大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

みち  ~未知~  第104回

2014年05月30日 15時14分09秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第100回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 ~未知~  第104回



「まだ腑に落ちない?」

「いえ、そういうわけではありませんけど」

「それって他の女子社員の事かな?」

「・・・」

「彼女に逆らったらどんな目にあうかみんな知ってるんだよ。 例えば君のようにね。 今までも何人か虐めてきていたからね。 みんな泣いて辞めていったよ。 だから彼女のすること、言う事に逆らわない」

「辞めた人がいたなんてそんな事があったんですか・・・」

「そうだよ。 何かでクサクサしたら誰かをターゲットにして虐めてたんだよ。 君のように半年もった子はいなかったよ」

「あの、教えてくださって有難うございます。 どうしてあんな事になったのか分からなかった事がスッキリしました」

「泣き顔は無かったけどずっと暗い顔だったからね。 これで元気になれるかな?」

「はい」 

「おっ、いい笑顔。 じゃあ、仕事頑張ってね」

「あの」

「なに?」

「すみません。 どこの部署の方でしょうか?」

「え? 知らないの?」

「すみません」

「僕はこんなにハンサムなんだから覚えてもらっていると思ってたのになぁ」

「え?」

「あははは、冗談だよ。 本気に取られたらこっちが困っちゃうよ」 その時

「こら、何をやってるんだ。 仕事中にナンパか」 

「あ、違いますよ。 織倉さんを元気付けてただけですよ」

「え? 君が織倉さんなの?」

「・・・はい」

「大変だったね。 よく我慢できたね」 優しい目で琴音を見つめた。

「そんな事は・・・」 今まで我慢してきた涙が一気に溢れた。

「わ、課長 女の子を泣かしたー」

「うるさい! ごめん織倉さん。 その・・・泣かす気があったわけじゃ・・・」 張りつめていた糸が一気に緩んで言葉にならなく涙が止まらない。

「今日の仕事はもう終わろう。 ね、机を片付けて。 えっと・・・そうだ、ご飯に行こう。 おい、双葉お前も付き合えよ」

「うわぉ! ラッキー、行きますよ勿論。 織倉さん早く片付けよう」 双葉が琴音の机の物を適当に引き出しの中に入れよとしたとき

「有難うございます」 そういいながら琴音が自分で片付けだした。

「じゃあ、僕達も片付けてくるから。 そうだな、着替えの時間を考えて・・・20分後にロッカーの前に立ってて。 この双葉を迎えに行かせるから」 机を片付け、着替えを済ませロッカーのドアを開けるとそこにはもう双葉が立っていた。

「あ、すみません待たせましたか?」

「そんなことないよ」

「本当にこのまま甘えて連れて行って頂いていいんでしょうか?」

「平気、平気。 あの平塚課長って結構面倒見がいいんだよ。 行こう」 琴音が双葉の斜め後ろを歩いていると双葉が振り返り

「織倉さん?」

「はい?」

「横を歩いてもらえない?」 親指を立てて自分の横を指差した。

「はい」 小走りに双葉の横に付いた。 その様子を見て

「織倉さんっていいね」

「え?」

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みち  ~未知~  第103回

2014年05月27日 14時49分48秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~未知~  第103回



琴音にとっての『愛』 元々人見知りもあったが琴音だが、人間不信ほどになった大きな原因があった。


社会人として始めて会社に入社してすぐ 前任は琴音によくしてくれたが、他の先輩からはことごとく虐められていた。 その理由が琴音には全く分からない。 

琴音と一緒に入社したもう一人の同期は猫かわいがりされている。 その同期は先輩に意見などできるものでもないし 虐められている琴音を助ける事もできない。 ただ「ごめん」 という目をして見ているだけだ。

だが唯一救われたのは同じフロアーであっても 琴音の部署だけは女性は琴音一人で他の先輩達と少し違う部署だったのだ。 それだけに仕事での虐めは受けなかった。

「入社した日からだなんて何がいけなかったのかも分からないわ。 いったいどうすれば・・・」 部屋に戻ると惨めな自分の今日を思い一人泣いていた。 

そしてよく考えると琴音の前任が居ない所で虐めにあっていたのだ。

「これって・・・もし先輩との引継ぎが終わって先輩が辞めちゃったら、この虐めがもっと酷く・・・」 引継ぎは1ヶ月間だ。

だが、とうとうその1ヶ月も過ぎた。 お茶当番で30人ほどのお茶を入れれば片っ端から捨てていかれる。 それを見て他の者が笑っている。 フロアーを歩いていれば足も引っ掛けられる。 机の上の文具がなくなっている。 そんな事が当たり前に毎日・・・。

今までそんな思いをしたことの無い琴音には大きな心の傷となった。

そして半年が過ぎた頃、琴音の部署だけがフロアー移動となった。 新しいフロアーには今まで全く逢う事がなかった あちらこちらのフロアーから一班毎に集まってきていた。  女性は琴音だけであとは全員男性だ。

「これでやっと泣かなくていい」 女性としての掃除やお茶出しなどの仕事は全部一人でやらねばならないが、それでもやっと安心が出来た。


フロアーを移動して少し落ち着いたとき、琴音が残業をしていた。 そこへ

「かなり虐められてたんだってね」 他の部署の男性社員が琴音に声をかけてきた。

「え?」 先輩達は決して男性の目の前で虐めは行ってこなかった。 どちらかといえばフロアーを出た給湯室での虐めが多かったのだ。

「君が虐められてるのは有名だったよ」

「・・・」

「あれ? 何も君が悪いわけじゃないから気にしなくていいんだよ」 そう言うと近くにあった椅子をガラガラと引いてきて座り

「君が有名だったのは泣き顔を見せなかった事で有名だったんだよ」

「あの・・・どうしてそのことを知ってるんですか?」

「え? 知らないの?」

「何を・・・ですか?」

「お局様だよ」 

「お局様?」 琴音の前任とその同期がいわゆるお局様だ。 お局様といっても歳をとっているわけではない。 

この会社は結婚退職か出産退職がお決まりごととなっているので 大体、入社5年目くらいでみんな退職をするのだ。 琴音の前任も大きなお腹が目立つ出産退職なのである。

「君の前任はほんとにいい子でね、それに比べて・・・どうしてアイツ・・・あ、アイツって言うのは僕の同期なんだけどね。 アイツはあんなのと結婚したんだってみんなで言ってるくらいだよ。 あ、あんなのっていうのはメインで君を虐めていたお局様の事ね」 琴音の前任の同期の事だ。

「・・・」

「君の前任は言ってみればサッパリとした一匹狼、もう一人はねちっこいタイプ。 これって正反対でしょ? だからあの二人は入社してきた時からすごく仲が悪いんだよ。 あまり人のこんなことを言うのな何なんだけどね。 君の前任はさり気なく気も利いて、そうだないつも笑ってるんだよ。 それに対してもう一人には気を利かせてもらったら「私がこれをしてあげたのよ」 って目で見られてね。 男性社員はみんな引いてたんだよ。 だから君の前任はモテた。 それに比べてもう一人には皆が関わりあいたくなくて逃げてた。 君を虐めていたお局様にしてみたら同期がモテて自分がモテないっていい気がしないじゃない? その仲の悪い同期、君の前任の後任に君が来たわけだ。 今までの仕返しじゃないけど、それに似たようなもので君を虐めてたって訳だよ」

「そうですか・・・」

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みち  ~未知~  第102回

2014年05月23日 14時18分16秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~未知~  第102回



「そういえば小さい頃のアルバムなんて何年見てないかなぁ・・・」

「みんなそんなものでしょうけどね。 ご両親が大切に愛して育ててきた理香ちゃんなのよ。 理香ちゃんの思いを全部ご両親に言ってみたらどう? 理香ちゃんの思いをきっと分かってくださるわよ」

「えー・・・。 確かに可愛がってくれましたよ。 今でもそうです。 でもそれだからこそ、両親の理想とする人と結婚させたいと思っているに違いありませんよ」

「うーん。 それって・・・一度でもそんな風にご両親が仰った事があるの?」

「無くはないです。 テレビなんか見てて理香もこんなお金持ちと結婚出来たらなぁ、とかって言ってますもん」

「それって、やっぱり娘に貧乏をさせたくないって この世の中に生きてればどうしても親としては思っちゃうことだけど 具体的にお金持ち以外は駄目って仰ってるわけじゃないでしょ?」

「それはそうですけど。 でも普通に考えて自分とそんなに変わらない歳の男が娘婿は無理でしょ?」

「普通か・・・普通って何だろうね。 普通ってその人その人で違うんじゃない? 理香ちゃんが言おうとしてる事は確かに分かるわよ。 それって世間一般にそう思うわよね。 でも 世間一般がそう思うから全員がそう思うっていうのは思い込みかもしれないわよ。 それに世間一般が何もかもに当てはまるとは限らないんじゃないかしら。 もしかしたら理香ちゃんのご両親にしたら 年齢より、資産よりどれだけ理香ちゃんを愛して大切にしてくれるかがとっても大切な事で、そう考えるのが普通の親じゃないの? って考えていらっしゃるかもしれないわよ」

「あ・・・」 理香の声が漏れた。

「ね、ご両親にはご両親の考えていらっしゃる普通の価値観をきっと持っていらっしゃるわよ。 それにご両親はこうやってとてもニコニコして幸せそうな理香ちゃんを見るのが一番幸せなことかもしれないわよ。 もし勝手に入籍なんかして理香ちゃんがご両親に後ろめたさを感じていたら、理香ちゃんニコニコできないじゃない? 桐谷さんだけじゃなくて愛して育てて下さったご両親にも幸せになってもらいたくない?」

「そんな風に両親の事なんて考えた事もなかったです」

「ご両親のことを一度考えてみてくれない?」

「そうですね・・・」

「それにね、何も言わないで入籍なんてするのはやっぱり良くないと思うわよ。 みんなに祝ってもらって結婚して二人で堂々と実家に帰って、ってそんな幸せの方がよくない? 紹介するかどうかはまだ置いておいても 色んなことをゆっくり考えた後に桐谷さんの話しだけはしてみれば?」

「はい・・・」

「それで話してみてご両親も会ってくださる事になったら 亀の甲より年の功だからね、ご両親がちゃんと桐谷さんが理香ちゃんを幸せにしてくれる人かどうかを見極めてくださるわよ」

「昇さんは理香を幸せにしてくれる人ですから そこは即、合格ですよ」 それを聞いた桐谷が

「理香」 と恥ずかしげに言った。 その桐谷を見て次に理香を見て一言

「まぁ、それはご馳走様」 空気が和らいだ。 そして

「先輩・・・?」 理香が琴音の顔を覗き込んだ。

「やだ、何?」

「先輩、暫く会っていない間に変わりました?」

「え?」

「今までの先輩からは想像できない言葉が続出なんですけど」

「え? 私何か変なこと言った?」

「先輩の口から 『愛』 なんて初めて聞いたんですけど」

「あ・・・あら、そうだったかしら・・・ヤダ、変なところに耳をすまさないでよ」



理香との話を思い出し

「・・・『愛』 そう言えばそんな言葉、今まで口にしなかったわよね。 大体『愛』 なんて考えもしなかったもの・・・うううん、否定してたもの・・・」 カップにお湯を注ぎ手に持ち 和室に置いてある座椅子に座り込んでテレビを点けた。

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みち  ~未知~  第101回

2014年05月20日 15時03分52秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 ~未知~  第101回



「僕ももう少し若ければ理香に言わずにご両親の所へ行こうとも思うんですけど ご両親と殆ど変わらない歳ですから突然行くなんてことをすると それもちょっとご両親には衝撃かと思いまして・・・理香がちゃんとご両親に話をして、それから僕を紹介してもらえるといいんですけど」

「そうですか。 ・・・ねぇ、理香ちゃんこんな風に言っていただいてどうなの?」 琴音は自分の昔の姿を重ねた。

「絶対両親は反対しますよ」

「うーん どうしようかなぁ。 ・・・あの、桐谷さん」

「何でしょうか?」

「とても失礼な事を言ってしまいますが宜しいですか?」

「はい、何なりと」

「私は今日初めてお逢いしただけで桐谷さんのことを何も知りません」 桐谷が頷く。

「もしかしたら理香ちゃんを騙しているのかもしれません。 理香ちゃんは遊ばれているのかもしれません」

「先輩! そんな事ないです!」

「うん、そうね。 ごめんね。 でもね今日あったばかりの桐谷さんがどういう方なのか私には分からないらないから」 その言葉を聞いた桐谷が理香に言った。

「理香、織倉さんの話を聞かせてもらおうよ」 理香がまた口を尖らせた。

「桐谷さんがどういう性格の方かも私には分かりません。 ですから簡単に理香ちゃんのご両親に紹介するという事に協力はしかねるんです。 分かっていただけますでしょうか?」 桐谷が大きく頷き

「勿論仰るとおりです。 いや、申し訳ない。 私が無理なお願いをしてしまいました。 この歳なのに少し焦ったみたいですね。 お恥ずかしいです」 両方の握り拳を足の上に置き頭を下げた。

「いえ、こちらこそ失礼な事を言って申し訳ありません」

「なにー? 二人だけの大人の世界じゃないですかー。 先輩! 理香も仲間に入れてくださいよー」

「もう、理香ちゃんたら何言ってるの」 琴音のその言葉を聞いて桐谷が

「会社でもこんな風だったんでしょうかね?」 理香を見ながら微笑ましく琴音に聞いた。

「はい、こんな感じですよ。 あまり変わりませんでしたね」 琴音が笑いながらそう返事をするとすかさず理香が

「えー! 先輩なんてこと言うんですかー!」 そして暫く3人で話し、理香とそれに受け答えをする桐谷の様子を見ていた琴音がこう言い出した。

「あのね、理香ちゃん」

「はい、なんですか?」

「本当に桐谷さんと結婚したいの?」

「勿論です」

「桐谷さんと幸せになりたいの?」

「当たり前じゃないですかー」

「だったら桐谷さんの願いを叶えてあげるのも理香ちゃんの幸せにならない?」

「え?」 理香も勿論だが桐谷も思わず琴音を見た。

「私は理香ちゃんに幸せになってもらいたいの」 頭の片隅に和尚の話があることを意識しなかった。

「理香ちゃんはご両親のこと好き?」

「えぇー? そんな事考えた事ないです」

「じゃあ、いつまでも元気でいて欲しい?」

「う・・・ん。 それはそうですね。 ・・・そう言えば、周りの友達の親が入院したとか死んだって聞いたこともあるけど うちはまだ若いですから両親が病気になるとか死ぬとかって考えた事なかったなぁ」

「もし時間があったら小さい頃のアルバムを見てみるといいわよ。 きっと愛情に溢れた写真を撮ってくださっているわよ」 琴音は今までに何度か理香から両親の話を聞いている。 

初めての子供の理香をどれだけ愛しているかを感じていたのだ。

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みち  ~未知~  第100回

2014年05月16日 14時55分31秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第50回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 第51回からは以下からになります。

第51回第52回第53回第54回第55回第56回第57回第58回第59回第60回
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第81回第82回第83回第84回第85回第86回第87回第88回第89回第90回




                                             



『みち』 ~未知~  第100回



「初めまして、桐谷昇と申します」 


「それでなくても考える事が沢山あるのに・・・急にあんな風に紹介されてもよ・・」 インスタントコーヒーをコーヒーカップに入れお湯が沸くのを待った。

「でも・・・理香ちゃんの言う通りね。 どうしてあんなことを言ったのかしら」 お湯が沸いた。


理香から連絡を受けたケーキ店のカフェで待ち合わせ、そこで紹介されたのだ。
理香は琴音のことをまるで姉のように慕っている。 

琴音に桐谷の事を紹介した後に

「あのね先輩、この事はまだ誰にも言ってないんです」 

「え? 会社の子達に言ってないの?」

「はい。 付き合っていることも誰にも言ってないんです。 親にもです」

「ええ! ご両親に言ってないの? それで結婚するってどういう事?」

「だって、両親に言っても 絶対反対するのは分かってるんですもん」

「分かってるって・・・どうして?」 理由は目に見えて分かっているが もしかしたら気のせいかもしれないと思い、一応聞いてみた。

「だって彼、両親と変わらない歳なんですもん」 気のせいではなかったようだ。

「・・・」

「ね、先輩も黙っちゃうでしょ」

「あ、ゴメンそういう意味じゃなくて・・・理香ちゃんっていくつだったっけ?」

「23歳です」

「そっかー・・・23かぁ。 ご両親はおいくつ?」

「私、早くに生まれた長女だから両親はまだ若いんですよ。 ・・・えっと両親とも・・・43歳です」 少し言いにくそうに言った理香だ。

「え? 理香ちゃんのご両親ってそんなに若かったの? 私と変わらないじゃない。 うわ、ショックだわー」 琴音のショックを考えて理香も言いにくかったのであろう。

「何言ってるんですか 断然、先輩の方が若いですよ!」

「私に理香ちゃんくらいの娘がいても可笑しくないわけだぁ・・・」 まだ言ってる。

「もう!先輩!」 そこへその男性が話しに入ってきた。

「何度もご両親にキチンと話をしなさいと言ってるんですが なかなか聞いてくれなくて困っているんです。 ご両親の承諾は要らないから入籍だけするって聞かないんです」 桐谷がそこまで言うと理香が割って入ってきた。

「どうしてそんな事を先輩に言うの? そんな話をするなんて言ってなかったじゃない」 理科が口を尖らして桐谷を睨んだ。

「理香が信頼している織倉さんでしょ? 何もかもキチンと言わなくちゃ」 理香はまだ口を尖らせている。

「理香からずっと織倉さんの話は聞いていましたので どうにか織倉さんから説得してもらえないかと思って今日こうして理香を・・・騙して来たんです」

「え? 何? 理香を騙したの?」 尖った口は直ったが目が怒っている。

「騙したって言うか・・・ね・・・」 桐谷が申し訳なさそうに理香を見ながら言った。

「じゃあ何? 昇さんがここのケーキが美味しいから食べに行こうって言ったのは嘘なの?」 とんでもなく幼稚な騙し方だ。

「いや、本当に美味しいケーキを理香に食べさせたくて言ったんだよ。 でも前に理香から織倉さんのマンションの場所を聞いていたから まぁ、近くだなとは思ってね。 行こうって言ったら 多分、織倉さんを誘うんじゃないかと思ったんだよ」

「先輩の所の近くに来たら絶対に誘うに決まってるじゃない。 それも美味しいケーキを食べるんだから。 それって絶対、確信犯じゃないの!」 見かねた琴音が割って入った。

「まぁまぁ、理香ちゃんいいじゃないの。 久しぶりにこうして会えたんだから」

「先輩は昇さんの味方をするんですか?! 理香の味方じゃないんですか?」

「味方とかそんな事じゃないじゃない。 理香ちゃんとこうして会えて嬉しいのよ」

「・・・先輩と長い間会えなかったからそれもそうですけど」 少し間をおいて桐谷が話を進めた。


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みち  ~未知~  第99回

2014年05月13日 15時02分37秒 | 小説
『みち』 目次



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『みち』 第51回からは以下からになります。

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『みち』 ~未知~  第99回



「え!? そうなの? カウンセラー!?」

「単なるカウンセラーじゃないですよ。 超有名なんですよ。 だからあの人から他の人には話しかけないんですよ」 するともう一人が

「あ、そう言えば お姉さんって確かチラシを見て来たって言ってましたよね?」

「うん、そう。 今日はチラシを見てきたの」

「どうして今回はチラシなんて配ったのかしら?」

「そうなの? そんなにチラシって配らないの?」

「私達は初めて聞いたよねぇ」 皆がうんうんと頷いている。

「でもラッキーじゃないですか。 そのチラシが入っていなかったらあの有名なカウンセラーとお話し出来なかったところですよ」

「へぇー。 そうなんだ。 そんなに有名なんだ」

「私達このままお茶しに行きますけど一緒にどうですか? カウンセラーの人のお話もしますよ」

「あ、有難う。 バスの時間もあるから私はいいわ」

「そうですか? じゃ、又今度どこかで会えるといいですね。 さようなら」

「今日は有難う。 さようなら」 人と話したお陰でボォッとした頭も覚醒してきたようだ。

出口を出るとムッとした空気が流れてきた。
暑い中をバス停に向かい歩いていると真っ赤な車が走ってきて琴音の横を徐行しながら窓が開いた。 あの女性だ。 

「またねー」 手を振りまたスピードを上げて走り去った。

「またねって・・・。 あれって私が一生乗らない外車じゃない。 はぁ、ある意味違う次元を見たわ」 フェラーリだよ。

バス停に着き時刻表を見るとついさっきバスが出たようで あと20分待たねば次のバスが来ないようだ。

「うわぁ、バスが出たところなのね。 20分か・・・退屈よねぇ」 そのとき携帯のバイブが揺れた。 鞄から携帯を出し見てみると

「あら? 理香ちゃんだわ」 

「もしもし?」

「あ、先輩?」

「うん、どうしたの?」

「先輩今、暇ですか?」

「うん、今外にいるんだけどこれから帰るところで何の用事もないわよ」

「あ、じゃあ駅まで出てこられません? 私、もう少しでそっちの駅の方に行くんです。 久しぶりにお茶しましょうよ」

「うん、いいわよ。 じゃあ今から行くわね。 そうね、15分くらいで着くかしら」 バスが来るまではまだ少し時間があるので駅まで歩くようだ。

「あ、私もそのくらいです。 じゃ、駅に着いたらまた電話しますね」

「待ってるわね」 携帯を閉じた琴音。

「このまま帰っても ちょっとキツイものね。 理香ちゃんに笑わせてもらおうっと」


理香と別れて部屋に帰ってきた琴音。 ドサッと和室に鞄を置き、すぐにエアコンのスイッチを入れた。

「あー暑い、部屋の中がムシムシしてる」 眉間に皺がよった。

「今日はいったいどういう日だったわけ?」 一度座ったがすぐに立ってキッチンに向かった。

「コーヒーでも飲まなきゃ頭の整理がつかないわ」 お湯を沸かし始めた。

そうなのだ。 理香に笑わせてもらおうと思っていたのだが、いざ理香に会うと琴音が思いもしなかった現実が待っていたのだ。


理香の隣には琴音が見たことの無い男性が座って居て

「先輩 私、彼と結婚します」 そう紹介されたのだ。

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みち  ~未知~  第98回

2014年05月09日 14時33分42秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第50回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 第51回からは以下からになります。

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『みち』 ~未知~  第98回



「時間が迫っているようなので 最後に面白い話を。 
先日知り合いに聞いた話なんですけどね、ある一人の男性が色んなコンビニへ朝の10時ごろお昼の弁当を買いに行くそうなんですね。 
そしたらですね、何処のコンビニでも定員が必ず「温めますか?」 って聞くらしいんです。 毎朝それを聞かれてうんざりしたその男性が「昼の弁当を買いに来ているのにどうして今温めるかと聞くんだ! 今温めても昼には冷めているくらい分かるだろう!」 って怒って店員に言ったらしいんです。 
そしたら店員は何て言ったと思いますか?」 全員が考えたが答えは出なかったようだ。

「その店員はニコッと笑いながら 「遅めの朝ごはんを買いに来るお客様もいらっしゃいますので」 そう言ったそうです。 
そうですよね。 お昼前に買いに行ったコンビニのお弁当は必ずしもお昼に食べるとは限りませんですよね。 人間の思い込みってこんなものですね」

「和尚、もう限界ですから」 スタッフの男の子の声が少し大きくなった。

「えっと、喋りすぎたようです。  お借りしている時間が迫ってきてるらしいので 今日はこの辺で終わりますが、それでは何か質問はありますか?」 和尚がそういった途端

「和尚! 時間がありません」 またもやスタッフの男の子だ。

「スタッフに怒られちゃいました」 泣いていた人も爆笑だ。

「うんうん。 笑うという事はいいことですよ。 笑っているときには何の思いもありませんからね。 それが貴方らしいという事ですね。 あら、今日はいつに無いお話しをしてしまいましたね。 いつもはエネルギーの説明なのにねぇ。 まぁ、今日はこれが必要だったんでしょうね。 それでは今日は質問が聞けませんでしたけどこれまでという事で。 有難うございました」 和尚が深々とお辞儀をした。

すると会場中の全員が 「有難うございました」 と言いながら拍手で終わった。

「すいません、みなさん座布団を端に集めて頂けますか?」 他のスタッフがそう言うとみんなゾロゾロと座布団を持って積み上げていった。

「あと10分足らずでこの部屋を出なくちゃならないので順番に退出をお願いします」 みんなの口々の会話に負けない大声でさっきのスタッフの男の子が怒鳴るように叫んでいる。 

その横では他のスタッフがお茶やお菓子を大急ぎで片付けている。

琴音も波に押されて部屋を出たが周りでは「お疲れ様、また今度あいましょうね」 「ねぇ、お茶していかない?」 そんな会話が飛んでいたが琴音の頭の中はまだボォッとしている。

頭はボォッとしていても足は出口に向かって歩いている。 するとお茶を入れてくれたあの女性が

「どうだった?」 後ろから話しかけてきた。

「あ・・・」

「少しはためになったかしら?」

「ためになるとか以前に 何が何だか・・・あまりに沢山の事があったような気がして」

「でも少なくともあの時帰らなくて良かった?」

「はい。 家に帰って今日聞いたことを整理したいと思っています」

「良かった。 実はね、最初貴方を見た時とっても気になったのよ」

「え?」

「話しかけなきゃって思ったのよ」 そう言って腕時計を見ると

「あ、時間がないわ。 じゃあね、又ご縁があったらどこかで逢えるわね」

「あ、有難うございました」 女性は走っていった。

「忙しい人なのかしら?」 その様子を見ていたさっき同じグループだった女の子達が話しかけてきた。

「あの」

「はい? あ、さっきの・・・さっきは色々と有難う」

「どういたしまして。 それより今の方とお友達なんですか?」

「うううん。 今日始めてあっただけ。 なに?」

「え? あの人の事知らないんですか?」

「話しかけてもらっただけだから知らないわ」

「え? 向こうから話し掛けてきたんですか?」

「うん」

「あの人、有名なカウンセラーですよ」

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みち  ~未知~  第97回

2014年05月06日 16時29分25秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第50回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

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『みち』 第51回からは以下からになります。

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『みち』 ~未知~  第97回



「よくこんな話をすると「自分の思うように生きればいい? それじゃあ何をしてもいいんだな、自由にしたい事をしていいんだな、あれが欲しいからと泥棒してもいいんだな」 と考える方がいらっしゃいますが それは違うでしょ。 
時代や国が変わればまた違うでしょうが 今のこの時代の日本にいる以上はそうじゃないでしょう。 
この国にはこの国の法律があるでしょう。 まぁ、全てが良い法律かどうかは置いておいても その法律の下に暮らしているんですからね。
それに大切な事は何かが欲しいからと言ってそれを盗って本当に自分の魂が喜んでいますか? この3次元の物質欲に操られているだけではないのですか? 
「貴方の思うように」 と言うのは「貴方らしく」 と言うことです。 
もっと正確に言うと 「貴方の魂らしく」 という事ですよ。 貴方の作ったヘンな枠らしくという事ではありませんよ」 また別の場所ですすり泣く声がしている。

「何でもない音楽を聴いたら意味が分からずに涙が出てきた。 絵を見たら心の中に温かいものが広がった。 
魂に触れるとはそういう事じゃないんですか? 魂で感じる喜びや感謝はずっと心に残ります。 
でも盗ってきた物が自分の物になったからといって尽きることなく嬉しく幸せでいられるでしょうか? 今度はもっと大きいものを、いや、もっと値段の高いものを上手く盗ってやる。 なんて思って、終わる事はないんじゃないですか?」 その時にスタッフの男の子が

「和尚、そろそろ時間です」 小声で和尚に言ってきた。 和尚が腕時計を見て

「あらあら、もうこんな時間になっちゃってましたか」 会場からはエー、という声がこぼれる。

「とにかくですね 自分をヘンな枠に当て込んでがんじがらめになっちゃいけませんよ。 
良い上司になろう、良い親になろう、良い兄弟・姉妹になろう、後輩らしく、先輩らしく・・・必要な事は必要ですよ。 言葉使いや挨拶、他にもありますね。 それらを棚の上に上げちゃいけませんよ。 
もう一度振り返ってみてください。 
そう思うことはもしかしたら 人から見ていい人に思われようとしていませんか? 又それと反対もあります。 私は悲劇のヒロインなの。 だから可哀想でしょ? って。 それってね、どっちも自分を見て欲しいだけなんですよ。 
確かにね、人間誰しも人に見て欲しいんです。 貴方だけじゃないですよ。 人は一人では生きていけないというところですね。 でもね、あえてそんな風に思うことも注目を集めようと何かをする事も必要ないんですよ。 貴方が貴方らしく生きていればみんな貴方を見ています。 
極端な話、注目を集めようと物質や金銭で人を振り向かそうとするから その金銭や物質にしか人が寄らないんです。 貴方を見ているわけではないんですよ。 金銭や物質しか見ていないんですよ。 
それとキツイ言い方ですけど姑息なことをするのもそうです。 振り向いてもらおうと白々しく何かを企んでも相手にはお見通しですよ。 「私はこれだけ親の事を面倒みているの」 「子供のために、友達のためにこれだけやっているの」ってアチコチに吹聴して回って 「あらそうなの、介護してるの? 大変なのに偉いわねぇ」 とか「まぁ、そんな事までしてるの? 子供を甘やかせすぎじゃない? 親として出来すぎよ。 貴方が身体を壊すわよ」 そんな返事をしてもらいたいだけですか? 
相手は単に相槌を打っているだけなんじゃないですか? 本当に貴方がそうしていればそんな事を言わなくても皆さんちゃんと見ていらっしゃいますよ。 
咄嗟に人を助ける時、無意識に手が出ませんか? この人を助けたら報道されて有名になるだろうな。 なんてことを考えて助けないでしょう?」 スタッフの男の子が腕時計とにらめっこをしている。

「それに貴方の知らないところで見守って下さっている存在がいますよ。 何処にいても貴方は一人じゃないんですよ。 ずっとずっと見ていらっしゃるんですよ。 
貴方らしく生きていればその方々の声がきっと聞こえますよ。 その時にその方々に恥じることが無いよう貴方らしく生きていきませんか?」 そう言った和尚が急に空(くう)を見た。

「ボランティア・・・そうですねぇ、ボランティアに行かれて・・・」 何か独り言のように呟きだした。 そして

「ボランティアに行かれたことがある方がいらっしゃいますかね。 その時に相手様が「ありがとう」 と言ってくれなかった事がありますかね・・・」 その時、琴音の斜め前に座っていた男性が頷いた。

「そうですよね。 せっかくお手伝いをしたのに 「有難う」 の一言が無いってどういうわけ? って思っちゃいますよね。 それって当たり前ですよね」 斜め前の男性が何度も頷いている。

「でもねよく考えてくださいね。 ボランティアで出かけたんでしょう? お手伝いをしたかったんでしょう? 「有難う」 と言ってもらいたくて出かけたわけじゃないんでしょう?」 斜め前の男性の頷きが止まった。

「それより、その「有難う」 と言わなかったお相手様は、貴方がしたかったお手伝いのきっかけをくださったんですよ。 それなのに 貴方のお手伝いをしたいという想いを叶えて下さったお相手様に「ありがとう」 って言えないのか? っておかしくないですか?」 斜め前の男性がうつむいた。

「いやいや、分かりますよ。 何かをしたら当たり前に「有難う」 と言ってもらえると思いますよね。 それもボランティアです。 とても尊いことです。 
でもね、「有難う」 と言ってもらいたくてしているわけじゃないでしょ? ま、言わない方もどうかと思いますけどね。 
そんな時はちょっと意地悪く 「お手伝いさせていただいて有難うございました。 貴方がいてくださったお陰で私はお手伝いをすることが出来ました」 なんて言ってみてはどうですか? 
あ、すごくイヤミですね。 私もまだまだ根性が悪いみたいです」 みんな笑っているが斜め前の男性は物深げに何か考えているようだ。

そこにスタッフの男の子が

「和尚、時間が・・・」

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みち  ~未知~  第96回

2014年05月02日 14時21分46秒 | 小説
『みち』 目次



『みち』 第1回から第50回までの目次は以下の 『みち』リンクページ からお願いいたします。

  『みち』リンクページ



『みち』 第51回からは以下からになります。

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『みち』 ~未知~  第96回



和尚が話し始めるとザワつきも収まり

「みなさん少しは体の具合が良くなりましたか? 今日一日したからと言って根本的に体の具合が良くなったわけではありませんよ。 日頃から流れを滞らせない。 それは精神的にも肉体的にもですよ。 地球も流れが滞ると雨が降らなくなって川も澱みますね。 そのうちに川はドロドロになって流れが止まってしまう。 人間で言う所の血管につまりが生じたようなものですね。 不服はいけませんですよ。 今の全てがあるから自分が有難くも今こうして居ることが出来るんですよ。 周りの方々に感謝をし、お日様に地球に大地に川に感謝ですよ。 感謝するところは数え切れないほどありますよ。 お日様は洗濯物を乾かして下さったからと請求書を送ってきますか? 川の美味しいお水を頂くと 「こら! なに勝手に飲んでいるんだ!」 って川が怒ってきますか? 大地があるお陰で沢山の美味しいものをいただけていますよねぇ。 そうそう、山があるお陰でお水をいただけていますよね。 砂漠に山はないですもんね。 山が雨を貯蔵してくれているんですね。 その上、ろ過までしてくれて美しい、命の源となる水となる。 有難い事です。 その山に木が生り根を張り山を硬くしてくれている。 植物にも感謝ですね。 そして皆さんの体の大半はお水で出来ています。 いいお水を飲みましょうね。 いいお水と言うのは・・・そうですねぇ 生きているお水とでも言いましょうか? おっと、誤解のないようにね、お水の生成器を買えと言ってるのではありませんですよ」 所々でクスッと笑い声が漏れる。

「あれやこれやと思うと気付きませんか? この地球」 辺りを見渡して

「この地球は偉大ですね。 海の水が蒸発して雲になり雨になり山に降り川となって海に辿り着く。 その循環を繰り返してくださっているお陰で私達の肉体が成り立っているんですね。 感謝こそすれ、海や山や川を汚すなんてとんでもない事ですよね。 地球の大半は海ですよね。 さっき言いましたように人間の大半も水ですよね。 マクロとミクロですね。 地球と同じように私達の体も循環させましょうね。 戴いたこの肉体、大切に致しましょうね。 それとですね・・・あれ? 何を言うんだったっけかな?」 雄弁に話している和尚が急にとぼけたように言ったので それまで真剣に聞いていた全員がクスクスと笑った。

「えっと・・・何だったけかな、話しているときに思いついたんですが 話している間に忘れちゃったな」 丸坊主の頭を掻いている姿を見て今度は全員大笑いだ。

「忘れるという事はそんなに大切な事ではなかったのかな?」 まだ笑いは続いている。

「歳をとると物忘れが酷くなって困ってしまいますね」 またまた大爆笑だ。

「ま、そうだな。 それとこれも言っておきましょうか」 周りが静かになった。

「自分はこうであらねばならない。 皆さん思っていませんか?」 何の事かと言わんばかりに みんなキョロキョロしだした。

「何々であらねばならない。 そんな事はないんですよ。 確かにあまりにも外れすぎると困ったものですが 例えば『子であらなければならない』 少なくとも皆さんその立場にあるはずです。 親が産んでくれたことで今存在しているんですからね。 皆さんは少なくともその親の子であるはずです。 <私は親の顔を知りません。 生き別れました> とか <すぐに施設に入れられました> <それは養父母の事?産んだ親の事?> 色々言いたい事はあるでしょうが そうですね、えっとまさか <自分は泡から生まれたヴィーナスです> って方はいらっしゃいませんよね?」 ワザと大きく周りを見渡すともうみんな大笑いだ。

「今は育てて下さった親なり施設の方々のお話しとしましょうか。 あ、泡が親としてもいいですよ」 止まりかけた笑いが止まらない。

「その育てて下さった方々に『私はこうして子供らしくいなければならない』 そう思ったことのある方はいらっしゃいませんか?」 一息おき 

「そんな事は必要ないんですよ。 貴方は貴方なのですから。 貴方の思うように生きればいいんです。 自分でヘンな枠を作る必要は無いんです。 いいですか、ヘンな枠ですよ。 あ、せっかく貴方が作った枠にヘンって言うのもよろしくありませんが ニュアンスで受け取ってくださいね。 いいですか、貴方が作った枠は貴方の世界だけの枠なのですよ。 他の皆さんとは違う価値観の枠なのですよ。 それなのにその枠にがんじがらめになって 貴方は息を吸うこともままならなくなってくるのですよ。 貴方を愛してくださる方は素のままのあなたを愛して下さっているのですよ。 そんな貴方が息を吸うこともままならなく暮らしているなんて あなたを愛してくださっている方々は見ているだけで辛くなってしまうんですよ」 部屋の隅ですすり泣く声がした。 

それに琴音自身は気付いていないが若い子達と話していた時、琴音の箍が外れていたのだ。 『人と話すときはこうでなければならない』 いつもそう思っていたそれもそうなのだ。 余計な枠なのだ。 さして大きなことではないが、それでもあの時の琴音は今まで人と話していたときに比べ自由に話せていた筈だ。 

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