大福 りす の 隠れ家

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--- 映ゆ ---  第57回

2017年03月09日 22時19分18秒 | 小説
『---映ゆ---』 目次



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- 映ゆ -  ~Shinoha~  第57回




思いもしない突然の問いかけにすぐに返事が出来ない。

「トンデンの者かと聞いているんだ」 低く野太い声。

「・・・うん」

あまりにもトンデン村の人相とは違う。 その上、ガッチリと筋骨隆々とした体躯に濃い髭。 筋肉の盛り上がった腕はジャンムのポッテリした足でも比べ物にならない大きさ。 茶色の衣の上に黒い革の袖なしを着、同じ革の肩当と肘当てをしている。 上衣と同じ茶色の下衣は長靴(ちょうか)の中に入っている。

常であったなら一人で相手をするには、きっと恐いと思ったであろう。 が、あのすごい馬上の姿を見せられては、恐いどころか心の中は憧憬しかない。
それに馬が村の馬とは全然違う。 しっかりとした筋肉、艶のある毛。 

(真っ黒なのに光ってる・・・それに後ろの馬もきれいな茶色・・・) 憧れの想いがどんどん膨らみ、頭がいっぱいになる。

黒い青毛の馬には何も乗っていないが、後ろにいる茶色の栗毛の2頭には沢山の荷物が載せられ、吊るされていた。

(あんなに沢山の荷物を載せて走ってたんだ・・・)

「シノハはどこに居る」

「え?」 急にシノハと言われて戸惑ってしまう。

「シノハはどこに居るのかと聞いているのだ」

「あっ・・・シノハさんなら・・・森の中に居ると思う」

「森?」

「うん」

馬上の男が後ろを振り返ると、後ろの2頭の上で話を聞いていた二人が頷いた。 

後ろの馬上の男たちは、今話している男ほど屈強な身体には見えないし、強面でもない。 屈強で強面な男は腰に剣を下げているだけだが、後ろの二人は身に剣と弓、矢筒が背にある。 それにさほど髭も濃くない。 強面と同じ衣姿だが、色が違う。 衣は緑色、青い革の袖なしに同じ色の肩当と肘当て姿だった。
一人は稀に見る秀麗な面立ちをし、もう一人はどこか食えない面立ちをしている。 それに先頭の馬上の男より随分と若そうだ。
馬上の男がジャンムに顔を戻すと言葉を続けた。

「案内できるか?」

「うん」 
ああ、でもこの筒や椀をどうしよう・・・心の中では少しの葛藤があったが、この馬上の男たちが馬に乗る姿をもっと見てみたい、と思う方に圧倒的に天秤が傾いた。

先頭の馬上の男が後ろに居る男に向って顎をしゃくった。 後ろについていた一人、秀麗な顔をした男が馬から飛び降り、手綱を離してジャンムに近寄ると、軽々とジャンムの身体を持ち上げた。

「ぅわわ!」 言うまに、先頭の馬上の男の前に座らされていた。 驚く間もなく、すぐ真後ろから問いかけられた。

「森とはあそこだな。 入り口はどこだ?」

「あ・・・あ・・・あっち」 指をさす。 
いつも見ている景色と全く違う。 それに地面を見ると今の自分の高さに驚く。

「行くぞ。 しっかり鬣(たてがみ)に掴まっておけ」 言うわりには片手で手綱を持ち、もう一方の手でしっかりとジャンムを抱きかかえている。

太い腕を身体にまわされ、驚きそうになったがすぐに馬が走り出した。 驚いている間などない。
風を切って髪が流れる。 風が顔に当たる。 風の強い日に顔に当たる感覚とは全然違う。 顔が風を作っているようだ。 

(すごい! すごい!)
まるで鳥にでもなった気分だ。 いや、走る振動が身体に響く。 鳥ではそんなことは無いであろう。

(馬に乗ってるんだ・・・そうだ、今馬に乗って走ってるんだ!)
大きく開かれた目が風で乾きそうになる。 が、瞬きなどするのがもったいない。 昂揚感に満たされていると後ろから声が掛かった。

「あそこに見えるのがそうか?」 後ろの馬上の男が問いかける。

その声に今に帰らざるおえない。

「え? あ、うん、あそこ・・・見えるかな? 入り口があるでしょ?」 また指をさす。

「うん? ・・・ああ分かった」 目を凝らして見た入り口に向って、速さを落とすことなく馬を走らせた。

「森に入ったらあんまり早く走らせないで」 もっとこの感覚を味わっていたいが、そうはいかない。

後ろに座る馬上の男が訝しげに片眉を上げた。 それに気付いたかどうかは分からないが、前に座る少年が言葉を続ける。

「まだ村のみんなが居るかもしれないから、きっと驚くと思う」 

「ああ」 言うと、素早く眼球が動いた。

森の手前で駈足から速足にかえた。 後ろの2頭もそれに従う。 次に森に入ると常足(なみあし)に変える。
入り口は道が狭いが少し歩くとすぐに木が少なくなり、広がっている場所があった。 そこに村人が群がっているのが見える。 高い馬上から見るがため、なぜ群がっているのかがすぐに分かった。 真ん中に居る二人を遠巻きに見ていたのだ。

先頭の馬上の男が馬を止め、後ろを振り向いた。

「おい、ここでこんなに面白いモノが見られるとは思っていなかった」 両の口の端を上げて満足そうに言う。

言われた後ろの二人が首を傾げながら、馬を前に進めて先頭の馬に馬首を並べ、その場面を見た。

「へぇー、こりゃ面白い。 ったく、人の心配も知らないで。 暫く見学させてもらおうぜ」 食えない面差しをしている一人が言うと、秀麗な顔の男に目を向け二人で不気味な顔をつくる。

村人達は何をするでなく、固唾を飲んで見守っている。 女たちは胸元で両の指を組み、眉をハの字にしている。 男たちは眉根を寄せて拳を作り、その拳を色んな手の位置に持ってきている。

秀麗な面差しの男が少し馬を動かした。

パカ。

「え? 蹄の音?」 タイリンが振向いた。 

すると少し離れた後ろに3頭の馬が並んでいる。 顔を上げ馬上の人を見た。 するとその馬上にはあの挨拶を強要された、あの忘れられない顔が並んでいるではないか。 思わずその名を呼びかけた。 するとその中の秀麗な顔をした一人がすぐにタイリンに気付き、人差し指を口に当てると、喋るなと見せた。

「うわー!」 男たちの声が聞こえてタイリンが前を見た。

シノハとドンダダの戦い。

ドンダダがシノハ目がけて拳を出す、蹴りを入れる。 シノハがそれをことごとく避ける。 
三人は暫く黙って見ていたが、せっかく面白いものを見ようと思っていたのに、その戦いの様子が思っていたものと違う、違い過ぎる。 ファブアのときと同じく、シノハはずっと避ける事しかしていなかった。

「ふぅーん・・・シノハは手を出さないのか」 誰にいう事なく、ジャンムの後ろの男が呟いた。

「前にファブアとやったときも、シノハさんは絶対に手を出さなかったよ」 意外な所から返事がきたものだと、目の下にあるジャンムの頭を見た。

「オロンガでは簡単に人に手を出さないからなぁ?」 秀麗な顔の男が言う。

「え? そんなことないよ。 トワハはいつもケンカしてるよ」 これまた意外なところ、ジャンムからの返事であった。

「トワハか・・・確かシノハの兄だったな」 

「うん、そう」 嫌味のない屈託ない返事。

ドンダダの回し蹴りをかわそうと、シノハが屈んだ。 すぐさまドンダダがかわされた足を地につけると、今度はさっきまでの軸足を大きく上げその踵をシノハの頭めがけて振り下ろす。 シノハが屈んだまま片足を開くと横に滑るように避ける。

「左右両利きか・・・」 ジャンムの後ろの男が顎の髭に手をやる。

「うん、いつも左は出さないんだけどね。 珍しいな・・・」

「と言う事は、追い詰められてるってことだな」 秀麗な顔の男が言う。

「あ、今の避け方は俺が教えたやつだ」 食えない顔の男が言って、またすぐに言葉を繋いだ。

「へぇー、なかなか上手く身につけてるじゃないか」
シノハが次の動きにでている。 食えない顔の男は、自分が教えた避け方をしたすぐ後に、微塵とも身体を揺らさず、すぐに次の動きに転じたことを言っている。

ドンダダが大きく一歩出し間合いを詰めると、肘をシノハの顔めがけて入れようとする。 詰められた分だけ、シノハが足を後ろに引く。 と、すぐにドンダダの足がシノハの足を払おうととんでくる。 軽くその足を跳んで避け、片足ずつ下りると身体をひるがえした。 そのシノハの身体に少し遅れてマントがシノハの身体に添ってくる。

「相変わらず身が軽いな」 今度はどんな言葉が返ってくるだろうかと、下に見える少年の頭を見下ろしたが、戦いの様子に必死になってきたのか、何の言葉も返ってこなかった。

「あ! ったく、シノハのヤツ、どうしてあんな始末の仕方をするんだ」 教えたやり方と少々違う。 食えない顔がブスッと膨れる。

「くくく、お前が教えたんだろう? 女らしい始末の仕方をな」 ジャンムの後ろの男が言う。

「やめてくれよ。 あんな始末の仕方は教えてない! っとに、アイツは、鍛えなおしだ!」

「無駄だ。 あれがシノハのやり方だ」 秀麗な顔を持った男が言う。

「女みたいなのがか?」 馬上の男たちは会話をしながらも、シノハからは目を離していない。

ジャンムがどこか遠くでやり取りを聞いていて思いだした事があった。

(たしか、シノハさんは教えてもらってる人に女みたいだって言われてるって言ってた。それじゃあ、この人たちがシノハさんに拳を教えてるの?)

「アイツは俺たちと身体が全然違うからな。 どうしてもああやって、しなやかにする方が動きやすいんだろう」

「しなやか? 戦いにしなやかなんて要らな―――」 その返事を聞き終わる前に、秀麗な顔を持った男が喋りだした。

「あ! 今のはこの前、俺が教えたばっかりだ。 ふぅーん、上手くこなせてるじゃないか」 

教えた事に関心を持って見ている間にも、次々とドンダダの拳や足がシノハにとんできている。
ドンダダがまるで一本の大木のように、太い腕をシノハの横面めがけて回しとばしてきた。 それを避けた途端、後ろ蹴りがとんでくる。 すぐさま身をかがめ、ドンダダの背から前に滑り入った。

「あ、あれって、アットウの得意なやつだな。 あれは誰にも教えないってアットウが言ってた筈だが、シノハには教えたのか?」 女らしい始末の仕方を教えたと言われた食えない顔の男が言う。

「いや、教えていないはずだ。 もしかしたら、アットウが練習しているのを見て覚えたのかもしれないな・・・あ、いや、そんなことはないな、アットウは練習している所すら見せなかったはずだ」 秀麗な顔の男が言うと、ジャンムの後ろの男がそれにつづいて言った。

「ああ、だが一度見たはずだ」

「え? いつ?」 

「アットウとお前がケンカを始めたとき、アットウがあれをやっただろう? あの時、シノハは見ていたはずだ」

「ああ、あの時か。 あの時はアットウも俺も振られたけどな。 へぇー・・・一度見ただけで覚えたのか。 まぁ、考えればあれはシノハには向いているな」

「ああ、自分の出し方をよく知っている。 つくづく我が村に欲しいわ」

タイリンから少し離れた後ろで他人事の様に交わされる会話。 前で戦うシノハを気にしつつ、とうとう聞いていられなくなった。


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