カッパのロードスター

幌を開ければFeelin`good。カッパーレッドの
路渡☆くんとの楽しいドライブ日誌。

難解な名刹・石手寺探訪。

2015-10-11 21:08:16 | しゃじ
四国霊場第51番札所 熊野山 虚空蔵院 石手寺。名刹?迷刹かも・・・

道後温泉の温泉街から近いため、遍路の他にも、観光客で賑わうことが
多く、2009年3月、ミシュランガイド(観光地)日本編において
1つ星に選定されたお寺でもあります。

縁起によると、728年に伊予の豪族、越智玉純(おちのたまずみ)が
二十五菩薩の降臨を夢で見て、この地を霊地と悟り熊野十二社権現を
祀ったのが始まり。それを機に聖武天皇の勅願所となり、翌年に行基が
薬師如来像を彫造し本尊に祀って開基し、法相宗の「安養寺」と称した。
のち813年、弘法大師・空海が訪れ、真言宗に改めたとされる。
「石手寺」になったのは892年。最盛期には七堂伽藍六十六坊を数える
大寺院であったとされるが、戦国時代の兵火にあい衰退した。

と、ここまで読むと、古い歴史を持つ立派な名刹なんですが・・・
私が訪ねた理由は、ここが稀に見る珍スポットだと聞いたもので。(^_^ゞ


〈洗い石・別名:渡らずの橋〉
門前にある石橋で弘法大師、お道開きの橋だが、裏に経文が刻まれて
おり、この橋を歩くと足が腐るという。ま、今は歩きたくても上に
コンクリートの橋が被さって、歩けそうに無い。

それより「わらいや」の看板が、何か暗示しているようで・・・



龍神に乗る観音様? 右のは天女?自由の女神風かな。
参道に入る手前でもうこの調子・・・

〈弘法大師像〉ま、まともかな。それにしても像が多い。


何故かガラスケースに、仏陀の像?。ヒンズー風。



なにやら高い櫓が・・・中に木彫りの像が、まるでトーテンポール。
「天照皇大神」と書かれているが、とてもそうは見えない。(^_^ゞ

他にも色々あったが、見て見ぬ振りスルーして参道に入りましょう。



屋根付の参道、まるでアーケード街?左右にはお店がありました。



地蔵院など塔頭らしきお寺も。

ジャァーン!二王門、国宝です。立派な門なんですが・・・


〈二王門〉国宝
ここは仁王じゃなく二王と表記するらしい。

大わらじも飾られています。何故かこの日は通り抜けできず。
門は閉まっていました。
周りには骨董品店かとも思える置物が支離滅裂に?置かれていました。



看板多し、主張するのは良いが、国宝の門が・・・w
中の二王像は運慶派の作らしい。確かめられなかったけれど。



門は閉まっていても、このお寺、何処からでも出入り自由。
ある意味、開かれた寺院。それにしても置物には統一感無し。



パワースポットが幾つもあるらしい。七不思議ってのも・・・
と言うか、不思議と感じるものは無数にあった気がする。




門の横から境内に入ると、いかにも名刹という感じ。
ほとんどの建物が重要文化財に指定されている。

振り返って観た二王門、鎌倉時代に建てられたもので、戦火も逃れた
重厚で、いかにも国宝にふさわしい建造物の気がする。



ん~ッ、置かれているものをいちいち考察していたら
頭がもたない、見てみぬようスルーします。




立派な三重塔、その先に見えるのは巨大な弘法大師像。
この裏山にそびえ立つ大師像は「日中友好弘法大師」だそうで
日中友好戦争反省平和を祈念して建てられたとのことです。

昨日、クルマで走っていて「なんやろ、あれ」って写真を撮ったのは
これだったのね・・・(^_^ゞ


〈鐘楼〉
ここの鐘は参拝者が自由に撞けます。「仕合わせの鐘」だそうで。
奪い合いではなく与え合う仕合わせの鐘、パワースポットその1。


何か古い写真が大事そうに貼ってありました。

お寺にもいろいろ事情があるようで・・・


〈線香供養所?・札所〉
丸ぁるい石が気になります。実はあちこちに幾つも。



何か分からないけれど、一応触っておきましょう・・・







晴れ晴れとするようなお天気でしたが、すでに首を傾げる事多々。
きっと肩こりにはご利益あるかもです。


〈手前が三重塔、奥が鐘楼〉
どちらも重要文化財です。周りが賑やかなので厳かな感じはしないけど。


〈三重塔〉重文
名刹にふさわしい均整のとれた塔。これも戦火を逃れた鎌倉時代の作。



ここの住職さん、京都大学の出身だそうで、学生時代の癖かな?
京大のキャンパスにもこんな立て看板をよく見た気がするけど・・・
石灯籠は、よくある善導寺型灯籠。ハート形がかわいい♪
茶道具とハートに見える猪目(いのめ)紋で構成されていますね。



〈鐘楼〉重文
こちらの鐘は誰でも撞ける「仕合わせの鐘」とは違い、住職が撞きます。




万灯会に使われたものかな?何かメッセージが浮かび上がるようですが。
数々の立て看板といい、やはり気になりますよね。
『公式ホームページ』はこんな具合です。

今の住職は、世襲で継がれた第43代目加藤俊生住職ですが、京都大学
仏教学専攻卒業し2004年から住職となられています。
タイ南部の孤児支援、ミャンマー人の学校援助など海外救援ボランティア
活動に尽力。
2013年、地元・愛媛の南海放送より南海放送賞特別賞を受賞。
東日本大震災における被災地救援のほか、ホームレスや自殺願望がある
人などを石手寺で預かり、自立や就職支援も行ってきたことが
受賞の理由だそうで。様々な活動経歴があるようです。
ちなみに国宝二王門が閉じられていたのも、安保法抗議のためだった
とのことです。

〈大師像〉

おそらく〈賓頭盧尊者像〉と思われる。

門前、境内に弘法大師の像はいったい何体置かれているんだろ・・・?
金網の中に閉じ込められて?いるのは賓頭盧尊者様かな?
これって撫で仏、撫でた箇所が良くなるという・・・撫で難そうです。



〈本堂〉重文
本堂前には巨大な密教法具?五鈷杵の形をしたオブジェが、で~んと。
本堂の右横に大師堂・絵馬堂、その奥に熊野十二社権現があります。
子授け・安産の神様を祀る訶梨帝母天堂(かりておいもてんどう)も
重要文化財です。ここの石を持ち帰って祈り、無事に出産した時に
持ち帰った石と新しい石を持参してお礼参りする風習があるそうです。

〈阿弥陀堂?〉


熱心に祈られている老婦人、ここって安産祈願・・・じゃないですよね。
ボケ防止にご利益があるとか、私も祈っておけば良かったかな。(^_^ゞ

境内だけでもまだまだ見どころがあるのですが、すでに疲れ気味。
このあと待ち受けるもっとディープな世界を思うと、もちそうにない。
ここらで切り上げて先へ進む事にしました。



2015.9/22、石手寺(いしてじ)にて。


6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ピィ)
2015-10-11 21:37:07
越智は愛媛由来の名字と認識していましたが、やはりそういう豪族がいたんですね。
世襲で43代はすごい。
1代30年としたら約1300年だから、計算が合いますね。
返信する
Unknown (アネッティワールド)
2015-10-12 12:36:42
ずいぶん昔石手寺行きましたが
あまり覚えていません。
焼失しなければこんなに古い建物が
現存するんですね。

住職さんの人道支援も立派ですね。

京大生らしい看板ですね。

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Unknown (7駆)
2015-10-12 18:00:33
仁王門じゃなく二王門ね。
普通に通った記憶があったのですが、
なるほどそういう理由ですか。

それと中国からの参拝者(観光客?)が多かったのですが、
おかげさまで謎が解けました。
日中友好弘法大師像があったのかー

一発目の「わらいや」の看板・・・
当然スルーしました
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こんばんは、ありがとうございます。 (路渡カッパ)
2015-10-12 20:17:07
風邪をひいてしまったようです・・・熱は出てませんが
頭痛、吐き気、悪寒、一日中寝ていたので腰が痛いです。(^_^ゞ
季節の変わり目、みなさまも体調にお気をつけ下さい。

☆ピィさん、ありがとうございます。
名字でその地域が特定できる。相当な一族ですね。

☆アネッティワールドさん、ありがとうございます。
いつからこんなカオス状態のお寺になったものやら
今の住職さんが跡を継がれて、珍スポットになった模様です。

☆7駆さん、ありがとうございます。
まだ少しはフツーだったのかな?この先へ行かれましたか?
このお寺、八十八巡りでは特別な珍スポットとして取り上げられてるようです。
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すごいですね (京男)
2015-10-12 23:02:02
こんばんは。
なかなかすごい寺ですね。
住職が面白いそう。
実際に活動しているお寺かも。
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☆京男さん、こんにちは。 (路渡カッパ)
2015-10-13 14:13:19
住職の思い入れが激しいお寺なんでしょうね。
観光だけで済ませるのが嫌なのかもね。
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