大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

--- 映ゆ ---  第63回

2017年03月30日 22時50分29秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第55回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第63回




「それはいつの話だ?」 クジャムがカンジャンに、それはそれは恐い顔を向けて聞く。 途端、カンジャンが震え上がった。

「クジャム、もっと優しく聞けないのかよ。 でないと話が進まないだろうが」 溜息をつきながらサラニンがクジャムに言い、そしてカンジャンを見遣るとカンジャンにも言う。

「お前ももう15の歳を終わってるんだろ? 恐い顔にビビってないでちゃんと答えな」 言うと最後には両の口の端を上げて話を促す。

「はい・・・トデナミと話したのは、えっと、シノハさんとドンダダが戦う前です。 どれくらい前になるかなぁ・・・多分、俺がここでトデナミと話して、ここを出てからすぐにトデナミもここを出たと思います。 で、そのあと俺が村に帰って、そんなに時が経たない内に、シノハさんとドンダダのことがあったんです」

「・・・何故だ」 シノハが片方の拳を口に当て眉根を寄せ考える。 

あの時、トデナミの元にラワンと共に行ったとき、確かにドンダダは居た。 だが、ドンダダが計画的に居たような感じではなかった。 

(・・・ファブアが何かしたのか?)
カンジャンの言葉にシノハは考え込み出したが、サラニンとバランガは目を見合わせた。

「なぁ、今みたいにハッキリとは聞いてないけど、誰かが何かを話してたってことが他になかったか?」 サラニンが三人に問うた。

「あ、さっきまで皆と話してたんですけど、誰が言ったか分からないってことがありました」

「それは?」

「カンジャンも森から村に帰ってきててその後です。 まだ森に帰る時じゃないのに、誰が言い出したのかは分からないんですけど、今日はもう終わって森に帰ろうってことになってみんなで村を出たんです」

「で? 早く村を出て何かあったか?」

「はい、ドンダダとシノハさんの闘いを見ました」

「ふーん・・・」 サラニンが半眼にして顎に手をやる。

「他に最近いつもと違ったことはないか?」 バランガが問う。

「えっと・・・」 三人が困ったように目を合わす。

「言えないことか?」 

「シノハさん・・・言っていいんですか?」 問われ、シノハが首を振る。 村長が闇の中で村の者に殴られたなんて他の村の者にいう事ではない。

「それじゃ、仕方ないな。 まぁ、無理には聞かないさ」

「バランガ、すみません」 シノハが謝る。

「ああ、気にするな。 だが言っておく。 クジャムも言ったが、お前が戦わなかったということは、お前の考えが浅いのではない。 お前は色んな事を考えすぎだ。 今まで我が村で教えた者はすぐに我が村の思いを受け取り、その身を守っている。 だが、お前は固すぎる。 だから色んな事を考えてしまうんだ」

バランガの言葉に何もいう事が出来ない。 そう言えば、トンデンの村長にも言われた 「お前はカタイのう」と。
(これは我の欠点か・・・)


タム婆の小屋の向かいにある、今は誰も使っていないと言われていた小屋にゴンドュー村の三人とシノハ、タイリンが居る。 トデナミが用意をしたのだ。
クジャムは「我らは暑くとも寒くとも野営を当たり前にする故、小屋は要らぬ」 と言ったが、外で話をすると声が響き、誰の耳に届くか分からない。
トデナミが用意してくれた小屋を有り難く使った。


先ほどまでの焚き火の明かりがなく、小屋の中は薄暗く幾つもの油皿の上で灯りが小さく揺れている。

「ヤツに槍を投げて渡したヤツがいただろう。 あの時どこから槍を持ってきたか考えたか?」 片眉を上げ、横目でシノハを見ながらクジャムが言う。

「え?」 思いもしなかった事を問われ考える。 

「そうですよね。 おかしいですよね。 いつもあんな所に槍なんて置いてないし、ファブアだって皆だってずっと見てたんだもの。 森か村まで取りに帰ってないはず」 言うと首を傾げるタイリン。

クジャムにハッキリとした口調で話すタイリンを見てシノハが少し驚いた。 いや、今はその事を考えるときではない、とクジャムの問いに頭を巡らせる。 暫くの間シノハの様子を見ていたクジャム。 サラニンとバランガがニヤリとしてその様子を見ている。

「ふっ、シノハ、お前がいくら考えても分からんさ」 イヤな笑いを浮かべたクジャムが言葉を続ける。

「何かを考えるっていうのはな、考えて何かを思いつくってことは、自分にその考えがあるからだ。 分かるか?」 シノハが首を傾げる。

「お前がどれだけ考えようが、お前の思い当たらない、考えもしない事に対してはどれだけ考えても答えは出ないって事だ。 小賢(こざか)しいことが頭にないってことだ。 お前には小細工が考えられないってことだよ。 だからこの事をどれだけ考えても分からん。 それに、我に言われるまで何故、あの時槍が飛んできたのかも考えなかっただろう」

「はい、確かに。 槍がどこからなどと、全く考えませんでした」

「我が村に来ているくせにいつまで経っても甘いなぁ」 バランガの言葉に苦笑いを送りクジャムが言う。

「我が見たのは森に入る前だ。 森にはいる前、森の中を歩く男を見た・・・とは言っても森の木々に隠れながらだ。 その手に槍の穂先が見えた。 言っておくがあの時、槍を投げたヤツとは違う男だ」

「え?」 シノハとタイリンが同時に言った。

「なんだ、そんなに早くから見てたのか?」 サラニンが言う。

「ああ、お前たちには俺が邪魔で見えなかっただろうな。 ついでにお前たちが見たことも言ってやれ」

「ああ」 と言うと、サラニンが見た事を話した。 二人が戦っている時に、口の端がほころんでいた者がいた事を。

「え!? あの時にですか!? シノハさんのことが心配で俺たちは見てたし、ドンダダの仲間もドンダダが心配で見てたのに、いったい誰が? あ、もしかしてシノハさんが手を出さなかったから、ドンダダが勝つって思って余裕で笑ってたとかじゃないんですか?」 タイリンがサラニンをみて言った。

「あの時は拳で戦っていた時だ。 シノハが手を出していないとは言え、誰もがヤツが押されていたことはヤツの焦りから簡単に見て取れたさ。 だから槍を投げたんだろう。 それに誰、と言われてもなぁ。 まだ村人の名も知らんからなぁ」 とぼけて答える。

「待ってください。 それが誰であっても何故? 今までこの村を見てきました。 まだ全てがわかったわけではありませんが、ファブアは自分一人でドンダダから信用を得る事をしようと思っているはずです。 人が用意したものを利用する事はないはずです」 サラニンとタイリンの話を聞いてシノハが言う。

「そこが甘いってんだよ」 バランガがすかさず言った。

「どういう事ですか?」

「そのファブアってヤローは、槍を用意しました使ってください。 そんな事を言われて使うヤツじゃないんだろ? でもそこに槍が転がっていたらどうだ?」

「え? ・・・でも、それも不自然に思うんじゃないですか?」

「誰かが、なんでこんな所に槍があるんだ? って言ったらどうだ?」 バランガの言葉にサラニンが言葉を足した。

「その辺に転がっているってのは考えにくいよな。 でも、ほんの近くに誰かが忘れたように置かれていたらどうだ? それを切羽詰ったときに言うんじゃなくて、その前に言ったらどうだ? こんな所に誰かが槍を置き忘れている。 なんて聞こえよがしに言ったら、その言葉が頭の中に残っているだろう。 そして切羽詰った時に聞いた者はそれを思い出す」

「あ・・・」 混乱しかけた頭の中を整理するが、どうしても整理しきれない。 シノハの頭の中が清廉潔白すぎるから。

「えっと・・・情けないですけどワケが分かりません。 その男はファブアに槍があるって事を教えたんですよね。 それでファブアがドンダダに槍を投げた。 あの時、もし我が槍で突かれていても、ファブアはドンダダにどうやって槍を手に入れたかなんて言いません。 それは村の者も分かっている事です。 わざわざ隠れるように用意までして、その男にどんな利があるんですか?」

ブゥワハハー! バランガが笑った。 クジャムがバランガに笑うことを先取りされ鼻を鳴らす。 サラニンは静かに口元に笑みをこぼしたが、すぐにバランガに問うた。

「お前、何を知ってんだよ」

「くくく・・・、タイリンが色々と教えてくれたからな」 名を出されタイリンが目を丸くした。

「え? 俺? 俺ですか?」

「ああ、馬に乗りながら話をしただろ?」 

「え? でも、特に何も話しませんでしたよ」 言うタイリンを見たバランガの目が口元が、どことなく怖い。 

そしてタイリンが教えたという事を、さっきのトンデンの三人が話したことと関連付けてバランガが話しだした。

「一に、村に内紛が起きている」

「え!? 俺そんな事言ってません!」

「タイリン、お前が言わなくてもおまえの言葉の端々と、さっきの三人の話から俺にはそうだと分かるんだ」 言うとタイリンに言葉を挟むなと言ったいった顔を送り話を進めた。

「一に、誰が言い始めたか分からない事が多々ある」 ここでサラニンが片方の口の端を上げた。

「一に、ドンダダってヤロウが長を闇討ちしたって噂が流れている」 言い終えたバランガの不気味な笑で言葉が終わった。

「赤子のような手だな」 鼻であしらうようにサラニンが言う。

「え? 待ってください。 タイリンその話は本当か? ドンダダがやったって噂が流れてるのか?」

「はい。 だから最近ドンダダの周りに人があまり居ないんです。 でも、俺バランガさんに闇討ちされたのが長だって言ってません」 上目遣いにチラッとバランガを見た。 

見られたバランガは両の眉を上げタイリンのその目を見て言う。

「だから言っただろ? お前が全部言わなくても分かるんだ。 って」 そして言葉を続けた。

「我が見るに、一人の誰かがトデナミとドンダダってヤロウを会わせた。 噂を流したり、誰に言うでもなくどこかで聞こえるようにして、話を流して身を潜めているヤツだからな。 シノハの話からすると、多分ファブアってヤロウを上手く使ったんだろう。 
そしてそこにシノハを行かせるように仕向け戦わせた。  シノハが勝つとドンダダってヤロウが大きな顔が出来なくなる。 ドンダダが勝っても、既に撒いてある種が芽を出してきているから、村人からの信用が薄くなってきている。 それに、シノハを行かせることが出来なくなってても、それはそれで利があるんだろう。 小賢しいやつの考えることだ」 

最後の言葉にシノハの顔が青ざめた。

「はっ、その後にそいつが村長にでも納まろうとしてるのか」 サラニンの言葉に青ざめたシノハの頭の中が真っ白になりかけた。

「多分な」 バランガが言うと、クジャムが顎に手をやり眉根を寄せ、誰に聞くとはなく言った。

「だが・・・トデナミとドンダダってヤツを会わせた、っていうのはどういう事だ? そこにシノハを行かせる? それが戦いになるとはいったいどういう事だ?」


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--- 映ゆ ---  第62回

2017年03月27日 22時05分38秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第62回





「え?」 思わずバランガを見た。

「ああ、そんなに驚くな。 お前の言うそのワケとは直接には関係がない。 だが、間接的にあると思うんだがな」 とっても不気味な目と口元をシノハに見せる。

「バランガ、何を知っているんです?」 シノハの問いに小首を傾げ「さぁな」 と答えるだけだ。

三人の会話を聞いていたクジャムがシノハに言う。

「この二人が何を言おうとしているのかは知らんが、俺たちは他の村がどうなろうと知ったこっちゃない。 どうでもいいことだ。 
だが、我が村はセナ婆様に世話になっている。 お前も知っているだろう。 “薬草の村”オロンガの薬草がなければ我が村は多くの怪我人が伏せる状態になる。 セナ婆様が我が村へ多くの薬草を入れて下さっているから傷が浅くすんでいる。 世話になっているセナ婆様の心配を一日でも早く取り除きたい。 それはお前がオロンガに一日でも早く帰るという事だ。 明日、さっさと勝って、すぐにでもオロンガへ帰れ」 言うクジャムの言葉をバランガが返した。

「さぁー、それはどうかなぁ?」 両の腕を頭の後ろに組んで少し上を見ながら言う。

「ああ、アイツだけをやってもどうなるかは分からんな」 続いてサラニンまでもが言う。

「バランガ、サラニン、いったい何があるというのです!」 訝しげな顔をして詰問に近い問いを投げかける。

「あの、シノハさん?」 後ろから名を呼ばれ振り返った。

「トラミンさん」 思わず立ち上がろうとすると誰とは言わない、すぐに立ち上がりトラミンの前に片膝をついた。

「このシノハに何用か?」 やはりクジャムが言う。

「我がシノハの代わりに話を聞きましょう」 サラニン。

「シノハと話すより我と話しませぬか?」 バランガ。

そしてシノハがこめかみを押さえる。

「あ・・・あの」 トラミンがシノハに助けの視線を送る。

「ああ、トラミンさん気にしないで下さい。 なんでしょうか?」

「他にご入用はないかとトデナミさんが聞いてくるようにと」

「おお、トデナミが我の事を気にかけて下さったか!」 クジャムが一際喜んだ。

「クジャムだけのことじゃないだろう!」 バランガ。

「トラミン、貴方も我らの事を気にかけてくださっているのか?」 サラニン。

シノハが大きく息を吐いてトラミンを見た。

「トデナミは寝ていないのですか?」

「はい。 もう随分と具合が良くなったからと」

「あれだけ今日は寝ているようにといったのに・・・」 困り顔を作るシノハを見てトラミンが言う。

「顔色が随分良くなっていました。 充分に休めたんでしょう」 その言葉に、仕方ないといった顔を一旦向けると、表情を変えてトラミンに礼を言った。

「有難うございます。 ゴンドュー村のお三方は満足をされているようです。 お気遣いに感謝します」

シノハの表情に頬をほんのり赤らめるとコクリと頷いた。

「おお、なんと可愛らしい」 その言葉にシノハがすぐに言う。

「クジャム、早いときのクジャムの子と言ってもいいくらいですよ」

「はは、クジャム引け。 トラミンと言うのか? 我がトラミンの帰るところまでお送りしよう」 スッと手を出すとトラミンの手を取った。

「サラニン! かどわかすような事を言わないで下さい!」 と、トラミンの手を取っていたサラニンの手をピシリと叩いた。 

そして次にバランガが何か言うかと構えたが、バランガがそこに居なかった。

「あれ? バランガ?」 
辺りを見回すとすぐにバランガが目に入った。 手に何かを持ってトラミンの前に帰ってきた。
するとその手にしたものをトラミンの髪にさした。

「もう寒い故、小さなものしか咲いていなかったが、可愛らしいのがトラミンによく似合っている」 小さな花をトラミンの髪にさしたのだ。

トラミンが驚いて目を見開いている。 
オロンガ村も勿論の事、トンデン村でもこういう事はしないし、もちろん手を取るようなこともしない。

シノハの爺様クラノは、タム婆が幼い頃にタム婆の髪に花をさしてやったが、それはタム婆がまだ女子(にょご)だったからこそ出来たこと。 女と呼ばれる歳の者には簡単に出来る事ではない。
が、シノハが簡単にトデナミに手を添えたり、恥ずかし気もなくトデナミの髪に草をさしたのは、ゴンドュー村でこうした事を始終目にしていたからであった。
ゴンドュー村は馬の乗り方、戦い方を教えただけではなく、こうしたことも知らずに教えていたというわけだ。

シノハの頭にふと考えが浮かんだ。

「トラミンさん、ゴンドュー村のお三方は素晴らしいと思いませんか?」 ゴンドュー村の三人が何のことかとシノハを見た。

「え? ええ、勿論です」 髪に花を飾られ一瞬時が止まっていたトラミンが、驚いた顔をして答えた。

「“月夜の宴” に行くとこのお三方とは逢えませんが、同じゴンドュー村の勇士たちと会う事が出来ます。 勿論、ゴンドュー村以外の村人とも会えます。 我が村オロンガの者も“月夜の宴” に行きます」

「え?」

「“月夜の宴” に行くと初めて知ることが沢山あります。 一度男たちに連れて行ってもらって、ユンノさん達と行けるといいですね」

「なんと! “月夜の宴” に行った事がないのか? これほどに気遣いが出来て可愛らしいのになんともったいない事か!」

「だから・・・クジャム・・・」

が、クジャムのその言葉にトラミンがより一層頬を染めて言う。

「では、トデナミさんにはシノハさんの言葉を伝えます」 言うと髪に飾ってある花を落とさないよう手で押さえると、トデナミの元に走り出した。

「おお、なんと可愛らしい」

「クジャム・・・本当に今度ゴンドュー村に行ったら嫁に言いつけますよ」 ジロリと横目でクジャムを見た。 が、クジャムに向き直り、感謝を述べる言葉を続けた。

「クジャム、有難うございます」

「うん? 何のことだ?」 座り直してシノハを見る。

サラニン、バランガ、シノハも座りなおした。

「この村は“月夜の宴” に行った事がありません。 血が濃くなってきています。 トラミンさんが今の事を女たちの間で言ってくれれば“月夜の宴” に行くかもしれません」

「“月夜の宴” に行っていない? 誰も? 何故だ? 何故、“月夜の宴” に行かないのだ? 村長が止めているのか?」

「いえ、長は勧めているのですが・・・」 言い淀む。

「ふ・・・ん。 そこの辺りも言えないという事か」 バランガが半眼でシノハを見る。

「すみません」

「サラニンとバランガの知っているという事が何か関係があるのなら・・・」 一旦口を閉じ、遠くを見てから片眉を上げると、声を小さくして言葉を繋いだ。

「シノハ、我らの裏の村を知っているな」 “武人の村” ということだ。 シノハが頷く。

「裏の村として都へ呼ばれると、小さな村の争いごとなど都の虫の争いにも及ばん。 それに我らは武人として戦うだけではない。 戦う為に情報を集める。 その為には表情も読取る。 誰が何を考えているかその先も考える。 そして一目でろくでもない事を考えているヤツが分かる」 密偵をするという事である。

「クジャム?」 何を言われているのか分からない。

「多分、こいつら二人が言っているのがそれに当たる。 それに、我にも心当たりがある。 多分同じ男だろう」

「男?」 全くワケが分からないと、シノハが小首を傾げる。

「なんだ、やっぱりクジャムも気付いてたのか」 サラニンが面白く無さそうに言う。

「ああ、お前がバランガに教える前に気付いた。 と言うより、シノハの戦いを見る前だ」 
ジャンムを馬に乗せて森にはいる前、クジャムの眼球が動いた時だ。

「待ってください、我にはいったい何のことか・・・」

「これ以上は、ここでは話しにくい。 あとで話そう」 声音静かに言う。

「・・・はい」 クジャムの声音に制せられた。

「今は女たちを見ていたい」 シノハがこめかみに手をやるのさえ億劫になっていた。

果実酒を楽しみ、女を見ながら話していると、クジャムの後ろで土を踏む音がした。 振り返るとジョンジュとカラジノ、カンジャンであった。

「なんだ、男かっ!」 言い捨てるとプイと向き直った。

「クジャム、どれだけ態度が違うんですか」 溜息をつくと三人に目をやった。

「どうしました?」

「あの、カンジャンがトデナミの事を気にして。 自分が悪かったんだって、それをタム婆様に言いに言ったら、シノハさんに話しておくようにって」

「何のことです?」 シノハが首を傾げる横でクジャムがトデナミの名前に反応した。

「トデナミのこととは、聞き捨てならんな」 
クジャムに睨まれ三人は震え上がったが、サラニンがクジャムの横で秀麗にして爽やかな顔を向けると、震え上がった三人がすぐにそちらに目線を動かした。

「クジャムのことは気にしなくていい。 元々こんな顔なのだからな。 我の横に来て話すといい」 サラニンの言葉にクジャムが鼻を鳴らした。

三人がサラニンの横に座ると、七人で輪を描くように座った。 トンデンの三人の両横にはサラニンとシノハが座り、クジャムとバランガがトンデンの三人の前にいる形だ。 するとすぐにカンジャンが話し出した。 今日、ザワミドに言い付かった用で子守をしていたトデナミに要らない事を言ったと。

「要らない事?」 シノハが聞いた。

「はい。 俺の聞き間違いかもしれないけどって言ったんだけど。 その、今日はみんなが村に行ってるってはずなのに、トデナミがどこにも居ないってシノハさんが村の中を探してたって・・・」

「え? 俺が? 俺がトデナミを探しているって?」

「はい」

「誰がそんな事を?」

「トデナミも同じ事を言いました。 だから、ジョンジュとカラジノが言ってたっていったんです」 
シノハが首を傾げてジョンジュとカラジノを見る。

「あ、俺たちもはっきり分からなかったんですけど、誰かがそう言っているのを耳にしたって二人で話してたのを、カンジャンが聞いたみたいで・・・」 カラジノが言う。

「トデナミ、あの時すごく顔色が悪かったんです。 それなのに俺があんな事を言って、具合が悪いのにシノハさんを探して森を出ようとしてたんだと思う。 シノハさんは川に行っている筈だってトデナミが言ってたから、森を出て川に行こうと思ってたのかもしれない」

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--- 映ゆ ---  第61回

2017年03月23日 22時51分19秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第61回




無言で鐙の長さを調整する。

「タイリン、鐙に足を入てみろ」 ここだというように指をさす。

「え? でも・・・」

「いいから」 少し睨んで言い切る。
睨まれた事が恐くてタイリンが鐙に足を入れた。

「そんなに深く入れては駄目だ。 もっと浅く」 言われ、鐙から少し足を引いた。

「よし、次は手綱を取れ」

「え?」 バランガが少し意地悪く片方の口の端を上げた。

「で、でも・・・」

「でもも何もない。 早く手綱を取れ」 

声音静かに言うその言葉、今までのバランガと違う。 タイリンがオドオドと手綱を持った。

「よし、だが持ち方が違う」 そう言うと、手綱の持ち方を教えた。

「手綱を緩めて、踵で馬の腹を蹴ってみろ」 言われてチョンと腹を蹴ってみた。 と言うより、踵を腹に当ててみた。

「力が足りない。 もっと強く」

「でも、腹を蹴られると馬も痛いはず・・・」

「痛いほど蹴るな。 って、タイリンがどれだけ強く蹴っても馬は痛いと思わん。 他の者が蹴るとどうか分からんがな。 ほら、蹴ってみろ」 言われ、勇気を出して蹴ってみた。
すると馬が前進しだした。

「わっ、わっ!」 恐さで思わず手綱を引いた。 馬が静止した。

「手綱を引くな、手綱は緩く持っておけ。 もう一度蹴ってみろ」 

今度はさっきより少しは勇気を出した。 言われるままに踵で蹴った。
馬が歩き出した。 さっきと違って手綱をちゃんと緩めている。 バランガが馬の横を歩いているのも安心材料だ。

「よし、そのまま少し歩こう」 

タイリンに余裕はないが、もう慌てることもない。
バランガが無言で馬の横に付く。 そのバランガの中で疑問が芽生えていた。

(タイリンのこの歳になるのに、馬に乗った事がない。 手綱の持ち方も知らないなんて有り得ない。 それに、前に会ったとき、シノハが言っていた。 タイリンは挨拶をした事がないと。 どういう事だ。 ・・・まぁ、この村で何があっても知ったこっちゃないが・・・。 それにしてもシノハがどうしてこんなに長くこの村に居るんだ) 
バランガが頭をうな垂れて考え事をしている横で、タイリンは目を生き生きとさせて馬上に居たが、少々不安になった。

「バランガさん、このままずっと真っ直ぐに歩くんですか?」 タイリンに問われ、バランガが顔を上げた。

「あ、ああ。 そうだな。 そろそろ帰ろうか。 それでは左の手綱を引いて左足を馬に当ててみろ」

「え? 足?」

「ああ、左の手綱を引いて左の足を馬の身体に当てるんだ」 言われたことを実践してみると、馬が左周りに回りだした。

「わっ、わっ!」 タイリンが驚いて足を緩め両の手綱を引いた。 すると馬が止まった。

「こら! 両手で手綱を引くんじゃないよ。 もう一度、左の手綱を引いて左足を馬に当てろ」

今度は言われるままにそれをやった。
馬がクルリと回転した。

「よし、手綱を緩めて足も緩めろ」 すぐに手綱の力を緩め、足の力も抜いた。 すると馬が止まった。

「と・・・止まった・・・」 タイリンが目を大きく見開いた。

「手綱、足で馬を動かす、止める。 それが基本だ」 言うと、今までと違った優しい表情を見せて言葉を繋いだ。

「それじゃあ、あとちょっと乗ってから森に帰るか。 聞きたい話もあるからな」 

「え? 聞きたい話? ・・・俺にわかるかなぁ?」

「ああ、知っている事を教えてくれるだけでいい」 言うと、タイリンに鐙から足を外すように言うと、鐙の長さをを調節しなおしてバランガも乗り、馬を走らせた。


大きな焚き火の周りにはトンデン村の者と共に、少し離れた所にシノハとゴンドュー村の三人がいる。 
ドンダダとドンダダ側の男たち数人は焚き火には来ず、小屋の中に居る。 

焚き火の周りに来る前、トンデン村の馬を集めてもらった事への礼はタム婆からの礼となった。 長が未だ起き上がれないと聞き、また“才ある者” が“才ある婆様” だ。 馬に乗ってゴンドュー村へ来る事も出来ない。 長が起き上がることが出来るまでは“才ある者” からの礼を受け取った。
今、長が起き上がれないという禍根の種は地の怒りではなく、言うに言えない理由だ。 よって、地の怒りからまだ起き上がれていない事にしていた。

三人は納得しゴンドューの村へ帰り、その旨を村長に伝えるという事になった。
そして三人は、明日のシノハの戦いを見届けたいと、今晩はこの森で過ごす事にし、焚き火の周りで客人の扱いを受けていた。

「それにしても、どうしてトンデン村に来られたのですか?」 先ほどからの話だと、トンデン村からゴンドュー村への礼がないという事で来たのではないと分かり聞いてみた。

「おお、忘れておった」 クジャムがそう言いながら、大きな猪肉を口に入れた。 それを見たサラニンがクジャムに代わって口を開く。

「俺たちはオロンガへ行ったんだ」

「え? オロンガへですか?」 シノハの村である。

「ああ、お前がまだ帰ってきていないと聞いてビックリしたぞ」 

サラニンのその言葉にゴクリと猪肉を飲み込んだクジャムが言葉を添えた。

「あの時言っただろう。 病を貰うやもしれんぞと」 

地の怒りがありトンデン村から逃げた馬を集めて連れてきたとき、「こんな村にいると病を持つぞ・・・」 とクジャムがシノハに言った言葉である。

「だからもしや、本当に病にかかっているのかと思ってな」 クジャムの言葉に続いてサラニンが眉を上げて言った。


オロンガの村へ行った三人が、先にトンデン村でシノハに会ったが、そのシノハが未だにオロンガ村に帰ってきていないことを知り、トンデン村へシノハの様子を見に行くと決めた。 
それを知ったセナ婆が、三人からトンデン村の様子を聞き、トンデン村に行くのなら渡してほしいと、他の村から薬草の代わりに貰い受けた沢山の干し肉とオロンガの薬草が入ったパンを預けた。 
そして三人はセナ婆には言わなかったが、もしシノハが病にかかっていたなら、精をつけさせなければとオロンガを出て道々狩ってきた猪肉を持っていた。
タム婆と話し終え、それらを渡すと女たちが喜んで受け取り料理を始めていた。


「セナ婆様が心配しておられたぞ」 バランガが横目でシノハを見た。

「ああ・・・やはりそうですか。 思いのほか長居をしてしまっています。 ・・・と言う事は、前にこの村に来たときの帰りにオロンガの誰とも会わなかったという事ですか?」

「ああ、会わなかった。 それにオロンガからの代理の使いもなかったからな。 使いがないから俺たちからオロンガに出向いたんだ」

「ゴンドュー村から我が村には、ケアニン達が使いで来るはずなのにどうしてクジャム達が?」 

オロンガ村では使いに走るのは一人だが、ゴンドュー村の使いは常に三人で動いている。 気が短い、荒くれだから三人のうち、少なくとも一人がそれを制するためであった。

「何かあったんですか?」 シノハの言葉にサラニンとバランガが眉を上げ、半眼でクジャムを見る。

「何もない」 クジャムが言う。

シノハが眉を顰めてサラニンとバランガの二人を見る。

「クジャム、正直に言いな」 果実酒をクイっと口に入れるとサラニンが言う。

「クジャムが言うわけないだろ。 俺たちだってハッキリ聞いたわけじゃないんだから。 長に言った、シノハが心配で様子を見に行きたい、だなんてな」 

シノハが驚いて眼を大きく瞠った。

「テメー、根も葉もない事を言ってんじゃないよ!」 殴りかかろうとしかけたその時、新たな果実酒を持ってきた女がビックリして後ずさった。

「おお、驚かせてしまった。 それに我らが居る事で手間をかけてしまう」 差し出された酒の筒を持つ女の手を上からギュッと握る。

「クジャム・・・手を握るのではなくて酒の筒を握るんでしょう」 シノハが大きく溜息を吐いた。

「で、シノハはいつまで居るつもりだ? 明日の申し入れを終わらせると帰るのか?」 サラニンが聞く。

「それは・・・明日になってみなければ分かりません」 眉根を寄せる。

「それはどういう事だ? 申し入れで負けるかもしれないと思っているのか?」

「おい、それは許される話ではないぞ」 

女の手を離しクジャムが話しに入ってくる。 女も大切だが、シノハのこと、己たちの村が教えた者が勝負に負けては話にならない。 村の恥にもなる。

クジャムの後をバランガが女から酒筒を受け取り、「名は何と言う?」 と話しかけている。

「負けようとは思っていません。 ですが、どんな勝負を言ってくるか」 口を引き結んだ。

「我はそれが疑問だった。 あの時どうしてアイツに決めさせたんだ?」 サラニンが言う。

「それは・・・」 少し言いよどんで言葉を続けた。

「我が得意な勝負をして我が勝っても意味がないんです。 ドンダダに優位な勝負をしてそれに勝ってこそ、意味があるんです。 それに申し出をつけるには、それくらい譲らなくては申し出をのまないと思ったんです」

「ふ・・・ん。 ワケありか」 ハッキリといわないシノハの言葉にクジャムが顎のひげを撫でた。

「はい」 視線を落とす。

“才ある者” を我がものにしようなどと考えている事には思いも付かないが、影の『武人の村』 で動いている三人には、シノハがどう言い淀んでも察しが付く。
 
女の名を聞いたバランガがサラニンに目を向け不気味な笑みを作る。 サラニンがそれに口の端を上げて答える。 
バランガとサラニン、二人が見たドンダダとシノハが戦っている時、皆が心配している中、一人口をほころばせていた男。

「シノハ、そのワケとやらを言えないか?」 サラニンが言う。

「それは・・・」 そこまで言うと、口を閉じてしまった。

「言えないか?」 不敵な笑みを作りながらサラニンが更に問う。

「我が村のことならともかく、トンデン村のことですから我が勝手に話すわけにはいきません」

「ふーん・・・」 サラニンが言うと今度はバランガがサラニンより、より一層不気味な笑みを向けてシノハに言った。

「我らが何か知っているとしてもか?」


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--- 映ゆ ---  第60回

2017年03月20日 22時11分30秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



『---映ゆ---』 第1回から第55回までの目次は以下の 『---映ゆ---』リンクページからお願いいたします。

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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第60回




ジャンムが馬上で一人になり、恐がって馬の鬣(たてがみ)を握り締めている。
事の次第が飲み込めないのか、トデナミは左手で右手を握り胸元に置くとシノハを見た。

シノハはこめかみに手をやった。 ゴンドュー村の男たちは皆、素晴らしく馬に乗れ、影では表の“武人の村” 以上の働きを見せる影の“武人の村” である。 それほどまでに強悍なゴンドュー村の男たちなのだが、唯一つ厄介ごとがある。 それは美人には目がないというところである。
ゴンドュー村の言うところの美人と言うのは、端麗であるのは勿論の事、姿形はそれにそくさなくとも端然であったり、流れる所作を持つ者、美しい声、そして“仁” の心を持つ者が“美人” に当たる。 それはゴンドューの男たちの気を大きく引く。 

トデナミの元に行くのに、クジャムを待たせてもいいと思ったのはこのことがあったからだったが、まさかここまでとは思っていなかった。 単純に、女に甘いゴンドュー村であるから、待ってくれると思ったのだが、トデナミはゴンドュー村の男たちの思う“美人” の条件に全て当てはまっていた。

「クジャム・・・嫁が居るでしょう。 それにサラニンも。 バランガ、ジョウジンに言いつけますよ」 暖かくなればバランガはジョウジンと夫婦になる。

「シノハ、お前は馬鹿か? これほどまでに美しい姿を見せられて黙っている男がいるかっ!」 クジャムがついさっきまでの威厳のある姿からは想像できない言葉を吐く。

シノハが一つ溜息をついて言葉を発した。

「トデナミは、トンデン村の“才ある者” です」 その言葉に三人が目を大きく開いて同時に言った。

「“才ある者”?」

ほんの少しだけ時が止まった。 が、クジャムが口を開いた。

「シノハ、冗談を言っていいときと悪いときがある!」 

「冗談ではありません。 本当のことです」

「何故だ! これほどに美しいのに、どうして“才ある者” なのだ!」 クジャムが立ち上がりシノハを睨む。

「わっ! ケンカを仕掛けないで下さいよ。 嘘ではありませんし、我のせいでもないんですから」 女のことになるとすぐにケンカになる。 

アットウの技をシノハが見たとき、それはサラニンとアットウのケンカだった。 そしてその時のケンカの理由も“美人” と称される女の取り合いであった。 影の“武人の村” として都に出た時に目をつけたらしい。
万が一にもクジャムに手を出されたら、シノハは赤子の様に片手で延されてしまう。 クジャムほどではないが、サラニン、バランガにしてもそうだ。
するとトデナミが口を開いた。

「あの・・・」 クジャムがすぐに片膝をつき、三人の男たちが目を輝かせてトデナミを見た。

「我が村でのお恥ずかしい事、そしてシノハさんを助けていただいて有難うございました」 

三人の男たちはその顔に声に心遣いに、その表情に完全に心を打たれた。 
三人がボォーっとしているとサラニンが口を切った。

「トデナミの為ならば、我が身が燃え尽きるまでシノハの身を守りましょう」 

先にサラニンが言ったことが気に食わないクジャムが、すぐさまサラニンに拳固を与えた。

「ッテー! なんだよ! やるって言うのかよ!」

「おお、やってやろうじゃないか。 かかって来い!」 

屈強な身体を持つ、見た目隆々とした筋肉を持ったクジャムであるのに、まるで風に舞う葉の如くヒラリとその場から離れた。 トデナミを巻き込まないためだ。
サラニンがそれに続き、クジャムの前にこれまた軽々と身を跳ねた。 止める間もなく二人のケンカが始まったが、それはケンカと呼べるほど低レベルなものではなかった。 まさに戦いだ。

シノハにとっては見慣れたものだったが、タイリンは初めて見たその迫力に目を白黒している。
シノハからすれば、たとえサラニンが強いといえど、クジャムに勝てるはずがないのにと、呆れて見ていた。

サラニンの様に、勝てる相手ではないと分かっていても戦いを、ケンカを挑むのはゴンドュー村では当たり前のことである。 いや、勝てる相手ではないと判断をすることもない。 ただ、やる。 それが“荒くれ” と言われる所以であった。
が、二人のその動きが見事なほどすぐに止まった。 トデナミが声を張って止めたのだ。

「止めてください!」 そのトデナミの手を取っているのはバランガ。

クジャムとサラニンがすぐにトデナミの姿を見て、今度はバランガに食って掛かりかけたが、すぐにトデナミがそれを制した。

「バランガさんは、私が蹌踉(そうろう)したので支えてくださいました」

「おお、トデナミ、身体の具合が悪いのか? それでは我が抱いて寝間までお連れしよう」 

「・・・だから・・・クジャム! 嫁が居るでしょう! サラニンも何も言わないで下さい! バランガ! これ以上のケンカはごめんです、手を離してください! いいですか、トデナミは“才ある者” ですから!」 

シノハに念を押され、三人が何かを言いかけたとき、ジャンムが小さな声で「降ろして」 と言った。

「ああ、ジャンム、悪い」 言ってシノハがジャンムを馬から下ろしてやった。 

下ろされたジャンムはすぐにタイリンに駆け寄ると話し出した。 馬上での素晴らしい感覚を。

「え? そうなの? ジャンム、馬で走ったの?」

「うん。 俺は何もしてないけど。 なんて言ったらいいのかなぁ・・・とにかく凄かった。 だから俺も一人で馬に乗れるようになりたい」

「そうなんだ。 良かったね」 

「うん、タイリンも馬に乗れるといいね。 そうしたらいっぱい話ができるね」

「うん・・・きっといつかシノハさんが乗れるようにしてくれるから、その時に・・・」

二人の会話を聞いていたトデナミが「ジャンム良かったわね」 と言うと、三人の男たちに目を向けた。

「ジャンムがお手間をかけたようで、申し訳ありませんでした」

「何を仰る! その子はここまでの道案内をしてくれたのだから、こちらが礼を言わなければならない」 クジャムが言う。

「そう、でなければトデナミとお目にかかれなかったのだから」 サラニンが言う。

「サラニン! 嫁に言いつけますよ!!」 シノハが叫んだ。

と、 まだトデナミの手を取っていたバランガが、タイリンとジャンムの会話を聞いていて他の二人と違う事を言い出した。

「タイリン、もしかして馬に乗りたいのか?」 バランガがタイリンに声をかけた。

「あ・・・はい。 でも、一度も馬に乗った事がないから・・・」 この歳になっても馬に乗った事がないのを恥じるように下を向いた。

「それなら、俺の馬に乗せてやる」 

ゴンドューの村の男たちは女に弱く、大人になる前の子に優しい。

「え? バランガさん?」 トデナミが言う。

「ゴンドューは誰の子であっても男も女も子を育てます。 男は子の身体を、女は子の心を。 タイリンは我が村の子ではありませんがシノハの縁(えにし)です。 子の望む事を叶えてやるのがゴンドューの男です」 

さっきトデナミはジャンムに「良かったわね」 と言った。 だからトデナミの為に、とも言いたかったが今はそれを言わない。 それを言ってしまうと全てがトデナミの為だけにと勘違いされては困る。

「バランガさん・・・」 トデナミがバランガだけを見ている。 それも普通と違った目で。

そのトデナミの様子にクジャムとサラニンがいきり立った。

「バランガ! トデナミと何を話してるんだ!」 クジャムが目を吊り上げる。

「お前! ―――」 サラニンが言いかけた時、すぐにバランガがトデナミの手をシノハに取らせ、馬の荷をアッという間に下すと、簡単にタイリンを持ち上げ自分の馬に乗せた。

「じゃ、ちょっと走ってくるから」 してやったりという顔をクジャムとサラニンに向け言うと、タイリンを乗せて駆足で走り去った。

「あのヤロー、いったい何を考えてんだ!」 さっき最後まで言えなかったサラニンが怒りをぶちまける。
クジャムとサラニンは、タイリンとジャンムの会話を聞いていなかったのである。

バランガは森の先に見える砂地に馬を疾走させていた。タイリンは生まれて初めて馬に乗った。 その乗った馬が初めて動いたのが駈足だ。 いや、正確に言うと初めて乗ったときにバランガが左の手綱を引き、後足旋回をしたのが初めて動いた馬に乗ったのだ。 それだけでも大きな驚きだったのに、すぐに駈足になりタイリンの目が大きくまん丸になっていく。

風が流れる流れる、髪が流れる流れる、大きく開いた目が乾いてくる。 馬が駆ける振動が身体に伝わる。 前に後ろに身体が揺れそうになる。 それを後ろからタイリンの腹に手を回したバランガが支えてくれる。

「どうだ?」 馬を駆けさせながらバランガがタイリンに問うた。

「す・・・すごい・・・です」

「へぇー、ちゃんと返事が出来るんだ」

「え?」

「ははは、我が村では始めて馬に乗った子を駈足で走らせると言葉も出んからな」

「あ・・・でもきっと、俺よりもっと小さな子ですよね」

「まぁな」 
その返事にゴンドュー村では、どの歳に始めて馬に乗るのだろうかという疑問と、己がこの歳にして始めて馬に乗ったという恥が混じり合った。
でも、思ってもはじまらない事。 今は馬に乗せてもらった感謝の念を、正直に言葉に表したい。 言いたいことを言えなかったタイリンが変わってきていた。

「とても気持ちがいいです」 正直な嬉しさが言葉に乗ってバランガの心に伝わる。

「そうか、気持ちがいいか」 そう言うと前に座るタイリンの頭を見て口の端を上げて言葉を繋いだ。

「我が村の子達を乗せたときには、そんな風には言わないからな。 我は嬉しいぞ」 

バランガはタイリンが満足するまで馬を走らせた。 いや、まだまだタイリンは満足はしてはいないだろうが、村から離れた所をずっとずっと走らせると、バランガが終止符を打った。 何故なら、違う事をしたいと思ったからだ。
馬を止めると、鐙(あぶみ)に足を入れたまま立ち上がり、タイリンをキチンと鞍の上に乗せ換えるとバランガが馬から下りた。

「バランガさん?」 タイリンが不安そうにバランガを見た。


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--- 映ゆ ---  第59回

2017年03月16日 22時52分32秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第59回




「シノハさん!」 タイリンがシノハに抱きついてきた。

「わっ! タイリン?」 シノハにはタイリンの姿が目に入っていなかった。

「シノハさん!シノハさん!」 
唯々、己の名を言うタイリン。 呼んでいるのではないことは分かっている。 どうしてタイリンが己の名をいってるのかが分かる。

「タイリンごめん。 心配をかけたな」 タイリンの肩に手を添る。

「シノハさん・・・」 シノハの顔を見る余裕などなく唯々、シノハに抱きついている。

「終わったから。 俺は大丈夫だから」 シノハの言葉を聞いて、シノハの身体に埋めていた顔を上げた。

「心配してくれてありがとうな」 その言葉に安堵と、嬉しさからタイリンが大きな粒を目から落とした。
二人の様子を見ていた村人が力(りき)っていた肩を落とした。 すると同じように肩を落とした女たちがザワザワとしだした。

「婆様は?」 あちらこちらから声が聞こえてくる。

「あ、え?! あら、どうしよう。 婆様を村に置いてきちまったよ!」 
ザワミドが声高に言うと、小太りのザワミドより先に、数人の女たちが先に走って、タム婆を迎えに村に帰っていった。 そして村から森に帰ってくるときには、目に入ったジャンムが投げっ放しにしていた椀や筒を持って帰ってきた。


男たちは今目にした戦いに放心状態の者、アレコレと言い出す者とそれぞれだが、ドンダダ側以外の目が動くものは誰もシノハの姿を目で追っていた。

シノハがタイリンの肩を握りしめた。

「タイリン、今は礼を言わねばならない」 シノハの言葉を聞いて「あっ! ごめんなさい」 言うと慌てて身を引いた。

タイリンに目で頷くと、馬の横に付きクジャムに向き直った。

「クジャム、助かりました」 両の手で剣を持ちクジャムに差し出した。

重い剣を軽々と片手で受け取ると腰にさした。 そしてジャンムの脇に手をやると軽々と持ち上げ、その身をシノハに渡した。 ずっと馬に乗っていたジャンムが地に足をつけると足がよろめいた。
シノハをひと睨みするとクジャムが口を開いた。

「来い」 手綱を引き向きを変えると、森の出口まで馬を歩かせる。 その馬の歩調に合わせてシノハが歩く。
出口に差し掛かかる手前でクジャムが片手を上げる。 サラニンとバランガが馬を止め向きを変えた。 誰かがついて来ていないか、誰かが聞き耳を立てていないかを見張るため。

(人払いか・・・何を言われるのだろうか・・・)

クジャムはそのまま森を出ると、やっと後ろを歩いていたシノハに向き合った。 馬上の上からジッとシノハを見る。

「我が何を言うか分かるか」

「・・・」 全く分からない。 ただ、真っ直ぐクジャムを見ることしか出来ない。

シノハの様子に言葉を続けた。

「なぜ戦わなかった」 クジャムから睨みの利いた低く厳しい声が発せられた。

「・・・それは・・・」 戦う時ではなかった。 と言いたかったが、それではこのトンデンの村の内情を話さなければいけなかった。 そしてなにより、ゴンドュー村で教わった戦い方をゴンドュー村の許しを得ずに、出す事は許されない事だと思っていたからだ。
言い淀んでいるシノハを見てクジャムが言う。

「我らは誰にでも教えているわけではない。 我らの目で選び、教えていいと思える者だけに教えている。 その者の身体に傷を入れさせない為にだ。 我らの村の者と同じ身体と考えているからだ。 とくにシノハ、お前には我が村の者全員が教えているはずだ」

「はい」

「それなのに、今の戦いは何だ! 傷だらけのその姿は何だ! 我らが教えている事をなんと考えておる!」 シノハがいつ身を守り、戦うかを見守っていたのに全く戦おうとはしなかった。


「チッ、クジャムのヤツ声がでかいんだよ。 どうする? もう少し範囲を広げるか?」 バランガがサラニンに問う。

「いいだろう。 多分もう終わりだろうさ」 と、その時ジャンムが走ってくるのが見えた。

「オイ」 顎をしゃくってバランガに示すと「我がいく」 と馬を走らせた。


クジャムが剣を投げなければ、次の一手でシノハは完全にドンダダの持つ槍で突かれていたであろう。 避けるだけを教えたわけではないのに。 

クジャムの言葉はシノハの身を案じる気持ちと、己らの村の想いの言葉であった。
クジャムが言いたかった己らの村の想い。 それは、教えられた者は己の判断で戦っていいという事だ。 教えられた者はその判断を誤る者ではないのだから。 ゴンドューの村の者が選んだのだから。

だが、シノハの中で、まさかそんな風にゴンドュー村が考えているとは思っていなかった。 
その考えを悟ることが出来なかった己が情けなく、頭を垂れたい気持ちだが垂れることはできない。 目を逸らすこともできない。 そんな事をしてしまえばクジャムの言葉を受け止めなかった事になる。 それに、何故戦わなかったのかと自分の考えを言うと、今のクジャムの言葉に言い訳をしているだけにしか過ぎない。
じっとクジャムの目を見、言葉を聞くしかなかった。 暫くの沈黙が流れた。 

「戦いはお前の好きなようにすればいい。 身を守れ。 ゴンドューはお前を信じている」 シノハの心の内を分かった言葉であった。

ゴンドュー村は“馬を操る村” と言われているが、影を持つ影の村でもある。 その影の村とは“武人の村”。 ゴンドュー村がシノハに教えたのは、表立った“馬を操る村”の馬の操り方も勿論の事、影の村の部分でもある“武人の村”の戦い方であった。

「クジャム・・・」 シノハを見てクジャムが頷く。 その頷きに今度はシノハが顎をグッと引き、すぐに顔を上げるとまたすぐにクジャムを見た。

クジャムがピューと指笛を吹いた。 

「終わったみたいだな」 二人で目を合わせると、クジャムの元に馬を軽く走らせた。

荷物が乗った馬にサラニンに支えられながら、ジャンムがチョコリンと乗っている。

「え? ジャンム?」

「馬を見たくて追いかけてきたらしい」 呆れたような口調でサラニンが言うと

「違うよ。 乗っている所を見たかったんだ」 相変わらずハッキリとものを言う。

「じゃあ、乗っていると我らを見られないだろう。 降りるか?」

「・・・」 口を尖らす。

「しっかりとやられたか?」 バランガが意地悪く聞く。

「あ・・・」 バツの悪そうな顔で頭をかく。

「心配をかけるな」

「はい」 シノハが小さくなるのを見るとケロッとした顔で、サラニンの前にいるジャンムが急に驚くようなことを言った。

「シノハさんに拳を教えてる人ってこの人たちでしょ?」 

「ど、どうして・・・」 シノハが目を丸くする。

「だってシノハさんが戦っている時、女みたいだって言ってたから。 ほら、シノハさんが言ってたじゃない、教えてくれてる人に女みたいって言われてるって」

思わずシノハがクジャムを見た。

「ああ、そう言えば我らはペラペラと喋っていたな」 言うとジャンムを見て言葉を続けた。

「そのことは誰にも言うな」 怖い目を向けられ、生まれて初めて肝が上がる思いをした。 青い顔になりながら、コクリと頷く。

その時、

「シノハさん!」

呼ばれ、振り返り森の中を見ると、タイリンに添われトデナミが危ない足取りで走ってきた。

「トデナミ! まだ動いてはいけない!」 クジャムに待っていくれと視線を送ると、すぐにこちらに走ってくるトデナミに走り寄った。

普通ならクジャムを待たすなどと、そんなことはしない。 ましてやこんな時に。 それに万が一にもそんな事をすると、どれだけクジャムが、いや、クジャムどころかサラニン、バランガがクジャムより先に怒り出す。 だが、今はそれが出来ると判断をした。 ゴンドュー村をよく知るシノハだからこそ、その判断は間違っていないと分かる。

「シノハさん血が・・・。 それに衣も。 お身体の傷は―――」 までトデナミが言うと、シノハが制した。

「我はなんともありません。 それよりトデナミの身体が心配ですが、今は礼が先です。 何処かで休んでいてください」 

今は礼を重んじるゴンドュー村の考えが一番の優先事。 トンデン村の馬たちを集めてまわった礼もまだまともに出来ていないのだ。 ゴンドュー村を怒らせてはこの村は簡単に潰されてしまう。
トデナミの手を取り、腰を下ろせるところを探そうとしたとき、トデナミが思いもよらぬ事を言った。

「あの、シノハさんに手を添えてくださった方に礼を言いたいのですが、私では駄目ですか?」 クジャムに礼を言いたいと言うことであった。

「あ・・・それはトンデン村にとって有難いことです。 でも、大丈夫ですか?」 

「はい」 

トデナミの返事を聞くと手を取ったままクジャムの元まで歩き、そしてクジャムの馬の横に付いた。

「クジャム、こちらはトンデン村のトデナミ・・・」 まで言って馬上をみるとつい今しがたまで居たクジャムが馬上に居ない。  

足元から声が聞こえた。

「おお、なんと美しい。 トデナミと申されるのか。 我はゴンドュー村のクジャムと申す。 これほどに美しい女に出会ったことはない」

「クジャム、引け。 我はサラニンと申す。 まるで未だ知らぬ美し村の精霊のようだ」

「サラニン黙れ。 我はバランガと申す。 こやつらは目に入れなくて宜しい。 美し女、我だけを見てくれ」 

いつの間にかクジャムどころか、サラニンとバランガまで馬から下りてトデナミの前に三人が三人とも、片膝をついて片手を差し出している。


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--- 映ゆ ---  第58回

2017年03月13日 22時20分16秒 | 小説
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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第58回




タイリンが少し離れた後ろにいる馬上の男に振り返り走り寄る。

「サラニンさんお願いです、止めてください! これじゃあシノハさんが一方的にやられてるだけです!」

秀麗な顔を持つ男、シノハの戦い方をしなやかと言ったサラニン。 ゴンドューの村の3人の内の一人。

「やられてる? ・・・まぁ、そう見えなくもないかな? なぁ、バランガどう思う?」 秀麗であり爽やかな顔を、どこか食えない面立ちのバランガに向ける。

「まだいいだろう」 あっさりと答えた。

「バランガさん、まだって。 ・・・もうこれ以上は・・・」 バランガに希求の目を送る。

「タイリン、シノハのことは誰よりも我たちがよく知っている。 心配するな」 ジャンムの後ろで髭面、強面のクジャムが言った。

「うん?」 小さい声が漏れた。 サラニンが片眉を上げ訝しげに斜め前を見ている。

「おい」 言うとバランガに顎で先を示した。
村人が皆、心配気に見守っている中、一人の男の口がほころんでいるように見える。 バランガがその男を見遣ると、不気味な笑いを浮かべた。

その時

「ドンダダ! 受け取れ!」 ファブアが槍をドンダダに投げた。

「ファブア! 何てことするんだい!」 女たちが口々にファブアを罵る。

受け取ったドンダダ。 一瞬、迷いが見えた。 だが、勝負がつかない、引くにも引けない。 どんな形をもってしても決着をつけたい。
ドンダダが構えることなく片手で槍の真ん中を持ち、その腕を肩の高さまで上げるとシノハに光るその穂先を向けた。

「戦え。 これ以上逃げてばかりだとこれを使うことになる」

「何度も言ってるだろう。 戦う気はない」 ドンダダの前に立ち、槍を見せられようが、変わらぬ気持ちを直言する。

「それは、これを使ってもいいという事だな」 シノハの表情は全く変わらない。

ドンダダが槍を構えた。 シノハが間合いを取る。 拳で戦っていた今までとは間合いが違う。 空気が張りつめた。
だが、ゴンドューの村の2人は小首をかしげる。 残りの一人クジャムは表情すら微動だにしない。

「おかしいなぁ・・・」 秀麗な顔を持ったサラニンが言う。

「ああ、あれじゃ突いていくれといったもんだ」 バランガが答える。

「シノハさん! 戦って!」 今度はシノハに教えてもらっていた男たちが言い出した。

シノハがチラッと男たちを見たその隙を突いて、シノハの肩に槍が突くように伸びてきた。 身体を捻ってそれをかわすが、槍はすぐに引かれて今度は反対側のシノハの腹を目がけて伸びてきた。 槍が避けたシノハのマントをかすめる。 

ドンダダは止めることなく次から次へ突いてくる、襷掛けに薙いでくる。 シノハのマントも衣も所々切れはじめてきた。 そして二人の息も段々と上がってきた。
タイリンが居ても立ってもいられず、オロオロとしだす。

槍がシノハの胸元を突いてきた。 身体を少し横に振ると前に屈めて腕を上に差し出した。 槍を引かれる前に、その腕ですぐさま槍の柄に絡め脇でおさえた。 

「やっとやる気になったか?」 息を上げながらドンダダが満足そうに言う。

「いい加減にしろ」 こちらも息が上がっている。

シノハの返事を聞いてドンダダが勢いよく槍を引いた。 シノハがすぐに槍を放した。 このまま持っていれば槍の穂でやられる。

「あーあ、なんであのまま槍を取り上げないんだよ」 バランガが言う。

「・・・そう言えば、だれかシノハに槍を教えていたか?」 サラニンが二人の様子を見て言う。

「え? 知らないよ。 まぁ、少なくとも俺は教えてないけど・・・ん? そう言えば誰も教えてないか?」

「多分そうだな。 さっきから全く間合いが取れていない。 だれも馬と拳と剣しか教えていなかったな」
槍は突く、剣は切る。 長さも違えば、次に出る手も全く違う、それ故、間の取り方、かわし方も根本的に違う。

「クジャムどうする?」 サラニンが聞く。

「・・・あと少し」 

サラニンとバランガ二人が目を合わすと肩をすくませ、タイリンとジャンムが泣きそうになっている。

右に出すと見せかけた槍が左を突いてきた。 シノハの頬を槍の穂先がかすめた。 穂先に当たった髪が宙に舞う。 そして頬に一筋の血が流れた。
女たちは泣きそうになり、男たちは声も出せない状態だ。
しだいに腕にも槍の穂先が触れて血が出てきた。

槍がシノハの足元を払うように伸びてきた。 素早く飛び上がりそれをかわすと、今度は飛んでいる身体を狙ってくる。 女たちやジャンムが顔を手で覆った。

「馬鹿かっ! あんなに高く飛んで!」 思わずバランガが大声で言うとサラニンが鼻であしらった。

「お前と違うんだ。 飛んでいてもシノハはかわせる」

空中にもかかわらずしなやかに身体を捻り、その身体を横に移動させた。 突こうとした槍が空を突いた。 縦に1回転し着地すると、衣の脇が大きく切れていた。

すぐに喉元へ槍がとんできた。 身体を後ろに逸らしてかわすと、そのまま身を低くし、身体をよじって片足を軸に回転すると前に向き直った。 そのシノハをドンダダが見据える。

「しつこい・・・いい加減やられないか」 肩で息をしている。

その時

「シノハ、これを使え!」 

すぐさま声のした方を見ると、クジャムが目に入り、その手から剣が投げられたのを捉えた。
投げられた剣を受け取る。
ガシッ!
静まった中、重みのある音が響く。

「クッ・・」 シノハの腕がその剣の重さを重々と感じた。

「一度しか使うな」 早々に決着をつけろという事だ。

クジャムの剣は大きな身体に見合った太く重い両刃の剣。

(この剣を使うと簡単に槍の柄を切れる・・・でも、それじゃ駄目だ。 どうする・・・)

「お前の仲間か? 仲間はやる気があるようだな。 せっかく貰った剣だ。 抜け」 ドンダダが剣を使えと促す。
だが、待ってもシノハが剣を抜かない。 剣の鞘を持ち、下に向けたまま。

「お前は全くやる気がないようだな。 それならそれだ!」 言うと真正面からシノハ目がけて槍を突いてきた。

途端、剣を抜かず鞘ごと下から振り上げ、いとも簡単に槍を弾いた。 ドンダダの手から槍が飛んでいく。 
剣を使って切っては剣に頼った戦いとなってしまう。 これほどの剣を使って勝っても何の意味もない。 鞘を使うことで、それを回避した。
槍を弾くと一瞬に鞘から剣を抜き、その剣先をドンダダの鼻先に突き出した。 驚いたドンダダが動きを止める。
時が一瞬止まった。 ドンダダの目が驚きに見開いている。 シノハがそのドンダダを睨みすえる。
そして皆に聞こえる程の大きな声で言った。

「村々の掟によって、申し入れをする!」

村々の掟。 その場がどこであろうと、他所の村の者に対して先に手を出した者が、出された側から改めて勝負を申し入れる事が出来る。 最初の勝負がどうであれ、その時の勝ち負けは関係ない。 出された側が村々の掟によって勝負を申し出たその勝負での勝ち負けが結果となる。

見守っていた村人はあまりの速さに何が起こったのか分からない。 勿論、タイリンとジャンムもだ。 分かっているのは当のシノハとドンダダ。 そしてゴンドューの村の3人、クジャム、サラニン、バランガだけだ。

「戦いを申し入れる!」 シノハの言葉に束の間、静まりかえった。 

シノハが低い声で言う。 

「戦いはドンダダに決めてもらう」 村人の静寂の中その低い声、言葉が響いた。

通常なら、申し入れた方が自分に都合のいい、この戦いなら勝てるだろうという戦いを申し入れる。

「だが、ドンダダに決めてもらう以上、我が勝った時には我の全ての申し出をのんでもらう」 シノハのその言葉にドンダダが息を飲んだ。

「トデナミのことか?」 鼻先に剣を向けられたドンダダが小さな声で言う。

「それだけではない」 ドンダダには見えない申し出。

(トデナミ以外のこと・・・村の者でないコイツがいったい何の申し出だ・・・) 

何を思案していても、申し入れをされてはそれを受けなくてはならない。 その上で、シノハに拳や槍での戦いと決められては、今の戦いからすると勝てる見込みがなさそうだ。 負けて村の者に恥を晒すのはなんとしても避けたい。 己で戦いの種類を決めて勝つしかない。 よってシノハの申し出をのむしかない。

「・・・のもう」 その返事に暫くは動かなかったシノハが、やっと剣をおろした。

「では、なにで戦う」

シノハの言葉にドンダダが一瞬思案した。 拳と槍、そして槍での戦いから見ると剣も使えるのだろう。 剣以外のもの・・・すぐには思いつかない。

「明日、・・・明日、申し入れる」 

「・・・承知した」 ドンダダに最後の睨みを入れると、剣を鞘に戻した。

一呼吸おくと、ドンダダから目を外し、クジャムの元に歩み寄った。

シノハの後姿を見送ると、ドンダダが顔を歪め踵を返した。 ファブアがドンダダに走り寄った。 が、すぐさま肘鉄をくらわされその場に倒れこんだ。
そのファブアの後ろから歩いていた男。

(せっかくドンダダがやられるところを皆に見せるように仕向けたのに。 チッ、予定が狂った。 まぁ、申し入れでドンダダが負ければ同じこと。 それにドンダダが勝った時の手は打ってある。 その時はそっちを使うまでだ。 それにしても申し出とは・・・アイツ、何を考えているんだ) 
シノハの後ろ姿をチラッと見ながら、男がファブアに手を添え起こしてやった。

シノハがクジャムの前に、いや、正確に言うとクジャムの乗る馬の前に歩み寄った。

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--- 映ゆ ---  第57回

2017年03月09日 22時19分18秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第57回




思いもしない突然の問いかけにすぐに返事が出来ない。

「トンデンの者かと聞いているんだ」 低く野太い声。

「・・・うん」

あまりにもトンデン村の人相とは違う。 その上、ガッチリと筋骨隆々とした体躯に濃い髭。 筋肉の盛り上がった腕はジャンムのポッテリした足でも比べ物にならない大きさ。 茶色の衣の上に黒い革の袖なしを着、同じ革の肩当と肘当てをしている。 上衣と同じ茶色の下衣は長靴(ちょうか)の中に入っている。

常であったなら一人で相手をするには、きっと恐いと思ったであろう。 が、あのすごい馬上の姿を見せられては、恐いどころか心の中は憧憬しかない。
それに馬が村の馬とは全然違う。 しっかりとした筋肉、艶のある毛。 

(真っ黒なのに光ってる・・・それに後ろの馬もきれいな茶色・・・) 憧れの想いがどんどん膨らみ、頭がいっぱいになる。

黒い青毛の馬には何も乗っていないが、後ろにいる茶色の栗毛の2頭には沢山の荷物が載せられ、吊るされていた。

(あんなに沢山の荷物を載せて走ってたんだ・・・)

「シノハはどこに居る」

「え?」 急にシノハと言われて戸惑ってしまう。

「シノハはどこに居るのかと聞いているのだ」

「あっ・・・シノハさんなら・・・森の中に居ると思う」

「森?」

「うん」

馬上の男が後ろを振り返ると、後ろの2頭の上で話を聞いていた二人が頷いた。 

後ろの馬上の男たちは、今話している男ほど屈強な身体には見えないし、強面でもない。 屈強で強面な男は腰に剣を下げているだけだが、後ろの二人は身に剣と弓、矢筒が背にある。 それにさほど髭も濃くない。 強面と同じ衣姿だが、色が違う。 衣は緑色、青い革の袖なしに同じ色の肩当と肘当て姿だった。
一人は稀に見る秀麗な面立ちをし、もう一人はどこか食えない面立ちをしている。 それに先頭の馬上の男より随分と若そうだ。
馬上の男がジャンムに顔を戻すと言葉を続けた。

「案内できるか?」

「うん」 
ああ、でもこの筒や椀をどうしよう・・・心の中では少しの葛藤があったが、この馬上の男たちが馬に乗る姿をもっと見てみたい、と思う方に圧倒的に天秤が傾いた。

先頭の馬上の男が後ろに居る男に向って顎をしゃくった。 後ろについていた一人、秀麗な顔をした男が馬から飛び降り、手綱を離してジャンムに近寄ると、軽々とジャンムの身体を持ち上げた。

「ぅわわ!」 言うまに、先頭の馬上の男の前に座らされていた。 驚く間もなく、すぐ真後ろから問いかけられた。

「森とはあそこだな。 入り口はどこだ?」

「あ・・・あ・・・あっち」 指をさす。 
いつも見ている景色と全く違う。 それに地面を見ると今の自分の高さに驚く。

「行くぞ。 しっかり鬣(たてがみ)に掴まっておけ」 言うわりには片手で手綱を持ち、もう一方の手でしっかりとジャンムを抱きかかえている。

太い腕を身体にまわされ、驚きそうになったがすぐに馬が走り出した。 驚いている間などない。
風を切って髪が流れる。 風が顔に当たる。 風の強い日に顔に当たる感覚とは全然違う。 顔が風を作っているようだ。 

(すごい! すごい!)
まるで鳥にでもなった気分だ。 いや、走る振動が身体に響く。 鳥ではそんなことは無いであろう。

(馬に乗ってるんだ・・・そうだ、今馬に乗って走ってるんだ!)
大きく開かれた目が風で乾きそうになる。 が、瞬きなどするのがもったいない。 昂揚感に満たされていると後ろから声が掛かった。

「あそこに見えるのがそうか?」 後ろの馬上の男が問いかける。

その声に今に帰らざるおえない。

「え? あ、うん、あそこ・・・見えるかな? 入り口があるでしょ?」 また指をさす。

「うん? ・・・ああ分かった」 目を凝らして見た入り口に向って、速さを落とすことなく馬を走らせた。

「森に入ったらあんまり早く走らせないで」 もっとこの感覚を味わっていたいが、そうはいかない。

後ろに座る馬上の男が訝しげに片眉を上げた。 それに気付いたかどうかは分からないが、前に座る少年が言葉を続ける。

「まだ村のみんなが居るかもしれないから、きっと驚くと思う」 

「ああ」 言うと、素早く眼球が動いた。

森の手前で駈足から速足にかえた。 後ろの2頭もそれに従う。 次に森に入ると常足(なみあし)に変える。
入り口は道が狭いが少し歩くとすぐに木が少なくなり、広がっている場所があった。 そこに村人が群がっているのが見える。 高い馬上から見るがため、なぜ群がっているのかがすぐに分かった。 真ん中に居る二人を遠巻きに見ていたのだ。

先頭の馬上の男が馬を止め、後ろを振り向いた。

「おい、ここでこんなに面白いモノが見られるとは思っていなかった」 両の口の端を上げて満足そうに言う。

言われた後ろの二人が首を傾げながら、馬を前に進めて先頭の馬に馬首を並べ、その場面を見た。

「へぇー、こりゃ面白い。 ったく、人の心配も知らないで。 暫く見学させてもらおうぜ」 食えない面差しをしている一人が言うと、秀麗な顔の男に目を向け二人で不気味な顔をつくる。

村人達は何をするでなく、固唾を飲んで見守っている。 女たちは胸元で両の指を組み、眉をハの字にしている。 男たちは眉根を寄せて拳を作り、その拳を色んな手の位置に持ってきている。

秀麗な面差しの男が少し馬を動かした。

パカ。

「え? 蹄の音?」 タイリンが振向いた。 

すると少し離れた後ろに3頭の馬が並んでいる。 顔を上げ馬上の人を見た。 するとその馬上にはあの挨拶を強要された、あの忘れられない顔が並んでいるではないか。 思わずその名を呼びかけた。 するとその中の秀麗な顔をした一人がすぐにタイリンに気付き、人差し指を口に当てると、喋るなと見せた。

「うわー!」 男たちの声が聞こえてタイリンが前を見た。

シノハとドンダダの戦い。

ドンダダがシノハ目がけて拳を出す、蹴りを入れる。 シノハがそれをことごとく避ける。 
三人は暫く黙って見ていたが、せっかく面白いものを見ようと思っていたのに、その戦いの様子が思っていたものと違う、違い過ぎる。 ファブアのときと同じく、シノハはずっと避ける事しかしていなかった。

「ふぅーん・・・シノハは手を出さないのか」 誰にいう事なく、ジャンムの後ろの男が呟いた。

「前にファブアとやったときも、シノハさんは絶対に手を出さなかったよ」 意外な所から返事がきたものだと、目の下にあるジャンムの頭を見た。

「オロンガでは簡単に人に手を出さないからなぁ?」 秀麗な顔の男が言う。

「え? そんなことないよ。 トワハはいつもケンカしてるよ」 これまた意外なところ、ジャンムからの返事であった。

「トワハか・・・確かシノハの兄だったな」 

「うん、そう」 嫌味のない屈託ない返事。

ドンダダの回し蹴りをかわそうと、シノハが屈んだ。 すぐさまドンダダがかわされた足を地につけると、今度はさっきまでの軸足を大きく上げその踵をシノハの頭めがけて振り下ろす。 シノハが屈んだまま片足を開くと横に滑るように避ける。

「左右両利きか・・・」 ジャンムの後ろの男が顎の髭に手をやる。

「うん、いつも左は出さないんだけどね。 珍しいな・・・」

「と言う事は、追い詰められてるってことだな」 秀麗な顔の男が言う。

「あ、今の避け方は俺が教えたやつだ」 食えない顔の男が言って、またすぐに言葉を繋いだ。

「へぇー、なかなか上手く身につけてるじゃないか」
シノハが次の動きにでている。 食えない顔の男は、自分が教えた避け方をしたすぐ後に、微塵とも身体を揺らさず、すぐに次の動きに転じたことを言っている。

ドンダダが大きく一歩出し間合いを詰めると、肘をシノハの顔めがけて入れようとする。 詰められた分だけ、シノハが足を後ろに引く。 と、すぐにドンダダの足がシノハの足を払おうととんでくる。 軽くその足を跳んで避け、片足ずつ下りると身体をひるがえした。 そのシノハの身体に少し遅れてマントがシノハの身体に添ってくる。

「相変わらず身が軽いな」 今度はどんな言葉が返ってくるだろうかと、下に見える少年の頭を見下ろしたが、戦いの様子に必死になってきたのか、何の言葉も返ってこなかった。

「あ! ったく、シノハのヤツ、どうしてあんな始末の仕方をするんだ」 教えたやり方と少々違う。 食えない顔がブスッと膨れる。

「くくく、お前が教えたんだろう? 女らしい始末の仕方をな」 ジャンムの後ろの男が言う。

「やめてくれよ。 あんな始末の仕方は教えてない! っとに、アイツは、鍛えなおしだ!」

「無駄だ。 あれがシノハのやり方だ」 秀麗な顔を持った男が言う。

「女みたいなのがか?」 馬上の男たちは会話をしながらも、シノハからは目を離していない。

ジャンムがどこか遠くでやり取りを聞いていて思いだした事があった。

(たしか、シノハさんは教えてもらってる人に女みたいだって言われてるって言ってた。それじゃあ、この人たちがシノハさんに拳を教えてるの?)

「アイツは俺たちと身体が全然違うからな。 どうしてもああやって、しなやかにする方が動きやすいんだろう」

「しなやか? 戦いにしなやかなんて要らな―――」 その返事を聞き終わる前に、秀麗な顔を持った男が喋りだした。

「あ! 今のはこの前、俺が教えたばっかりだ。 ふぅーん、上手くこなせてるじゃないか」 

教えた事に関心を持って見ている間にも、次々とドンダダの拳や足がシノハにとんできている。
ドンダダがまるで一本の大木のように、太い腕をシノハの横面めがけて回しとばしてきた。 それを避けた途端、後ろ蹴りがとんでくる。 すぐさま身をかがめ、ドンダダの背から前に滑り入った。

「あ、あれって、アットウの得意なやつだな。 あれは誰にも教えないってアットウが言ってた筈だが、シノハには教えたのか?」 女らしい始末の仕方を教えたと言われた食えない顔の男が言う。

「いや、教えていないはずだ。 もしかしたら、アットウが練習しているのを見て覚えたのかもしれないな・・・あ、いや、そんなことはないな、アットウは練習している所すら見せなかったはずだ」 秀麗な顔の男が言うと、ジャンムの後ろの男がそれにつづいて言った。

「ああ、だが一度見たはずだ」

「え? いつ?」 

「アットウとお前がケンカを始めたとき、アットウがあれをやっただろう? あの時、シノハは見ていたはずだ」

「ああ、あの時か。 あの時はアットウも俺も振られたけどな。 へぇー・・・一度見ただけで覚えたのか。 まぁ、考えればあれはシノハには向いているな」

「ああ、自分の出し方をよく知っている。 つくづく我が村に欲しいわ」

タイリンから少し離れた後ろで他人事の様に交わされる会話。 前で戦うシノハを気にしつつ、とうとう聞いていられなくなった。


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--- 映ゆ ---  第56回

2017年03月06日 22時51分27秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第56回




抱きしめられるその手をはねのけたい。 だが、力が入らない。

(・・・シノハ・・・タスケテ) 力なくの抵抗を試みるが、どれも簡単に抑えられる。
トデナミの目に映るすべてがぼやけてきた。

(どうして・・・) 我が身が思い通りに動かない。

「・・・トデナミ、我の女房になれ」 ドンダダの言う言葉が遠くに聞こえる。

そのドンダダの耳に突然何かが走ってくる音が聞こえた。 トデナミとのことしか頭になかった故、すぐ近くまでやってくるまでその音に気付かなかった。

「トデナミを離せ!」

(・・・シノハ・・サン・・・) トデナミの耳に鮮明にシノハの声が聞こえた。 
残っている僅かな力を腕に込めて、ドンダダを押しやった。


少し前

「オイ、ガガンリ。 子供達を遊んでやるなら村の奥へ行けといってるだろう」 ファブアが言う。

「何でだよ。 奥に入ると丸太があったりして危ないじゃないか」 ガガンリが、眉をひそめる。

「理由なんてお前が知る必要はない。 何でもいいんだよ。 とにかく子供達をつれて奥へ行け」 言うとその場を去った。

その時、シノハとタイリンそしてジャンムが、石洗いと水汲みが終わって村の前を通った。 すると、今日はトデナミと一緒にいるはずの子供達が、村の入り口でガガンリと一緒に遊んでいるではないか。 それに気付いたのがジャンムだった。

「あれ? どうしてサンノイ達がいるんだ?」 両手には汲んできた水の入った筒を抱えている。

「どうした?」 ラワンの手綱を引きながらシノハが尋ねた。

「うん、今日はサンノイ達がトデナミさんと一緒にいるはずなんだけど、あそこにサンノイ達が居るから、トデナミさんも村に来てるのかなぁ?」

「え?!」 顔色を変えたシノハがすぐにラワンに下げていた水の入った筒や石の入った筒、椀や編みかごを下ろしながらタイリンを見た。

「タイリン! トデナミが来ているかどうか聞いてきてくれ! 急いで!」

あまりの剣幕にタイリンが驚いて、両手に抱えていた水の筒をその場に置くと村の入り口まで走って行った。 タイリンがサンノイに駆け寄ると、トデナミは一人で森の中にいるという事だった。 タイリンの血の気が引いた。 すぐにシノハの元に走りながら、大声でトデナミが一人で森の中にいる事を告げた。

「くそっ! ジャンム、あとを頼む!」 ラワンから下げていた物をその場に残し、ラワンを走らせた。

タイリンの大声にファブアが気付いて、まだ村の入り口に居るガガンリの横に走ってきた。

「チッ、またあいつか・・・失敗か」 ラワンに乗って走り去るシノハを見て小声で言う。

「失敗?」 ガガンリが何のことかと尋ねる。

「何でもない・・・って、お前のせいだよ! だから子供達を奥へ連れて行けって言っただろ!」 ガガンリを睨んで怒鳴り散らす。

「なんだよ、いったい何を言いたいんだよ。 分けが分からない」 首を振ってみせた。

「くそっ!」 言うと、また村の中に歩き出した。


森に入る前、噂がファブアの耳に聞こえた。 シノハがトデナミを探していると。 そして、その噂を聞いたカンジャンがトデナミの元に向ったと。
もしかしてその噂をカンジャンがトデナミに言ったら、トデナミが森を抜けてくるかもしれないと思った。 だから策を練った。 どうやってドンダダを森に向わせようかと。 すると馬が1頭逃げ出してきたと声が聞こえた。 これを使わない手はない。 

森を見張っていると案の定、トデナミが現れた。 トデナミを一人にして村に帰るとすぐに、ドンダダには逃げ出してきた馬を森に繋いでもらうように仕向けた。 

いつもならドンダダの周りには人が居て誰彼となく「それなら俺が連れて行く」 という話になるが、ここ最近はドンダダの周りにあまり人が居ない。 その上、今日はたまたま一人で立っていた。 まぁ、一人で居なくとも「お前じゃ馬を走らせるのが遅いんだよ」 とでも言うつもりであった。 

それに万が一にも、またシノハに邪魔されないように、今日はトデナミと一緒にいるはずの子供達を、見つからない所においておこうと思っていたのに、ガガンリが目立つ所で子供を遊ばせてしまった。

ファブアにしてみればシノハとのやり合いで、ドンダダから呆れたような言葉を吐かれた。 それを埋めたかった。 トデナミとのことを自分がお膳立てすれば、シノハとのやり合いでドンダダが吐いた言葉が埋まると思った。 いや、それでも余りあると思っていたのに、ガガンリが要らない事をしてくれた。

「くそっ! したくもない子供の相手までしたって言うのに!」 言葉を吐いて辺りにあるものを蹴散らした。


シノハがラワンに乗って走り出す様子を見ていたタイリンが踵を返し、タム婆とザワミドの元に走り事を告げた。 驚いたタム婆とザワミド。 

「ザワミド! すぐに行け!」

ザワミドがすぐに走り出し、タイリンもその後についた。 
タム婆が二人の姿を見送ると、すぐに地と風に祈りを捧げた。

二人が走り出すのを見ていた数人の女たちが顔を見合わせると、何があったのかは分からないが、取り敢えず大変な事なんだろうと、その女たちも後を追って走り出した。 

「あれ? タイリン?」 ジャンムの横をタイリンとザワミドが走り抜けていく。

タイリンは足を止めてジャンムに説明する間もない。 ただ、ザワミドの後を追っている。

その後すぐに誰が言ったのか「今日は進まない。 終わりにして森に帰らないか?」 と言う話になり、残った者も森に向かおうとした時、先頭を歩く男にジャンムの姿が目に入った。
一人取り残されたジャンム。

「俺一人でこんなに沢山、どう持ったらいいんだよ」 一人眉根を寄せて頭を捻っている姿があった。

「おい、ジャンム。 何やってんだ?」

「うん・・・。 シノハさんがこの荷物を置いてっちゃった。 俺一人で持てない」

「ああ、そんな事ならみんなで持って行ってやるよ」

「え? もう森に帰るの?」 見てみると男たちも女たちもゾロゾロと歩いている。

「ああ、今日はもうやめようって・・・あれ? 誰が言い出したんだ?」 横に立つ男に聞くが、目を丸めて首を振る。

「まっ、とにかく持ってくれるんならそれでいいや。 シノハさんが慌ててラワンに乗って行ったから、完全に置いてきぼりだもん」 

後ろから歩いて来たジャンムのその言葉を耳にした、シノハに教えを乞うている男たち。

「え? シノハさんが? それってどういうことだよ?」

「わかんない。 でも・・・森にトデナミさんが居るのかな?」 後ろから歩いてきた女たちが、ジャンムの言葉を聞いて目を合わせた。

「ちょっと、ジャンム! トデナミさんが一人で森に居るの?!」

「え? だって、今日一緒に居るサンノイたちが村に居るんだもん。 トデナミさんは一人だろ?」

その言葉に女たちが周りを見た。 ドンダダが居ない、まだ村の奥に居るのか? それにしても確かにサンノイたちは居る。 その中でサンノイの母親が声を荒げる。

「サンノイ! あんたトデナミさんを置いてきたのかい!?」 大声で言われたサンノイが驚いて目を見張った。

「どうなんだい!?」 こわごわコクリと頷いた。

「あれだけ! あれだけ言っといたのに!」

「今はそんな事を言ってる場合じゃないわ!」 女が走り出した。

他の女もそれに続く。 が、男たちは何のことだか分からない。

「どうする?」 男たちが目を合わせた。

「放っとけないよな」 言うと互いに頷き男たちも走り出す。

「え? あ、おい! 荷物を持ってくれるんじゃないのかよー!」 が、誰一人としてその言葉に振り返らなかった。

また一人取り残された。 厳密に言うと、まだファブア達がノロノロと歩いて来てはいるが、ファブアとは話す気もない。
ファブアが横目で見ながらジャンムの横を通った。 それを無視するかのように、何とかして一人でどうにかしようと、筒や椀を一箇所に寄せだした。

「せいぜい一人で頑張りな」 嘲るような言葉を背中越しに言う。 ジャンムがその背中を睨みすえる。 

(ファブアのバカヤロー!!) 心の中で叫んだが、すぐ自己嫌悪に陥った。

(これが父さんならすぐにファブアをとっ捕まえて、拳を顔に入れてるんだろうな。 俺にはまだその勇気がない・・・もっともっと、シノハさんに教えてもらわなければ駄目だ) ファブアの背中を見えなくなるまで睨みすえると、向きをかえ腰に手をやり、さてどうしたものかと考える。

「仕方ない。 少しずつでいいから運ぶしかないか・・・」 ふぅ、と息を吐いて、遠くに見える目の先を見た。 向こうの方で青い砂煙が上がっているのが見える。

「あれ? なんだ?」 目を凝らすがまだまだ随分と遠くだ。 砂煙しか見えない。 じっと見ているとその砂煙の前に馬が見えた。 

「馬? 迷い馬?」 よく見る。

「違う・・・誰か乗ってる」 更にじっと見ていると、確かにこちらに襲歩(しゅうほ)で向ってくるではないか。

「え? なんで? 誰が今のトンデンに来るっていうの?」 

今では充分目に見える。 3頭であり、馬それそぞれにしっかりと人が乗っている。 

「すごい・・・すごい。 俺もあんな風に馬に乗ってみたい・・・」 ジャンムの目には、馬に乗る三人の姿が雄雄しく、いやそれだけではない、勇烈にも凛々しくも見える。

最初は目を瞠っていたが、その内その姿に酔ったようにボォーっと見ているた。 するとその馬たちはすぐ目の前にやってきた。

「え?」

馬上の男は手綱を引いてジャンムの横に付いた。 他の2頭はその後ろについている。

「トンデン村の者か?」 馬上からジャンムを見下ろす。

「あ・・・」


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--- 映ゆ ---  第55回

2017年03月02日 22時10分32秒 | 小説
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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第55回




「なにを・・・」 顔が真っ青になる。 そのトデナミを無視してトデナミにしがみついているトマムを見て言う。

「なぁ、トマム。 俺は今日すごく気分がいいんだ。 だから仲直りしないか?」 子供達の中に居るトマムに話しかけるが、トマムは返事どころか顔も向けてこない。

「なんだよ、無視かよ」 言うと小首をかしげ、周りの子供達をトマムから剥がすように子供達の手を引っ張った。

「さ、お前らちょっとどけや」 トデナミから子供達を引き離そうとする。

「子供達に触るのではありません!」 子供達に手をまわすが5人の子達全員には充分に手をまわしきれない。

「おい」 ファブアが2人の男たちに顎をしゃくって立ち上がった。

男たちは仕方がない、といった感じでそれぞれ、トデナミの手から片手で子供を持ち上げた。

「何をするの!」
トデナミが立ち上がり、男たちから子供を取り返そうとするが、男たちがすぐにもう片方の手で子供を持ち上げた。 2人の男がそれぞれ2人の子供を手にかかえる。 
子供達は何がなんだか分からないようで唖然としている。

「離しなさい!」 トマムはまだトデナミにしがみついている。

「トデナミ、そんなに言わなくても何もしやしないさ。 村の子供なんだぜ?」 トデナミがキッと睨む。

「今は私と居る時です。 子供達を離しなさい」 

その時

「ねぇ、村に連れて行ってくれるの?」 かかえられているナイジャが男に聞いた。

「え? 村に行きたいのか?」 

「うん。 でも、疲れた」 

「なら、このまま連れて行ってやろう。 トデナミ、そういう事だ。 安心しろ」 言うと歩き出したので、もう一人の男もそれに従った。

「ナイジャ! サンノイ!」 

「トデナミ、村に連れて行ってもらうだけだから、心配しないで」 ナイジャの声だけが残った。

トデナミがその姿を目で追っていたが、視線の先をファブアに変え睨みすえた。

「おいおい、それはないだろ? 村の子供をどうにかしようなんて誰も考えるわけないだろう。 何を考えすぎてるんだ?」 両の眉を上げ首を少し傾げる。 

確かに子供達には何もしないであろう。 が、その姿が不気味に感じる。
ファブアがトデナミから視線をはずし、足にしがみついてるトマムを見た。

「さて、トマム。 お前はどうする?」 トデナミの足にひたすら顔を付け、ファブアを見ようとしない。

トデナミがしゃがんでトマムを抱え込む。

「この前殴ったのは悪かったよ。 ちょっと虫の居所が悪くてさ。 仲直りしようじゃないか」 ファブアがトデナミの前にしゃがんでトマムに話しかける。

「ファブア、いい加減にしなさい!」

「え? どういうことだ? たとえ相手が子供とは言え、村の中でしこりがあるのはいいことじゃないだろ? それともトデナミはこのままずっと、俺とトマムがこの状態でいいって言うのか?」

「・・・何を企んでいるの」

「企むだなんて、俺も信用がないなぁ。 何も思っちゃいないさ。 ただ・・・」 話すファブアをトデナミが睨みすえる。

「トマム、よく聞けよ。 お前が素直に俺と話をしないと、俺はトデナミを殴ってでも、お前をトデナミから離して話をする」 トマムの肩がピクリと動いた。

「何を言ってるの!」 トマムが顔を上げトデナミを見た。

ファブアがトマムに言葉を重ねる。

「トデナミを殴ってでも、お前をトデナミから離すんだが、それでもいいか?」 嫌な笑いを口元に浮かべた。

「・・・トデナミ」 トマムの細い声。

「トマム、いいのよ、何も考えないで」 言うとファブアをキッと睨んだ。

「それが大の男のやり方?」 その言葉にファブアが両の眉を上げた。

「やり方? どういうことだよ。 俺はトマムと仲直りをしたいのに、トデナミが邪魔をしてるんだろう? なっ、トマムどう思う?」

トデナミの背中に一筋の嫌なものが走る。 不快という虫が足をなして背中を下から上に這っているような気がする。
トマムが上げていた頭を下げ、トデナミから離れようとトデナミを押した。

「トマム!」 すぐにトデナミがトマムをギュッと抱きしめた。

「・・・トデナミ、離して」

「そうだよな。 男同士の話し合いってヤツがあるよな。 それに安心しろ。 今日は気分がいいんだ。 それなのに俺だってトデナミを殴りたくない。 そうだ、お前も村に行きたいだろ? 一緒に行こうぜ。 歩き疲れたんなら抱っこしてやるしさ。 その間に仲良くなろうぜ」 

言葉を重ねられたトマムが、それを聞いていたかどうかは分からない。 が、

「・・・トデナミ、トデナミが殴られたらイヤ。 だから離して」

「トマム・・・」 

殴られてでもトマムを離したくない。 トマムがどれだけファブアを恐がっているのか、さっきの様子で充分に分かっていた。 でも、もしここで自分が殴られたら、一生トマムの傷になるかもしれない。 ナイジャが馬を恐がった時、年下のトマムがナイジャを守った。 「トマム、男だもん」 と言って。 その心を折るかもしれない。 それに、ファブアの言うとおり、村の子供をどうにかするはずはない。
抱きしめている手の力を緩めた。 ゆっくりとトマムが顔を上げ、そっとトデナミから離れた。

「そうだ、トマム。 こっちにこいよ」 トマムが向きをかえると、すぐ目の前でファブアが手を出している。

「村に行くか?」 頷く。

「抱っこしてやろうか?」 首を振る。

「歩くのか?」 頷く。

「じゃ、行こう」 手を繋げと差し出すが、それを無視して歩き出した。

「けっ、それで仲直りなんて出来ないじゃないか」 ワザとらしく言うと、トデナミをチラッと見て立ち上がった。

「トマムに何かするわけじゃない。 村に連れて行くだけだ。 安心しろ」 トデナミは目を合わせない。

「ふっ、それじゃあな」 まだしゃがんでいるトデナミを見下ろし、片方の口の端を上げた。

しゃがんだまま黙って森を出て行く二人の後姿を見送ると一人きりになった。
気が抜けて尻餅をついてしまった。 膝を立てたままその膝に顔をうずめ、地についていた両の手で膝を抱いた。

(ファブア・・・いったい何を考えているの・・・) 膝の中で目を瞑り、上がっていた肩を降ろす。

(疲れた・・・) 日頃出さない大きな声を出し、張っていた気が肉体さえも疲れさせた。

頭の中がジンジンする。 
何もしたくない。 
何も考えたくない。
膝にうずめた目は明かりをとらず、暗い瞼の裏さえ見えなくなるような気がする。
どれだけの時をこの状態でいたのか分からない。

(・・・誰もいない・・・一人っきり・・・このままじゃ、またシノハさんを怒らせてしまう・・・) 瞼さえも重く感じながら、膝の中でゆっくりと目を開けた。

(・・・森の奥に帰らなくちゃ)
膝から顔を上げゆるりと立ち上がった。 が、頭の中がグラグラと揺れ、目の前が真暗になってしまい、また座り込んでしまった。 両の手で目と額を押さえる。

(あれくらいで、情けない・・・) 
座り込んだ身体が横に揺れる。 身体がいう事を聞かない。 揺れる身体を支えようと、前屈みになって片手を地についたが、まだ身体が揺れる。 思わず横座りの状態になって片手でその身体を支えると、やっと身体の揺れが止まった。 頭の中の揺れはまだ続いている。
無理はしないでおこう。 頭の中の揺れが収まるのを待っていよう。 

(焦ってもまた同じことになるかもしれない・・・)
暫くすると頭の揺れがおさまった。 

(良かった・・・もう少ししたら立てるかもしれない)

そう思っていると、走ってくる蹄の音が聞こえた。 
そして蹄の音が横で止まった。

「どうした?」 その声が誰のものかすぐに分かった。

(ドンダダ・・・) 馬から下りた気配がする。

「何でもないわ」 片手はまだ額を押さえている。

(覚られないように、自然にしなくちゃ)

「なんでもなくないだろう。 大丈夫か?」
トデナミがゆっくりと立ち上がった。 その顔が青白い。

「おい、顔色が悪い。 馬に乗れ、連れて行ってやるから」

「大丈夫よ。 ドンダダはどうしたの? 村にいなくていいの?」 衣に付いた砂を払う仕草で、目を合わせないようにした。

「ああ、コイツが逃げ出してきたみたいで森に繋ぎにいくんだ」

「そう、私は大丈夫よ。 早く馬を繋ぎに行って。 村でみんなが待っているんでしょう?」 目を逸らす。

「・・・トデナミ」

「早く行って」

「そんなに顔色が悪いのに置いていけるかっ!」

「大丈夫だって言ってるでしょ。 それより村のことが何よりも先決です。 用を終わらせて早く村に帰りなさい」 

青白かった顔色にほんの少し赤みが蘇ってきた。 ただそれは良い意味ではない。 今の心の状態で声を出すことに血が上ってきただけであった。 いずれはそれも一気に下がり、今以上に立てない状態になるだろう。

「顔色が良くなってきている。 少しは具合が良くなったのか?」

「だから、私は大丈夫だって言ってるでしょ。 それより、自分のやらなければならないことをしなさい」

「ああ、分かってる」

「それなら、早く馬を走らせなさい」

「・・・その前に・・・俺の話を聞いてほしい」

「何を言ってるの。 今は話などする時ではありません。 早く馬を繋いで村に帰りなさい」

「僅かな時だ」

「その時すらも惜しい―――」 抱きしめられた。

「なにを! ドンダダ離しなさい!」 突っぱねようと押すが、ドンダダの身体はびくともしない。

「離さない。 どうして俺を見てくれない」

「離しなさい!」 今度は抱きしめられている手を剥がそうとする。 が、指一本も剥がせられない。

「俺が何を言いたいか、分かっているだろう?」

「私は“才ある者”! 知っているでしょう! 私に触れるのではありません! 天に背く様な事をしてはなりません!」 大きな声を出してまた頭の中がクラクラしだして、力が抜ける。 力が入らない。

「トデナミ・・・我の子を産んでくれ」

「なにを・・・」 力なく言い返した。


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