泰西古典絵画紀行

オランダ絵画・古地図・天文学史の記事,旅行記等を紹介します.
無断で記事を転載される方がありますが,必ずご一報下さい.

備忘録 秋注目の古典絵画を含む展覧会・書評など

2010-08-29 22:08:47 | 古典絵画関連の美術展メモ
【展覧会】
東京富士美術館 「ポーランドの至宝 レンブラントと珠玉の王室コレクション」
2010年8月29日(日)~9月26日(日)
 ワルシャワ王宮と旧都クラクフの王宮ヴァヴェル城に伝わる絵画、工芸、彫刻などをはじめ、両都の2つの国立美術館のコレクションより、19世紀のポーランド絵画をご覧いただけます。
また、ワルシャワ王宮所蔵,日本初公開の「レンブラントのモナリザ」と呼ばれる名画《額縁の中の少女 油彩・板 105.5×76.3cm 1641年》と《机の前の学者 1641年》,コペルニクス、ショパン、キュリー夫人に関連する作品・資料も展示される.これらについては文献確認が必要.
 このほか,オランダ・フランドル絵画では≪ヴワディスワフ・ジグムント・ヴァーサ王子の美術陳列室 板 72.2×104cm 1626年≫≪ヴィオラ・ダ・ガンバを持つ若者 ヤン・フェルコリエ 油彩・画布 51.5×41cm 17世紀後期≫が掲載されている.
・講演会はないが名曲コンサートが9月3・10・17・24日(金)に開催されるそうです.

損保ジャパン東郷青児美術館 「ウフィツィ美術館自画像コレクション-巨匠たちの「秘めた素顔」1664-2010-」
2010年9月11日(土)~11月14日(日)
 ベルニーニ、マリー・アントワネットの肖像画家ル・ブラン、輝くような美女を描いたアングルからシャガール、未来派まで、近代ヨーロッパ最古の美術館ならではの伝統と革新性をあわせもつラインナップで約60名の素顔を一堂に展示。1664年に「自画像コレクション」を創始したレオポルド・デ・メディチは、自画像が芸術家のスタイル・芸術館・世界観・自意識などのすべてを内包していると考え,その後現在までコレクションは1,700点以上に成長し「美術家の殿堂」として、各国の目をフィレンツェに向けさせる文化戦略の象徴となった.レンブラントの1655年頃の《自画像》が展示されるらしい.
 ちなみに1992年に刊行されたK.Langedijk著"Die Selbstbildnisse der Hollaendischen und Flaemischen Kuenstler in den Uffizien"を所蔵しているが,この中の作品が来ていることを期待する.

・講演会「巨匠たちの素顔」9月11日(土) 午後2時からイタリア文化会館にて.
・ギャラリートークは9月17日(金)午後6時・25日(土)午後1時30分の二回

国立西洋美術館 「アルブレヒト・デューラー版画・素描展 宗教/肖像/自然」
2010年10月26日(火)~2011年1月16日(日)
 メルボルン国立ヴィクトリア美術館からの105点を中心に、国立西洋美術館の版画49点、さらにベルリン国立版画素描館からの3点の素描を加えた計157点を展示。
講演会 一部省略
2010年10月26日(火)13:00~14:30「ヴィクトリア美術館のデューラー・コレクションについて」
キャシー・レイ(メルボルン国立ヴィクトリア美術館版画素描室長)
2010年11月28日(日)14:00~15:30「デューラーの版画芸術―様式的展開」
越宏一(東京藝術大学名誉教授)
2010年12月12日(日)14:00~15:30「デューラーの遍歴時代」
青山愛香(獨協大学准教授)
2011年1月9日(日)14:00~15:30「デューラーにおける名声のメカニズム」
秋山聰(東京大学准教授)

(海外) 「若きフェルメール展」 3 Sept-28 Nov 2010
ドレスデン国立古典絵画館 マウリッツハイスとスコットランド国立美術館との共同企画で
Diana and her Companions (ca. 1653-1654)
Christ in the House of Mary and Martha (ca. 1654-1655)
The Procuress (1656)を初めて一同に展示
完全に修復されたこれらの作品を比較することによって,当時のオランダとイタリアの画家(Jacob Jordaens, Dirck van Baburen, Peter Paul Rubens, Leonaert Bramer, Giovanni Biliverti and Hendrick ter Brugghenらの作品も合わせて展示)の作品から何を学び,何を独創したかを明らかにする.


【出版物】
・「美しき姫君  発見されたダ・ヴィンチの真作」マーティン・ケンプ パスカル・コット著 草思社

 日本人のレオナルド好きが有名なのか今年英国で刊行されたレオナルド研究の新刊単行本の速やかな邦訳で,芸術新潮の今月号にも紹介記事があったが,7月半ばに購入していた.帯には「それは本物だった。 ダ・ヴィンチの埋もれた傑作はいかにして『発見』されたか?その作品に秘められた麗しくも悲しい物語とは?」とある.現代の科学的調査研究方法を駆使した詳細な説明は,これでもかといわんばかりの説得力を持ってその真筆性を証明しているようだ.多くのレオナルド研究者の方がどう読まれたのか,どう考えられているのか,ぜひ伺ってみたいものである.アマゾンのなか見!検索で目次が閲覧出来る.
 ちなみに,本作品が出品された1998年1月のNY・クリスティーズのセール・カタログは小生は幸か不幸か見ていなかった.

・アートコレクター10月号では,現代日本の写実派について「美しきかなリアリズム絵画」と銘打って特集を組んでおり,開館予定のホキ美術館も登場している.アトリエでお会いしたこともあるのだが,かねてから佳作が欲しいと思っているI先生も大々的に紹介されている.当然であろう.
 当館にも代表作の一つを所蔵させていただいている古吉弘先生のマスターピースの大作「Julien」が,6月22日Christie's London, South Kensington のInteriorsセールで評価額£5-7,000 を大幅に上回る£39,650(手数料込み)で落札されたことが掲載されていた.以下は同セールのロット説明文である.
 Born in Hiroshima in 1959, Hiroshi Furuyoshi's ultra realistic paintings have won him international awards and brought him global acclaim. In 2005 he won first prize in the Figurative Category at the International ARC Salon Competition and eclipsed this achievement at the 2009 ARC Salon when he won the prestigious Best in Show award for Julien. Arguably the pinnacle of his career to date, Julien captivates the viewer, drawing them back time and again.

*****閑話休題

 ポプラ社の少年探偵シリーズに続き,怪盗ルパンシリーズが文庫で復刻されています.
子供のころに読んだ懐かしいフレーズがよみがえります.
 ところで,宮崎アニメのルパン三世・カリオストロの城は今回通読したシリーズ中では,「緑の目の少女」の湖に沈んだ古代の遺跡のモチーフと「魔女とルパン」のクラリスといった登場人物名などから,オリジナルのストリーを構築されているようですね.
 後者の原作は原題どおり「カリオストロ伯爵夫人」として創元推理文庫やハヤカワ・ミステリ文庫にも翻訳されていますが,どうも南洋一郎氏の語り口のうまさが子供心に強い印象を残したのかもしれません.

「ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル版画の世界」展

2010-08-22 23:58:00 | 古典絵画関連の美術展メモ
 土曜の夕方,相変わらず人疲れする渋谷の町を抜けて行ってきました.会期終了間近のためか,夜8時でも作品の前は比較的混雑していました.ただしこれは,七つの罪源・七つの徳目について解説つきのリーフレットが用意されており,一人一人が楽しみながら時間をかけて見てらっしゃったので時間がかかっていたのかもしれません.

 七つの美徳・徳目・・・信仰・希望・博愛・正義・賢明・剛毅・節制
 七つの大罪・罪源・・・貪欲(ヒキガエル)・傲慢(孔雀・枕)・激怒(熊)・怠惰(ロバ)・大食(豚)・嫉妬(七面鳥)・邪淫(猿・ヒキガエル)  ()内はその象徴となる動物やアトリビュートとのこと

 展覧会の内容は公式HPに構成とみどころが掲載されています.森先生によれば,ブリューゲル版画は不特定多数の購買層のために制作されヨーロッパ中の評判となり、まさに16世紀の版画芸術の頂点であった.彼の様式を継承する画家たち(ブリューゲリアーンス)が主題、様式、図像をどう展開させたか、ブリューゲルと比較する楽しみのある展覧会とのことです.みどころによれば,ベルギー王立図書館所蔵の非常に保存状態の良い70点以上のブリューゲル全版画が一堂に会し,16世紀ヨーロッパの民衆生活・文化の"ルーツ"や当時の道徳観をリアルに体現し,人間と昆虫・爬虫類・魚・獣・日常道具などを自由に合成した奇妙な怪物が大集合しアニメーションの原点を髣髴させ,当時の一流の彫師たちの手で原画とは異なる強いインパクトをもって緻密な職人技を堪能できる(鏡必携!?)とあります.
 これを私見でまとめなおすと,P・ブリューゲルと版元H・コックの紹介,世界風景画への寄与,田園風景から農民の日常生活への着目,旧教の教義・諺・教訓と風刺,これらを豊かな想像力で奇怪な化け物を具象化させて表現し,最後にブリューゲル追随者の四季・月暦像で締めくくり,間に武装帆船の海景を挿入して構成されていました.
 日本では72年,89年に次ぐ3回目のブリューゲル版画展だそうで,約80点のブリューゲルの素描に基づく版画が,彼の追随者の版画など70点と合わせて展示されています.ブリューゲルの版画の総数はよくわかりませんが,彼の準備した下絵素描は約80点で,そこから数百点の版画が作られたとのことです.全版画というのが妥当かどうかはわかりませんが.

 ブリューゲルの時代,版画の製作は一般的に共同作業化しており,画家が下絵素描を描き(invenit),彫り師が版を彫り(fecit),版元が印刷し発行する(execudit)ので,それぞれの役割が作品にかかわってくるわけです.

 私は版画コレクターとしては初心者のため勘違いがあるかもしれませんが,これだけの数の版画を見ると,得るところは大いにありました.

・摺りの良し悪し
 インプレッションの良い作品はインクがビロードのように濃く盛り上がっているが黒つぶれしておらず,コントラストが高い.これだけのコレクションでも非常に摺りの良い作品は必ずしも多くはないようだ

・エングレーヴィング(彫刻銅版画Eg)とエッチング(腐食銅版画Et)の違い
 Egの線はタッチが力強く均等な太線の端が滑らかに先細る(下図の).Etよりも磨耗しにくいので版数が多く得られ,Etの描線は腐食によるためやや繊細で不規則(下図の)でEgほどの技巧は要しないらしく,Eg彫り師のほうが高く評価されたという.(彫線の脇に出来るバー〔捲れのギザギサに残るインクのにじみ〕はドライポイントの特徴だが,エングレーヴィングでもスクレイパーをかけないと残る.その場合は初期の摺りのみにこの効果が残るが,それを意図しているような仕上げは明らかではなかった)
 ちなみに良い摺りは,レンブラント作品でもドライポイント技法を用いたものでは20-30枚,エッチングで100枚程度で,ブリューゲル時代に主流だったエングレーヴィングでは200枚程度,ただし潰れるまで摺れば2000~3000枚と言われています.

・彫り師による表現の差
 ファン・ドゥーテクム兄弟はエングレーヴィングに似せてエッチングの線を表現する技法を体得したというが,たしかに両者併用の区別はややつき難く基本はエッチングで手間を省き仕上げ効果を考えながらエングレーヴィングを用いたようで,画面のコントラストは高いもののやや類型的な印象を受ける(「大風景画シリーズ」など).

荒野の聖ヒエロニムス エッチング・エングレーヴィング 1555/6年頃

同・右下の拡大 エングレーヴィングとエッチングの線の違い

P・ファン・デル・ヘイデンの作風はより単純化されたエングレーヴィングで技法的にはやや魅力に乏しい(「七つの罪源シリーズ」など下記参照)
P・ハレは密度を変えた網掛けの重なりで暗部を巧みに表現し,羊毛の質感などはメゾチントを髣髴させる点描風の仕上げが秀逸(No.28・31・32・34など)ただし人の顔は下手?


賢い乙女と愚かな乙女の寓話 エングレーヴィング 1560/3年頃

善き羊飼いの寓話・中央部分の拡大 エングレーヴィング 1565年頃

 ブリューゲル自身による1560年のエッチング作品「野うさぎ狩りのある風景」はこの展覧会についての多くのブログで紹介されていますが,解説によれば「ニードルのまばらなタッチによって・・・陰影の変化に富む階調と質感を作り出している。震えるような光の表現で群葉のボリュームを描くやり方は、ヴァン・ドゥーテクム兄弟の・・・より規則的で繰り返しとは際立って対照的である」とのことです.私見では線が洗練されておらず不必要な荒さが残っていると感じます.その意味で完成度が低く,彼自身による版画製作が定着しなかった所以ではないかとかんぐられます.

野うさぎ狩りのある風景 P・ブリューゲル エッチング 223x291mm 1560年
 
 カタログのデナーヌ論文にあるように,ヒエロニムス・コック(1518-1570)がブリューゲルに版画の下絵製作を依頼し,1555年の「大風景画」シリーズに始まり,翌年には「七つの大罪」シリーズなどで自国出身のボスの芸術の怪異的要素を取り入れるよう指示し,15年以上協力関係が続いたといわれることも考え合わせると,ブリューゲル芸術に占めるコックの果たした役割は大きいと思われます.コック自身もエッチング・エングレーヴィングを残していますが,その特徴としてはエングレーヴィングの割合が少ないためファン・ドゥーテクム兄弟よりも全体が軽い印象で,やや不連続で細めの線の効果,すなわちエッチングによる細部描写を好んでいたようです.

キリストの誘惑のある風景 エッチング・エングレーヴィング 1554年頃

同・右下拡大 当館にも1点だけ彼の「アブラハムの燔祭のある風景」という1551年のエッチング245x365mm(Hollstein 1)がありますが,これはブリューゲルに下絵を依頼する以前の作品です.

下絵素描が2点展示されている!
 希少性=価値の点からも,ブリューゲル芸術を知るという意味でも(彫り師の手を通すことで如何に変化しているか)この素描の存在は,展覧会においてきわめて重要であるにもかかわらず,見た限りで下絵素描の存在について触れられていたブログはJuneさんのブログだけでした.というか,それを見ていたので素描を楽しみにしていたのですが,慧眼に感服です.
 これらの素描の来歴はわかりませんが,質的にもブリューゲルで間違いないのだろうと思いますし,どのあたりが銅版で翻案されているかは興味深いところです.


邪淫・素描 225x296mm 1557年

同・ファン・デル・ヘイデンによるエングレーヴィング 225x295mm 1558年頃

同・中央部 素描の拡大      同部・版画の左右反転像
 素描のほうでは右中央の怪物に乗った姦通男に司教帽がかぶせられていますが,版画ではそれが変更されています.これはコックがカトリックの検閲を恐れたためだそうです.


正義・素描 224x295mm 1559年

同・ハレに帰属されるエングレーヴィング 22x287mm 1559年頃

同・右下部 素描の拡大      同部・版画の左右反転像

 これらを見るとブリューゲルがいかに緻密に人々の表情を描き分けたかがわかります.それに対して,彫師も懸命に応えますが,芸術性には大きな隔たりがありますね.

 そのほか,ブリューゲルの追随者としてハンス・ボルが紹介されていますが,当館にも彼の水彩典型作の小品があります「メルクリウスとアルゴスのいる風景」.マールテン・デ・フォスはP・ブリューゲルとほぼ同時代のフランドルのマニエリストですがより長命で,西美に油彩の大作があります.J・ウィーリックスは先日素描を買い損なった高名な銅版画家,L・フォルステルマンは先日購入したルーベンス工房の素描の帰属作家,H・フレデマン・デ・フリースは,以前紹介した建築画の歴史に登場しその際に紹介した1604年出版の"Perspective"「遠近画法」という画集の1枚目(No.3)が今回出品されていました.世の中は狭いですね.

 カタログは英文付の愛蔵版を買ってしまいましたが,本編には森先生の二論文(油彩画との関連,「節制」の図像学解釈について)と保井先生の小論文も掲載されており,愛好家必読の書でしょう.

P.S.
①会場にはディスプレイに「大きな魚は小さな魚を食う」(No.88)をアニメーションに仕立てた作品が放映されていました.傑作です! ぜひ他の作品もアニメ化して見せて欲しいですね.
②今回の展示で唯一18世紀に製作された版画がありましたが,どれかわかりましたか?
③ブリューゲルは尻フェチか??
④思ったよりも照度が高く設定された展示空間で,作品には申し訳ないくらいでした.

「栄光のオランダ絵画展」 ホテルオークラ・アートコレクション展

2009-08-14 16:54:17 | 古典絵画関連の美術展メモ
 ホテルオークラ東京のホールで毎年この時期に催される「秘蔵の名品 アートコレクション展」は過去数回訪れました.学術ではいつも井出洋一郎先生が中心となってらっしゃったようですが,今回監修は立入先生に譲られ顧問になられたようです.さて今年は15回目で「日蘭通商400周年記念 栄光のオランダ絵画展」と題して8/4-8/30まで開催されています.このタイトルからは17世紀オランダ絵画展を想像するのですが,今回は同時代から現代物までを手広く展示しています.

 先日,17世紀オランダ絵画の権威で本展覧会の監修者でもある東京藝術大学大学美術館のassistant professor熊澤 弘 先生の「セミナー&ギャラリートーク」を拝聴させていただきました.ホテルオークラのティー&ケーキ付で,入場券に図録パンフと出来のいい絵葉書5枚のセットがついて3000円は主催者のチャリティ精神の表れでしょうか,ありがとうございました.この企画は8/25にあと一回催されるので,参加ご希望の方は早めにお電話で申し込まれたほうがいいでしょう.

 熊沢先生のレクチャーは,17世紀オランダ絵画の多様性や同時代のヨーロッパ美術における位置づけ,絵画が権力の象徴から市民の愛好の対象に変遷していく過程,さらに,18世紀以降のオランダ絵画の流れについてゴッホを経て現代まで,最近開かれた展覧会の話も含めて,1時間ほどでまとめられたわかりやすいものでした.
 この展覧会の企画は約1年前から計画されていたそうで,特別協力として名前の上がっているオランダの保険会社INGグループが展覧会の趣旨チャリティを汲み取って惜しみなく協力してくれたとのことで,フィリップスなどとともに同社はアムステルダム国立美術館の大スポンサーであることから,同館から今回の展覧会の核となるレンブラント工房作「聖家族」とレンブラントの銅版画7点などを拝借することが出来た,よく貸してくれたものだと思うとのことでした.また,同社はメセナとして現代に至る具象画の膨大なコレクションを有しており,オランダ銀行と同国外務省から各十点ほどの提供と併せて,今回の展示の大半を占める作品を貸し出されているそうです.これに日本側がゴッホについて国内の所蔵先に依頼されて吉野石膏コレクションや東京富士美術館などから,パリに移るまでの1884-6年にかけての作品4点を借用されたとのことでした.
 ギャラリートークでは,まず19世紀絵画として,ゴッホの展示があり,吉野石膏の「雪原で薪を集める人びと」は山形美術館寄託作品で先日の都美の「日本の美術館名品展」にも出品されていましたが,ミレーの作品に着想を得た人物像は宗教的色彩が強いらしく,これに対して「静物,白い壷の花」の色彩の変化はキャプションによればモンティセリの影響が現れ始めているようで,本邦初公開だそうです.
 19世紀オランダ絵画は11点の展示があり,17世紀の残照としての写実性とドイツ・ロマン派の馥郁さがブレンドされていたりする作品もあるのですが,とくに風景画については,写実表現の中にバルビゾン派の「絵画における宗教性」の影響を受けた「ハーグ派」と呼ばれる画家のグループが現れ,その創始者の一人メスダッハ(メスダフ)の典型的な作品「日没の穏やかな海の漁船」という作品が展示されています.熊沢先生によると中央を外した太陽の位置とそれに二分されながらも左にやや大きく船を置いた構図が大変すばらしく,これはオランダ大使館からの作品とのことです.メスダッハの作品はオランダのデン・ハーグにいけば壮大なパノラマ絵画を見ることが出来ます.ハーグ派はゴッホ絵画の宗教性に影響を与えたらしく,このほかヤーコプ・マリスの,バルビゾン派のたとえばミッシェルを思わせるような「河辺の風車」などが展示されていました.熊沢先生のもう一点のお勧めはブレイトネルのアムス移住後の作品「ローキンの眺望」.暗い作品ですが行き交う馬車の動きが一瞬をとらえた写真のようです.

メスダッハ「日没の穏やかな海の漁船」  マルモッタン美術館にある,同時代の第一回印象派展に出品されたモネの「印象 日の出」1872年 を比較として提示されていました.

 20世紀以降の作品については,ハインケスの「静物」(1935年)は,前景の静物の写実性と背景の風景の幻想性がマグリットのような魔術的リアリズムを感じさせるとのことでした.続くケットの「・・・ハインケスの自画像のある静物」は日常的なものを描きながら視点の非日常性によって,仏キュビズムの画家ジョルジュ・ブラックを想起させるとのこと.残念ながら重要なモンドリアンは展示されていません.
 オランダ人画家による1951年の油彩画「Red trilogy」は北野武氏の顔を巨大に描いていますが(INGのサイトでみられます),一時サブタイトルを「レンブラントからタケシまで」としようかという話まであった?とのことで,右頬に縦書きで書かれている日本語らしきものは一部は判読できるが結局意味を持つものかどうか調べられなかったとのことでした(作家あてに確認が出来なかったそうです).
 また,同サイトにある一見日本人カップルにみえる写真はオランダ人が日本人に扮装してハウステンボスで撮影したものだとのこと.
  20世紀以降の作品は著作権が残っている可能性があるので図版写真は掲載しません
 部屋を移して,17世紀絵画の展示は,熊澤先生苦心の作で,左奥にケッセルの「ダム広場と市庁舎」,正面にニッケレンの「聖バーフ教会の内部」,右手を仕切ってレンブラントらの銅版画群の奥正面に「聖家族」を展示されていました.とくにレンブラントの銅版画や素描は先生の主要な研究テーマの一つでもあるようで,版画の見方についても熱心にご説明くださいました.
 絵画は11点の展示にとどまり,上記とS・ライスダールの「エマオへの道」を除けば,作品の質やコンディション,研究途上などでまだ問題の残る作品も見受けられましたが,一見の価値は大いにあり,とくに「聖家族」と「キリストの生涯」が隠れたテーマになっているようです.

ケッセル「ダム広場と市庁舎」1668年 97x124cm 板 オランダ銀行
 これはオランダ銀行の総裁室に飾ってある作品で,そのため,オランダ人が最もよく見る機会のある市庁舎の絵だとオランダ側の人が冗談をいっていたそうです.
ダム広場はもとはアムステル川の堰(ダム)があった場所で,アムステルダムの語源であり,市の歴史的な中心地でした.手前の旧河口のダムラックは19世紀に埋め立てられてしまうので,川向こうから描いた作品は珍しいとのこと.
 私見ながら,ケッセルはライスダールの弟子で森や田園の風景などの作品が多いが,アムステルダムの都市景観画をいくつか残しており,本作品はケッセルに関するA・ディビスのモノグラフ(レゾネ)"Jan van Kessel(1641-1680)",1992には掲載されていなかった.これだけの作品が載っていないのはおかしいと調べてみたところ,下図①のダブリン・アイルランド国立美術館所蔵作品の項で,「これよりやや大きく(39x50")1668年に描かれた作品が1794年にアムステルダムで競売にかけられており,1882年の競売以後姿を消した」p.107と記載されていた.まさにこれが当該作品である.①は本作の右寄り,新教会と手前の建物(1808年に取り壊された計量所だろう)の間から市庁舎に寄って描いている.
 本作品自体のコンディションは比較的良いものの,左下の運河に浮かぶ人の乗った船は倒してあるマストを残して消えかけているが,これは過去の洗浄によるものだろうか.
 描かれている人物像はあまりうまくないと思うがアブラハム・ストックという説もあるがJ・リンゲルバッハ風かもしれない.

以下の二点は参考図版です.展示されてはいません

①ケッセル「アムステルダムのダム広場・新市庁舎と新教会」1669年 68x83cm ダブリン・アイルランド国立美術館蔵

②ケッセル「冬のアムステルダム・ハイリゲウェグス市門」77x122cm アムステルダム国立美術館蔵
 ケッセルはこの題材が売れ筋だったようで,4点以上細部を修正しつつ製作している.

ニッケレン「ハールレムの聖バーフ教会の内部」177X136cm 画布 INGコレクション
 この大作は展示に最も苦労されたそうで,消失点のある下から1/5程度が目線の高さにくるのがもともと理想的だが十分な高さまで高く展示することが出来なかった由.ただ,フェルメールの作品でよく話題になるように,消失点から放射状に線を引くために,押しピンをとめた後があるのではないかと調べていたら,本当にピンホールが奥の黒服の男性の頭部より1cmほど右上に確認できたのが収穫だったとのことでした.近づいてみると確かに穴が開いています.
 ニッケレン自身は建築画家としてこのような教会内部を描いていますが,よく名の知れた画家ではありません.

レンブラント派「聖家族」アムステルダム国立美術館
 この作品は2003年の国立西洋美術館「レンブラントとレンブラント派」展で工房作品として展示されており,同展の図録にアムス国立美術館のディビッツ部長の論文に帰属の変遷が詳述されています.要約すると,すでに17世紀半ばから,その明暗の対比の見事さと素朴な家族の親密さを写実的に描いていることから,レンブラントらしい作品として高く評価されていたが,1950年代以降疑義が提起され,ゲルソンもおもにレンブラントの年代的特徴(1630年代の構成上のキアロスクーロと1640年代の乾いた雰囲気)が混在していることから工房作品と推定し,最近のRRPによる検討では,使われている板がオークではなくスペイン産の杉でこれは1630-40年代のレンブラント作品では良く見られること,人物の位置取りの跡と小さな描き直しは模写ではないこと,は確認されたものの,光と影の配置の乱れ(輝度を表す厚塗りインペストを遠い燭台にも使っている・聖アンナの影が大きすぎるなど)や構図の空間的曖昧さ(遠近の二平面的配置・階段の構造の不自然さなど),重要でない対象物も細部にわたって描写していてメリハリのないこと,からレンブラントの真筆ではないが,1640年代に製作されたレンブラントおよびその工房での一連の「聖家族」のグループの一つとして考えられると結論付けられている.
追記  Gersonの1640年代の様式についての記述は赤褐色に支配されたやや生気に乏しい画面という意味かもしれないと思ったが,原文を確認したところ,「描き方は1640年代様式だが1645年の『聖家族』などと比較すると"much dryer"」と述べているだけで,いずれにしてもこれに1630年代の構図が共存しているという主張であった.

S・ライスダール「エマオへの道」1668年 画布 INGコレクション
 私見ながら,サロモンの晩年の作品で筆致は彼のものですが,色遣いは小ヤコブとして知られる息子のヤコブ・サロモンスゾーン・ロイスダールをも連想させ,構図は決まっているが様式的.前景の土手の褐色の部分などのコンディションもあまりいいとはいえません.中央に立っている三人は復活したイエスとまだそれとは気づいていない弟子たちです.



東京富士美術館 常設展②

2009-08-08 20:37:55 | 古典絵画関連の美術展メモ
 
 アムステルダムに居を移したレンブラントの筆頭弟子となったフリンクの代表的な肖像画ないしトローニーのひとつ.このモティーフには数枚のコピーがあるが,この作品は最高のクウォリティでオリジナルと考えられている.たしかカンヴァスを板に張っていた作品ではなかったかと思う.
 子犬を抱いた少女の愛らしさが,その凝視する瞳と微かな微笑で表現されている.頬にさした紅色が目立つのはフリンクの特徴の一つである.
 拡大してみるとハイライトの部分の状態は比較的良いが,顔の左の影の部分には補彩が目立ち髪の部分は下地と絵の具層が薄いためカンヴァスの目地が現れている.頬の紅色の部分も上塗りにより亀裂が隠されている.
 鼻や唇の描き方もフリンク的であり,眼の光点も右が横長,左が縦に白い絵の具が置かれているのはまさにフリンクの筆遣いである.
 飾り物やさらさらっと衣の襞などにも才能を感じるが,衣の部分の顔料はかなり落ちてしまっており,犬の鼻の周囲は不明瞭になってしまっているのは残念である.不思議なことにこれだけの作品に署名や年記が無いが,当館にある1640年の年記のある「シャボン玉を吹く少年」の仕上げに近い部分とレンブラント様式の中間のように思われるので,推定されている1630年代後半は妥当と思われる. 
 レンブラント最後の弟子ヘルデルの傑作「ダビデとナタン」
ヘルデルの作品は厚塗りの下地に問題があるのか亀裂も大きく,顔料落ちが目だってコンディションの悪いものがかなりあるが,残念ながら,たとえばダビデのひげの部分や左目の周りなど,本作もそれに含まれている.
 しかしながら,ダビデのマントの房などにはヘルデルが好んで用いたパレットナイフによるスクラッチ技法が見事に残っているし,なにより全体から受ける強い印象はレンブラントの残照を感じることが出来よう.
 ハルスの作品の展示は日本では唯一だろう.Sliveは真筆と認めているが,Grimmは周辺画家の作としている.小生は浅学にして判断はつかない.1984年頃になされた修復は極めて巧みである
 ホイエンの河口の風景の大作である.画面の下1/4に水平線を低く置いて河岸を端に寄せ淡色調で描くのは1640年代の半ばの特徴で右のボートのへりにある年記も1644年となっている.遠景の建物を照合すればマース河などの河口かどうかわかるかもしれない.この作品のニスは褐色に変色したままなので上の写真は色調を補正してある
 サロモン・ファン・ライスダールの「宿の前での休息」.彼の作品も川の風景が多いが,それ以外としてはこの題材を好んで取り上げている.1645年の製作で隣のホイエンの作品と同時代だが,二重対角線の構図でより色彩に富んでいる.木の葉は筆先を思わせる左上から斜めの短い線をたたきながら描かれているので彼は右利きだったに違いない
対面の壁にはフランス絵画がロココへと続いている


第3室 カナレットの横はゴヤらしい

第6室 現代絵画の冒険:多彩な表現の旗手たち(20世紀)

第5室は19世紀絵画 バルビゾン派の対面は光と色彩の交響曲と題して印象派の展示

第4室はロダンの「青銅時代」一点

第8室は闇に浮かび上がる「皇后ジョゼフィーヌのティアラ」
心霊写真風 

 同館を出て左手に下ってゆくと徒歩15分ほどで村内家具センターにでます.その3階に村内美術館があり,バルビゾン派から印象派を中心にフランス現代物まで展示されていますが,なんといっても見所はミレー・コロー・クールベでしょう.それぞれの重要作をお持ちです.



東京富士美術館 常設展①

2009-08-04 22:00:50 | 古典絵画関連の美術展メモ
 2年ぶりで東京富士美術館を訪問しました.これで4回目となりますが,日本でまとまった数の西洋古典絵画を偏り無く見られるのは,国立西洋美術館以外ではここだけでしょう.その意味で八王子の,あるいは首都圏の人は恵まれていると思うし,宗教・政治は別にしてありがたいと思います.
 前回はまだ改築中でしたが,昨年が25周年で5月に新館が開館し,今年3月から「世界を語る美術館」として西洋絵画コレクション,7月から10月までは日本・東洋美術の名品も常設で展示されています.

正面の外観

ミュージアム・ショップ
 
ロビー
 
カフェ・レストラン セーヌ

手前がココナッツカレー,
奥はチキンの香草焼きサラダ仕立て
 
メニューはこちら 椅子は見かけより重いです
 
2階を上がって左が西洋絵画

 
 第1室はイタリア・ルネサンスから.ギルランダイオは15世紀のフィレンツェで大工房を構えたが,彼の作風には同時代のヴェロッキオやボッティチェリの影響も感じられるようだ.
 
 イタリア・バロックの代表はジェノヴァ派ストロッツィの印象的な「アブドロミノに奪った王冠を返還するアレクサンドロス大王」
 盆を持ってこちらを見つめる右下の子供の表情にストロッツィらしさを感じるが,10歳年上のカラヴァッジョの影響も見て取れよう.彼はこの作品の約15年後の1630年にヴェネチアに移り同派の代表的存在となる
 
 フランス・バロックの代表はラ・トゥール.本作の真筆性については05年西美の回顧展の図録に詳細が書かれている.右上に La Tour の署名,裏に1646の年記があるが,やや硬直な画面はジョルジュと息子のエティエンヌによる共同制作と推定されることが多いようだが,現所在が確認されているものの中では最も質が高い作品
 
 同時代の風景画家といえばクロードの古典主義的「小川のある森の風景」
 
 ヨース・デ・モンペルの風景画は本来は第2室に展示されるべき作品.フランドルの伝統の空気遠近法を用いて遠景が青,中景が緑,近景が褐色に描き分けられている
 
 
第2室は北方のバロック絵画.フランドル派はまず兄弟作品,ピーテル・ブリューゲルⅡ世の風俗画とヤン・ブリューゲルⅡ世の風景画
 
 ルーベンスの板絵習作(エスキース).これには同サイズの一部細部が異なる作品があり,研究者はそちらを真筆とするが,本作品については意見が分かれている.確かに細部があまりに繊細に仕上がっているのでルーベンス自身よりも他の優れた追随者の作品のような気がする.
 
 ルーヴルに1602年ごろの作と考えられるルーベンスの同名作品(下記写真)がある.

 本作品はファン・テュルデンによるこのヴァリエーションか,ルーベンスによるヴァリエーションに基づくコピーかと思われるが,ヘラクレスも女性たちの顔も類型的でうまいとはいえない.
なお「ヘラクレスとオンファーレ」は西美にバロック期ナポリ派のカヴァッリーノの作品が展示されているが,キアロスクーロも含めてずいぶん印象は異なる
 
 これはヴァン・ダイクの佳作の一つ「ベッドフォード伯爵夫人アン・カーの肖像」.このコピーがルーヴルにあり,手を下ろした立位像がペットワース・ハウスにある
 
 
 
 詳細に観察するとこの作品の表面は比較的傷んでいたらしく優れた修復家によって非常に丁寧に修復されていることがわかる.たとえば両目の上瞼の外側のわずかな影付けなどは明らかに上塗りされているし,首周りその他の部分にも絵の具層の亀裂が目立たなくなるように手が入っている.ヴァン・ダイクの描画方法の特徴の一つは絵の具層が相当薄いことで,カンヴァス地の凹凸が明瞭に見て取れる.また,白魚のような指にも注目したい.腹部に手を置くのは妊娠ないし妊孕性の象徴と考えられる.その表情にも子を得た喜びが隠されているようだ.
 
 コルネリス・デ・ヘーム 西美にも同画家の板絵「果物籠のある静物」という類似の題材で横長のやや大きい作品があるが富士美の作品のほうが豪華でヘームらしい.しかし,なぜ息子の作品だけで,より評価の高い父のヤンの作品が日本には無いのだろう.ヤンは早くにアントワープに移住しているのでフランドル派としておこう.
 第2室の展示はオランダ・バロック絵画に続く.