(「上」の続き)
ところで留学日記ですが、結局私は書くことなく、大学へ提出できずに終わってしまいました。私の若年客気を知る周囲から随分からかわれたものですが、これは仕方がなかったのです。正確にいえば、ありのままに書いたことは書いたのですが、それはとても大学に提出できる代物ではありませんでした。
1989年の天安門事件で退避勧告が外務省から出され、夏休み期間に一回帰国させられたのですが、その際大学に顔を出してみると、教務課の掲示板に北京へ留学した女子学生の留学日記の一部が「重要」という朱印を押されて貼り出されていました。読んでみると民主化デモの勢いで大学構内でも騒ぐ中国人学生たちを宿舎から眺めていた、という目撃談なのですが、それが「重要」扱いされているのを見て、ああこりゃいかんと私は思ったのです。
だってそうでしょう。業務提携の関係もあって、民主化運動が生起した当初から「デモ参加は不可」という通達めいたものが日本の大学から届いていたのに、私はといえば、授業をサボって市内の大手大学を回って四五運動(1976年の第一次天安門事件)記念日への反応を探ったり、偶然とはいえ初の組織的デモを決議した学生集会に居合わせてしまったり、当然デモに参加したり、朱鎔基の勤務する市政府前で座り込むハンスト学生たちに話を聞いたり(笑)。
まだあります。江沢民の家まで押し掛けて門前で「江沢民出て来い」とシュプレヒコールを叫んだり、その帰路に私服警官(ではなくたぶん国家安全部系統)に尾行されて危うく捕まりそうになったり、天安門事件後に上海で開催された追悼集会をのぞいたり、無政府状態下の繁華街で「軍隊だぁっ」という虚報に大パニックが発生したのに出くわしたり……。そういえば民主化運動を「動乱」と決めつけた『人民日報』の「四・二六社説」が大学の職員室にちゃんと貼られているのに感心しつつそれを隠し撮りしたりもしました(笑)。在東京の反中共・民主化運動筋が間接的な電話連絡で色々な情報を伝えてくれたりもしましたねえ。
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「デモ参加は不可」だけでなく、天安門事件後は「外出は極力控えるように」との厳命もありました。それら一切合切を無視した内容の留学日記(しかもNG写真満載w)を提出なんかしたら後難が恐ろしくて恐ろしくて(笑)。真面目な話、それによって学内で恩師の立場が悪くなることも考慮しました。
9月からの後半戦でも内陸部を回って古戦場(天安門事件が飛び火して焼き打ちされた商店街など)巡りをしたり、政治的に際どいことをやったりしていました。民主化運動でリーダー格だった学生たちが好んで訪ねてきては私の部屋で普段口に出せないことを話してくれたのもいい思い出です。私などは早くから大学当局にマークされていましたから、連中はいつも他の留学生への中国語個人教授(アルバイト)、との名目で留学生宿舎に入り、私と話し込んでいきました。
私自身はマークされていてもそこは顔が利く大学ですからどこ吹く風。もちろん説教されたりすることもありません。それをいいことにやりたい放題でしたが、さすがにその一部始終を綴った文章を母校に提出することはできませんでした。
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思いがけない展開になって歴史的事件に遭遇してしまったため、本来据えていたテーマもどこかに吹っ飛んでしまい、不本意な結果に終わりました。後半戦には多少は取り組めたのですが、郊外の様子を観に泊まり掛けで行ってみたら日本政府か何かの調査員と間違えられて、宿泊していたホテルで1日に10回近く「査房」(抜き打ちの室内検査、というか捜査)されたこともありました。
内陸を回った当時は活動家の落ち武者狩りが厳しかったころで、行く先々でそれがあったので慣れてはいたのですが、回数が回数だけにそのときはさすがに腹が立って、机の引き出しの裏側に赤ペンで「毛主席万歳!」と大書してから何食わぬ顔でチェックアウトしました。ルーマニアの社会主義政権が崩壊してチャウシェスク大統領夫妻が銃殺されたというニュースを短波放送のVOA(美国之音)やNHKのニュースで耳にした頃のことです。
ま、昔の話です。私が在籍していた学科(日本の大学)の凋落著しいことを風の便りに聞いたりするにつけ、私の綴った留学日記、いまも手元にあるのですが、あのときこれを大学に提出しておいた方が多少のカンフル剤になって学科の発展に寄与したかも知れないなあ、と考えてみたりもします。
……んなわきゃーない。冗談です。そんな大層なものではありませんし、それに当時は万一の祟り(処分)が怖くてとてもそんな勇気はありませんでした。私服に尾行される方がまだマシです。……いやあれもスリル満点なのでもう勘弁ですけど(笑)。
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【関連記事】
「昔話その1」(2004/10/29)
「昔話その2」(2004/10/29)
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上海のデパートでファミコンのパチもんで「勝天」だったかの名前で売ってたファミコンを人民元の分厚い束で買ってた人を薄っすら覚えてますが・・・
今になってよく考えると行ったのが天安門事件の直前だったんだなぁとw
中国語なぞまったく話せなかったので現地の方とは筆談か片言英語だったので突っ込んだ話ができなかったんですけどね。
ハルピンでは関西外国語大学で中国語を専攻してると言う一人旅をしてる女性に会いました。今騒がれてるような反日的な雰囲気は感じられなかったなぁ。かなり楽しい旅だったのに・・・今の中国は旅をするような気に毛頭なれないですね(^^;;
何かあのときの中国ってすごくエネルギーを感じませんでしたか?
文革などの政治の嵐から解放されて、これからは自由に生きるんだという空気が感じられました。
中国人貧乏だったけど、みんなロン毛にパーマをかけたりして、自由を謳歌しているという雰囲気や力が感じられたんです。
それを戦車で踏みにじったのがあの天安門事件でしたね。今の中国って確かにお金持っている人は持っているけど、89年のパワーは感じられないような気がします。
食事をしたり、英語で世間話をした事は有ります。でも、多分接待だったのでしょう、今から思うと(US では何人も良い漢人・台湾人と会うこと出来ましたけど)。
私は中国語も話せませんし、その時代に戻る事も出来ませんが、御家人さんが共感を持っていたその時代、何となく判った様な気がします。とっても良い文を読むことが出来て良かったです。有難う御座いました。
でも、そのような旧き良き時代は恐らくもう二度と戻りはしないという事も、私は直感的に感じています。
中国は目隠しをしたまま何処へ走っていくのか、何処でどう破裂するのか、誰しもが不安になりますね。
muranekoさんと同じく、素敵なエントリーを読ませていただきを有難うございます。
コメントを書かれる皆様の書き込みも大変勉強になります。有難うございます。
投票率の低下が嘆かれるような、民主主義が当たり前に存在する日本に生まれて良かったという思いと、
権利はきっちり行使しなくては!と改めて思いました。
香港のデモは大盛況だったようですね。
http://www.asahi.com/international/update/1204/005.html
エネルギー感じましたね~。
何よりも健康的だったような気がする。
今の中国は発展こそすれ不健全な方向へ走ってる気が・・・。
天安門が分岐点だったんですね。
私もちょうどそのころ中国にいたのですが
おっしゃるとおり今よりも全然エネルギッシュだったと思います。
活気があってみんなキラキラしてるイメージだったなー。
当時はホントに「ああ、これからは中国なんだ」って
素直に思ったものです。
<経団連会長>首相の靖国参拝擁護 「あの場面では最良」
トヨタは中国から逃げ出す算段がついたようですね。
www.peacehall.com/news/gb/intl/2005/12/200512051829.shtml
私が中国を意識し始めたのが天安門以降なので、ちょっと羨ましいです・・・。
トヨタ:広州でカムリ搭載のAZエンジン生産開始
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2005&d=1122&f=enterprise_1122_001.shtml
現状で中国の生産工場に依存していません。むしろこれから一部車種で現地生産を開始する。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2005&d=1121&f=enterprise_1121_002.shtml
年内に吉林省・長春(ちょうしゅん)市で現地生産される予定のハイブリッド車「プリウス」、今年から中国で生産を始めた「クラウン(中国語名:皇冠)」及び「レイツ(鋭志)」
カローラ(花冠)などは天津トヨタ汽車(
天津市)で現地生産。トヨタは組み立てを販売現地の工場で行うビジネスモデルを北米、欧州でも行っている。中国で生産して北米、欧州に輸出するという(大損こいて撤退した某ドイツ企業のような)ことはしていない。
>むしろこれから一部車種で現地生産を開始する。
流石に巨人トヨタも一枚岩ではないのかも・・・。
それとも、もうくれてやっても良い生産ラインなのか
現地スタッフがゴネたので生け贄として…とか。
まぁ個人的憶測に過ぎませんけど。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051025-00000003-san-bus_all
『トヨタは北米のほか、中国を中心にアジアでの現地生産が拡大し、前年同期比で20・8%増の百八十二万四千九百五十七台となった。』
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