あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ワイナリーとビンヤード

2022-04-25 | 日記


あわただしい収穫が終わり、ブドウ畑も落ち着きを取り戻した。
その後は収穫コンテナを洗ったり、ネットを片付ける作業に入るが、収穫の時のように時間に追われる仕事ではない。
気持ちが楽だ。
たまにワイナリーの方の手伝いをする。
ここで僕同様、ワイン業界のことをよく知らない人達に用語をいくつか説明する。
まずはビンヤード、これはブドウ畑のことで、ワイナリーとはワインを作る醸造所だ。
この二つによってワインは作られる。
ビンヤードだけ持っていてブドウを作って、取れたブドウをワイナリーで作ってもらう外部委託をする人もいる。
同じ人が両方で働く事もあれば、ビンヤード組とワイナリー組に分れて仕事をすることもある。
日本酒で例えれば、米を作る田んぼと酒蔵のようなものだ。
そしてビンテージと呼ばれる期間がある。
これはブドウの収穫、そしてそれをワインにするまで1〜2ヶ月ぐらいの期間を指す。
南半球ニュージーランドで言えば、3月後半から5月ぐらいまでだろう。
ビンテージ中はとかく忙しく、スタッフは泊まり込みで働く。
常駐のスタッフに加え、その時だけ雇われる人もいる。
チームで働くので、とかく人間関係というものがつきまとう。
今回もまあいろいろとあったが詳しくは書かない。



ビンテージ中は皆で一緒にご飯を食べて、ワインを飲む。
各自がこれぞというワインを開け、それについてあれこれ話す。
ニュージーランドのワインだけでなく、フランスワインだの、イタリアワインだの、スーパーで売っていないワインが出る。
ワインは全てブラインド、靴下でボトルを覆いラベルが読めない状態で持ってくる。
それを味見して、どこの国のどの地域のブドウの品種は何だとか、そんな事を言い合いながら飲むのだ。
はっきり言ってオタクの世界、ワインオタクだ。
僕以外は皆ワインの専門家であり、会話の内容はチンプンカンプンである。
そうだな、例をあげてみよう。
あるスキーヤーの集まりで、皆はアラスカではどうだとか、ニセコではどうだったとか、ヒマラヤではどんな具合だ、いやいやニュージーランドにはクラブスキー場というものがあって、と喋っている。
そんな中に一人、「スキーで足を揃えて滑るの難しいですね」という人が紛れ込んでしまった場違い感。
伝わるかなぁ。
もしくは料理のプロが集まり、フランス料理の基本がどうだとか、イタリア料理の素材があーだこーだとか、日本の築地で食った寿司が最高だとか、中華料理はなかなか奥が深くてなどと話している。
そんな中で、「スーパーの惣菜って美味いよねー」という人がいる状態。
分かるかなぁ。
または音楽家が集まり、どこの国での演奏会はどうだったとか、どこそこのコンサートホールは音が良くてとか、あの人の指揮でやると引き締まるとかそんな話をしている。
そこで「自分の経験は小学校の音楽発表会で、パートはカスタネットでした」というぐらいの違和感。
もういいですか?
とにかくそれぐらいの場違い感なのである。
でもみんな優しいから僕にもワインを勧めてくれる。
飲んだ感想は「美味しい」だけだ。
あんたたちが開けるワイン全部美味しい。
どれぐらい美味しいか分からないけど美味しい。
美味しいと言ったら美味しい。
いや、一つだけハズレがあった。
いくつもワインが開く席でグラスに注がれて、他の人たちはまだグラスに前のワインが残っていたので僕が最初にそのワインを飲んだ。
えー、これってこういう味のワインなの?と思った。
美味くないどころか不味いのだ。
でもその道の専門家が選ぶワインでそんなのあるのか、と自分の舌を疑った。
僕が黙って様子を見ていると他の人たちもその問題のワインを味見して顔をしかめた。
話を聞くとコルクからバクテリアか何かのナンチャラで(全然説明になってないな)ワインが不味くなることがたまにあるそうな。
そのワインはみんな瓶に戻し、後でお店に返品するらしい。
あーよかった。これで皆が口を揃えて「うむ、これはこのワイン特有の味だね」なんて言ったらどうしよう、などと妄想してしまった。
そんな具合にビンテージ期間、僕はいろいろなワインを飲ませてもらった。
専門家の人達はこうやって自分の舌を鍛えるようなのだが、僕の感想はワインって美味しいんだな、というつまらないものだった。
たぶん自分の人生で一番良いワインを飲んだのだろうが、それがどれぐらいすごいことなのかよく分かっていないのも自分だろう。



ビンヤードチームは基本的に畑で仕事をするが、ワイナリーが忙しい時にはそっちの仕事を手伝うこともある。
収穫したブドウは機械で房をバラバラにしてプレスという機械で押しつぶしてジュースにする。
それをタンクに入れて発酵させるのだが赤ワインではしぼった皮をタンクに入れて色と味を出す。
タンクの中では皮が浮いてくるので、その皮を押し沈めるプランジングという作業もする。
これが最初は1日朝晩2回、発酵が進んでくると1日1回になる。
その時にワインメーカーは全てのタンクの味見をして、絞るタイミングを見極める。
僕も何回か味見をさせてもらったが、よく分からないというのが感想である。
まあそりゃそうだわな、ワインの味もよく分からないのにその前段階の状態を飲んで分かるわけがない。
そういうことは専門家に任せて、ワイン初心者の自分は「へえ、ワインってこうやって作るんだあ」と小学校の社会科見学のごとくただ感心するだけ。
それでも新しい知識を体験という形で得るのは楽しいもので、知的好奇心を満たす喜びは年齢に関係なく人生の糧であると思うのだ。
ありがたやありがたや。


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収穫は続く

2022-04-18 | 日記
農場でのメインの葡萄はシャルドネとピノである。
これが畑全体の8割ぐらいだろうか。
ワインとしてもこの二つが主軸なので、優先で収穫をする。
ピノの収穫が終わると、先が見えて肩の力が抜けるが収穫はまだ終わったわけではない。
残りの畑では、リーズリング、ピノ・グリ、ギベルツ、マスカットなどがある。
どれも白ワイン用の葡萄で、リーズリングでワインも作るが、ブレンドしてオマージュというワインも作る。
葡萄の収穫も大詰めに入っているのはどこの畑でも同じで、なかなか人が集まらない。
そしてせっかく来てくれた人が思うように働いてくれない時もある。
前回に書いたフィリピン人のオバチャン達は陽気に働きながら仕事が速く、みるみるうちに収穫コンテナが貯まっていく。
かと思えば、愛想ばかりよくて全然進まないグループもある。
人のやり繰りというのも農場経営には大切な仕事なんだなあ、と実感した。



思うように人が集まらなければ自分たちでやるしかない。
ハサミを片手にチョキチョキとブドウを収穫していく。
当然ながら味見をしながらだ。
農場の中でアルザスと呼ばれる一角には、色々な種類が数列づつ植わっていて、味の比較ができる。
食べて美味しいのはマスカット。これは食べるブドウでも出回っているので味は想像できるだろう。
ちなみに去年の冬に選定の仕事をした時、切り落としたマスカットの枝をいくつかもらってきた。
家に一本だけあるブドウの木に接ぎ木を試みたがうまくいかなかったが、地面に挿したものからは葉っぱが出て順調に育った。
あと何年かしたら我が家でもマスカットが採れるだろう。今から楽しみである。
もう一つ、ゲベルツという品種。これがなかなか美味い。
ドイツの品種でGewürztraminerという何回読んでも覚えられない名前だったが、さすがにブドウ農園で働いて名前を覚えた。
ちなみに正式にはゲヴュルツトラミネールと言うらしいが、面倒臭いからゲベルツと記す。
これは赤っぽいブドウで、赤っぽいブドウの味がする。こいつがなかなか美味い。
ゲベルツ単体のワインを飲んだことがないのか、それとも飲んだけど覚えてないのか。
いずれにせよ、あまり出回っていないし自分では進んで買わない。
僕の中ではそんな位置付けのワインなのだが、ブドウは美味かった。
ただ残念なことに鳥に食われて結構なダメージを受けていた。
鳥がブドウの果実をついばむと、そこから腐ってしまう。
腐ったブドウは臭くて食べれたものではないし、もちろんワインにもできない。
だからネットをかけるのだが、ネットには穴がいくつも開いていてそこから鳥が入ってしまう。
ネットをかけ終わった後、チマチマと穴を塞ぐ仕事をコテンラジオを聴きながらやったのだが、一人でやる作業はどうしても限りがある。
それも高級品種のピノからやってきたので、こちらには手が回らない。
鳥を見かけたら追い出す作業もしてたが、かなり食われてしまった。
食われて腐った場所をハサミで切り落としながら収穫をするので時間もかかる。
それでも何日間かかけてその一角の収穫を終えた。



残ったのは平地の一角にあるリーズリングだ。
ここのブドウが最後の収穫となった。
実は熟しきり中には干しブドウのようになってしまったものもある。
そして貴腐菌が繁殖してしまったものがかなりあった。
これは貴腐ワインを作るのに必要な菌だ。
ここで貴腐ワインとレイトハーベストワインは、どちらも甘いデザートワインのような存在だが、その違いを教えてもらった。
レイトハーベストとは収穫を遅らせ、ブドウの水分をわざと失わせ甘く熟させる。
当然ながら収穫してしぼってもジュースはそんなに多く出ないから、値段も高くなる。
貴腐ワインは似ているが、貴腐菌によりブドウの味が変わりそれを絞ってワインにする。
これが繁殖したブドウを味見したが、もともとのブドウの味とは全く違う味がしてこれはこれでなかなか美味い。
でもこれはリーズリングならOKだが、ピノに貴腐菌がついたものは使いものにならない。
レイトハーベストというワインは飲んだことはあるが、貴腐ワインは飲んだことがない。
ワイナリーでは貴腐ワインを作るかどうかまだ決まっていないが、これから話し合って決めるそうだ。
僕自身はこういう菌を利用して何か作るというものは大好きで、世の中は菌が動かしていると真剣に思っている、細菌至上主義である。
庭の堆肥も酒の発酵も納豆もパンもチーズもヨーグルトもザワークラウトも醤油もお酢も全て菌のおかげで、菌様様なのに人間は気づいていないどころか菌を一段低くもしくは汚いもののように扱う。
全くもってけしからん。
話が飛びに飛んだが、貴腐菌がついたリーズリングのブドウは美味かったということだ。
貴腐菌がついたリーズリングは木に残したまま、なんとか収穫が終わった。



収穫したブドウは全て重さを測るのだが、総量は50トン近くになった。
近年まれにみる豊作なんだそうで、素人の僕が見てもこれ以上収量が上がることはないだろうな。
その50トンものブドウを僕とボスの二人で回収した。
厳密に言えば僕がバイクを運転して、全てのブドウをボスが一人でトレイラーに積み込んだ。
すごい話である。自分がやったら腰を痛めてしまうだろう。
もちろんトレイラーに積み込む以前に、コンテナのブドウを均したり積み込みやすい位置に置くなどの仕事もある。
だけど肉体的に一番大変なのは積み込む作業だ。
それを黙々とやる姿は男惚れするし、そういうボスだからこっちも一生懸命やろうという気にもなる。
自分が楽してキツイ仕事を部下にやらせる上司、というのはたまにいるが働く人の気持ちを萎えさせる。
そして自らが頑張ってやろうと思い働いて、収穫が終わった後の達成感、満足感、やりとげた感はすさまじいものがあった。
その後の乾杯のビールが美味いこと、美味いこと。
去年の7月から始まり、剪定、芽吹き、蔓が伸びる様子、脇芽のめかき、果実の周りの葉っぱもぎ、下草狩り、余計な蔓の剪定、ネット掛け、鳥をネットから追い出す作業、そして収穫。
それぞれのシーンが走馬灯のように廻り、その間にも色々な人間ドラマもあった。
ブドウの育成を1年というサイクルで見たいと思っていたことが体験できたし、満足のいく結果も出た。
それを何年も何年もやっているプロの人から見れば、今年は良い出来だったね、の一言なのかもしれない。
だが何も知らない素人だからこそ見えるものも感じるものもある。
僕は自分のその気持ちを大切にしたい。
何歳になろうが新しい発見、体験、感動ができることは嬉しいことである。
ありがたやありがたや。


こうやって一箱づつトレーラーに積む。総量50トン。


ネットから出た所で一番上まで箱を積み上げる。


そして運ぶ。


ワイナリーに着いたらフォークリフトでパレットごと下ろし。


重さを測る。だいたい1パレットで4〜500キロぐらい。


重さを測ったらそのまま冷蔵庫で一晩冷却。ワイナリーチームがこの後ブドウを絞る。


美味しいワインができるかなぁ。
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収穫 収穫 また収穫

2022-04-16 | 日記


3月後半から4月頭にかけて、葡萄畑では収穫の時期を迎えた。
先ずはシャルドネから収穫が始まった。熟しきったシャルドネは緑から金色っぽくなり、とにかく甘い。
そしてボスの受け売りだが、鼻に抜ける葡萄の香りがして、この香りがワインになった時の香りになる。
正直ぼくはワインの味はよく分からないが、葡萄が美味いのは分かる。
甘くてやや酸っぱくてみずみずしい葡萄、これをバクバク食いながら仕事をする。
食うと言っても普通に食うのではなく、房ごと口に放り込んでジューっと口の中で絞って、種と皮だけ吐き出す。
味は良いが種と皮の割合が多く、食べづらいのがワイン用の葡萄だ。



収穫はピッカーと呼ばれる人に頼んでやる。
それ専門の業者がいて、何曜日に何人というぐあいにやりくりをする。
僕らの仕事は彼らが’スムーズに仕事ができるよう、畑に収穫のコンテナを置き、それが葡萄で満杯になったら回収をする。
摘んだ葡萄はコンテナごと大型の冷蔵庫で冷やす。
あまり暖かくなると酸が抜けてしまうので、暑い時は直射日光が当たらない日陰に置いたりして、できるだけ早く回収して冷蔵庫へ入れる。
本収穫の初日には30人以上のピッカーが来て、てんやわんやの大騒ぎだった。
コンテナを配る作業に追われ回収が追いつかす、ピッカー達が帰った後に黙々と回収をした。
朝も暗いうちから働き始め、仕事が終わったのは日もとっぷり暮れて真っ暗になってからだ。
まあ農場の繁忙期というのはどこもそんなものだろう。



ピッカーで時々来てくれるアジア人のおばちゃん達がいる。
おばちゃん達の仕事は早く、別のグループの倍ぐらいのスピードで収穫していく。
聞いてみるとフィリピンの人だと。
何を話しているか分からないが、彼女達が仕事中ケラケラ笑いながら話すタガログ語を聞くのは心地よい。
たぶんフィリピンにも言霊というものはあるのだろうな。
言葉の意味は分からなくても、聞いていてトゲがない言葉というものはある。
たぶん科学的にも証明されるだろうが、ぼくは直感でそれを感じる。
人をホッとさせるような言葉の抑揚と響き、逆にイライラさせるような響きもある。
それはたぶん発する人の感情にも左右されるものだろうし、他にもあれやこれやあると思う。
日本語にも方言というものがあるように、全ての言語に方言はあるだろう。
共通言語は社会で必要だが、方言の中にこそ人の本質があるような気がする。
そしてたぶん意味は分からなくても、音でそれを感じることができるのだろう。
言語というのは面白いものだなあ。
今度は言語学というものを勉強してみようかな。



葡萄と一口に言ってもいろいろある。
食べる用の葡萄とワイン用の葡萄は種類が違う。
またワイン用でも色々あるが、農園で栽培しているのはピノ・ノワールとシャルドネがほとんどである。
シャルドネは緑色の葡萄で、ピノ・ノワールは黒葡萄だ。略してピノと呼ぶ。
数日かけてシャルドネの収穫が終わると、そのままピノの収穫へ入る。
ワイナリーの主要銘柄とあって畑の面積も広く収量も多く、連日の作業だ。
ピッカーは朝7時から仕事を始めるので、僕らはそれに合わせ6時半ぐらいから仕事を始める。
休みはほとんど無く、朝から晩まで働くので当然ながら体はガタガタだ。
でも葡萄は待ってくれない。
収穫のタイミングを逃すと味が落ちてしまうので、現場の人間にもプレッシャーがかかる。
ここが今回の収穫の峠なんだな、というのが分かり最後は気力で乗り切った。
作業は楽ではないが、やり甲斐があるというのを実感できるのが葡萄の美味さである。
シャルドネは爽やかな味だが、ピノは甘さの中に葡萄本来の旨さが凝縮しているような、そんな味だ。
作業の合間にちょっと手があけばバクバク食うし、喉が渇いて近くに水がない時はわざと熟しきっていない実を食べて水分補給をした。
ずーっとピノばかり食べているとちょっと飽きるので、収穫が終わったシャルドネの取り残しを食べて口直しなんてのもありだ。
収穫の間に僕は何百個の葡萄を食べただろう。人生でこれ以上ない、というぐらい食べた。



どこの国で何の作物か忘れてしまったが、奴隷を使って収穫をしていた時代、奴隷がその収穫物を食べると罰せられたと言う。
悲しい話じゃないか。
目の前に美味しい果実がなっていて自分は働いて収穫をするのにそれが食えないなんて。
人類史にはそういう事もあった。
当時の人とは全てが違う事を知り、完全にはその人の心境にはなれない事をしりつつ、なおかつ当事者の心を想像する努力をする。
それが人文学の醍醐味であり、相対的に今の自分の境遇を俯瞰で見ることができる。
今当たり前にある事を当たり前として受け取らず、客観的に自分を見れるとも言えよう。
現代では葡萄も食べられるし、働いてお金ももらえるし、食事も用意してくれるしビールもワインも飲ませてくれる。
昔の人から見れば夢のような話だろうな。
ありがたやありがたや。

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