとも見習うべきはこの点だ。ただし、「危機の時、役員に報告しない」ことを真似できるのは健全な会社、成長途上の会社だけだろう。年老いて官僚的になった組織は絶対に実行できないと思われる。

早めの準備で危機管理はスタートする
最後に付け加えると、彼らはつねに早め早めに手を打っている。

早めに危機を察知し、早めに動いたからこそ、中国マーケットが動き出したとたんに車を販売することができた。データを見ると、中国マーケットで売れているのは小型のカローラ、レビンだ。それはカーシェアからプライベートカーへ移り変わったユーザーの気持ちをつかむとともに、最新の情報をつかみ、フレキシブルな生産体制でマーケットの要求に応えたのである。

万事、早めに早めに動く。それを口癖にしていたのが『鬼平犯科帳』などで知られる天才、池波正太郎だった。

池波さんは毎年、春になると翌年に出す年賀状を書き始めた。万事、早め早めの人だった。

——私の年賀状は、前年の春ごろに刷りあがっている。そして、夏から秋、師走にかけて、少しずつ宛名を書くのが毎年の習(ならわし)だ。
——会社で刷った年賀状にてめえの名前を書いて出すようなのは男じゃないんだよ。

トヨタの危機管理は池波さんの年賀状のようなもので、早め早めの準備からスタートする。そして、危機の最中だからと言って、自分の都合ばかり考えない。これまで縁のなかった、取引先でもない会社のために支援の人材を出す。

それがトヨタの危機管理だ。

---------- 野地 秩嘉(のじ・つねよし) ノンフィクション作家 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。 ----------
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